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まちおこしレポート
幌延町

北のまち・問寒別で、地域のくらしを支える第二の人生20251110

北のまち・問寒別で、地域のくらしを支える第二の人生

北海道幌延(ほろのべ)町の問寒別(といかんべつ)地区は、東京都のおよそ半分の面積を持つ広大な地域に、約250人が暮らしています。かつては炭鉱のまちとしてにぎわい、最盛期には3,000人近い住民が住んでいたといわれます。現在は、酪農を中心としたのどかな地域で、大正時代から続く北海道大学の研究林もあります。高齢化と過疎化が進み、除雪や移動手段の確保といった「当たり前の暮らし」を守る取り組みが求められてきました。

そうしたなかで、2024年にNPO法人「ミナといかん」が立ち上がり、地域おこし協力隊を中心に、住民ボランティアや町役場と力を合わせながら、新しい支え合いの仕組みづくりが進められています。

「これまでの経験を、誰かのために生かしたい」―会社を定年退職後、そんな思いで地域の人々の暮らしを支えているのが、道北・幌延(ほろのべ)町の問寒別(といかんべつ)地区で活動する地域おこし協力隊の小林典之さんです。小林さんは「ミナといかん」の一員として、これまで培ってきた仕事の経験と人とのつながりを生かし、今日もこのまちの暮らしを支えています。その歩みとこれまでのいきさつを伺いました。

ふるさとへ。定年後に選んだ第二のステージ

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小林さんは、今年4月に地域おこし協力隊に就任し、NPOミナといかんのスタッフとして活動しています。定年を機に第二の人生をスタートさせた小林さんは、地元・問寒別の出身。長く東京で働いた後、この地で新しい形の「しごと」と向き合っています。

父親は北海道大学研究林に勤めており、子ども時代は自然の中でのびのびと育ったといいます。外遊びが大好きで、その思い出はいまも鮮やかに残っているそうです。

2025_FUJI9424.jpgこちらが、今年4月に幌延町問寒別地区の地域おこし協力隊に着任した、小林典之さん

「共同住宅の前には川が流れていて、よく釣りをしていました。問寒別川はウグイが多いんですが、私はいつもヤマメ狙い。冬は雪の積もった土手でスキーやそりをしたり、雪像をつくったりして、足のあたりが凍りつくまで遊んでいましたね」

高校は隣町の天塩高校へ進学。弓道部で練習に励み、全道大会にも出場しました。建築に興味を持ち、札幌市の建築系専門学校へ進学。アパートでのひとり暮らしが始まり、卒業後は東京の建築会社に就職します。現場監督の見習いとして、社会人生活をスタートさせました。

時代はちょうどバブル景気のころ。忙しい日々を送りながらも、北海道から上京した小林さんの記憶に強く残っているのは、東京の蒸し暑さだったといいます。

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「最初の年、特に梅雨時期のジメジメした空気と夏の暑さには、本当に参りました」

その後知人の紹介で電子機器向けのハンダを製造するメーカーに転職し、製造や材料の手配、機械のメンテナンスから管理職まで幅広く経験し、定年まで勤め上げました。多様な業務を通して培った技術や仕事の進め方、そして人との関わり方が、現在の協力隊としての活動にも生かされています。

結婚後は東京郊外にマイホームを構えました。少し足を延ばせば緑が広がる環境で、公園や山あいの釣り場などへ家族でよく出かけたそうです。

そんな都会での暮らしを楽しみながらも、故郷とのつながりは途切れませんでした。夏休みには子どもたちを祖父母のもとに預けて、自然の中でのびのびと過ごさせたことが、彼らにとって良い思い出になっていると話します。

やがて定年を迎えるにあたり、「これからの生き方」を考え始めたころ、母親から耳にしたのが、問寒別地区で活動する地域おこし協力隊の募集でした。長年勤めた会社からは定年後の継続勤務を勧められましたが、小林さんの心は次第にふるさとへ向かっていきます。

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「母が高齢でひとり暮らしという心配もありましたが、協力隊の『集落支援』というミッションに惹かれました。これまでの経験を地域のために生かすことができるなら、問寒別の人たちの暮らしを支える仕事に、自分の力を役立てられるかもしれない。そう思って、応募を決めました」

