HOME>北海道で暮らす人・暮らし方>千歳だからできる多角的な活動。アーティスト Nojiさん

北海道で暮らす人・暮らし方
千歳市

千歳だからできる多角的な活動。アーティスト Nojiさん20260709

千歳だからできる多角的な活動。アーティスト Nojiさん

千歳市を拠点にアーティスト・アートディレクターとして活動する、Nojiさん。新千歳空港で行われたアートワークショップや、岩見沢市の音楽フェス「JOIN ALIVE」では空間装飾、ワークショップ、ライブペイントを担当。さらに大丸札幌店で行われている「RE:CREATE AWARD SAPPORO 2026」の企画・総合演出もNojiさんです。華々しい経歴に、アーティストという肩書が相まって崇高なイメージを勝手に持ってしまいますが、Nojiさん自身は温かい人柄が伝わる心地よい方。Nojiさんの今までと共に、絵を描く上で大切にしていることや千歳への思いを伺いました。

子どもの頃から、絵はいつでもそばにあった

千歳市出身のNojiさん。小学校1年生から3年生までは、道南の八雲町で暮らしていました。小さい頃から、やはり絵を描くことが好きだったといいます。

「クレヨンで落書きしているうちに、夢や空想が降りてくるというか。イメージが湧いてくる感じでした。絵の他に、虫や自然にも興味があって、クワガタを追いかけたり、図鑑を眺めたり...好奇心の赴くままに、好きなことに夢中になる子ども時代だったかもしれませんね」

小学校3年生頃からは、熱心なジャイアンツファンだった父の影響で野球を始め、中学校では野球部に所属。この時も絵を描くことは好きでしたが「美術の授業は少し苦手だった」とのこと。授業態度なども含めて評価されることが嫌だったからです。他にもNojiさんならではの、授業エピソードも教えてくれました。

noji_0168.jpgこちらが、千歳市を拠点にアーティスト・アートディレクターとして活動する、Nojiさん。

「授業中、ノートの隅にひたすら落書きしていました。先生の話し方や、着てる服が気になってしまって、ただ話を聞くという行為が暇すぎて、落書きをしながら話を聞くとちょうどよかったです。ちょうど良いというか。先生のくせ字をまねして板書を写すのも好きでしたね」

高校は千歳市の隣にある北広島市の北広島高校へ進学しました。入学後は野球部に所属したものの、昔ながらの厳しい指導をする監督について行けず、1年の途中で退部。その後は美術部に所属しました。顧問はとてもおおらかな先生で、自由な雰囲気だったといいます。

ただ、美術室の窓からは、かつて所属していた野球部の仲間たちの声が聞こえてきて、少し切ない気持ちになったといいます。

「美術部には、どちらかというとおとなしい、いわゆるオタク気質の人たちが集まっていました。窓の外から聞こえる『おーい!』という野球部のかけ声とのギャップがすごかったんですよね(笑)」

noji_0110.jpgカラフルにペイントされた木彫の熊「BeAlise」。Nojiさんの自由な発想と色彩感覚が光るアート作品の一つです。

やがて、Nojiさんは友人たちとバンドを結成し、ギターを担当します。当時流行していた女性アーティストの楽曲をコピーして演奏していました。

「音楽はもともと好きで、八雲町のマーチングバンドにも参加していて。トロンボーンを担当し、他にもピアノを習っていました。ピアノ教室では、ジャズをちょっと弾いたり、ブラックミュージックに詳しい先生にCDを借りて聞いたりしていました」

高校を卒業すると、周りの友人たちの多くが大学に進む中、Nojiさんは東京の専門学校へ進学します。

noji_198.jpg空間演出の準備を行う様子。絵画にとどまらない多角的なアーティスト活動の一幕です。

ファッションショーに憧れ、東京の専門学校へ

Nojiさんが進学したのは、東京の文化服装学院でした。中学生の頃から、ずっと絵を描く仕事かファッションデザイナーになりたいと考えていたといいます。きっかけは、姉が持っていた「装苑」や「ハイファッション」といったファッション雑誌で目にしたパリコレの特集でした。

「当時、世界的ファッションブランドの『クリスチャン・ディオール』で活躍していたデザイナー、ジョン・ガリアーノのファッションショーの写真に、衝撃を受けたんです。『こんなデザインがあるんだ!』と驚きました。電撃が走ったような感じでしたね。その時、ファッションデザイナーになりたいと思ったんです」

