近年、国内外から注目されている北海道のワイン。この10年で、北海道のワイナリーの数は約3倍に増えており、その勢いは目を見張るものがあります。さて、北海道のワイン造りを語るにあたって、外せないのが富良野エリアです。ただおいしく飲むだけでなく、実際にワイナリーに足を運び、生産者やテロワールに触れ、富良野のワインにより一層の親しみを感じてもらいたい。そんな思いから始まったのが、一般社団法人ふらの観光協会が企画・実施をする「タクシーで巡るフラノのワイン旅」です。
一昨年からスタートした期間限定のワインツアーで、昨年までは10月の土・日・祝日のみの実施でしたが、今年は10月11月の土・日・祝日に催行されます。今回は、この企画に携わっているF PLANNING LABの代表・高橋克幸さんにインタビュー。また、この企画のタクシードライバーの1人、富良野タクシーの三好大樹さんにも意気込みを伺いました。
テストツアーに参加。タクシー移動なので、ワイナリーで試飲もできるのが◎
今回、「タクシーで巡るフラノのワイン旅」がどのようなものかを実際に体験してくださいということで、お言葉に甘え、テストツアーに同行させてもらいました。
このワインツアー、ガイドなしのコンパクトプラン、ガイドとランチ付きのゆったりプランの2つのプランが用意されているのですが、今回インタビューさせていただくF PLANNING LAB代表の高橋克幸さんは、ゆったりプランでガイドを担当する「富良野地域ワインコンシェルジュ」のメンバーのひとり。そして、テストツアーのドライバーは、今年初めてこの企画に参加する富良野タクシーの三好大樹さんです。
お天気はあいにくしぐれていましたが、参加者が乗り込んだ大型タクシーの中では、ガイドの高橋さんが、訪問するワイナリーについての説明をはじめ、富良野エリアの自然環境や土地のこと、歴史について解説。興味深い内容と分かりやすい説明に知的好奇心がくすぐられ、ワイナリーに到着する前からワクワクします。
今回、高橋さんが案内してくれたワイナリーは、ゆったりプランで回る中富良野町の「ドメーヌレゾン」、上富良野町の「多田ワイナリー」、そして高橋さんの古巣でもある富良野市の「ふらのワイン」の3つ。育てているブドウやワインの製造に関してもそれぞれに違いがあり、ワインの奥深さを感じます。歴史や製造秘話、苦労話など、それぞれのワイナリーの物語を聞くことで、そのあとに飲んだワインの味がまた違ったものに感じられるのは不思議です。
「ドメーヌレゾン」「ふらのワイン」では、普段は入れない工場や倉庫の見学もさせていただき、すべての訪問先のブティック(ショップ)でワインの試飲や買い物も。タクシー移動なので、参加者全員が試飲できるのもこのツアーの魅力です。
車内では、高橋さんが訪問するワイナリーについての説明をはじめ、富良野エリアの自然環境や土地のこと、歴史について解説していました。
名ガイドは、富良野のワイン造りを長年にわたって支えてきた元技術者
さて、参加者の心をグッとつかむ名ガイドの高橋さんですが、ツアーガイドが本業ではありません。もともとは、「ふらのワイン」に勤務し、ワイン造りに取り組んでいた技術者。どうりでワインについてどんな質問にも答えてくれるはずだと納得です。しかも、北海道内のワイン業界で知らない人はいないくらいの有名人。ここからは高橋さんについて紹介したいと思います。
高橋さんは岩見沢市出身。北海道大学大学院農学研究科を修了後、群馬県にある正田醤油に就職し、発酵研究所に勤務します。4年ほどすると、家族の具合が芳しくないと連絡をもらい、一度北海道へ戻ることに。
「北大の指導教官だった先生が富良野出身で、ちょうど、ふらのワインの醸造技術者の募集があると教えてくれて、醤油と同じ発酵にまつわる仕事なので、いいかもしれないと思って、急いで公務員になるための勉強をしました」
こちらが、F PLANNING LABの代表・高橋克幸さん。
私たちが「ふらのワイン」と呼んでいるワイナリーは、正しくは「富良野市ぶどう果樹研究所」という名称。富良野市が経営する自治体ワイナリーです。そのため、ここで働くには公務員の試験を受けなければならなかったそう。ちなみに道内では、「十勝ワイン」で知られる「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」に次いで2番目にできた自治体経営のワイナリーです。
必死に勉強した甲斐あって、2000年4月に晴れて富良野市職員となった高橋さんは、ワイン造りに携わる醸造技術者としての道を歩き始めます。
「入所して分かったのは、同じ発酵と言っても、醤油とワインはまったく別モノ。ワイン造りをイチから学びました。実は当時、ワインにそれほど興味があったわけではないんですよ(笑)」
