都市部から過疎地域へ移住し、地域ブランド開発、農林水産業、地域活性化イベントなどの支援活動を行う「地域おこし協力隊」。任期終了後、その地域への定住や定着を図る総務省主導の制度です。道内でもこの制度を導入している市町村はたくさんあり、くらしごとでも各地の協力隊の方たちを取材してきました。今回は、2026年の秋で任期を終え、卒業後は長沼町で宿を始める予定の先輩隊員の方と、2025年4月から協力隊として活動している3人の長沼町地域おこし協力隊にお話を伺いました。
移住相談は、「不安」を丁寧に聞き出すところから
2023年の秋から長沼町の地域おこし協力隊として活動している江藤誠洋さん。長沼町政策推進課企画政策係に所属し、移住定住に関するミッションを担当しています。2025年にもくらしごとに登場していただきました。
「現役時代から自分のやりたいことを実現できる、地域おこし協力隊」
江藤さんは移住コーディネーターとして、道外の移住フェアやオンラインの移住イベントに出て、移住を検討している方たちの対応にあたるほか、さまざまな移住相談に応じています。2025年、江藤さんが受けた移住相談は50件(移住フェアでの相談を除く)、そのうちなんと13組が移住したそう。また、移住フェアやオンラインイベントでのやり取りを通じて、後日長沼町を訪れてくれた方も21組いたとか。1年間でこの数はなかなか高い実績だと思いますが、その理由について江藤さん自身はどう考えているのでしょうか。
もうすぐ協力隊を卒業する江藤さん。卒業後も新しい協力隊の力になれるようサポートしたいと思っているそう。
「町そのものの魅力もあると思いますが...」と前置きをし、「移住の相談を受ける際は、まず相手の状況を丁寧に聞くことを大事にしていました。そして、移住に関して不安な部分があるはずなので、そこを引き出し、寄り添うよう対話を心がけていました」と話します。
江藤さんがそうするのは、自身が移住をする際の経験に基づくところが大きくあります。
「自分が移住を考えていた頃、移住フェアや自治体の相談窓口にも足を運びました。でも、多くの場合、そのまちの説明や良いところを一生懸命に紹介してくださるんです。もちろんありがたいのですが、当時の自分は移住する上で様々な不安を抱えていたので、知りたかったのはまず『その不安をどう考えたらいいのか』でした。話を聞いてもらえて、不安が少しでも軽くなったら、そのとき初めて『もっとこの町のことを知りたい』と思えたんじゃないかな、と感じていて。その経験が、今の相談対応の原点になっています」
江藤さんは、どのまちにも良い面とそうでない面の双方があると話します。移住を考える人は、条件の良し悪しだけで場所を選ぶのではなく、不安に感じていることに向き合いながら、「この環境なら、この人がいるなら、前向きに暮らしていけそう」と思ってもらえるかが大切なのではないか、と考えています。だからこそ、まずは相手の気持ちに耳を傾けることを何よりも大切にしているそうです。
大阪での北海道移住フェアでの一コマ。町の良いことも悪いことも包み隠さず伝えてきました。
また、にこやかで親しみやすい江藤さん。相談をするほうとしては話がしやすいと思いますと伝えると、「特に意識していませんが、そう言われるとありがたいです」と笑います。
協力隊になる前、江藤さんは横浜で注文住宅の設計をしていました。住宅の設計は、その家族の住まいに関する課題や希望を丁寧に聞き取るところからスタートし、課題に関してはそれを解決するための提案も行います。その頃の経験も、移住コーディネーターの仕事に役立っているのかもしれません。
地域に溶け込み、リアルを伝えることの大切さ
昨年だけで、東京など道外への移住フェアに15回参加し、オンラインの移住イベントにも5回参加している江藤さん。ちょっとした営業マン並に、町外、道外の人と常に話をしていると話します。相談させてもらった方へのその後の連絡も、できるだけ丁寧に続けているそうです。
「全員というわけではないのですが、お話しする中で長沼町での暮らしが合いそうだなと感じた方や、地域でなにかやってみたいことがある方、または、まずは一度長沼の町を訪れてみようかなと言ってくださった方には、こちらから連絡をするように心がけています。連絡のタイミングを逃さないよう、相談後すぐにスケジュールに入れて管理しています」
