
芦別(あしべつ)市にある矢田木材(やだもくざい)株式会社は、国有林での原木伐採を長年手掛けてきた林業の会社です。重機やチェーンソーを使う現場では安全管理を徹底しており、残業はゼロ。定時で帰宅でき、家庭や趣味の時間も大切にできます。会社では、入社した社員に時間をかけて、現場で求められる技術や資格の取得をサポート。自然の中で働きながら、仕事を無理なく長く続けられる職場環境づくりに取り組んできました。
2024年には、赤平(あかびら)市に本社を構える国内有数の木材加工メーカー・空知単板(そらちたんぱん)工業株式会社のグループ会社となり、安定した経営のもと、持続可能な森林づくりに力を入れています。地球環境を守りながら、地域の資源である「木を活かす」ものづくりに貢献する林業──そんな矢田木材で働く若手スタッフの生の声や、職場の様子、そして「新しい林業」に挑む姿を紹介します。
空知エリアの国有林で森林を整える仕事を担う

北海道のほぼ中央に位置し、まちの9割近くが森林を占める芦別市。矢田木材は、その国有林に育つ木を伐採・集材することを主な業務としています。中でも主に対象となるのは、「間伐材」と呼ばれる木です。
豊かな森林を育てていくためには、農作物の畑と同じように、ある程度育った木を間引く必要があります。間伐によって、残された木々がより大きく健やかに成長できるからです。こうした間伐を担うことで、矢田木材は森林資源の循環と保全に貢献しています。
くらしごと取材班を伐採の作業現場に案内してくれたのは、23歳の若手社員・三善祐輔さん。体を動かすのが好きで林業の道を選んだ三善さんは、お隣の赤平市の出身です。新十津川農業高校を卒業後、旭川市にある北海道唯一の林業専門学校 北海道立北の森づくり専門学院で林業を学び、矢田木材に入社。木の伐採の仕事についていろいろなことを教えてくれました。
「ここが土場といって、伐採した木の丸太を集めておく場所です。チェーンソーマンが伐った木をハーベスタという重機で枝をはらい同じ長さの丸太にカットして、さらにフォワーダという別の重機で林道に止めてあるトラックまで運搬します。トラックだと急斜面なので上れませんから、キャタピラのついたフォワーダで丸太を運ぶことが必要なんですよね。トラックに積んだ丸太はこの土場に運んで、住宅などに使われる建築材用と、紙の原料となるパルプ用に選別し、直径サイズを1本1本にマジックで書いていきます。ここまでが伐採会社の仕事で、あとは運送会社さんが丸太を取りに来てくれます」
仕事場は森の中で、自然にも詳しい三善さん。森林のいきものや植物についても「エゾシカはイヤになるほど見かけます。あ、いま、鳥の声がするでしょう。あればトラツグミですね」と、楽しそうに教えてくれました。
三善さんの担当は、伐採作業に重機を入れるための道を森の中に切り開く、ブルドーザーのオペレーター。経験を積んで、将来は伐採を行うチェーンソーマンになりたいという希望を持っています。若手の林業従事者の集まり森の魅力発信し隊にも参加しているそうです。
チェーンソーマン、森の現場で培う判断力と技術

伐採現場では、チェーンソーや重機を使い、チームを組んで作業が進められていました。今度は、三善さんが憧れるチェーンソーマンの一人、島倉大樹さんに話を聞いてみましょう。
「伐採しているのは、主にトドマツやカラマツといった針葉樹です」と話す島倉さんは、入社9年目の37歳で「体力には自信があります」と静かな笑みを見せます。入社後すぐは重機のオペレーターとして働いていましたが、その後チェーンソーマンへと転向しました。自らチェーンソーを手に木を倒す作業には、やりがいがある一方で、危険もつきものだといいます。
「例えば、伐っている最中に隣の木が腐っていて、バン!と突然倒れてくることがあります。外見からは分からなくても、中が腐っている木があるんですよ。また、太いツルが木同士をつないでいて、一方を伐ると連動してもう一方も倒れることもあります。そうした危険を、常に慎重に見極めながら作業を行う必要があります」
重機を運転する際にも、冬場は急勾配につけた作業道が凍って滑りやすくなるなど、季節ごとに注意するところも違ってくるので、作業は慎重に行っています。動物の出没やスズメバチの被害といった自然相手のトラブルもあります。木の伐採から集材、搬出まで、連携が不可欠なチームワークの現場ですが、安全面でも日々の声かけや情報共有を最も大切にしています。矢田木材では「ヒヤリハット(危険の芽)」を現場や社内の安全大会で共有し、対策を立てることで安全管理に努めています。
人間関係の良さが決め手、残業なしで趣味や家族も大切に