興味がなかったとは意外ですが、「でも、今となってはそれがよかったのかなと思います」と高橋さん。ワインのことを知らなかったがゆえに、一つひとつの工程や取り組みに対して、「なぜこうなるのか?」「これで合っているのか?」と疑問を持ち、自分が納得いくまで技術検証を行ったと言います。
「ワインについて少しでもかじっていたら、何も疑問に思わず、教えられたことを鵜呑みにしていたかもしれない」と話します。
また、「肩書きは市の職員でしたが、中身は市の職員ではないといつも言っていました」と高橋さん。常に、より良いワイン造りのために何をするべきかを考えて行動していたため、原材料のブドウを納品してくれる農家さんとケンカをしたこともあったそう。
貴腐化したブドウ100%の「貴腐 中富良野ケルナー」。貴腐ブドウは気象条件に恵まれないと作れないため希少性が高く、道内の主のワイナリーで貴腐ブドウ100%のワインが製造されるのは25年振り。
「造るからにはいいものを造りたいじゃないですか。当時、嫌われてもいいと思ってハッキリと農家さんにダメ出しをしたら、最初は怒られましたけど、結果として腹を割って話せる間柄になったし、逆に信頼関係が深くなり、一体感が生まれた気がします」
いいブドウを納めてもらえるようになったことでワインの質が劇的に良くなったそうですが、その一方で高橋さん自身もプレッシャーを感じていたと言います。
「いいワインができるようになったら、みんな賞を取りたいと思うようになるから、賞が取れるワインを造らなければと必死でした。2013年のワインコンクールで『バレルふらの白』が部門最高賞、銀賞、コストパーフォーマンス賞をトリプルで受賞したときはすごく嬉しかったですね。農家さんたちのおかげだなと思いました」
元「ふらのワイン」の醸造技術者である高橋さんは、現在はワイン総合コンサルタントとして活躍しています。彼の豊富な知識と経験に裏打ちされたガイドは、参加者の知的好奇心を刺激し、富良野ワインの魅力をより深く伝えてくれます。
ワイン総合コンサルタントとして、北海道のワイン産業に貢献。ツアーもそのひとつ
自称・公務員らしくない公務員だった高橋さんは、新しいことにもどんどんチャレンジ。日本で初めてアイスワインを製造販売したり、道内で初めてブドウの選果台を導入したりしてきました。
「毎年、自分で自分に目標を設定するんです。その目標をクリアするために、今年はこれをやって、あれをやって、この勉強をしよう...と動いているうちに、常に何かをしたくなるように(笑)。そして、周りが進歩していく中で、自分たちもいい方向に変わっていかなければという意識も強くありましたね」
こうして、おいしいワイン造りに情熱を注いできた高橋さんは、「富良野のワインは、いまだに品質にこだわらないで購入するお土産ワインのイメージが強い。それを払拭したいんですよね。だから、今回のようなワインツアーに参加してもらうことで、実際にワインを口にし、いかに富良野のワインがレベルアップしているかを知ってもらいたいと思います。ワインラバーの方でも満足いくものがそろっているので」と熱く語ります。
父親の介護があり、2年前にふらのワインを退職した高橋さん。「家族のことがなければ、まだふらのワインにいたと思う」と話し、「辞めると決めたときは、次に何をするのか考えてもいなかった」と話します。
介護をしながら、自分には何ができるかを考えたとき、「自分の強みは発酵。発酵に関する仕事だ」と思ったそう。そして、ワインアカデミーなどで講師をした際、各地のヴィンヤードやワイナリーの方からいろいろなことで苦労していると相談されたことを思い出します。
「きっとブドウの栽培から醸造、販売まで協力をしてくれる人がいたら、彼らは助かるんだろうなと当時は思っていました。組織を離れた今の自分なら、それができると思ったんです。それで、やっぱり自分はワインの仕事がいいのかなと」
参加者は試飲も楽しめるので、それぞれのワイナリーの個性を比較しながら、お気に入りの一本を見つけることができるでしょう。
さらに、「自分の持っている資格も強みになると気付きました」と続けます。高橋さんの名刺の裏には、シニアソムリエをはじめ、土づくりマイスター、北海道フードマイスター、JGAP指導員など、ブドウ栽培に繋がる農業や、ワインとのペアリングに生かせる食に関する資格も書かれています。そして、これまでの豊富な経験と人脈、これらの資格を生かし、「ワイン総合コンサルタント」として起業。
「ホームページもなければ、SNSもないのですが、ありがたいことにたくさんの方から声をかけていただき、今は手一杯の状況です」と苦笑しますが、必ず現地へ足を運び、自分の目で確認し、検証をするというスタイルは貫いています。
