雄大な大雪山連峰のふもとに広がる上川盆地。その東北端にある町が北海道上川郡愛別町です。愛別町といえば、きのこの生産で知られる町。人口2,300人ほどの小さな町ですが、道内トップシェアを誇る「きのこの里」です。
今回は、この町でえのき茸を栽培している農事組合法人ヒットを訪ね、これまでの法人の歩みやきのこ栽培のこだわりなどを伺うと共に実際に生産現場の一部も見せてもらいました。
きのこの里で、28年前に8軒の農家が集まって誕生した農業組合法人ヒット
のどかな田園風景が広がる中に、今回おじゃました農事組合法人ヒットがあります。敷地内にはいくつもの作業棟や生産棟が並び、たくさんのフォークリフトやトラックが往来しています。「農業」ではありますが、いわゆる畑作や稲作のイメージとは異なる景色です。
まずお話を伺ったのは、生産部マネージャーを務める菊地智明さんです。法人が立ち上がった1998年から勤務し、えのき茸栽培に長く携わってきたベテランです。
愛別町が「きのこの里」と呼ばれるようになった理由を尋ねると、「もともとこの辺りは米どころとして知られていて、今も稲作は盛んですけど、ちょうど50年くらい前に米が取れ過ぎて減反政策が行われた際、行政も交えて別の作物の栽培に取り組んでみようという話になり、1972年に2軒の農家がえのき茸の栽培をはじめたのが最初と聞いています」と菊地さん。
生産部マネージャーを務める菊地智明さん。
きのこの産地として断トツの国内生産量を誇っていた信州・長野と気候が似ているということもあり、きのこ栽培に着目。また、冬になると雪深くなる町において、年間を通して栽培可能という点も魅力だったそうです。
「そのあとも稲作をやめてえのき茸の栽培に切り替える農家が増え、うちの法人ができたころはえのき栽培をしていた農家は何十軒もありましたね」
それぞれ個人でえのき栽培を行っていましたが、いろいろな作業で機械を用いるため、その購入費用の負担などの課題がありました。
えのき茸の自動詰機ライン。
「ほかにも栽培のための建屋、工場をそれぞれ持っているわけですが、それも古くなっていくと建て替えが必要ですし、その費用も課題でした。あと、きのこの種菌や培地(成長に必要な栄養の土台となる培養基)も仕入れ先などが各農家でバラバラだったので、愛別町のえのきと言っても品質に差があったんです。それで、コストダウンと品質の向上、均一化を目指して、うちの代表の宮田哲雄が周りのえのき農家に声をかけ、8軒の農家が集まって農事組合法人を立ち上げました。それがヒットです」
宮田代表も1976年から稲作をやめてえのき茸の栽培を行っていましたが、当時きのこの単価も下がりはじめていたため、このままでは...という危機感もあったようです。
「ヒットという名前は、野球のヒットから取ったもので、8軒の農家のうちの一人が名付けました。ホームランだと一発で終わってしまうけど、こつこつヒットを重ねて長く続けていこうという願いを込めています」
培養から栽培、包装、そして販売まで。一貫で行えるのが強み
現在、農事組合法人ヒットで生産しているえのき茸の量は約3,700トン。道内の9割近くを占めるそう。私たち道民が口にするえのき茸のほとんどが同法人で栽培されているというわけです。
「うちの強みは、培養から栽培、包装まですべてを一貫で行えること。培養センターができ、品質が均一化されているのも強みと言えますね」と菊地さんは胸を張ります。
えのき茸の栽培は、まず瓶の中に培地を詰め、そこに種菌を植え、室温14度ほどの培養棟で約21日間培養します。菌が増えると、次に菌掻きという作業を行います。菌掻きとは、培養中の菌のうち古い種菌を取り除いて、菌糸を切断して発芽を促進する作業です。
「菌掻きの作業が終わったものは発生施設に移します。90%ほどの湿度で管理し、芽が出てきたら、そのあと6~7度くらいの低い温度の部屋に入れます。芽の大きさを整え、伸びた芽が外側に倒れないように紙で巻いて成長させ、一定のサイズにまで成長したら収穫します。種菌を植えるところから収穫まで、だいたい50日くらいはかかりますね」
