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八雲町

北海道移住や大学卒業をきっかけに林業の道へ。山越郡森林組合20260427

北海道移住や大学卒業をきっかけに林業の道へ。山越郡森林組合

北海道南部・道南の森は、静かで奥深く、杉が育つ北限の地でもあります。

その森の中で、植林から伐採、製材までを一貫して担っているのが、山越郡森林組合です。未経験で飛び込んできた人、北海道外から移住してきた人、地元で暮らし続けてきた人。職員一人ひとりの背景はさまざまですが、森と向き合いながら働いています。

体力と根気が求められる仕事である一方、森とともに働くことで、日々の暮らしや生き方そのものが、少しずつ広がっていく手応えがあります。「なんとなく」の入口から、いかにして「一生の仕事」へと変わったのか。森と暮らしをつなぐ山越郡森林組合の日常を、現場で働く中堅キャリア・若手、そして管理職の声を通して追いました。

道南の森と暮らしを、次の世代へつなぐ仕事

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八雲町と長万部町にまたがる山越郡の山林は、道南の内陸部に広がる、起伏に富んだ森です。この地域は、杉が育つ北限にあたり、「道南スギ」と呼ばれる固有の資源となっています。寒冷な気候条件の中で育つ道南スギは、成長がゆるやかな分、年輪が詰まって固く、香りがよいといった特長があります。

山越郡森林組合が手がけている森林の多くは、地域の人が所有する個人有林(私有林)や町有林です。樹種は、主にトドマツと道南スギ。組合は、山を所有しているわけではなく、所有者から管理や施業(山の手入れ)を委ねられた山林で、植林から保育、伐採、工場での製材までを一貫して担ってきました。苗木を植え、手入れを重ね、適切な時期に木を伐り、製材して出荷する。その一連の工程を担う体制を持つ、道南では数少ない存在です。

場所によって異なる山の条件や所有者の思いを踏まえながら、森の状態や木の育ち方を見極め、次の世代につなぐための判断をしていく。この積み重ねが、地域の森を守ることにつながっています。

森づくりの最前線で日々作業にあたっているのが、造林班に所属する山中信樹さんです。神奈川県出身のIターン組で、小学校の教師から転職して移住、林業の道へ進みました。

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「そもそも、林業がどんな仕事なのかは、あまり知らなかった」と語る山中さん。ここからは、山中さんが林業と出会い、歩んできた道のりをたどります。

北海道移住を検討する中で浮かんだ「林業」という選択肢

山中信樹さんは、山越郡森林組合に入って12年。現在42歳の中堅職員として、造林の現場で活躍しています。日々山に入り、植林や下刈り、伐採など、森の手入れに携わってきました。周囲からの信頼も厚く、組合の中でも頼りにされる一人です。

「木が生えていれば、山のどんなところでも登れますよ。崖みたいな場所でも大丈夫です」

もともとは、林業とはまったく異なる道を歩んできました。神奈川県出身で、大学卒業後はいったん一般企業に就職。その後、教員免許を取得し、小学校教師として数年間、子どもたちと向き合ってきました。

教員として忙しい日々を送るなか、結婚を控えたタイミングで、「この先、どんな働き方や暮らし方をしていきたいのか」を考えるようになったといいます。そんな折、パートナーと一緒に何気なく見ていたテレビ番組に映し出された北海道の風景が、心に残りました。

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「子どものころに旅行で訪れたことはありましたが、あらためて映像で見る広い大地や森、空に惹かれて。ふたりで『こんな場所で暮らせたらいいね』と話したのが、北海道移住を意識するきっかけでした」

新婚旅行では、その思いを確かめるように、十勝・上川エリアを巡りました。旅のなかでアポイントを入れていた森林組合を訪ね、林業の仕事について話を聞いたといいます。山で働く人たちの姿や、森を育てていく仕事の話に触れるうちに、これまで知らなかった林業への関心が、少しずつ高まっていきました。

「実は最初に、林業という選択肢を挙げてくれたのは妻なんです」と、山中さん。

「私は、スポーツ観戦よりも自分で体を動かすほうが好きで、バスケットボールなども続けてきました。キャンプといったアウトドアも好きだったので、妻が私に向いているんじゃないかと。正直、林業についてはほとんど知識がなかったんですが、話を聞くうちに、だんだん面白そうだなと思うようになりました」

