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羽幌町

観光と環境の真ん中で。想いを紡ぎ伝える、アクセサリー作家20250725

観光と環境の真ん中で。想いを紡ぎ伝える、アクセサリー作家

北海道の日本海側北部にある羽幌町が有する島・天売(てうり)島に生息する海鳥たちをモチーフにした、かわいいハンドメイドのピンバッチやキーホルダー。これらのアクセサリーを制作しているのは、羽幌町在住の木内さゆりさんです。用いている材料は、天売島や羽幌町の海岸に流れ着いた海洋プラスチックやシーグラスと呼ばれるガラス片など。世の中で「ごみ」とされるものをアップサイクルし、HAPRU(ハプル)というブランド名でさまざまな作品を生み出しています。

木内さんのアクセサリーは、オンラインで発売したことをきっかけに評判となり、現在は札幌の円山動物園や東京の葛西臨海水族園でも販売されています。さらに、銀座にある生活雑貨の有名専門店などで行われる催事に呼ばれるなど、年々人気が高まっており、2023年12月からは羽幌町のふるさと納税の返礼品として登録されました。そんな木内さんに海洋プラなどを用いたアクセサリー作りを始めたきっかけや羽幌町や環境に対する思いなどを伺いました。

海鳥の聖地で目にした衝撃的な海洋プラ問題

20250624_hapru_haboro_8.jpg木内さんは、羽幌町から車で1時間ほどのところにある留萌市出身。穏やかな雰囲気のなかに信念を感じさせます。

羽幌町は甘エビをはじめとする水産業が盛んな町ですが、ここには日本で唯一の海鳥専門施設「北海道海鳥センター」があります。羽幌町・天売島は、世界でも有数の海鳥の繁殖地。別名・オロロン鳥と呼ばれるウミガラスをはじめ、希少といわれるケイマフリ、ウトウなど8種の海鳥100万羽が春から夏にかけて繁殖を行います。海鳥センターでは、これら海鳥の調査・研究・保護を目的とし、海鳥を中心とした海洋環境の保全のための普及や啓発を行っています。

木内さんが、海洋プラやシーグラスで海鳥のアクセサリー作りをはじめたのはいくつかのきっかけが重なったからでしたが、そのひとつにこのセンターで手にした本の中の写真があります。

photoac_keimafuri20250709.jpg天売島に生息する「ケイマフリ」。赤い足と白い縁取りのある目が可愛らしい海鳥です。

「海鳥の親がヒナたちに海洋プラをエサだと勘違いして与え、それを食べ続けて亡くなったヒナのことが載っていました。ヒナのお腹には海洋プラのかけらが大量にあったというのを知り、衝撃を受けました。また同じころ、漁師さんが魚のお腹の中から人間の捨てたごみが出てきたという写真をSNSにあげているのを見て、これは深刻な問題だと思いました」

また、旦那さんの転勤で天売島に2年間暮らしていたときに目にした、ウミネコの繁殖エリアである黒崎海岸での光景もアクセサリー作りのきっかけになったと話します。

「ウミネコの巣は黒崎海岸のいろいろなところにあり、中には波打ち際に巣を作る親鳥もいるんです。そのすぐそばに海洋プラのごみがたくさん漂着していて、ごみに囲まれた状態で子育てしているのを目の当たりにし、なんとかしなければと思いました。天売島は海鳥の楽園と呼ばれている島なのに、このような状況は良くないと強い危機感を持ちました」

photoac_teuri_0711.jpg断崖絶壁が続く天売島は、海鳥たちにとって敵から身を守りやすく、繁殖地として最適な環境なのです。

自分の「得意」を生かしたモノづくり

さて、木内さんが羽幌町で海洋プラやシーグラスを用いたアクセサリー作りをはじめるまでのことを伺っていきましょう。

木内さんは留萌市出身。子どものころから手先が器用で、手芸やお菓子作り、絵を描くことも得意でした。地元の高校を卒業後、札幌の専門学校へ進学し、卒業後は札幌で就職します。

「札幌ではいろいろな仕事を経験しましたが、今のアクセサリー作りにもつながるのが、大きな商業施設の庭園の維持管理の仕事でした」

伸びすぎた枝や茎をカットしていく切り戻しの作業をする際、キレイに咲いている花もカットし、それをごみとして捨てているのを見て、「もったいない」と思った木内さん。捨ててしまうならばと、花をもらってドライフラワーや押し花にし、それをレジンでコーティングしてアクセサリーにしたそう。