「うちの会社は、とにかく人間関係がいいんですよね。それが、ここに入った大きな理由でもあります」と島倉さん。実は北海道各地でさまざまな職業を経験した後、Uターンで入社したのだそうです。どのようなきっかけで矢田木材に入ったのか、そのいきさつを聞いてみました。
島倉さんは地元の生まれ育ち。芦別高校ではソフトテニス部に打ち込み、全道ベスト3に入るほどの実力でした。高校卒業後は札幌市の福祉系専門学校に進学しましたが中退し、石狩市や旭川市で働いていたといいます。「実は、旭川にいたときに失恋しまして...」と少し笑いながら、芦別の実家に戻ることを決めたと話してくれました。
そんなとき、矢田木材に転職していた知人から「ここは人間関係のいい会社だよ」と教えられます。「特に林業が希望というわけではなかったんですが、職場の人間関係がいちばん大事だと思っていましたし、体力にも自信があったので」と入社を決意。それから10年近く、島倉さんは矢田木材で心地よく働いているといいます。
実際のところ、社員同士の雰囲気はどのようなものなのでしょうか。
「基本的には一人ずつ持ち場で作業していますし、お弁当も各自で食べています。現場への行き帰りの車の中では、たわいもない話をすることもありますね。上下関係もなく、話しやすい人たちばかりです。もちろん、仕事やリスクに関する情報共有や連携はしっかり取っています」
さらに、残業が一切ないことも大きな魅力だといいます。「勤務時間は朝7時半から午後3時半までと決まっていて、家に帰ってもまだ4時なんですよ。妻や2人の息子と過ごす時間も持てますし、高校のころから続けているバンドも再開して、札幌でライブもやっています」
バンドではベースを担当しているという島倉さん。芦別市からは富良野や旭川までは車で30~40分、札幌や帯広も日帰り圏内で、各地へのアクセスの良さも気に入っていると話してくれました。
山を守る仕事に、未来の責任も重ねて