両親は東京に進学することに反対しましたが、Nojiさんの気持ちは変わりませんでした。「ここ以外は行きたくない」という思いを貫き、いざ東京へ。刺激にあふれた生活が始まりました。

noji_0153.jpg

「入学式にはレディー・ガガみたいな格好をした人がたくさんいました(笑)。普段から髪型やファッションが派手な人ばかりで、楽しかったですね」

一方で、満員電車での通学や、専門学校ならではの課題の多さには苦労したといいます。何より驚いたのは、寮で初めて経験したゴキブリとの遭遇です。

「北海道ではゴキブリを見たことがなかったので...こんなに大きくて、黒くて速く動く虫が部屋にいるのかと思ったら震え上がりました。しかも飛んできたんですよ(笑)。隣の部屋の友人を呼んで退治してもらいました」

授業では、型紙製作のための原型づくりやサイズを割り出すための計算など、服作りの基礎から学びます。周囲には本気でファッションの世界を目指している学生たちばかり。自由な発想で服を作り、将来の進路を真剣に考える仲間たちの姿を見ながら、自分は少し違うのかもしれないと感じるようになりました。

noji_195.jpg青を基調とした背景画と一体化する鮭をくわえた熊の作品。空間全体にエネルギーを放つ力強いアートです。

「ファッションデザイナーになりたいと思って東京に来たのですが、服を作るのはそんなに好きじゃない自分がいたんです。しかも自分のブランドを作りたいと本気で考えている人たちと比べたら、自分はそこまでの熱量ではないと思ってしまったんです」

3年の学生生活の間、揺れる感情の中にいたというNojiさん。それでも就活の時期には大手アパレル会社に応募し、最終面接まで残ったものの、結果は不採用に。卒業式直前には東日本大震災が発生し、予定されていた式は中止になってしまいます。

「みんな、自分が作った服を着て卒業式に出るのを楽しみにしていたんです。でも、それがなくなってしまって。卒業した実感がないまま社会に放り出された感じでした」

就職先も決まらないまま卒業し、その後もしばらく先の見えない日々を過ごしていたNojiさん。しかし、親から「就職しないなら帰ってこい」と言われたことをきっかけに、再び就活を始めます。

noji_196.jpg流木の上に並べられた、豊かな表情が描かれた白い石。遊び心とピュアな好奇心が感じられる可愛らしい作品です。

そこで入社したのが、老舗のスーツブランドでした。販売職として働く中で、所作や話し方など、社会人としての基礎を一から学んだといいます。

「店内では走らない、動くときは弧を描くようにゆっくりと。ペンを渡すときは相手の利き手まで考えて差し出すとか。徹底的にたたき込まれました。すごく勉強になりましたね。あの経験がなかったら、今、こんなにいろいろな人とコミュニケーションをとれていなかったと思います」

販売職として3年ほど勤務した後は、アパレルやメディアなどさまざまな業界を経験します。そして2015年頃、Nojiさんは再び千歳へ戻ることになります。

noji_190.jpg赤やピンクのグラデーションで鮮やかに彩られた木彫の熊「BeAlise」たち。空間に新しい変化をもたらす作品群です。

人との出会いやご縁が、新たな仕事につながっていく

千歳に戻ったNojiさんは、単発のアルバイトをしながら旅をする生活を送ります。

「ヒッピーみたいなことをしていましたね。絵も描いていましたが、まだ仕事にはなっていませんでした」

そんな中、専門学校時代の友人から誘われ、上海のレセプションパーティーに参加する機会が訪れます。そしてそこで、自分が描いた絵を飾ってもらうことになったのです。

「初めての展示だったのでうれしかったですね。そのときは友人のためのパーティーだったので、いつか自分が主役になりたいとも思いました」

noji_189.jpg黒い壁に直接、力強い線を描いていくNojiさん。下書きをせずに感覚をつなげていく独自の制作風景です。

その後は九州へ渡り、知人が営む店内の壁に絵を描く機会もありました。そうしているうちに、人づてに少しずつ依頼が増え、気づけば絵を描くことが仕事になっていたといいます。ただ、その頃もまだ「アーティスト」と名乗ってはいませんでした。

活動がさらに広がるきっかけの一つになったのが、札幌を中心にクリエイティブの力で新しい価値や未来をつくる「NoMaps」の事務局長、廣瀬さんとの出会いです。

Nojiさんは、中学生の頃に雑誌で見たファッションショーに衝撃を受けたことや、服を作るのではなく、いつか自分でもショーをやってみたいと思っていることを、初対面だった廣瀬さんに熱く語ったといいます。その思いを聞いた廣瀬さんが縁をつないでくれたことで実現したのが、2024年9月に大丸札幌店で開催した「エコフリメイクファッションショー」でした。

