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まちおこしレポート
積丹町

崖っぷち温泉の再生を目指し、ユニークなまちづくりの拠点に20221103

崖っぷち温泉の再生を目指し、ユニークなまちづくりの拠点に

積丹半島にある町営の温泉施設「岬の湯しゃこたん」。絶景の露天風呂が人気でしたが、赤字続きであわや閉館の危機に...そこを「もったいない!」と譲り受け、再オープンさせた会社があります。

ShakotanGO_IGARASHIsanYOKO.png新たに「岬の湯」の経営をひきうけた一人、五十嵐慎一郎さん。これまでにも多数の事業を手がけてきました
代表取締役になったのは、くらしごとの記事にも登場したユニークな場づくりの達人、株式会社 大人の五十嵐慎一郎さん。 温泉の隣の敷地でクラフトジンの製造・販売を行う株式会社積丹スピリットの岩井宏文さんとともに、「(株)SHAKOTAN GO」を新たに設立して温泉の経営に乗り出しました。 2022年1月に町営としての温泉は終了。3カ月の準備期間を経て、岬の湯しゃこたんは(株)SHAKOTAN GOの施設として4月29日にプレオープン、6月1日にはフルオープンを果たしました。 まちの人たちも喜んで、めでたしめでたし...といきたいところですが、そう簡単ではありません。施設自体は町営時代と同じ建物で老朽化が進み、新たな集客コンテンツをどうつくるか、民間施設としてスタッフのマインドをどう揃えていくかなど、次々と難題が降りかかります。 小樽市で生まれ育ち、東京と北海道の二拠点生活から札幌へ移住。子どものころに海水浴で慣れ親しんだ積丹のポテンシャルに可能性を見出し「もっとおもしろく、もっと人が集まる拠点にしたい」と語る、(株)SHAKOTAN GOの代表・五十嵐さんに、この施設を引き継いだ理由や現在の奮闘ぶり、これからのビジョンについてお伺いします。

冬枯れの赤字で危機に瀕した温泉のため、新会社を設立

夏になると札幌や小樽の人たちが「海水浴だ!」「ウニだ!」とドライブに繰り出す積丹半島。「積丹ブルー」と呼ばれる日本海の美しさや断崖絶壁を堪能できる積丹半島は、本州からの観光客にも人気です。 温泉施設「岬の湯しゃこたん」は札幌から車で約2時間、神威(かむい)岬から車で10分ほどの高台にあります。広々とした露天風呂からは、視界いっぱいに広がる積丹ブルーの大海原を眺められます。夏は海水浴やキャンプ客で大混雑、170台の駐車場がほぼ埋まってしまうほどだとか。

ShakotanGO_gaikan.png温泉施設のほか(株)SHAKOTAN GOの共同経営者である岩井宏文さんが営む積丹スピリットの蒸留所と原料のハーブガーデン、野菜の直売所、羊の放牧スペースが並びます
ですが、実は20年前のオープン当初から赤字続きで経営危機に陥っていたのです。主な理由は、冬期の利用客が圧倒的に少ないこと。夏はアクティビティや旬のウニ丼に人気が集まりますが、風雪が厳しい冬に町外から訪れる客はほとんどいません。 2019年、温泉を所有していた積丹町はついに民間譲渡の道を探ります。しかし、売れない。施設の老朽化で必要になる改修は今後1億円以上かかることが見込まれ、その間にも、累積赤字は雪だるま式に増えていきます。ファンに惜しまれつつも、積丹町は施設を閉館することを決定しました。そんな中で、2021年秋に新しく設立された積丹のまちづくり会社「(株)SHAKOTAN GO」が経営に名乗りをあげたのです。その後、積丹町議会の承認を経て、道内外の企業5社から資金調達を実施。2022年4月1日に岬の湯しゃこたんは(株)SHAKOTAN GOに譲渡されたのでした。

あえて「崖っぷち温泉」を名乗る理由

まずは、岬の湯しゃこたんの建物に入ってみましょう。すぐに大きな垂れ幕が目に入ります。

ShakotanGO_tapestry.png
垂れ幕には、「ロケーションも、経営状態も、がけっぷちです。」

「がけっぷち」とはかなりインパクトのある言葉ですが、むしろこの温泉の売りになっています。「友人のコピーライターやチームと検討しながら開きなおってしまおうと決めました」と代表の五十嵐さん。複数の仕事を抱えて多忙ながらも、4時間かけて住まいのある札幌と積丹を往復しています。 経営状況を尋ねると、

「今まで通りの運営だとジリ貧なので、新しく仕掛けていかないと未来がないのですが、お金も人も足りないなかでカタチにしていかないとならないので、余裕はないですね」といいます。

それは大変な...と言いかけると、「そこがまた、しびれますね」と笑います。人的な戦力のテコ入れに関しては、積丹町の地域おこし協力隊やインターンシップの学生もスタッフに加えて、チームで企画を話したり、試したりしながら「できることをひとつずつカタチにしている」そうです。 一見、自虐にみえるキャッチコピーには、続きがありました。