そうして紹介を受けた道南の林業会社に就職し、念願だった北海道での暮らしがスタートします。やがて子どもも生まれ、家族は3人に。草刈りなどの造林作業や、伐採した木を規定の長さにそろえる造材(木を製品にするための加工)の仕事に携わり、林業の現場を一から学びました。

しかし、その会社は季節雇用が中心でした。家族との生活を考えるなかで、「通年で安定して林業に携われる環境で働きたい」という思いが、次第に強くなっていきます。そこで、国の支援を受けながら基礎から専門的な技術までを学べる「緑の雇用(林業の人材育成制度)」を活用し、3年間の研修に取り組みました。

その経験を経て、たどり着いたのが、山越郡森林組合だったのです。

最初は筋肉痛の毎日。未経験者から乗り越えた『森林保育』の壁

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「最初は本当に、『林業って、木を切る仕事だろうな』というイメージしかなかったんです」

ところが、実際に最初に携わることになったのは、育て上げた木の伐採よりも、前の工程にあたる「森林保育(苗木が健やかに育つ環境をつくる手入れ)」と呼ばれる仕事でした。苗木を植える前に土地を整えるところから始まり、植栽後の下刈りや除伐、間伐など、木が健やかに育つ環境をつくっていく作業です。

「育てるまでの仕事が、こんなに多くて大変だとは思っていませんでした」と山中さんは話します。

最初に任されたのは、森林の所有境界に沿って行う「境界(けいかい)刈り」です。草刈り機を担ぎ、山林の境界線を確認しながら斜面や藪(やぶ)のなかを進んでいく仕事で、足場の悪い場所も多く、体力を使う作業でした。

「朝から晩まで、草刈り機を担いで歩く感じですね。気づくと、体中に擦り傷ができていました」

斜面を登ったり下ったりしながらの作業が続く一方、山中さんにとっては「ジャングルジムやアスレチックみたいな感覚で、意外と楽しい部分もありました」といいます。

最初の1年は、体力的なきつさを感じる場面も少なくありませんでした。当時の現場は年配の職員が中心で、細かく教わるというより、先輩の背中を見て覚える環境。

「最初のうちは、ただがむしゃらに草刈り機を扱っていたんでしょうね。毎日、全身が筋肉痛でした。でも、体の使い方や要領を覚えていくと、だんだん無駄な動きや余計な力を使わずに、効率よく草を刈れるようになっていきました」

長い草刈りを終えたあとには、印象的な瞬間が待っていました。

「作業中は空も見えないくらい暗かった森が、パッと開けて明るくなるんです。景色が一気に変わる。その瞬間に『良い山になったな』と、自分でも思える。その景色を見るのが好きでしたね」

草刈りの順番や、最初に手をつける場所、地形の読み方なども、少しずつ体で覚えていきました。

「3年くらいたってから、ようやく周りを見る余裕が出てきた気がします」

森林保育の仕事は、現場や季節によって内容が変わり、使う道具もさまざまです。「同じことの繰り返しではなく、自分の裁量で工夫しながら動けるところが、自分には合っていると思います」と話してくれました。

目の前の作業が、未来の森を作る。仕事の価値観を変えた瞬間

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仕事に慣れ、現場を見る感覚が養われるにつれて、山との向き合い方にも変化が生まれていきました。作業をこなすだけでなく、その山がどのように変わっていくのかを意識するようになったといいます。山中さんは、仕事への向き合い方について、こう語ります。

「私たちは、山という個人や町の財産を預かって仕事をしています。山づくりは、自分で考えて動ける裁量も大きい分、良い山にも、そうでない山にもなる。だからこそ、どう手を入れたら山の価値が高まるのか、いつも考えています」

いまでは、目の前の作業だけでなく、山を所有する人や、その先の未来までを見据えて現場に立つようになりました。森の変化が、少しずつ形になって現れることが、仕事の手応えにもなっています。

山中さんにとって、八雲での暮らしもまた、仕事と地続きの時間です。

町内に中古の一軒家を購入し、家族と暮らしています。リビングの大きな窓からは、季節ごとに表情を変える自然の景色が広がり、日常の中でその雄大さを感じられるといいます。森の最前線で働く山中さんの日々の判断は、雄大な自然との繋がりの中で培われています。