徹底した温度・湿度の管理のもとで、白くまっすぐに美しく育つえのき茸。
収穫したものは、車で10分ほど行った場所にある包装センターで袋詰めされ、道内各地に出荷されます。
この包装センターの隣に位置するのが、2007年に設立された販売会社、株式会社bヒットです。設立のきっかけは、宮田代表が市場を訪れた際、冷蔵庫に大量にストックされ、品質が落ちていくえのき茸を目の当たりにしたことでした。
「このままでは、丹精込めて育てたきのこが台無しになってしまう」と強い危機感を抱いた宮田代表は、流通任せにするのではなく、自分たちの目で直接きのこの状態を確認し、責任を持って販売できる仕組みが必要だと確信。生産者である農家自らが直接販売を行うべきだという決意から、同社は誕生しました。
「大切に育てた新鮮なえのき茸をおいしく食べてもらいたい」という当時の想いは今も変わらず、現在はえのき茸だけでなく、愛別町産の舞茸やなめこも取り扱っています。センターでの直売も行っており、より新鮮な愛別産きのこを直接購入することも可能です。
えのき茸は「もやし」のような存在。家庭で欠かせない食品であるという誇り
現在、正職員は10名で、あとはベトナムやミャンマーから来た技能実習生が30名、ほかに地元のパートさんや旭川からの派遣社員らが勤務しています。12月と1月が繁忙期で、この時期は総勢70人近くがそれぞれの部署で仕事にあたるそう。
あらゆる場面で機械化も進んでいますが、温度管理などはまだまだ従業員の経験に頼っている部分もあり、従業員一人ひとりの力が重要になります。
「栽培工場ではありますが、ほかの畑作農家さんと同じで毎日えのきの状態をしっかり見ることを大事にしています。年中同じだと思われているかもしれませんが、建物の換気などもするため、日によって温度や湿度の調整も必要になりますしね。特にえのき茸は低い温度で調整しなければなりませんし、雑菌が入らないように細心の注意を払って作業にあたっています」
宮田代表の甥でもある菊地さんは愛別町出身。
「ちょうど前の仕事を辞めて家にいたら、代表からフラフラしているなら手伝わないかと声をかけてもらって、働き始めました。日々きのこの成長を見るのが面白くて、気が付いたら長く働いていました」と笑います。
培養センターのセンター長を長く務めていた菊地さんは、「培地が変わると収量が変わったり、種菌との相性でも生育状況が違ったり、常に試行錯誤していて、そういう意味では飽きないんですよね。そして、立派に育ったえのき茸を見るとやっぱりうれしいですしね」と仕事の面白さを話します。
菊地さんはえのき茸のことを「もやしみたいな存在」と話し、「安くて、手軽に使えて、どんな料理にも合うし、ないと困るところはもやしと似ていると思うんです」と続けます。実は、飲食店やホテルが軒並み打撃を受けたコロナ禍も生産量が落ち込むことはほぼなく、「いかに皆さんが普段から家庭で食べてくださっているかがよく分かりました」と言います。

ちなみに菊地さんが気に入っているえのき茸の食べ方を教えてもらうと、「しゃぶしゃぶでポン酢と一緒に食べるのがいいですね。あとはベーコン巻きかな。ベーコンのうまみがえのきにしみておいしいんですよね」とニッコリ。
生まれ育った愛別町について尋ねると、「愛別町は自然豊かで、静かな町。8,000人近くの人が来る『きのこの里フェスティバル』のときは賑やかだけどね(笑)。ほかは特に観光施設もないけれど、何もないのがいいところなんじゃないかな。車でちょっと行けば旭川だから、買い物などは不自由しないし、暮らしやすいとは思います。町の人も割とオープンな人が多くて、閉鎖的ではないと思います。程よい距離感で生活できるのも居心地が良くて気に入っていますよ」と話します。
「これからもえのき茸の品質を下げることなく、今のシェアをしっかりキープしていきたいですね」と最後に話してくれました。
