北海道が誇る一大観光地・函館。
「100万ドルの夜景」とも呼ばれる函館山からの街あかりや、異国情緒あふれる赤レンガ倉庫群。そして何よりも豊かな漁場で水揚げされる豊富でおいしい魚介類をいかしたグルメの数々が我々の胃袋をつかんで離さず、ついついリピーターとなる旅行者も数知れず。
さて、今回のお話の主役は漁師さんと消費者をつなぐ仲卸業を営む「小西鮮魚店」。現在は二代目が切り盛りするこちらのお店ですが、なんでも変わった経歴の持ち主だとか。
むむむ、これは気になるぞ、とさっそく函館に向かったくらしごとお魚チームが訪れたのは...
え?ここ居酒屋じゃないですか。
デザイナーから仲卸に転身、小西一人さん登場
小西鮮魚店の二代目・小西一人(かずと)さんとの取材場所として指定されたのは「居酒屋 気腹志」。五稜郭エリアにあり「函館で一番元気な店」と書かれた大きな看板が目印です。
実はこちらのお店も小西さんの取り組みに関わっているのですが、その話はもう少しあとで。
こちらが小西鮮魚店代表の小西一人さん。
笑顔が素敵な短髪さわやか好青年の小西さん。若いのにご立派!
‥と思いきや、現在45歳。
はい、熱心なくらしごと読者の皆様からは「おお、またか」という声が聞こえてきそうですが、そうです、またです。
これまで漁師さんに出会うたびにその見た目と年齢のギャップに驚かされ、その都度「漁師さんみんな実年齢より若く見える」説を唱えてきた我々ですが、まさか仲卸さんまでこんなに若々しいとは。
北海道の漁業ってすごい。
高校卒業までを函館で過ごした小西さん。高校時代は道内では珍しい居合道の部活に打ち込みました。
「小さい頃から目立ちたがりで、他人がやらないようなことをやりたがるところがありました。居合道は他の競技に比べて人口が少ないので、割とすぐに全道大会に行けて優勝できたんです」
なんと優勝していた!
誰もやってないことをやりたい、と小西さん。
高校卒業後はデザインを学ぶために上京し、東京の大学でデザイン工学科を専攻する傍ら今度は合気道部に入部。
「キレイな先輩に声をかけられて、これが夢のキャンパスライフか!と思ったんですが、入部してみたらめちゃくちゃ体育会系で、しばらくはずっと畳を拭いてました。そこは学ランが正装でしたね」
こうしてデザインの勉強と合気道と遊びに精を出し、大学を卒業後は東証一部上場企業でプロダクトデザイナーとして勤務。3D製図ツールなどを使いパソコンなどの製品デザインを担当していたそうです。
「プロの世界に入ってみて、大学で学んだ4年間は社会の3カ月にも及ばないなと実感しました。現場で実践的なやり方を学ぶ日々でしたが、とても楽しかったです」

ロゴのデザインも、もちろん小西さんが

「居酒屋 気腹志」スタッフはこちらのおそろいのTシャツで
いまのところお魚の気配は全くありません。
転機が訪れたのは29歳の頃。
先代であるお父様から電話がかかってきました。
「メインの話題ではなかったんですが、人手が足りないから誰か動ける友達いないか、という電話でした。ありがたいことにお客さんからの注文が増えていたみたいです。その流れで、あと5年もしたら辞めるから誰か魚屋やりたいやついないか、と言い出して。もったいないなと思って、じゃあ自分でやるかと。次の日に会社に退職の意向を伝えました」
デザインの仕事は好きだったという小西さん。当時はデザインという概念が、製品の見た目だけではなく企業ビジョンなどの経営部分に拡大し始めていた時期で、自身も企業経営の勉強をしていたのだとか。
そのタイミングで突如浮上した家業を継ぐという新たな選択肢を、小西さんは選びました。