休みの日には、3人の子どもを連れてスキーへ出かけることも。八雲町には、思っていた以上に立派なスキー場があり、家族で過ごす時間を楽しんでいます。

林業の仕事と、日々の暮らし。その両方が重なり合いながら、ここでの生活が少しずつ根付いてきました。

山中さんのように、未経験からこの組合で長く働き続ける道を選んだ若手職員もいます。次は、現場と事務の両方を担当する馬場さんに、その理由を聞きました。

進路の迷いの中で出会った、成長を支える「働き続けられそうな場所」

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馬場楓樹(ふうき)さんは函館出身、林業5年目の31歳です。所属は技術員で、事務業務を担当しながら、季節や業務内容に応じて現場での作業にも多く携わっています。組合に入った当初から現場にも入り、下草刈りや測量などの作業を経験してきました。山中さんも「頑張り屋さんですよ」と評します。


そんな馬場さんですが、実は大学卒業後すぐには就職できず、進路に迷っていた時期があったといいます。

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「このままどうするんだろう、という気持ちが強かった」と振り返る馬場さん。そんな中、親から勧められたのが、林業の担い手を育てる道立の「北の森づくり専門学院」でした。1期生募集というタイミングも重なり、「ここで動かなければいけない気がした」と、一念発起して入学を決めます。

学院の実習で、初めてチェーンソーを手にしたときの感覚は、今も印象に残っているそうです。

「正直、すごく重くて。体力的に大丈夫かな、という不安はありました」

もともと体力に自信があるタイプではなく、現場で働き続けられるのか、悩みながらのスタートでした。

在学中には、複数の現場でインターンを経験。その一つが、山越郡森林組合でした。就職の決め手になったのは、先輩たちの教え方や職場の雰囲気だったといいます。

「例えば、指示の内容を取り違えてしまうこともあったんです。でも、特に責められることはなくて、すぐに声をかけながらフォローしてもらえました」

分からないことがあれば丁寧に教え、必要があれば手本も見せる。そうした関わり方に触れ、「ここなら働き続けられるかもしれない」と感じたそうです。

「見て覚えろ」ではなく「一人ひとりに寄り添う」育成へ

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職員として山越郡森林組合に就職した後も、馬場さんが受けた印象は変わりませんでした。先輩の山中さんについて、こう話します。

「分からなくて戸惑っていると、すぐに気づいて声をかけてくれるんです。やり方を説明してくれるだけじゃなく、実際にやって見せてくれる。すごく頼りになる存在ですね」

かつては「見て覚えろ」という教え方が主流だった林業の現場ですが、この組合では一人ひとりの理解度に合わせて教える姿勢が大切にされています。馬場さんが組合に入った頃には、すでにそうした雰囲気があり、「分からないことを分からないままにしなくていい環境だった」と振り返ります。

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現在は技術員として事務を担当しながら、季節や業務内容に応じて現場での作業にも多く携わっています。春先は苗木を植える前の測量、夏は下草刈り、冬はスノーモービルで山に入り、施業範囲を示す作業などを行っています。あわせて、補助金申請に関わる書類作成なども担っています。

「自分は手際が良いほうではないので、どうしても時間がかかってしまうんです」と、馬場さんは率直に語ります。その分、一つひとつの動作や段取りをどうすれば効率よくできるかを、常に考えながら仕事に向き合ってきました。たとえば、スノーモービルを台車に載せ下ろしする作業。以前よりもスムーズにできたと感じたとき、自分の中で小さな成長を実感できたといいます。

「本当に細かいことなんですけど、そういう一つひとつができるようになると、やっぱりうれしいですね」

仕事以外の暮らしについて話を聞くと、現在は組合近くの集合住宅で一人暮らしをしており、休日はもっぱらゲームを楽しんでいるそう。仕事のオンとオフの切り替えながら、日々の仕事に向き合っています。

林業に興味を持つ人へのメッセージを聞くと、こう話してくれました。

「自分も、最初から林業に強い思いがあったわけではありません。体を動かすのも得意なほうじゃない。でも、やってみたら案外なんとかなるんです。もし迷っているなら、思い切って一歩踏み出してみてほしいですね」

馬場さんの言葉からは、現場と事務の両方を経験しながら、悩みや戸惑いも含めて成長を支えていく、山越郡森林組合の人の育て方が伝わってきます。


地域の森を守り抜く責任。一貫体制が循環を止めない

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それでは次に組合全体の考え方や人材育成について、お話を聞きましょう。