本当に営業マンのような仕事ぶりです。そして、町にいるときは、イベントに参加したり、町のお店に足を運んだり、地域の人たちとも積極的に関わるようにしているそう。移住検討者に町の魅力を伝えるためには、まずは自身が地域と馴染み、地域を理解することが大事。江藤さんは、移住検討者の方たちに町案内を行う際、町の説明や制度の話をするだけではなく、いかに自分自身が町の暮らしを楽しんでいるかをリアルに伝えることも意識しているそう。
Instagramでは、移住はもちろん長沼町の暮らし・景色・お店・イベント情報なども江藤さんの視点で発信しています。
「たとえば、案内をしているときに、そばを通りかかった町の人とちょっとした立ち話もするんです。私が普段している何気ないやり取りを見るだけでも、見学に訪れた方には町で暮らすイメージがつきやすいと思うんです」
そして、相談を受ける際も、案内をする際も「質問には基本正直に答えています」と江藤さん。「さっきも話しましたが、いい面もそうでない面もあるのは当然。長沼は電車も通っていませんし、大きなショッピングモールもありません。それでも20~30分車を走らせれば大抵のものは揃います。また、町民の半分は札幌や千歳など近隣の都市に出て働いているし、週末になると近郊からおしゃれなカフェやお店を目がけて人がたくさんやってきます。そういう意味でも日頃から人の出入りがある町だから、町の人との距離感も自分で選べると思うんです。こんな話も正直に伝えています」と話します。
秋には、地域おこし協力隊を卒業する江藤さん。卒業後の起業に向け、少しずつ動き始めており、一棟貸しの宿「大晦(おおつごもり)」を開業予定です。「農家さんが守り続けてきた美しい丘の風景が見渡せる宿です。その景色を宿の象徴として残していきたいと考えています。宿は単なる寝泊まりの場ではなく、その土地の時間の流れを感じられる特別な場所。長沼にある風景、人、暮らしの魅力に触れるきっかけになってほしいです」と話します。宿の名前は、「ゆく年を静かに振り返り、来る年に希望を抱きながら新しいはじまりの支度を整える大晦日のようなひとときを過ごしてほしい。そして、そのひとときが長沼町の風景や暮らしの魅力に触れるきっかけになれば」という思いを込めているそう。
長沼町の自然の美しさ、暮らしの豊かさを感じられ、町のお店や人を繋ぐ一棟貸し宿の設計図。
地域おこし協力隊で移住して良かったことを尋ねると、「私自身、移住するときは24歳で、仕事でのキャリアも浅く、お金もなく、正直不安でいっぱいでした。でも、移住をして地域に根差した暮らしをしたいと考えたとき、スムーズに地域の人とつながりを持つことができ、地域にも愛着を持てる地域おこし協力隊の制度はとても良かったと思います。移住定住のミッションは役場の人と密に仕事を行うのですが、とにかく長沼町の担当の人たちはいい人ばかり。皆さんによくしてもらってありがたい」と話します。また、役場とつながりがあることは、町で暮らしていくにあたって「安心材料にもなると思う」と教えてくれました。
新卒協力隊が長沼だからできた「古着屋」としての挑戦
続いて、2025年4月から協力隊として活動している3人に順にお話を聞いていきたいと思います。まずは、フリーミッション型で活動中の兼松成伍さんです。
横浜市出身の兼松さんは、東京の大学を卒業後、すぐに地域おこし協力隊として長沼町へ。
「大学に進学する前から国際協力に興味があって、海外移住も考えていたのですがコロナ禍と大学入学がかぶってしまい、海外には行くことができず日本国内に目を向けるようになりました。祖父母が田舎に住んでいたこともあり、自然が身近にある幼少期を過ごしたせいか、いつの間にか都会よりも自然に囲まれた暮らしに惹かれるようになっていました」
若さあふれる「金髪」がトレードマークの兼松さん。
大学の夏休み中に宮崎県のキャンプ場で住み込みのボランティアなどを行っていたという兼松さんは、卒業後は地方に暮らしたいと考えていたそう。
「地域おこし協力隊の制度があると知って、全国のいろいろなところに問い合わせをしたり、実際にその町に行ったりしましたが、長沼町は新卒でも応援してくれるという点や、フリーミッション型で活躍している先輩たちがいるということ、そして何より町も人も雰囲気が良くて、長沼で協力隊として活動したいと応募しました」
大学時代に古着屋でアルバイトしていた経験がある兼松さんは、古着屋として起業したいと考えていると町に事業計画を伝えました。ほかの自治体では「難しいですね」と言われたこともありましたが、長沼町はOKだったそう。
