旭川市にある「うけがわファームDEN-EN」社長の請川幹恭さんは、5代目農家として米や麦などを作っています。かつて自称「くそダメ男」でしたが、今や好調な飲食事業も手がける敏腕経営者。その軌跡と展望を聞きました。
家業のイメージは最低だった。父に勘当され、多くの仕事を経験
農業を仕事にしたいと思ったことはあるでしょうか。休みがなくて忙しそう?体力も知識もないと難しそう?収入が不安定?ひょっとしたら、そんなハードルの高いイメージを持つ方もいるかもしれません。技術は一朝一夕には身につかないし、新規就農だと十分なサポートや売り先がないと不安があるかもしれません。でも、鮮やかに展望を描いて挑戦する経営者がそばにいたら、飛び込みやすくなりませんか?今回は「社員が年収1000万円になるのを目指す!」と鼻息の荒い農業経営者のお話です。
北海道の屋根と呼ばれる大雪山を臨み、田んぼが広がる旭川市の東旭川地区。旭山動物園まで車で5分、旭川空港まで20分という好立地です。
農珈屋のテラスから見える、田園風景。
人気のスパイスカリー店「農珈屋(のかや)本店」で取材チームを迎えてくれたのは、うけがわファームDEN-ENの請川幹恭さんです。70ヘクタールで米や小麦などを手がける5代目。同店と隣接するパン店「米麦屋」、農珈屋の旭川空港店を営んでいます。地元の酒蔵と組んで、市民参加型の日本酒づくりもしています。米価が高値で取引される中ですが、新しい野菜にチャレンジすると聞いて、お邪魔しました。
請川さんは異色の経歴の持ち主です。「農家の息子」として生まれましたが、家業へのイメージは最低だったといいます。
「冬しか休めず、半強制的に手伝わされるわけです。別に裕福でもなかったですし。小学校の頃なんか、友達の家に遊びに行ったら『仕事を手伝え』と電話がかかってくるほどでした」
こちらが、「うけがわファームDEN-EN」社長の請川幹恭さん。
後を継ごうという考えは1ミリもなく、設計士になろうと札幌の専門学校に進学しました。そこで待っていたのは、きらびやかな都会の生活。
「当時はディスコブームで、ダンスパーティーのチケットが回ってくるんです。バイトしてパチンコ行って、夜はススキノで遊びまくって朝に帰る。楽しかったですね」と声を弾ませます。ところがその後、教員に「2年間で卒業できないぞ」と言われ、旭川に帰ることにしました。
ひと夏だけ実家の仕事を手伝いましたが理不尽さに耐えられず、その後はトラック運転手や不動産会社の営業、スナック経営など、若いころは多くの職種を経験しました。