山越郡森林組合は、山主さんから預かった山に入り、植林から保育、伐採、製材までを一貫して担っています。

長谷川賢子(まさこ)参事は、「目の前の作業だけでなく、その山がこの先どうなっていくのかを考えるのが、私たちの仕事です」と話します。

素材生産と製材工場を併せ持つ体制も、森の循環を止めないための選択でした。丸太として出すだけでは、木材価格の影響を大きく受けてしまう。価格や市況によっては、流通に乗せにくくなることもあります。自分たちで加工(製材)まで行えば、仕事を止めずに山の手入れを続けられる。

「森を預かり、所有者に還元し続けるための責任ですね。仕事を止めないことが、結果として森を守ることにつながると思っています」

工場では、梱包材やパレット材、集成材などを生産し、森で育った木を無駄なく活かしています。また、林業そのものをもっと知ってもらうため、小中学生向けの木育活動や、高校では授業の一環としてのインターンシップ受け入れにも取り組んできました。地域の木を、地域の暮らしの中で活かしていくことを目指しています。


若手が中心の現場と、暮らしやすい八雲町の環境

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人の育て方についても、組合の雰囲気はここ数年で大きく変わったといいます。かつては年齢層が高く、ベテラン中心の職場でしたが、その世代が引退し、世代交代が一気に進みました。令和に入ってからは、若手の声が届きやすくなり、現場の風通しもよくなっています。馬場さんが組合に入ったのも、ちょうどその変化の時期でした。

「いま、森林整備の現場は30代から40代が中心です。工場は20代から30代が多いですね」と長谷川参事。

また、全職員と個別面談を行い、聞き取りを行いながら、できることから改善していく姿勢も大切にしています。住宅補助を手厚くしているのも、未経験から入った人が、まず生活を整えられるようにするためです。八雲町のU・Iターン就職奨励金も活用でき、馬場さんもこの制度を利用しました。

長谷川参事は、現場の仕事について、こう話します。

「重機って、見ていると簡単そうに操作しているように見えるんですけど、実際に私が乗るとすごく難しくて。チェーンソーや草刈り機も同じで、彼らはそれを、自分の手足の延長みたいに使っている。技術と経験の積み重ねがあってこそできる仕事です。うちの職員たちは、本当にすごい。心からリスペクトしています」

採用にあたって大切にしている条件は、とてもシンプルです。

「外で働くことに抵抗がなく、元気よくあいさつができて、やる気があること」

それでは、組合のある八雲町は、どんなところなのでしょうか。暮らしについて聞いてみると、「ほどよい田舎」という言葉が返ってきました。

「総合病院をはじめとした医療機関、保育園、スーパーなど、生活に必要なものはひと通りそろっています。食についていえば、私の場合、野菜は家庭菜園や農家の知り合いから分けてもらうことも多く、海の幸や山の幸にも恵まれています」

現場の仕事と日々の暮らし、その両方を支えるまちの環境があるからこそ、人が無理なく育ち、長く働き続けられる土台がつくられています。

「なんとなく」からスタートした仕事が、生涯の「やりがい」になるまで

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山越郡森林組合で働く人たちの話を聞いていると、最初から「林業がやりたくて仕方なかった」という人ばかりではないことが分かります。山中さんも、馬場さんも、きっかけはそれぞれ違いますが、どこか「なんとなく」の入り口から、この仕事に関わるようになりました。

一方で、いまは教える体制が整い、森林整備の現場では3年ほどで一連の流れを身につけることができます。そうして培った技術は、一度身につければ、長く仕事を続けていくための確かな土台になります。

山中さんは、「一度スキルを得れば、20年、30年と続けていける仕事です」と話します。かつては80代になっても現場に立っていた人もいたそうです。ただし、山は一つとして同じ条件の場所がなく、状況や現場によって、求められる判断や手の入れ方は変わってきます。

「その都度、自分の『感覚』が問われる仕事なんです。だから、今でも現場では悩むことがありますし、これからも悩み続けたいと思っています」

その言葉からは、林業という仕事の奥行きが伝わってきます。常に自分で考え、判断し、経験を重ねながら、少しずつ前に進んでいく。

山越郡森林組合の仕事は、「なんとなく」から森と向き合い始め、一生を通じて自分自身の成長とも向き合っていく、深い仕事なのかもしれません。

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山越郡森林組合
山越郡森林組合
住所

北海道二海郡八雲町栄町94番地2

電話

0137-62-3007

URL

https://yamakoshi-shinrin.com/

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北海道移住や大学卒業をきっかけに林業の道へ。山越郡森林組合

この記事は2026年1月27日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。