「長沼町はいろいろな意味で自由度が高い。起業につながる副業を積極的にやっていいと言ってくれるのも魅力です。そして、役場と協力隊の連携がしっかりできているのも特徴だと思います」
4月4日には町の市街地に「古着屋U.F.A(used fashion alien)」をオープン。平日は地域おこし協力隊として活動し、土日で古着屋を営業します。店舗は、元スナックだった空き店舗を町の人から紹介されたそう。
「古着は、新しく作らずに今あるものを大切にできるところが魅力」と兼松さん。
「自分は新卒で、特に取り得もないし、長沼町に来てからはとにかく町の人と関わることをこの1年積極的にやってきました。イベントにはできる限り顔を出して「おはようございます」などの挨拶などから始めていき、とにかく町の人と仲良くなろうと思って動いていました」
そんな積極性が空き店舗の紹介に繋がったそうです。また、髪を金髪にしているのも町の人に覚えてもらうためなのだと笑います。
場所を手に入れた兼松さんは、「ほかにもこの場所でいろいろなことがやりたい」と話します。「実はお菓子作りが好きなので、飲食店許可か菓子製造の許可を取って、作ったお菓子の販売もしたい」と続け、協力隊の任期が終わるまでにやりたいことはチャレンジし、事業を町に定着させていきたいと話してくれました。
協力隊を起業のアクセルに。キッチンカーと共に挑む特産品開発
次にお話を伺うのは、香川県出身の田中奈都子さんです。ミッションは特産品開発で、「ながぬま農産加工センター」で特産品となる食品加工に取り組む一方、卒業後のことも見据えて去年の暮れにキッチンカーを購入。また、町内の人に地元の食材を使ったお弁当や総菜を楽しんでもらいたいと、4月からは月2回、シェアキッチン&スペースココロを間借りして「なっちゃんDELI」もスタートします。
料理教室の講師を経て、全国展開の食品小売店に勤務していた田中さん。札幌に友人がいることもあり、年に1回は北海道へ遊びに来ていたそう。また、仕事で長沼にしばらく滞在していたこともありました。
なんとなく中古車のサイトを見てたら発見した、運命のキッチンカーと一緒に。価格も状態も理想そのものだったそう。
「40歳になったとき、この先も同じように小売の仕事を続けていけるかをふと考えたんです。そのとき、自分の中ではNOでした。会社でやるだけのことはやったと思っていたこともあり、思い切って退職しました。四国と北海道を食でつなぐような仕事で起業したいと考えていたので、1カ月ほど北海道内を車で旅行して北海道の農家さんとパイプを作り、そのあと香川に戻るつもりでいました」
ところが、知人も多い長沼にしばらく滞在している間に、すっかり長沼が気に入ってしまった田中さんは、「野菜や食べ物もおいしいし、香川よりも長沼で起業したほうがビジネスチャンスもあるのでは...」と考え始めます。
香川に戻ったあと、長沼の知人から特産品開発のミッションで地域おこし協力隊の隊員を募集していると教えてもらい、「まさに自分のやりたかったことと合致している内容だ!」と応募します。
「長沼には素晴らしい農作物がたくさんあるけれど、加工品が少ないと感じていて、自分で作ってみたいと思っていました。協力隊になることで、加工センターを使えるのもプラス要素ですし、隊員は町の人ともつながりが作りやすく、町に溶け込むきっかけが多いのが魅力。いきなり一人で起業するより、協力隊で活動しながら起業の準備をしたほうがいいと思いました」
「長沼町の農産加工センターはかなり充実した規模で、ここを利用できるのは協力隊としての大きな特権!」と田中さん。
冬場には農家のお母さんたちに混じって味噌作りも行うなど、町民との交流もばっちり。今は、近年長沼の農家さんでたくさん作っている「レオン」という品種のトマトを使ったトマトソースを開発中だそう。また、長沼の野菜と麹を使った発酵調味料の開発も検討しています。
購入したキッチンカーも今年から活用したいと、「農家さんの畑で営業できないかを考えているところです。たとえば、もぎたてのトウキビをその場で茹でて販売するとか、その場で採れたての農作物をちょっと加工して食べるという体験系のものができないかと考えています」と満面の笑み。考えているだけでワクワクしている様子が伝わってきます。「大好きな長沼で、自分のやりたかったこととミッションが合致していたのが本当に良かったと思います」と最後に話してくれました。