「いろんな人を見て、いろんな稼ぎ方を見るわけですよ」。この時の引き出しの多さが、現在の経営センスを培ったよう気がします。
ある時、母親から「そろそろ戻らないかい?」と言われました。これがきっかけで、また実家に戻ることに。27歳でした。
専業農家としてメシを食う。プライドを持った経営者に
子どもの時は農業を「休みがない」「汚い」とネガティブに捉えていた請川さん。さまざまな仕事を経験したことで、見え方がずいぶん変わっていました。
「とりあえず食べるものを作っていれば、何とかなる。直接販売できれば利益が十分出るだろうし、面白そう。それに、辛抱すれば経営者になれる」
請川さんは当時の自分ことを「くそダメ男」と呼びますが、多くの農家の後継ぎとは違う道を歩んだことで独特の嗅覚や行動力に磨きがかかっていました。勘当同然だった経営者の父に頭を下げ、月給3万円で「親の奴隷」として修行を始めました。
現場で父の背中を見る中で、「これは長続きしないだろう」と感じていたといいます。近隣農家から作業を受託するのがメインで、大規模化や農家人口の減少に伴って、将来的に仕事は減っていくことが予想されました。請川さんは父について「経営者というより、農家のおっちゃんなわけですよ。数年後にこうしたいから今これをやる、ではなく、その日暮らしで目の前の仕事をこなすだけ。僕と価値観が違い過ぎました」と言います。
土地を守るための家業なのか、人を雇って生産性を高める農業経営なのか。父と方向性は真逆でした。経営移譲後は会社を立ち上げるしかないと、心に決めていました。
2025年4月20日にオープンした「米麦屋」で打合せをする請川社長とスタッフ。
旭川は道内でも随一の米どころです。請川さんの家族も代々、米作を中心に据えてきましたが、取り巻く状況を冷静に捉えています。
「結局は国が面倒を見てくれるから、米価が安かろうがそれほど騒がなかったんですよ。転作で小麦を作っても、(補助金が目的で適切な生産がなされない)いわゆる捨て作りをしているケースも多い。僕はそれが嫌いなんですね。除雪など冬に別の仕事をしないと生活できないというのも嫌で。『専業農家だから』というプライドや、『農業でメシを食ってる』と胸を張れるようにしたいんだよね」
歯に衣着せぬタイプの請川さんは、自分の理想とする農業と経営をよどみなく語ります。「稲作農家はこうじゃなきゃ」「農家に生まれたんだから」というステレオタイプは受け付けません。周りに左右されず自分の考えやスタイルを貫くので、新規就農者らから兄貴分として慕われているのもうなずけます。
東京進出の結果は大赤字に。地元の飲食事業は今も絶好調
請川さんは農業の世界に入ってからずっと、生産だけでなく、消費者に直接届けるところまでこだわっています。現在は本社敷地内にある「農珈屋」と「米麦屋」に加えて、旭川空港内の「農珈屋」も好調ですが、飲食事業に乗り出したきっかけは15年ほど前にさかのぼります。
父から経営移譲を受ける前年、意気投合した地元の新規就農者と一緒に会社を立ち上げました。道北最大の歓楽街である旭川市内のサンロクに、居酒屋をオープン。「自分たちのおいしいお米を食べてほしい」という想いからでした。
その居酒屋をきっかけに百貨店の役員に興味を持たれ、テナントとして都内と横浜に飲食店を構えることになりました。しかしコロナ禍で撤退するまで、苦境が続きます。百貨店に通うような客層とうまくマッチせず、軌道修正するにも長い時間がかかりました。不慣れな土地で多額な運営コストも重荷になっていました。
「撤退するにしても3500万円の違約金や原状復帰費用がかかるので、10年ほど、少しずつ赤字を圧縮しながらやりました。トータルの赤字は7000万円以上で、毎年税理士さんに怒られていましたね。その意味では新型コロナのタイミングで撤退できて、『持ってるな~!』と周りに言われました」。請川さんはこう振り返って笑います。
豪放というのか、楽天的というのか。挑戦を続ける請川さんからは、とにかく前に進むしかないというエネルギーしか感じません。
「性格的にやらないと気が済まない。百貨店の失敗も今なら自分の浅はかさが分かるけれど、やらない後悔ほど無駄なものはない。やって後悔するなら勉強と経験になるけれど。作物と違って時間は増やせない。石橋を叩く暇なんてないし、会社を潰したって死ぬわけじゃないですからね」

