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まちおこしレポート
中頓別町

名物おじいちゃんとの出会いから始まるシェアハウス管理人の物語20260529

名物おじいちゃんとの出会いから始まるシェアハウス管理人の物語

不思議な縁で中頓別へ。奇遇な出会いが転機に

中頓別町(なかとんべつちょう)の中心市街地に、元商店を活用したコミュニティ施設があります。そこで貼られたA4判1枚のチラシが目に留まりました。タイトルは「畳 share houseはじめました」。人口1,400人ほどの町にあるシェアハウス、しかも「畳」とは...? 一気に興味を惹かれました。管理人は、旅行好きで東京都出身の戸坂信さんと書いてあります。

自身も2階に住んでいるというシェアハウスへさっそくお邪魔すると
そこは、1918(大正7)年に創業し、2024年に閉店した「井野畳店」の店舗兼住宅だそうで、作業場にはまだ名残がありました。

東京とは違う環境を求めて移住先を探していた戸坂さん。流れ着くように中頓別を拠点に選び、偶然なのか必然なのか、地元では有名な長田(おさだ)武志さんと出会ったことで、シェアハウス開業に至りました。でこぼこにも見えるお2人の話から、中頓別の不思議な魅力を探りました。

nakatontiikita45.jpgこちらが東京から移住した、畳 share houseの管理人 戸坂信さんです

戸坂さんと中頓別の最初の接点は、40年ほど前に遡ります。20歳手前だった頃、自転車で北海道一周をした時にこの町を通ったそうです。ただ記憶はほとんどなく、1989年に廃線となった旧国鉄の天北線を念頭に「鉄道があったような気がする」という程度。

高校を卒業して造園業の会社に就職し、1年ほど働いて自転車旅へ。「パスポートもない、お金もない、自動車免許もない。自転車だったらどこにでも行けるなと思いまして...。10代で好奇心は旺盛。実際に来てみると本州とは景色が違うし、自分でペダルをこいでここまで来れたという特別感もありました」。北海道が特別な場所になりました。

25歳まではいろいろな仕事をして、お金が貯まったら長期旅行をするということの繰り返しでした。25歳から40歳までは、お父様に代わって書店を経営、40歳~59歳までは建築の仕事に携わりました。

nakatontiikita1.jpg最初にここを訪れたときにも目にしたであろう、中頓別のシンボル ピンネシリ岳

やがて東京の生活は飽きたと感じ、「どこかいいところはないか」と探し始めます。暑さが苦手で田舎の生活をしたいと思い、「一番寒い北海道へ」と調べ始めたものの自治体が179もあり、選択肢が多すぎて決めきれず。一度訪れたことのある地域で、かつ鉄道が通っていない不便そうなところに絞りました。コロナ禍で北海道をドライブした時には候補の1つだった中頓別を訪ね、営業している商店を目にして「なんとか生活できそう」と背中を押されたそうです。ちょっと不思議な縁で中頓別にたどり着いた戸坂さん。その後も、奇遇な出会いが待っていました。

シェアハウスにぴったりの物件に出会い、すぐ開業

中頓別町に体を移したのは2024年の12月初め。移住検討者向けに町が用意する「おためし暮らし住宅」に入居しました。翌年1月のある日、散歩をしていると、ちょうど家の前で近所の人の車が雪で動けなくなりました。これが、長田さんとの運命の出会いをもたらします。

「どうやって助けたらいいのかな?と思いながらもスコップを持ってそばに行くと、たまたま居合わせた長田さんが重機で手際よく救出したんです」

nakatontiikita43.jpg中頓別を愛し、自分のできることをどんどん実行する、長田武志さん。笑顔がとっても素敵です

北海道で暮らしている限り、冬の心配ごととして車が埋まってしまうことがありますが、どこからともなく助っ人が来るのは珍しくありません。長田さんは御年80代も半ば。取材の日も家の屋根のペンキ塗りをしていたそうですが、65歳までは酪農家として第一線で働き、林業にも従事。屋根の板金修理も大工仕事も製材も何でもできてしまう、町の有名人です。

「どっから来たんだ?」と聞かれ、新しい家を探しているという事情を話した戸坂さん。長田さんに「俺、家は何軒も持っているから見る?」と言われて案内された1つが、シェアハウスになっている元畳店の建物でした。2月からさっそく住み始め、入居初日に看板を掲げました。

nakatontiikitatuika3.jpgなんとも素朴な看板

東京にいた頃、10年ほどシェアハウスで暮らしていた戸坂さん。この物件は2階に5部屋あります。単身の戸坂さんは部屋を持て余してしまうような広さですが、シェアハウスにはもってこい。「1人でいてもつまらないので、同じような移住者が2人でも3人でも集まれば面白そうだなと。若いころ旅行でゲストハウスをよく回って、日替わりの出会いと別れが新鮮でしたが、もうちょっと腰を据えて交流する方が自分に合っていると思いました」