そして2025年春、小林さんは地域おこし協力隊としての新たな生活をスタートさせます。

お困りごとは「ミナといかん」へ

現在は、母親の暮らす実家に住みながら、NPO法人「ミナといかん」のスタッフとして活動しています。同団体では、地元住民が安心して暮らし続けられるよう、協力隊とボランティアが一体となって地域運営を進めています。登録ボランティアは約30人。小林さんを含むスタッフが住民の声を拾いながら、役場と連携して事業を企画・運営しています。

主な取り組みは、地域の移動手段となるデマンド交通の運行、公園やパークゴルフ場の管理、草刈りや除雪、タイヤ交換の支援、そして地域行事(盆踊りや夏祭り)やワークショップの運営など。いずれも住民との話し合いや、スタッフが日常のなかで聞き取った困りごとをきっかけに生まれた活動です。小林さんは、NPOの事務業務の引き継ぎを受けながら、デマンド交通の手配や運転、草刈りなどに積極的に携わっています。

取材に伺った10月は、タイヤ交換の依頼が集中していました。北海道では雪の季節を前に、冬用スタッドレスタイヤへの交換が欠かせません。

「この地域では、ひとり暮らしの高齢の女性が増えているんですよ。通常はタイヤを車に積んでおガソリンスタンドまで行かなければなりませんが、1本持ち上げるだけでも重くて大変なんです。私たちはその方のお宅まで伺い、その場で交換するので、とても喜ばれます。すでに来年春の、夏タイヤへの交換を予約される方もいるほどです」

また、この地域は道内でも雪の降り始めが早く、冬が長いのが特徴です。雪の量も多く、勤務先への通勤よりも家の前の雪かきに時間がかかるという人も少なくありません。高齢者や体を使うのがつらい人にとって、毎日の除雪は重労働です。

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「住民の方からの除雪依頼はやはり多いので、私もスコップでの手作業から機械除雪まで対応できるよう、ミニショベルの資格を取る予定です。要請があればできる限り応えたいと思い、ボランティアさんにも資格取得を呼び掛けています。将来的には電気工事士の資格にも挑戦したいですね。機械のメンテナンスも得意なので、業者に頼むほどではない住宅などの軽い修理も手伝えたらと思っています」

問寒別の暮らしをより快適にするため、自らできることを考え、行動に移す小林さん。第二の人生のやりがいは、これからも広がっていきそうです。

地域に溶け込み、住民の声に寄り添う

現在、NPO法人ミナといかんには、小林さんを含め4名のスタッフが働いています。ここからは、共に地域を支える仲間たちの声を紹介します。

事務を担当する前田優花さんは、ここで働き始めてもうすぐ1年。これまでトリマーや福祉施設の生活支援員、学校事務、実家の酪農の手伝いなど、さまざまな仕事を経験してきました。

相手がどんなことで困っているのかを見極め、その人に合わせて声をかけたり、動きやすいように調整したりするようなコミュニケーションが得意です。

2025_FUJI9595.jpgこちらが、NPO法人ミナといかん事務局スタッフの前田優花さん

「ボランティアさんとはLINEを使って告知や連絡をしていますが、使わない方や苦手な方もいるので、電話でも呼びかけるようにしています。また、登録しても『勝手が分からない』とためらってしまい、最初の一歩が踏み出せない方も多いんですよね。そういうときは『最初のうちは、私たち職員も一緒に活動に入りますよ』と声をかけ、参加を促すようにしています」

一方で、問寒別の人たちにNPOの活動をより広く知ってもらうことも、課題のひとつだといいます。

「活動の告知はしていますが、よく知らない方もいます。特に、かなりのご高齢の方に多く、困っていることがあるはずなのに、サポートからこぼれ落ちてしまう。ですから、お宅を訪ねてNPOの事業内容をわかりやすく説明することもあります。独居の高齢者の様子を知る、また見守るという意味でも、地域包括支援センターと連携しながらこうした訪問を行っています」