2019年には、誘いを受ける形で旭川空港内に「農珈屋」をオープン。半年後には、自社の事務所を改装して本店も立ち上げました。
「軽いノリなんですよ。うちのお米をおいしく食べてもらえたら、それでいいよねと。飲食で儲けたいという考えは全くなくて、人件費が出ればいいかなという程度です」と話します。ところが蓋を開けてみると、両店とも大盛況。売り上げは想定の数倍になりました。
ここ数年は事業が拡大する一方ですが、成長を支える人材の確保が急務になっていました。会社全体でみると、売り上げは農業部門と飲食部門はおおよそ半々。それでも従業員数でみると農業が3人、飲食が20人弱と大きな開きがあります。農業部門の生産性の高さがよく分かりますが、新たに高収益作物にチャレンジするにあたり、右腕にもなる人が求められていました。
農珈屋のスタッフとパシャリ。運営には若い力が原動力となっています。
バブルの先を見据え、長ネギに照準。目指すのは儲かる会社
請川さんに取材したのは2025年10月。米価は高止まりしているとよく耳にする時期でした。しかし請川さんは、この状況をやはり冷静に捉え、先を見据えていました。
「バブル感が強いので、多分いつかダメになる。その時に穴埋めするのは高収益な野菜だ」
気候変動の影響や、野菜を日本に多く輸出する中国の動向、栽培コストなどを踏まえて、長ネギを選びました。
需要を踏まえて新しい作物に力を入れるのは、今回が初めてではありません。コロナ禍で米価が下がり、取引先が細る経験をしたことで、加工の用途が広い小麦を本格的に作り始めました。
長ネギの前で笑顔を見せる、請川社長。
「本場の十勝やオホーツクと、(旭川を含む)上川地方では全然違う。コンサルを入れて一から勉強しました。どうせやるなら地域で一番を取りたいじゃないですか」
それを象徴するように、自社の小麦粉や米粉を使ったパン店「米麦屋」もオープンさせました。
「地域で一番に」という想いは長ネギでも一緒です。産地化を目指して最初に取り組めば、出荷などをめぐるルールを自分で決められるという目論見もありました。ファーストペンギンの特権です。
「旭川の農業って何?と聞かれても、お米しかないよねってなる。『稲作農家だから』でとどまるのは嫌なの」。パイオニア精神をたぎらせます。
北海道食材にこだわり、素材本来の美味さを生かしたパン作りを心がけています。また、米粉100%のパンの開発など、アレルギーをお持ちの方も一緒に楽しんでいただけるラインナップです。
請川さんによると。長ネギは1反(約1000㎡)あたりの売り上げが100万円オーバー。これを軌道に乗せることで、「儲かる会社」にしていくことを狙っています。取材当時51歳の請川さんは、65歳での引退を考えているんだとか。
「儲かっていろんなことができる会社であれば、後継者は勝手にやってくると思ってます」
あと15年ほどの間に会社を強くする上で、基盤の1つとなるのが長ネギというわけですね。
請川さんは子どもの頃、農業に対するイメージはネガティブでした。その要因の1つは、休めないのに稼げないというもの。農業を始めて25年ほどで、その印象は大きく変わりつつあるようです。
取材陣に長ネギ食べていきなよと自ら引っこ抜く社長。実際の収穫作業は機械です。
「まずは動くかどうか。結果は後からついてくる」
うけがわファームでは、多忙を極める田植えでも、従業員の顔に疲れが見えてきたら休みを挟むようにしています。稲刈りでも雨の日は休みにするなど、柔軟に対応しています。機械化が進んだことに加えて、気候変動でこれまでの常識が通用しなくなり、結果的にかつてよりフレキシブルに作業ができるようになったといいます。さらに、経営者の段取りによって働き方が大きく変わってくるそうです。将来的には残業なしの週休二日制を目指しています。
「農業を20数年やって気づいたのは、適期にやるべき仕事さえしていれば作物は育つということ。農業は段取り8割と言われます。心にゆとりを持って段取りを考えるのが大事だし、経営者に段取りと指示出しができていれば、実際に作業を担うのは誰でもいいので、効率はぐっと高まります」
「誰でもいい」というのは、作業の属人化を抑えることです。請川さんに「今なんて、トラクターは勝手に真っすぐ走るんだよ?ただ乗っていればいんだから、そんな楽なことはなくない?」と言われ、「確かに...」と納得しました。熟練のオペレーターしか操作できない時代だったらともかく、誰でも扱えるように仕事を組めば、働きやすさが高まるのは間違いなさそうです。
トラクターを運転するスタッフ。
これは、仕事を性別で分けないという考えにも通じます。
「ゼロとは言いませんが、昔と違って重労働ばかりじゃない。男性じゃないとできない仕事というのはあまりないです。飲食事業を見ていてよく思うのは、男性と女性で気づくことは違うということ。男性も女性も農業で力を発揮してほしいです」
今後迎えたい農業部門の人材像の1つは、経営幹部候補です。
「長ネギはまさにそうですけど、僕もやったことがないので、一緒にチャレンジしてもらえる人だとうれしいです。結果を出したら、給料はどんどん上げていきたい」と請川さんは言います。そのために大事なのは自主性です。例えば、人件費を抑えて売り上げを伸ばした、機械整備の外注費を減らして自前でやった場合に、「これだけ数字が良くなったので給料に反映させてください」と直談判できるような人だといいます。

その一方で、決して結果ありきでは判断しないのが請川さんの流儀です。
「基本的には現場任せですが、自分が動くかどうかが大切。結果は後からついてくるし、動くことで一人ひとりや会社としての経験値になりますから」
東京進出と撤退の経験があるだけに、説得力がありますね。
請川さん自身がそうであったように、前職や経歴は関係なく飛び込める世界です。農業経験についても質問してみましたが、「いらない、いらない、いらない。固定観念がない方が好きです」と迷いなく答えてくれました。遠方から移住するとすれば、住まいや車の確保には相談に乗るとのこと。

旭川については「適度な田舎感があるけど、一通り何でもそろう。食事は断然おいしいいです」と言う請川さん。冬の田畑は雪に覆われるので、出勤は月に10日ほどです。基本給は変わらないまま仕事量は減り、ゆっくりした時間が流れます。季節によるメリハリがあり、プライベートも充実させられます。
最後に将来の展望を聞きました。引退を宣言している15年後、全社の売り上げは現在の4倍である10億円を目指すそうです。農業部門は半分の5億円。飲食部門では地方都市を中心に店を増やし、10店舗体制にする構想を描きます。
「田舎でも年収1000万円の社長はザラにいるので、3000万円を目指したい。従業員は1000万円という規模を狙いたいし、そんな農業ができれば他の企業に勝てる」
1000万円プレイヤーの誕生が今から楽しみです。
旭川で農業をやってみたい!という方はぜひうけがわファームにお問い合わせください。

- 株式会社うけがわファーム DEN-EN
- 住所
北海道旭川市東旭川町上兵村384
- 電話
0166-36-2239
- URL
◎農珈屋本店(のかやほんてん)
住所:北海道旭川市東旭川町上兵村384
Google map
☎080-9619-6942
◎旭川空港店(あさひかわくうこうてん)
北海道上川郡東神楽町東2線16号98番地 旭川空港2階 そらいち内
Google map
☎080-9619-6942
◎米麦屋(こむぎや)
住所:北海道旭川市東旭川町上兵村384
Google map
☎080-9619-8446