20250624_hapru_haboro_4.jpg洗浄した海洋プラスチックをハサミで小さく裁断。とても細かい作業です。

「この廃棄された花の活用、モノづくりが、今のアクセサリー作りにもつながっています。このときは趣味でやる程度でしたが...」

木内さんは学生時代から、ごみとして簡単にいろいろなものが捨てられるのを見て、もったいないと感じることがよくあり、捨てられるものを何かプラスのものに変えられないかといつも考えていたそう。

「そのころはただぼんやりと考えていただけなのですが、自ら行動し、形にしたのはこのときが初めてでしたね」

その後、実家のある留萌へ戻った木内さん。道の駅で仕事をしていた2016年、当時、羽幌町の地域おこし協力隊の隊員だった旦那さんとイベントで知り合います。その後、役場職員として残ることになった旦那さんと結婚して羽幌町へ。

20250624_hapru_haboro_19.jpg旦那さんは、かつて町内の海鳥センターで働いていたこともあり、海鳥についてとても詳しい様子。

想いがあるから頑張れる

羽幌町へ移り住み、「はぼろサンセットビーチ」に流れ着く大量のシーグラスや海洋プラを見た木内さん。海鳥センターで見た衝撃的な写真もきっかけとなり、できることをしようとアクセサリー作りを始めます。作品に使われているものは、すべて海岸で拾った海洋プラやシーグラス。木内さんは「ごみではなく、これらは資源」と言います。

「制作をはじめたころは、毎日のように海へ拾いに行っていましたが、最近は制作に追われて、ひと月に1回ほどしか行けていません。使っているものがなくなって、足りないものが出てきたら拾いに行くという感じです。拾ってきたものはキレイに洗い、消毒し、乾かす作業もあるので、結構時間がかかるんです」

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HAPRU(ハプル)というブランド名を付け、販売もスタート。ハプルとは、アイヌ語で「羽幌」を意味するそう。「羽幌の語源となるアイヌ語はいくつかあるのですが、そのうちの一つがハプル。たくさんの方に羽幌という町のことを知ってもらいたいし、モノづくりを通して羽幌を盛り上げ、羽幌を代表するブランドに育てていきたいという思いも込めています」と語ります。

2023年に旦那さんの天売島への異動があり、天売島へ渡ってからはウミガラスやケイマフリなど海鳥モチーフのものをメインで制作。この春に羽幌へ戻ってきましたが、今も海鳥や海の生き物を多く手掛けています。

テレビで取り上げられると、一気に知名度が上がり、注文が増えたそう。個人だけでなく、委託先からの注文が増え、「こういうのを作ってほしい」というリクエストも多く寄せられていると言います。

20250624_hapru_haboro_3.jpg年々、発注数が増えるなかで特に夏はイベントも多く、1カ月で120個も作ることがあったそう!

「リクエストに合わせて、図案や色を考え、それに合う海洋プラを探して、型を作って、プラをカットしてひとつずつ模様を作っていきます。身近なところから環境問題に興味を持ってもらうためにも、手に取りやすいかわいさは大事にしたいので、モチーフになる鳥や動物のポイントを押さえながらデフォルメするなど、バランスを考えて作るようにしています」

目下の悩みは、ひとりで制作をしているため、時間が足りないこと。「うれしいという感情の波と、忙しくて大変という波が交互に押し寄せてくる感じです(笑)」と話しますが、「環境のため、羽幌のため」という使命感が木内さんを突き動かします。

「海洋プラの問題をひとりでも多くの人に知ってもらいたいという思い、海鳥たちを守りたいという思いももちろんあります。それプラス、羽幌がいかに自然豊かな素晴らしい町であるか、作品を通じてもっとたくさんの人に知ってもらいたいと考えています」

20250624_hapru_haboro_17.jpg購入した方から「来年は天売島に行きたい」という言葉をもらうことも。作品を通して羽幌町を知ってもらうことがとても嬉しいのだそう。

羽幌は、海鳥保護事業を行っている海鳥センターのほか、ビオトープ(※)公園「自然空間はぼろ」があるなど、以前から自然と人の共生に関する活動をしている人が多いと思うと木内さん。海鳥だけでなく、マガンや白鳥などの渡り鳥の中継地でもあるのは、「町の人たちがここにある自然を守ってきたから」と話し、「自分も微力ながら、その役に立てればと考えています」と続けます。