多忙な合間を縫って、今回のようなワインツアーのガイドも引き受けている高橋さんは、「ワインツーリズムを北海道の観光の柱にしようとなったとき、ただワイナリーを回って終わりではなく、また来年も来たいと思ってもらえるようなものを提供しなければならないと思いました。そのためには、ガイドするほうもワインのことをはじめ、町の自然や歴史などを頭に入れておかなければと考えています」と話します。
高橋さんは今回のツアー以外にも、さまざまな富良野のワインツアーに携わっており、「前の年にも来てくださった方には、今年は違う話を用意するなど工夫しています。また、ワイン初心者や、それほど興味がないという方でも、ワインっておもしろい、富良野っておもしろいって思ってもらい、ワインに興味を持ってもらうきっかけを作れたらと考えています」と話します。
「でも、いつも自分がガイドをできるわけではないですし、伝える側の人を育てていかなければとも考えています。今回のワインツアーの企画でも、自分のこれまでの知見をワインタクシーのドライバーさんたちに伝授していけたらと思っています。ワインツーリズムですから、もちろんワインやワイナリーも大事ですが、でも結局は『人』なんです。人は人で感動すると思うし、また会いたいと思ってもらえるようなコンシェルジュなり、ドライバーなりを育成できたら、富良野のワインツーリズムの輪はもっと広がると思います」
北海道のワイン産業がもっと良くなるように、できることをしっかりやっていきたいと話す高橋さんは、「ワインを造ること、売ること、ファンを作ること。この3つを念頭にこれからもワイン産業に携わっていきたい。ワインツーリズムはこのファン作りに繋がるので、大事にしていきたいです」と最後に語ってくれました。
ツアーの大きな魅力の一つが、ワイナリーのブティックで試飲や買い物を楽しめることです。タクシーで移動するため、運転を気にせず、参加者全員が心ゆくまで富良野ワインを堪能できます。
故郷・富良野の魅力を伝えたいと、未経験からタクシードライバーに転身
では次に、今回のワインツアーのタクシードライバーに挑戦する三好さんに話を伺いましょう。
三好さんは、上富良野町出身。高校を卒業後、明治大学へ進学し、卒業後はそのまま東京で日本語教師として活躍していました。10年ほど経ったころ、日本語教師として中国へ。
「中国には6年ほどいました。中国語ができるので、帰国後はそれを生かして富良野市内のホテルでベルとフロントの仕事に就きました。富良野タクシーのドライバーに転職したのは、今年の1月からです」
こちらが、富良野タクシーの三好大樹さん。
ホテルを辞め、ドライバーの仕事に就いた理由は、「ホテルでも海外からのお客さまに富良野の魅力をお伝えすることはできますが、景色を見ながら、自分の言葉で富良野の良さを伝えたいと思ったから」と話します。
年々、海外からの観光客が増えている富良野。三好さんは、自分の故郷である富良野エリアの魅力や良さを余すことなく伝えたいと考えているそう。特に中国語圏の人たちには、得意の中国語を生かしてしっかり伝えたいと言います。ドライバー未経験でのスタートでしたが、しっかり会社でサポートしてくれたので心配はなかったそう。
ワインに関しては、「すごく詳しいわけではないですが、飲むのは好きです。個人的にドメーヌレゾンへ行ったこともあります。今回、高橋さんのテストツアーのドライバーをさせていただいて、参加者の方と一緒に車中でガイドを聞いていましたが、町の歴史や地形の成り立ちなど、すごく勉強になりました」と感心した様子。
そして、「高橋さんの話を聞いているうちに自分もワインが飲みたくなったので、今度の休みにワイナリーに行こうかな」とニッコリ。
取材の数日後には、高橋さんが講師を務めるワインタクシーのドライバー用の研修もあるそうで、「とても楽しみです。研修を受けたあと、それで終わりではなく、プラスアルファで自分でもいろいろ調べて、お客さまに楽しんでもらえるようなネタを頭に入れておきたいですね。自分の車に乗ってくださったお客さまが、富良野のこと、富良野のワインのことを好きになってもらえたらと思います」と意気込みを語ってくれました。
それぞれ立場は異なりますが、高橋さんも、三好さんも、大好きな富良野をもっと盛り上げたいと考えているのがよく伝わってきました。
タクシードライバーの三好さんは、故郷の富良野の魅力を自分の言葉で伝えたいと、ホテルからタクシードライバーに転身しました。特に中国語圏の観光客には、得意な中国語を活かして富良野の良さを伝えています。
- 一般社団法人 ふらの観光協会
- 住所
北海道富良野市本町2-27 コンシェルジュフラノ2F
- 電話
0167-23-3388
- URL
<参加申込みはこちら>
◎タクシーで巡るフラノのワイン旅2025
<利用タクシー会社>
◎(株)富良野タクシー
◎(有)中央ハイヤー