取材のなかで、スタッフのみなさんが何度も口にしていたのが「地域に溶け込む」という言葉でした。支援の仕組みを整えるだけでなく、それを根づかせていくには、役場などの関係機関と連携しながら、登録ボランティアや住民とのつながりを丁寧に築いていく必要があります。

パン販売.jpgパンの販売日には短時間で完売になるほどのにぎわいを見せます。

「この地域の人たちは、初めての人でもこちらから話せば、好意的に応じてくれます。仕事でもプライベートでもそうです。逆に、こちらが何も言わなければ『距離を置きたい人なのかな』と感じて、相手も遠慮してしまうんですね。だからこそ、住民のみなさんに届くように、自分から動いていくことを大切にしています」

そう話す前田さんは、実は札幌市の出身。なぜ、問寒別で暮らすことになったのでしょうか。そのいきさつを少し聞かせてもらいました。

問寒別の暮らしと人のつながりの中で

前田優花さんは札幌生まれ。父親が問寒別の出身で、前田さんが就職したころに脱サラして単身ふるさとへ戻り、実家の酪農業を継ぎました。前田さんも長期の休みには、問寒別の家で過ごしていたそうです。

「札幌は人だらけ、でも問寒別は緑だらけ(笑)。見える景色が違うんです。空気もクリアだし、夜には満天の星空で天の川がくっきり。静かで落ち着いた場所で、昔からお気に入りでした」と前田さん。

15年前、体調を崩したのをきっかけに父親のいる問寒別へ移住。実家の酪農手伝いや、町内の福祉施設などで働いてきました。現在は小学生3人の子育て中です。「問寒別は、子育てには絶好の土地だと思っています」と、明るい表情の前田さん。

地区には小中一体の学校があり、地域の子どもたちは同じ校舎で学んでいます。全校で12名の小さな学校ですが、そのぶん住民も地域ぐるみで子どもを大切に育てる温かい風土があり、運動会などの行事やイベントもにぎやかだそうです。

ワラベンチャー(スノーモービル2).jpg「ワラベンチャー」という親子向け自然体験クラブの活動もサポート。スノーモービルは子どもに大人気の企画です

「この地区独自の子ども向け自然体験クラブもあって、夏はカヌー、秋は釣り、冬はスノーモービルを親子で体験できるんですよ。子どもだけでなく、親の私も楽しんでいます」

自主的に活動をつくり出す住民が多いのも、この地区の特徴です。学童保育のかわりに、母親たちが週1回、子どもたちと関わる活動を行うグループもあるそうです。

「問寒別にはサークルも多いんです。私は手芸クラブ、陶芸クラブ、食生活改善推進協議会のクラブに入っています」と前田さん。

協力隊の小林さんも笑顔でこう話します。

「私も、パークゴルフや釣り、陶芸のクラブ、それにカラオケ愛好会にも入っています。おかげで、休みの日も充実しています」

地区を支える新たな仲間を募集中

幌延町では現在、NPO法人ミナといかんで活動する地域おこし協力隊を募集しています。ミッションは小林さんと同じ「集落支援」です。高齢化や人口減少が進むなかで、住民の暮らしを支え、日常の困りごとに寄り添うことが役割です。

「専門的なスキルよりも、人と関わることが好きな方に向いている仕事だと思います。ここでは住民の方との距離が近くて親しみを感じます」と話すのは、町役場で協力隊業務を担当する覚幸さん。

toikanbetu_114.jpgこちらが、協力隊の活動をサポートする、幌延町役場住民生活課の覚幸千晶さん

「地域の方と雑談できる人、ちょっとした声かけが自然にできる人が、いちばん地域になじみやすいんです。年齢に関係なく、そういう方を歓迎しています。ミナといかんは住民主体の団体ですから、ここで暮らす方々と話しながら一緒に地域づくりを考え、企画を出し、実行していく。そういった意味で、スキルよりも人と向き合う力が大切だと思っています」