社員が働きやすい環境をしっかりと整えている矢田木材。これまでどのような歩みを経てきたのでしょうか。その歴史について、昨年まで社長を務めていた矢田富明会長にお話を伺いました。
矢田木材株式会社の創業は1965年。当時は、馬が丸太を運ぶ時代でした。現会長で2代目の矢田さんは、1967年に入社し、現場での林道づくりや伐採作業に従事。人力中心だった時代の厳しさを体験してきたからこそ、社員の安全や職場環境への配慮を今も大切にしています。
また、社員同士の関係性の良さも、長く会社を支えてきた大切な要素のひとつです。現在の社員数は13名。若手社員も増えて、世代を超えたチームワークが育まれているといいます。
「うちはね、社員同士の仲がいいんです。年配の人が若い人とうまく合わせてやってくれるし、みんなで自然と雰囲気をつくってくれている。そういう環境があるから、会社もここまで続けてこられたんだと思います」と、矢田会長は話します。
矢田木材は現在、国有林の伐採を担う「請負事業者」として、国から安定的に受注を確保しています。一方で、後継者がおらず、事業承継の課題を抱えていました。
さらに、伐採にとどまらず、将来的には木を植えて、育てるといった「造林」も手がけられる体制を目指したいという思いも。林業を営む企業としての社会的責任、そして次の時代に向けたビジョンを模索するようになっていたのです。
木材加工メーカーのグループ会社として深まる森づくり
「これからの国有林には、大きな可能性がある」と語る矢田会長。その背景には、林野庁が新たに設けた「樹木採取権」という制度があります。これまで、国有林の伐採事業は年ごとの入札制で、契約期間は1年。伐採する木も国から指定され、それを納品する形が一般的でした。しかし、樹木採取権を取得すれば、指定された森林の中でより長期間、伐採や森林管理を自社の裁量で行うことが可能になります。また、伐った丸太も国に納めるのではなく、自社で販売先を決められるのです。
こうした制度によって、伐採を担う会社は長期的な事業計画を立てやすくなり、効率化に向けた機械の導入や人材採用といった投資も可能になります。一方で、樹木採取権の取得には、一定の事業規模や実績、信頼性など、厳しい審査基準が設けられています。
こうした状況のなか、矢田会長が検討したのが、以前から地域の事業者の集まりなどで親交のあった赤平市の木材加工メーカー、空知単板工業のグループ会社となることでした。同社は、植樹活動などを通じた循環型林業に長年取り組んでおり、「木への感謝」や「社員を大切にする」といった価値観も矢田木材と重なります。また、矢田木材が行ってきた安全大会は、空知単板工業の取り組みを参考にしたものでした。
空知単板工業にとっても矢田木材をグループに迎えることはメリットがありました。材料となる丸太を安定して仕入れられることに加えて、これまで製材や販売が中心だった空知単板工業にとって、林業の最前線である伐採事業を取り込むことで、より一体的な「循環型の森林づくり・ものづくり」を実現できるようになったのです。
現在、矢田木材の社長も兼務する空知単板工業の松尾 諭社長は、木を活かす取り組みの例について、こう語ります。
「針葉樹は主に建築材に使われますが、伐採現場には広葉樹も混ざっていて、それらはチップや紙パルプになるのがほとんど。でも、中には質の良い広葉樹もあります。ただ、伐採する会社さんでは、丸太の1本1本の価値を見極めて選別・格付けする余裕がないのが現実です。木材の本来の価値を見極め、適正価格で販売することは、新たな森林づくりへの還元にもつながると考えています」
こうした考えのもと、空知単板工業では木製家具やクラフトの製作といった、付加価値の高いものづくりにも取り組むようになりました。両社の社員が持つ木の名刺には、ナラやメープルといった広葉樹も使われています。林業と木材加工をつなぎ、価値をつくり出し、地域の資源を無駄なく活かす循環型の仕組みづくりが、少しずつ形になってきているのです。
体力とチームワークを生かせる、山の現場
空知単板工業のグループ会社となり、国有林の新たな制度のもとで発展を続ける矢田木材では、次世代の担い手の確保に向け動きはじめています。
「地元の方はもちろん、ほかの地域で暮らしている方が、またこちらに戻ってくるのもいいと思いますよ」と語るのは、空知単板工業から出向し、現在は矢田木材の常務取締役を務める櫛引(くしびき)克己さん。採用業務も担っています。
実は、矢田会長、松尾社長、そして櫛引常務は、本州からUターンしてきた経験があるそう。北海道へ移住して就職する際にも理解があり、心強いです。また、林業未経験からでも、重機操作や資格取得を支援しています。
また矢田木材や、親会社の空知単板を含め、スポーツ経験のある社員が多いというのも特長かもしれません。スポーツで培った体力やチームワークが、林業の現場でも活かせるのです。ちなみに櫛引さんは空知単板工業の野球部を全国大会に導いた監督でもあり「矢田木材でも野球部の創設を計画しているんですよ」と語ってくれました。
残業がないため、プライベートの時間もしっかり確保できるのは大きな魅力のひとつ。島倉さんが話したように、趣味を楽しんだり、家族と過ごすゆとりが持てるのです。
文働く人を守り育てる会社が、森を未来につなげていく
矢田木材が掲げる「残業ゼロ」への思いについて、矢田会長は次のように語ります。「社員の安全を守るためです。屋外で体力を使う仕事なので、長時間作業になるとどうしても油断して事故につながりやすい。だからこそ、安心して働ける職場であることを何よりも大切にしています。それが、我が社の信条であり、それを実現するのが残業ゼロです」
一方で、林業に興味を持って入社しても、虫が苦手などの理由で早期に辞めてしまう人もいるのが現実。だからこそ、「できるだけ現場を知ってから就職してほしい」と会長は言います。
矢田会長は、最後にこう話してくれました。
「これから採用する方たちには、20年後の会社を担う人材になっていただきたいのです」
森を育て、会社を育てる。その姿勢は、これまでも、これからも変わりません。安全と信頼を守りながら、森の仕事を未来へつなぐ──そんな日々が、今日も着実に積み重ねられています。

- 矢田木材株式会社
- 住所
北海道芦別市上芦別町517番地11号
- 電話
0124-22-8797