「父からの電話を切ったあと、魚屋の自分を想像したんです。昔から想像すると止まらなくなるところがあって、気が付いたらもう魚屋の自分が出来上がっていたんですよね。なので、じゃあやってみるか!って(笑)。ただ父からはものすごく反対されました。『学費をかけて大学に行かせて、上場企業に就職したのになんで魚屋になるんだ!』と」
こうして颯爽と函館にUターンをきめ、デザイナーから仲卸の道に進んだ小西さん。お父様から仲卸のイロハを学ぶ日々が始まります。
激しい仲卸修行と自分スタイルの模索
子供の頃は家業にほとんど関わらなかったという小西さん。仲卸のことはもちろん、お魚についての知識もなくゼロからのスタート。
当時の小西鮮魚店は従業員2名。自宅の1階で商いを営んでおり、対面販売から全国の飲食店等への発送が主軸にシフトしていた時期でした。
右も左もわからない状態の小西さんですが、やさしく手取り足取りというわけではなかったそうです。
「基本的には見て覚えろ系で、とんでもなく激しい指導でしたよ。多分父は周りから息子を甘やかしてると思われたくなかったんだと思いますが、ほかの従業員には『これやっておいてね~』というところを『一人てめぇこれやれッ!』という感じでした」
全くの未経験で飛び込んだ水産の世界。今では多くのスタッフを引っ張ります
すさまじい親子の指導!
ところで、そもそも「仲卸」とはどんなことをするお仕事なのでしょうか?お魚が魚屋さんに並ぶまでの流れで考えてみましょう。
①まず漁師さんが海でお魚をとってきます
②それを漁協がとりまとめてせりにかけます
③競り落とした魚を魚屋さんや飲食店に販売します
④私たち消費者が小売店で購入します
仲卸のお仕事は③。競りで良い魚を仕入れることがお仕事の第一歩です。
ちなみに競りに参加するためには資格が必要で、「せり人登録試験」に合格しなければならないそう。
小西さんもお父様と一緒に競りに参加し目利きを学びました。
息子への指導は厳しいけれど、お父様の魚に関する知見や仕事への向き合い方には尊敬の念を抱いていたと言います。
だからこそその背中を追うことをやめました。
SNSでのおさかな情報発信も大事な業務
「父のやり方は父が長年培ってきたもので、自分がどんなに真似しても超えられるものではありません。周りからも信頼される人格者でもありました。不得手なことに力を費やすより、得意分野を誰も追いつけないくらい伸ばすほうが、結果的に社会に貢献できるはず。だから父の言葉を100%鵜呑みにするのではなく、自分の強みを生かして、父とは違う形の仲卸を目指そうと思ったんです」
意識を変えた小西さん、お父様が買わない魚や時には自分でもよくわからない魚も買って、トライ&エラーを積み重ねます。お客さんに怒られることもあったそうですが、こうした経験の一つひとつが現在につながっています。
「市場の魚は父が仕入れなかったものも結局は全部買い手がついているじゃないですか。だったらここにある全ての魚を売ってみたいなと。当時はとにかく売り上げを増やすことを考えていました」
様々なお魚を扱う中で、小西さんが大出世させたお魚もいるそうです。
その一つがクロメヌキという根室でとれるお魚で当時函館には入ってこなかった魚種ですが、食べ方までフォローすることでリピートする飲食店が増加し、ついには函館の市場にも入るようになりました。
丸々と太ったイワシ。どうしたらこの一匹の価値を上げられるか!が、この仕事の醍醐味。
もうひとつが小さなニシンの子供。小さく骨も多いため売り物にならなかったお魚ですが、味は抜群に良かったそう。
「ある時、豊洲でコハダにキロ4万円という高値がついているのを見たんです。ニシンの子供よりずっと小さな魚なんですが、江戸前寿司ではこのコハダを捌いて何匹も載せたものが『新子』と呼ばれる春の風物詩なんだそうです」
これにデザイナー的インスピレーションを得た小西さん、件の子供ニシンを「新子ニシン」と名付けて提案したところ爆発的に売れ、市場での取引価格も上がりまさに大出世を果たしました。
成功のヒントは「すでに売れているものからちょっと借りること」。
今回のケースでは、江戸前寿司で古くから喜ばれてきた「コハダの新子」という文化から、「新子=旨い」というすでに確立された事実を北海道に輸入して、ニシンの子供に当てはめたというわけです。
この考え方はデザイナー時代に学んだことだそう。
なるほど、勉強になります!
多くの経験を積んでいった小西さん、次第に「たくさん数を売る」から「お魚1匹の価値を上げる」という考え方に変わっていきました。
デザインの力でお魚をブランディング
今ではよく聞くようになった「神経締め」という手法。小西さんは函館で最初期に神経締めを取り入れていました。
「周りはそんなの意味ないと言っていましたが、試しにやってみてなじみの飲食店さんに一度使ってみてほしいと持って行ったところ、『もうこれ以外使いたくない』と喜んでもらえたんです。そのうち魚屋さんからも引き合いが増えてきて、魚のプロでも良いと思ってもらえるんだと自信がつきました」
時には漁師さんの船に乗せてもらい、船上での神経締めをお願いしたこともあったそう。当初は「仕事増やさないで」と面倒がっていた漁師さんも、お魚が神経締めでさらにおいしくなったと飲食店が喜んでいると伝えると、次第に協力してくれるようになったのだとか。
小西さんが自分なりのやり方で経験を積み重ねていくうちに気付いたことが、ブランディングの余地の多さ。そのきっかけの一つを聞かせてくれました。
品質の良いサケを目利きし他よりも高値をつけて競り落とすお父様に、なぜもっと安いサケを買わないのかたずねたことがあるそうです。すると「よりおいしいほうを食べてもらいたいからに決まっている」との返答が。