おいしいえのき茸を育てるためには、とにかくキレイな環境を整えること
次に、培養センターの2代目センター長を任されている谷本隆康さんにお話を伺います。
谷本さんも愛別町出身。実家もえのき茸農家だったそうで、谷本さんは一旦跡を継ぎましたが、15年前に農事組合法人ヒットへ。6年前にセンター長のバトンを菊地さんから引き継ぎました。
「個人でやっていたときの経験はいくらか役立っていたかとは思いますが、規模がまったく違うので最初はいろいろ驚きましたね。扱っているコンテナの数が20倍近く違いますから。個人のときは手作業でしたけど、ここはみんながフォークリフトを手足のように動かしていて驚きましたよ(笑)」
培養センターの2代目センター長を任されている谷本隆康さん。
個人での経験もあるからこそ谷本さんは宮田代表の凄さについて、「培養センターを作ろうと言ってみんなに声をかけて法人を立ち上げ、道内シェア9割まで持っていったそのパワーは本当にすごいと思います」と語ります。
「きのこ屋は掃除が大事。基本は掃除」と父親をはじめ、きのこ栽培に携わる先輩たちから言われ続けてきたという谷本さん。
「トラブルが起きたらまずは掃除を見直すところから始めています。きのこ栽培の菌は目に見えないからこそ、隅から隅までいつもきちんと掃除をすることが大事だと肝に銘じています」と話します。
「種菌を植え、キレイに芽を出して、成長してくれると、嬉しいというか、安心しますよね。どんなに掃除を徹底しても、どうしてもうまくいかないことが稀にあります。たとえば、瓶を一回釜に入れて殺菌し、その後しっかり冷やしてから種菌を植えるんですけど、冷やし不足だったとか、それにはいろいろな要因が考えられます。ちょっとした温度管理のズレや余計なホコリを立たせてしまったとか、本当にいろいろです。見えないのでなんとも言えないんですけど、きのこ栽培はとにかくやってはいけないルールが多いと思います」
目に見えない菌を扱うきのこ栽培。「基本は掃除」を徹底し、日々の細かな状態確認や温度管理に細心の注意を払っています。
培養センターのメンバーは10名。みんな和気あいあいとした雰囲気で仕事に取り組んでいるそう。
「普段から仲はいいのですが、年に2回は会社でバーベキューをやるなど、親睦を深める機会を会社が設けてくれています。今はベテランが多いので、次世代を担う若い人が入ってくれたらと思います。うちはえのき茸のシェア率が道内では断トツ。可能性を感じて入ってきてくれたらとうれしいです」と話します。
ちなみに愛別町は新しい小中一貫校がこれから建つ予定で、「人数が少ないからこそ手厚い教育を受けることができるし、自然豊かな中で子育てをしたい人にはいい町だと思いますよ」と話します。移住先を探しているヤングファミリー層で、就活中という人も歓迎だそう。
「何もないところだけれど、閉鎖的ではないし、やさしい人が多い町だと思います」と菊地さんと同じ話をしてくれました。それだけ移住者に対してオープンであることが伝わります。
培地詰めから培養までを一貫して行う工場内。手作業だった個人栽培の時代とは異なり、フォークリフトを活用して大規模に生産しています。
さて、谷本さんの好きなえのき茸の食べ方を尋ねると、「キムチのえのき漬けや麻婆豆腐に入れるのが好きですね。うちは子どもたちがえのき好きで、肉巻きにして食べるのを気に入っています」と教えてくれました。焼肉の際、バターを入れたホイル焼きにして食べるのもおすすめだそう。
「新鮮なので歯ごたえが違うんですよね」と続けます。
「これからもとにかくキレイに、そして安全に、収量を落とすことなくおいしいえのき茸を作っていけたらと思います」と最後に力強く話してくれました。
雄大な大雪山連峰を背景に立つ従業員の皆さん。和気あいあいとした職場で、次世代を担う若い人材の加入を歓迎しています。
- 農事組合法人ヒット
- 住所
北海道上川郡愛別町字中央1570番地
- 電話
01658-8-1567
- URL