シェアハウスとはどういうものかを長田さんに説明したところ、冷蔵庫や食器、イスやテーブルまで用意してくれたそうです。シェアハウス開業のチラシもすぐ手配してくれました。去年の夏は、この家の屋根にハシゴで上ってペンキを塗ってくれました。

nakatontiikita40.jpg2階には、それぞれ異なる間取りのお部屋が5室。どの部屋も広くて清潔。居心地が良さそうです

これまでシェアハウスには埼玉県出身の30代男性や大学生グループ、会社員など様々な人が利用したといいます。

畳店を営んでいた人をはじめ、長田さんに町内のさまざまな人を紹介してもらい、早速2月から飲み会が始まりました。

「私がよそからやってきて、シェアハウスを始めたもんだから、『どんな人間なんだろう』と思われていたはずです」

最大で20人ほどが参加して盛り上がった、さながら大歓迎会。話すテーマは、戸坂さんが心酔する「坂本龍一」から地元の寿スキー場の活性化策まで多彩です。

3月には長田さんから町内の会社の社長を紹介され、戸坂さんが仕事を探していることを伝えると、その場で「うちに来ないか」と言われて社員になることに。夏はその会社が管理するパークゴルフ場と公園の芝刈りを、冬は寿スキー場の管理運営をしています。

nakatontiikita55.jpg取材のこの日は、あちこちに水芭蕉が顔を出していました。

何をするか?「どこに住んでいても自分次第」

至れり尽くせり世話を焼いてくれる長田さんは、戸坂さんのことを「次から次へとアイデアが出てくる」と評します。対する戸坂さんは、長田さんのことをこうリスペクトします。

「本当にすごい人で、細かいことは言わず『何でもいいよ、やってみろ』と背中を押してくれる感じなんです。60年生きてきても、長田さんのような人とは知り合えなかった。中頓別にいれば、東京でできなかったこともやれるんじゃないかと思えるようになりました」

「いつまで中頓別に長くいてくれるかは本人次第ですが、いろいろと楽しんでいただければ十分なんで」と長田さんは言いますが、戸坂さんは中頓別のどんなところを気に入ったのでしょうか?

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もともとアウトドア好きですが、中頓別に来てからは自然が多すぎて、逆にわざわざ楽しむ機会はあまりないそう。それでも今年の夏は大好きな川遊びをするのが目標です。きれいな川をリサーチして、タイヤのチューブで下るアクティビティに挑戦したいそうです。またアメリカの人気歌手のレディー・ガガさんの大ファンでもあり、彼女の誕生日に世界中でお祝いするイベント「レディー・ガガ・デイ」を中頓別でもやってみたいのだとか。
「どこに住んでいても自分次第なんですけど、中頓別はやりやすいと思います」

地元の東京にいた時は、仕事場への往復に時間がかかり、飲みに行ったり娯楽にも時間を費やすと「何もやることがない」という余白時間はほとんどなかったそうです。一方で中頓別に来てからは、朝4時に起きて7時半には出発し、仕事を終えて帰宅するのが夕方の4時半ごろ。夜の7時半や8時に就寝するというゆったりとしたリズムです。音楽が好きなので、スピーカーで爆音で聴いていますが、誰にも文句を言われないんだとか。

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ここで暮らしてからは、「空いた時間をどうすれば楽しくなるか」を考えるくせがついたといいます。「まずやってみないと、楽しいかどうかも分かりません。別にたくさん人が集まらなかったとしても、少人数で楽しめればいいので」

中頓別は人と人との距離が近いとよく言われますが、その点はどうなのでしょうか? 戸坂さんは「私はあまり人と接するのが得意じゃないので、距離を開けてしまいます。中頓別ではその距離感が保てるので楽です」と話します。

休日はよく、日本海側に出て宗谷岬を回るドライブに出かけます。魚が食べたくなったら片道50キロを走ってオホーツク海側の枝幸町へ。地元で愛されるスーパーや老舗鮮魚店で買い物をすると、良い気分転換になるといいます。「東京で食べる魚と全然違って、めちゃくちゃおいしいですね」。まとまった買い物が必要な時は名寄市に出かけます。移住直後のセンチメンタルな時期は「とにかく街に行きたい!」と旭川市に向かったこともあったそうです。

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内陸の中頓別町は雪深いので、普段の除雪は苦労しなかったのか聞いてみると 「スキーはしないんですが、最初の冬はもうウキウキワクワクで、キャッキャとはしゃぎましたね。2度の冬を経験したいまも、雪景色を見ているだけで非現実感があります。10年後は、いまみたいに毎日1時間かけて除雪できるか分かりませんが...」と、冬の生活も楽しみ素直に受け入れている様子が伝わってきました。