「がけっぷちって、本音でしゃべれる、いい機会かも。」

それは、ひと同士が直接会うコミュニケーションを大切にしている、五十嵐さんらしい言葉でもあります。

できることから楽しいこと、面白いことを仕掛けていく

「崖っぷち」をキーワードに魅力を発信。手作りで設けた「崖っぷちベンチ」も話題になりました。露天風呂の先端、まさに崖っぷちにあるベンチはデッキチェアのように足を伸ばして、景色を独り占めすることができます。

ShakotanGO_gakeppuchibench.png 開放的な露天風呂のベンチに寝転び、絶景を堪能。神威岬も望むことができます
サウナ室にはフィンランド式サウナの専用ストーブを設置し、セルフで石に水をかけて蒸気を浴びる「ロウリュ」が可能。男性用の壁にはクロマツの脂松(やにまつ)、女性用にはクスノキの大きな一枚板を壁に張っていて見た目のインパクトも抜群。水おけで板にロウリュ(ウォーリュ)すれば、天然木の香りに包まれる至高のリラックスが得られるのだとか。

ShakotanGO_sauna.pngサウナブームの火付け役「ととのえ親方」の松尾大さんからアドバイスを受けて整備したサウナ室。松ヤニがしたたるクロマツの一枚板は、当たり板と呼ばれているそう
サウナで汗をかき、水風呂に入り、露天風呂のチェアで外気浴をする。岬の湯しゃこたんならではのロケーションを生かしています。 6月に再開した食堂コーナーも、定番のウニ丼だけではなく、タラを揚げた「フィッシュアンドチップス」や「岩のり丼」と、地元ではおなじみの海産物を使ったオリジナルメニューを提供。積丹といえば夏のウニだけ、という先入観をなくしたいと五十嵐さんは語ります。

「積丹の自然環境や食のポテンシャルを生かして、ウニ以外の積丹の魅力を発信したり、作っていきたいんですよね。海産物だけでもブリとマグロが熱いですし、サクラマスやイカやタコ、エビと多種の魚介も浜に上がります。サウナをはじめ、海山のアウトドアアクティビティもいま開発中なんです」

初年度はアイデアを試みながらデータを収集する時期に

物販コーナーも、まずは地元産中心に商品リストを作り、試食会を開いて好評だったものを新しく陳列しました。(株)SHAKOTAN GOの取締役・岩井さんが営む積丹スピリットのクラフトジンも並んでいます。

ShakotanGO_craftGIN.png積丹スピリットのクラフトジンは、自社ガーデンで栽培したハーブやスパイス(ボタニカル)を使用。蒸留から製造までを一貫して行っています
売れ行きに応じて、ラインアップも入れ替えていきたいと考えているそう。町営の時代は手打ちのレジで、売れ筋もよく分かってなかったとか。飲食や物販のデータ、そして利用者数も1日単位ではなく時間単位といったように細かくデータ化することで経営に生かしていきたいといいます。

実はこの夏、積丹の観光・飲食関係者にとっては不運な季節となりました。旬のウニ漁が3カ月のうち20日しかできないほどの悪天候続きでドライブ客も来ない。暑い日が少なく、海水浴やキャンプ客も例年に比べて少ないため、当然、温泉にも客は来ない。想定より厳しい日々が続いたのです。

それでも五十嵐さんは歩みを止めません。日々、地道にお客を呼ぶ仕掛けづくりやSNS、動画発信を行い、敷地内には、町内にある積丹しおかぜ牧場から6頭の羊をレンタルして放牧。積丹の未来の名産品になるだろう羊を、すぐそばで見ることができます。来春に向けての施設改修では、奥にある離れを改修して、一組限定の団体客が宿泊できるようにするほか、絶景の撮影スポットとしてテラス整備も予定しています。

ShakotanGO_sheep.png「積丹しおかぜ牧場」から借り受けた羊を放牧。毛刈りやエサやり体験などのイベントも

札幌から最も近い秘境リゾート、積丹

「積丹は札幌からも近く、海遊びや山遊びと、もっと楽しめることがあると思うんですよ」と五十嵐さん。くらしごとでも取材させて頂いたアウトドアガイドの奈良亘さんが営む株式会社しゃこまると組んでアクティビティを企画、モニターツアーも行いました。 海では人気のSUP、山ではマウンテンバイク、牧場のダウンヒルサイクリングや山登りで自然を満喫した後は、温泉でリラックス。さらに、積丹自慢の海の幸や、町内の牧場で育てた積丹しおかぜ牧場のバーベキューを楽しむ...「この羊肉が、めちゃくちゃうまいんですよ」と満面の笑顔。