「町の活性化には観光が必要。でも、観光と環境というのは、なかなか相容れない部分もありますが、私は観光と環境が対立することなく、うまく共生していけたら、町がいい方向に発展するのではないかと思っています。ハプルとしては、作品を通じて羽幌を知ってもらい、羽幌に興味を持って足を運んでもらうとともに、作品を手にすることで環境問題にも関心を持ってもらえたらと考え、日々制作に励んでいます。観光と環境の真ん中辺りにいたいと思っています」

(※)ビオトープ...「生き物が安定して生息できる空間」のこと

20250624_hapru_haboro_9.jpg写真の「ケイマフリ」や「ウミガラス」「ウトウ」のピンバッジやキーホルダーは、羽幌町のふるさと納税返礼品となっています。

さらに木内さんは、「田舎にいてもこうやって事業ができることを知ってもらいたいという思いもあります」と話します。販路のことなど課題はありますが、「田舎にいるからできない」と諦めるのではなく、アイデア次第で形にしていけると伝えたいそう。「私自身もまだまだな部分がありますが、自分の活動を通して、いろいろなやり方があるということを知ってもらえたら」と続けます。

海しかない。雪が多い。だからこそ得られるもの

静かな語り口の木内さん。言葉を一つひとつ選びながら話す姿から、羽幌を盛り上げていきたいという思いの強さも伝わってきます。木内さんの羽幌のお気に入りスポットを尋ねると、はぼろサンセットビーチを挙げてくれました。

「ビーチから天売・焼尻の島が見え、その間に夕日が沈んでいく眺めは絶景です。天気によっては利尻富士も見えます。何度見ても飽きませんし、夕日が沈む時間はより自然を近くに感じられます」

haboro_yuhi_202507.jpg木内さんが「何度見ても飽きない」という羽幌町の夕日。海岸線の向こうに天売島と焼尻島が見えます。

また、2年暮らした天売島のお気に入りの場所は黒崎海岸。ウミネコのヒナが育っていく様子を間近に見ることができ、時にヒナが天敵に襲われる様子を目にすることもあり、「自然の厳しさと命の営みを教えられる場所だった」と話します。

「かつて、地元の人で『ここには海しかねぇ』と言った人がいましたが、私は海しかないからこその良さがあると思っています。自然の多いところで暮らすのは、不便さや不自由さもあるかもしれませんが、それが悪いことではないと思うのです。自然がすぐそばにあることで、春夏秋冬の四季をはっきりと感じられたり、静かな環境がまちの豊かさに気づかせてくれる『音』を届けてくれたりと、私たちが得られるものもたくさんあると思います」

20250624_hapru_haboro_18.jpg撮影したこの日、羽幌の海岸にはピンク色の「ハマヒルガオ」が咲き乱れていました。

羽幌は雪が多いエリア。雪を悪者扱いする人もいますが、木内さんは「雪が降ると周りの音が吸収されて静寂に包まれます。静まり返っている中の朝焼けはとても美しく、これは都心部では見られない景色だと思います。スキー場の雪もフカフカだし、雪を楽しもうとしている大人たちもたくさんいます。天売島にいる知人は、かまくらを作ってその中でお餅を食べたり、お酒を飲んだりしていますよ(笑)」と話します。また、豪雪地帯だからこそ春が訪れたときの喜びもひとしおとも言います。

「おいしい海の幸がとれるのも、焼尻島の羊のおいしさが評判なのも、すべて自然と共生し、自然を大切にしている町の人たちがいるからこそ。そんな自然や暮らしに触れてみたいという人、都会のけん騒を離れてちょっとひと息つきたいという人はぜひ一度訪れてほしいですね」

自身の得意を生かしたモノづくりを通して、海洋プラの課題に取り組みつつ、羽幌町についても知ってもらおうと活動している木内さん。本当に羽幌の自然、羽幌の町が好きなのだなと伝わってくるインタビューでした。

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HAPRU(ハプル) 木内 さゆりさん
HAPRU(ハプル) 木内 さゆりさん
URL

https://www.creema.jp/c/hapru

https://www.instagram.com/rurunonnno922/

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観光と環境の真ん中で。想いを紡ぎ伝える、アクセサリー作家

この記事は2025年6月24日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。