長沼の豊かな自然環境の中で、音楽と農をつなぐ体験を
さて最後にお話を伺うのは、社会教育分野のミッションで活躍中の小川紗綾佳さんです。小川さんは現役のシンガーソングライターであり、作曲家。千葉県出身で、音大生のころからCMソングに携わるなど幅広く活躍していました。
関東を拠点に活動していた小川さんが北海道と関わりを持つようになったのは、札幌で活躍しているCAI現代芸術研究所の美術家・アートディレクターの旦那さんと結婚してからで、何年も半分札幌、半分東京という暮らしをしていたそう。
「東京からこちらを訪れた際に、人も時間もゆったりとしていて、この中で創作活動をして生活できるならすごくいいなぁと思いました」と小川さん。
「たまたま家族で参加した長沼町での田植え体験で、娘がとてもイキイキしている様子を見て、子どもが自然の中で過ごすことの素晴らしさを体感しました。また、私自身も豊かな自然や長沼の人たちと触れ合い、ここで暮らしたいと思い、移住を決めました」
移住するにあたって、自身のライフワークでもある音楽活動や教育活動を行う際、町との接点を持ちたいと考え、地域おこし協力隊に応募。
「10年ほど前から、東京の学校を回り、音楽と食育を組み合わせた『命の授業』を行ってきました。これはいじめ防止を目的としたものですが、私は以前から、地球はアートビレッジであり、誰もがアーティストで、一人ひとりの命が素晴らしい存在だと考えていました。長沼では、この場所だから出来る形でそのことを伝える活動をしたいと考え、最初はフリーミッション型で協力隊に応募しましたが、提出した企画書を読んだ担当の方から、内容が教育にまつわることなので、社会教育のミッション型でどうでしょう?と提案をいただき、ミッション型での採用となりました」
社会教育課に所属している小川さんは、この1年、町の芸術文化に関わることを担当してきました。また、自然農法と芸術体験を融合させたワークショップの企画運営団体「長沼じぶんアート塾Naja(ナジャ)」を設立。畑で音楽を演奏し、イベント参加者が生演奏を聴きながら農作業をするイベントなど、あらゆる企画を手掛けました。
自然と音楽の相乗効果が堪能できる田植えイベント。参加者からは「どんどん楽しくなって夢中になっていた」と大好評!
9月には、田畑を使ったイベントでも協力してもらっている「大きなかぶ農園」内にD型倉庫を改修した音楽ホール「A-cubic」が完成。ここでも定期的に音楽イベントなどを行っています。
「協力隊として活動しているからこそ、自分の活動だけでは出会うことのなかった人たちと接する機会もたくさんありましたし、役場の皆さんにもたくさん支えてもらって、本当にありがたく感じています。長沼町の皆さんは本当に優しい人が多くて、小さな町だからこそ、会いたい人にすぐ会えるし、やりたいことがどんどん叶えられるし、毎日がドラクエみたい!(笑)と思ってワクワクしています」
昨年の夏は、早朝から畑の中に入って草むしりに夢中になっていたという小川さん。「昔、仲間たちと農作業をしながら音楽を作るという理想を描いていたことがあったのですが、まさにそれを体現していると思いました。今年は、田植えフェスや秋の収穫祭などを行いたいと計画中。よりたくさんの人に参加してもらえるように工夫していきたいです」と笑顔で話してくれました。
副業OKということもあり、それぞれの協力隊が町の人たちと関わり合いながら、自分たちのやりたいことを形にし、のびのびと活躍している様子がよく分かりました。2026年度の長沼町地域おこし協力隊募集がスタートしたのを皮切りに、5月には東京・大阪・京都で、今回お話を聞いた江藤さん、兼松さん、金山さんも参加する地域おこし協力隊の説明会を行うそう。まずは、まちのことや長沼の協力隊の活動、体制について、現隊員からリアルな話を聞くのもいいかもしれません。長沼町の地域おこし協力隊に興味が湧いた方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

- 長沼町役場
- 住所
北海道夕張郡長沼町中央北1丁目1番1号
- 電話
0123-88-2111
- URL
長沼町地域おこし協力隊 Instagram
江藤誠洋さんアカウント
兼松成伍さんアカウント
田中奈都子さんアカウント
小川紗綾佳さんアカウント