そんな彼には、原点となる子ども時代の積丹体験があるといいます。 小樽生まれの札幌育ちで、毎年夏になると家族グループで積丹を訪れていたのです。

「島武意(しまむい)海岸とか、いくつか場所をかえてキャンプしたり、泳いだりました。『あそこの島まで泳いでいこう』と子ども同士で競争したり、海に潜るといろんな魚や貝がいて楽しいじゃないですか。海ってこんなにきれいなんだ、ということを知ったのは、この積丹なんです」

五十嵐さんはその後、東京大学へ進学。建築学科を卒業して不動産のベンチャー会社に就職しますが、ビルを建てることにはあまり興味がなかったそうで、

「海と山が好きだし、建築も好き。自然と人間と社会のクリエイティブな在り方に興味があるのかもしれません。例えば、アートで知られる直島もそうですよね」

と語ってくれました。 積丹の自然は、もっともっと生かされていい。そして、もっともっとたくさんの人が積丹で楽しんでさまざまな経験をしてほしい。みずからの実体験をもとにした気持ちが五十嵐さんの根底にはあります。

まちの集約施設としての機能も視野に

積丹のまちを盛り上げようと熱い想いを持つ(株)積丹スピリットの岩井宏文社長との出会いから、タッグを組んで新会社を立ち上げた五十嵐さん。
大手不動産会社、新聞社、バス会社など5社からの資金調達をおこないながら、経営改善と同時に老朽化した施設の改修に着手。彼の目は積丹の将来を見据えています。(株)SHAKOTAN GOの設立趣旨は、岬の湯しゃこたんの再生だけにとどまりません。積丹のさらなる魅力を引き出し、人を呼び込む、地域活性化を行うためのまちづくり会社なのです。 岬の湯しゃこたんで6月に行われた親睦会には地元・野塚地区の人たちも多く参加、この地方に伝わる「南部神楽」のお披露目も行われました。9月にはミュージシャンやよさこいチームはじめ様々な応援者たちと「祭の音」というフェスを開催。シャコタニアン音頭という曲と踊りが生まれ、地元の小学生に大人気を博しているようです。

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五十嵐さんも地元の人たちから声を掛けられる事が増えてきたそうで、「今日も、美国(びくに)のコンビニで『テレビで観たよ、頑張ってね!』って声を掛けられました」と笑顔を見せます。

ShakotanGO_IGARASHIsan.png

積丹町の人口は1,800人ほど。温泉に隣接する小学校の児童数はひと桁。そんななかで彼が目指すのは、まちのインフラ、集約施設としての温泉です。

「このまちには書店がないので、本をテーマにしたイベントができないかと、大手書籍取次会社の人とも話してきました。やれることはたくさんありますが、いまは限られた予算と時間と人の中で、いろいろと試しているところです」

ただ儲けるだけなら方法はある、でも目的はそこじゃない

「温泉」と「まち」の両方を盛り上げていくことに、お互いの未来があると、五十嵐さんは考えています。

「例えば、ここを大掛かりに改修して1泊10万円の高級温泉宿にする方法もあるわけですよね。積丹にそういう宿もあったら素敵だと思いますし、むしろ、そちらのほうが生き残りやすいかもしれない。けれども、現在、うちの温泉に求められている役割はそこではないんですよ」

と、熱っぽく話します。

「いままでも、この温泉は地元の人たちにとっては憩いの場であり、積丹にあそびに来た老若男女が楽しむ場所だった。これからも、そういった機能が地域に必要とされているわけです」

SNSや動画の発信にしても、温泉だけでなくまちのイベントなど意識して発信するように、広報担当のEZOガール、な~こさん(細川奈々子さん)と話をしているのだとか。 夏の天候不良や雪に閉ざされる冬のリスクを考えれば、ゆくゆくはワーケーションや長期滞在ができるような施設をつくりたい。しかし、いまはその予算がない。将来のビジョンを持った上で、いまはできることに取り組んでいく。周辺にある空き家をクラブハウスにしたり、民泊のような形にするプランを考えているそうです。

「これから閉ざされる冬、トライしたいのは、例えばアンコウ鍋。北海道の人たちはあまり食べないけれど、アンコウがもっとも取れるのは北海道。冬は積丹に人が来ないというけれど、積丹岳のバックカントリースキーやスノーモービル、スノーシューツアーを楽しんだあとに、温泉やサウナでととのって、美味しいご飯でジンを一杯やったりと、雪で閉ざされた場所ならではの楽しみ方があると思います」

(株)SHAKOTAN GOと「岬の湯しゃこたん」。これからどのような進化を見せていくのか、そのネットワークづくりも含めて注目です。

岬の湯しゃこたん/(株)SHAKOTAN GO
岬の湯しゃこたん/(株)SHAKOTAN GO
住所

北海道積丹郡積丹町大字野塚町212番地1

電話

0135-48-5355

URL

https://shakotango.jp/


崖っぷち温泉の再生を目指し、ユニークなまちづくりの拠点に

この記事は2022年9月20日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。