「父の目利きが正しいから、そのサケは絶対においしい。しかし、それをお客さんに伝えることはしていなかったんです。『おいしいと感じてもらえればよい』、という人でした。自分は一つひとつの魚の価値をもっと上げて、食べる人も作る人も売る人も喜んでくれる『三方よし』の世界を作りたいという考えです」
おいしい理由をきちんと整理してお客様に伝えることで、お魚の価値はもっと上がるはず。それを実現するための視点とスキルが自分にはある。
小西さんは多くの商品パッケージを自ら刷新し、おいしさの背景を伝え購買意欲を高める仕組みを作りました。
小西鮮魚店の販売戦略そのものをデザインしていったのです。
その取り組みが食のセレクトショップ「DEAN&DELUCA(ディーンアンドデルーカ)」の目に留まり、小西鮮魚店専売のコラボポップアップショップも開催され、年間売り上げ1位を獲得したことも。
仲卸という仕事について改めて強みを聞いてみました。
「それぞれの浜には旬があり、得意な魚種があります。仲卸はそれを俯瞰して見ることができる仕事で、全道・全国でいま何がおいしくて、この後は何がおいしくなるのかを知っています。やはりおいしい魚と飲食店・食べる人のマッチングが、仲卸の醍醐味であり社会へ貢献できるポイントだと思います。自分が仕入れた自慢の魚が飲食店に届き、料理人さんが箱を開けた瞬間や捌くときの表情を見たり想像すると楽しくなりますね」
こちらは、北海道と言えば!? の代表魚、ホッケ。見るからに美味しそう!
より多くのマッチングを目指し飲食業・観光業へ展開
日本各地でお魚事情が変化する昨今。近年函館近海では、これまでいなかったはずのブリが回遊してくるようになり、水揚げ量も年々上昇。
そのブリもどうやら十尾十色で、そのままで十分おいしいものもあれば、そうでないものもあるそう。小西さんが目を付けたのはもちろん「そうでもない」ほうです。
取材時は偶然ブリだし塩ラーメンと、ブリだしとお酢を合わせた特製シャリを使うお寿司の試食が行われていました。
なるほど、だから居酒屋集合だったのか。
(それにしてもブリだしラーメンのスープ、いい匂いすぎてつらい...)
麺の太さや形状を変え、何度も試します。
聞けばこの居酒屋「気腹志」、函館では大人気のお店でしたが店主がお店を閉じると聞き、もったいないからと小西鮮魚店が事業承継したそうです。もちろんお魚は小西さんが選んだ極上の旬魚介が並びます。
そう、小西鮮魚店は全国各地1000件以上の顧客からのお魚リクエストに応える一方で、他業種への展開も進めているのです。
現在はこちらの「気腹志」と函館空港内の「小西鮮魚店 気腹志食堂」を営むほか、2026年3月には小樽三角市場内にも「市場ずし マルショウ水産」をオープン。ブリだしシリーズはそちらで提供するメニューだそうです。
次々と試食品を持ってくるマネージャーさんをはじめ、スタッフの皆さんとのテンポの良い会話から仲の良さがうかがえます。
函館にお越しの際は、是非お立ち寄りください。
飲食業だけでなく宿泊業も手掛けており、ベイエリアや市電へのアクセスも良い函館中心部に1棟貸しの宿泊施設「Sacana Life」を運営しています。
airbnbで予約を受け付けており、主に外国人旅行者の利用が多いそうですが、クチコミ4.9点と大好評。
事務所の2階をリノベーションし、ロケーションを生かした市場見学ツアーも実施しています。
2027年10月にもう1軒宿泊施設を始める予定だそうで、そちらはなんと船着き場付き!
「物件はもう見つけていて、構想を練っているところです。朝ごはんをとりに船を出して自分でとった魚を食べるとか、楽しそうじゃないですか(笑)」
めちゃくちゃ港町っぽくていい!です!
函館にUターンを決め仲卸の道に入った頃、2名だった従業員は約40名に増え、それに伴い事業規模も約10倍に拡大しました。社長を継いだ今は、従業員の個性を重視し、その人が輝ける環境を用意することを心がけています。

先代とは別の仲卸を目指してきましたが、「うまいもんを食わせたい」というスローガンはお父様の代から変わっていません。
自分が社会に対してどんな貢献ができるのか?それを考え続けている小西さん。
「函館の名前を今よりももっと世界に知らしめる!」という野望の実現にむけて突き進む、魚のエンターテインメント企業・小西鮮魚店。
三方よしで取り組む、函館お魚アミューズメント計画にご注目を!
- 有限会社 マルショウ小西鮮魚店
- 住所
北海道函館市豊川町27-6 函館水産物卸売市場内C-2
- 電話
0138-26-7600
- URL