さらに、プラスアルファの条件についても説明します。

「小林さんや前田さんのように、これまでの仕事で培った経験や技術を生かせる人、あるいは特技や得意分野を持っている人も歓迎です。これは仕事に限りません。たとえば手芸やクラフトが得意なら住民向けのワークショップを開いたり、スポーツが得意なら大人や子どもと一緒に楽しむ機会をつくったり。そうした活動が、地域の暮らしを豊かにし、まちの魅力にもつながります。ご自身の特技や、問寒別で気づいた『地域に必要なこと』を、積極的に提案してほしいですね」

協力隊の住居費は町が負担。また、応募前に実際の暮らしや仕事を短期間体験できる「おためし地域おこし協力隊」という制度も設けられています。

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「おためし協力隊を実施することになったきっかけは、実際に協力隊を導入してから、ミスマッチとなるケースがあったことからです。やってみたいと思っても、いきなり移住となると不安がありますよね。そうした声を受けて、国の制度を活用しておためし地域おこし協力隊を実施することになりました」と覚幸さん。

この制度では、幌延町までの往復旅費の2分の1(上限4万円)まで支給し、宿泊場所も町が手配。宿泊費は全額町が負担するなど、安心して体験できる環境が整っています。実際に滞在するなかで、協力隊の活動や地域の人との関わりを体験し、自分の目で暮らしを確かめられるのが大きな魅力です。

近年では、問寒別に移住して新しい挑戦を始める若者の姿も増えています。千葉県出身の20代男性は、集落の空き家を改修してゲストハウス「ウタラといかん」を開業。秘境駅を目当てにした鉄道ファンや旅人などが、各地から訪れているそうです。移動型のバス居酒屋を営む若者もいます。この地を訪れた人が、それぞれの形で活動を始める動きが、少しずつ広がっています。

小さな集落から広がる、新しい支え合いの形

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「この地域のために、まだまだできることはあります」と、みなさんは口をそろえます。
たとえば、NPOミナといかんが運営するデマンド交通。現在は、問寒別地区内を平日に事前予約制で運行しています。しかし、「急に病院へ行きたい」「隣町まで行きたい」といった声もあり、今後はさらに住民の利便性を高める仕組みを検討していきたいといいます。

こうした日々の暮らしを支える取り組みのかたわら、自然を楽しめるのもこの地域の魅力のひとつです。川には「幻の魚」と呼ばれるイトウがすむ「聖地」があり、1メートルを超えるイトウを釣り上げた人の写真も見せてもらいました。ほかにも、キャンプやスキー、スノーモービルなど、四季折々のアクティビティが楽しめる環境が整っています。日常のなかにも、小さな発見や楽しみがあります。「この前、子どもがピンク色のバッタを見つけたんですよ!」と、前田さんがうれしそうに話す姿が印象的でした。その隣で、覚幸さんはこう話します。

「小林さんのように『第二の人生』をスタートさせたい方や、子育て中の方、学生さんなど、幅広く協力隊に興味を持ってもらいたいですね。私を含めて、どんな方にもきっと得るものがあると思います」

最後に、小林さんが語ってくれました。

パンケ沼.JPGサロベツ原野に位置する円形の塩沼、パンケ沼。奥には利尻富士がみえる絶景!

「長い東京暮らしでも、やっぱり静かな環境で暮らしたいと思うようになって。それがここでは実現できています。車で走っていると、サロベツ原野や海沿いの風車、山道では海の向こうに利尻富士が見える絶景スポットもある。いつ見ても感動します」

雄大な自然に囲まれた土地ですが、買い物の不便さなど暮らしの課題も少なくありません。「だからこそ、地区の一員として、少しでも暮らしの質を上げていくお手伝いをしたい」と小林さんは話します。

小さな集落だからこそ、一人ひとりの行動が地域を動かしていく。前田さんや覚幸さん、そして住民のみなさんと力を合わせながら進める日々が、いまの小林さんにとって「第二の人生」の新しい歩みとなっています。

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特定非営利活動法人ミナといかん
特定非営利活動法人ミナといかん
住所

北海道天塩郡幌延町字問寒別35番地

電話

01632-9-7067

URL

https://minatoikan.jp/

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北のまち・問寒別で、地域のくらしを支える第二の人生

この記事は2025年10月15日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。