住み手のいない家屋を引き受けて管理するライフワーク

中頓別町では、まちづくりの大きな指針「総合計画」を策定する時に「町営塾づくり」「育児と仕事の両立」など町民主体の「7つのアクション」が動き出しました。そのメンバーらが年度末に報告する機会として「みんなの活動発表会」があります。長田さんは毎年参加していますが、2026年3月の発表会では「残そうや なかとん」と題して発表しました。

そこで長田さんは、住み手がいなくなった家屋を引き受け、修繕・整理した上で必要とする人に紹介する自身のライフワークを取り上げ、こう呼びかけました。

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「長く住み慣れたお家などは、いろいろとお考えになった末に私に相談がありまして、昨年は4戸ほどお引き受けしましたが、幸い、ほかの町から来られた方にも入っていただきました。いま建っているお家は、ほとんど基礎はコンクリートですので、少し手間を加えればこの先、15年20年は居住可能ですので、ぜひ残しましょう」

そして、ある書籍の言葉を引用する形で、中頓別のことを「人口規模に依存せず、新しい価値を創造できる」と表現しました。

戸坂さんと長田さんを取材したのは2026年4月の終わりごろ。現在10数棟の家屋を管理していて、この年だけで既に2つの物件を引き受けたそうです。空き家は全国的な問題ですが、人口が減っていく地方では特に深刻です。しかし中頓別の中心部で目を凝らしてみると、管理されず景観を損ねるような空き家は見当たりませんでした。住み手がおらず家を持て余して困った人の多くが、長田さんを頼るといいます。必要な税額を預かり、必要経費はもらった上でできる範囲で次の人が使えるように整えます。

nakatontuika01.JPG「若い人たちになるべく負担がかからないように」との言葉からも、常に地域の未来を考えていることが伝わってきます。

いまシェアハウスとして使っている元畳店もその1つ。「『ここを片付ける』という話を聞いたのが始まりで、でも解体費用がものすごく高くて。それならばということで、俺に託してくれたんですよ。その先に、戸坂さんとの出会いもあったというわけです」と長田さんは笑顔で教えてくれました。

「他の町に行ったら、ガラスが割れて草が伸び放題という空き家が見受けられます。中頓別のいいところは、住人が、転出する時も家を放置しないでいてくれることです」。長田さんの想いが伝播して、みんなで町をきれいに保とうという意識になっているのではないでしょうか。

みんなで新町民を歓迎する大人と、めんこい子どもたち

取材中、長田さんはあるチラシを肌身離さず持っていました。5月16日に開かれた、「なかとん歓迎BBQ」の案内です。転勤で町内に赴任した人、就職で町民になった人、入園・入学した子どもたちを、町を挙げて歓迎しようというもの。「なかとんに来てくれた人に感謝の気持ちを伝えたい」という思いから企画されたようで、なんとも素敵ですよね。

nakatontiikita48.jpg長田さんの手元に少しだけ写っているのが、歓迎BBQのチラシです

町民活動「ようこそなかとんチーム」を引っ張る長田さんによれば、2026年度に「中頓別学園」が開校したことで、新歓(新入生歓迎会)のような場をつくりたいと考えたのがイベントのきっかけです。小学校と中学校を分けず、認定こども園も加えた幼小中の一貫教育をする、画期的な学校です。「中頓別学園は、なかとんの鏡です。町のシンボルにしたいと張り切っています」

長田さんは車を運転中に子どもを見かけると、スピードを落として窓を開け、あいさつをしています。中頓別の子どもたちは、横断歩道で一時停止した車の方を向いてお辞儀をする習慣があるそうです。「朝の見守りをしてくれた駐在所の人が、『なかとんの子はとにかくめんこい(かわいい)』と言ってくれて。それなら俺も、もっとめんこがらなきゃダメだなって」と、長田さんはニカッと笑います。

nakatontiikita49.jpg写真に収まると、まるで家族のようにも見えるお二人

自分の町を愛し、新しい人を温かく受け入れ、お互いが心地よいお付き合いをする。そんな大人たちに囲まれた子どもも移住者も、とても幸せだなあと思わずにはいられません。

シェアハウスのオープンを知らせるチラシには「自分で創れない物語が待っているかも」とも書かれていました。戸坂さんが語ってくれた「東京でできなかったことがやれるんじゃないか」という言葉が、これに鮮やかに重なりました。

畳 share house 管理人 戸坂信さん
畳 share house 管理人 戸坂信さん
住所

北海道枝幸郡中頓別町字中頓別74

<お問い合わせ>

honyakoganezaki@yahoo.co.jp

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名物おじいちゃんとの出会いから始まるシェアハウス管理人の物語

この記事は2026年4月28日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。