さらに同年、札幌文化芸術交流センター(SCARTS)の公募展に応募し、個展「命日」を開催。花屋「ORNI」の松井さんと共に手がけた展示で、生と死、そして再生をテーマにした企画でした。

noji_192.jpg札幌で開催された個展「命日」の展示風景。生と死、再生をテーマに花屋と協働で作り上げた空間装飾です。

「『命日』の個展は、これまでにない大きな規模で大変でした。植物の展示に土は使えない、水を使いたいけどどうする?ということばかりで。慣れない資料作成をして、NGが出てまた作り直すとか。今までやってきた仕事と全くちがったので、苦労しました」

またこの頃からNojiさんは、絵画だけでなく空間装飾も手がけています。

「絵は、空間を変えるための装飾の一部だと思っています。エネルギーの発生装置のようなもので、空間にどう作用するのか興味があるんです」

さらに、千歳市内で週に2回ほど塾講師として中学生に理科と数学を教えています。Nojiさんも通っていた塾で、東京に進学する際には先代の塾長が両親を説得してくれたそう。千歳に戻った後に声をかけてくれたことがきっかけで働き始めました。

その後、塾の生徒向けにアートスクール「IMA Lab(イマ ラボ)」もスタートさせています。教室いっぱいにビニールシートを敷き、みんなで大きな絵を思い切り描く。そんな自由な表現の場に、子どもたちは目を輝かせていたといいます。

noji_191.jpg北海道リハビリーでの壁画制作ワークショップの様子です。

人に変化をもたらす「場」を作り続ける

現在は、ファッションショーの企画・運営にも力を入れており、打ち合わせや資料作りに追われる日々が続いているそうです。

「モデルのオーディションやフィッティング、裏方スタッフやカメラマンの手配、ショーの構成や音楽まで全部考えています。本当はもっと絵を描く時間もとりたいんですけど、資料作りが多くなっています」

企画の規模が大きくなるほど、資金繰りや資料作りなどの準備にかける時間や労力も大きくなります。それでも、Nojiさんの原動力になっているのは、形のないものが少しずつ形になっていく過程の面白さです。

noji_0180.jpg

「決められたものを作るよりも、まだ存在していないものが形になっていく方が楽しいんです。だから絵を描く時も下書きをほとんど描きません。最初に下絵を描くと塗り絵のようになってしまうから。間違えたら、そこからつなげて描いていきます」

目標はあっても、そこから逆算してスケジュールを立てることはしないそうです。ガリアーノのショーを見て憧れたファッションショーも、多くの人との出会いやご縁によって実現しました。そうした不思議な流れや人との出会いやご縁が面白いと話します。

そんなNojiさんにとって大切なことは、作品に触れた人に起こる変化です。自分が作った空間を訪れた人が元気になったり、新しいことに挑戦してみようと思ったりする。ファッションショーに関わった人が、もう一歩踏み出すきっかけを得る。そんな変化を生み出せる活動を続けていきたいと話します。

download-1.jpgファッションショーのために制作された独創的な空間装飾。トルソーなどを使い新しい世界観を作ります。

IMA Labでは、子どもたちから得ることも多いそう。

「IMA Labは、名前の通り、『今』やりたいことをやる『場所』なんです。ひたすらゴジラの絵を描き続ける子がいる。でもある日突然マイケル・ジャクソンに夢中になると、ゴジラのことはすっかり忘れてマイケルの絵ばかり描くようになるんです。そういう好きに向かうピュアな力は本当にすごいと思います」

人がやっていないことだからこそ心に残る。子どもたちの素直な行動は、Nojiさんにとっても大切な気づきになっています。

noji_013.jpgアトリエにずらりと並ぶ色とりどりのスプレー缶。多種多様なアート作品を生み出すための大切な画材です。

アーティストが少ない千歳だからこそ、挑戦する価値がある

「今は北海道での活動が中心ですが、もう少し本州や海外にも出ていきたいですね。大きな企画を継続してできるくらいの力やチームを作っていきたいと思っています」

今後のことについて、こう語るNojiさん。地域の人たちを巻き込みながら、作品をつくってみたいとも話します。

「僕の好きなアーティストで、浅井裕介さんという方が、地域の土を集めて絵の具を作り、その土地の人たちと一緒に作品をつくっているんです。そういう土着的なやり方がすごく好きなんですよね」

仕事以外では、登山やサーフィンなどのアクティブなことにも興味があるそう。

noji_0176.jpg

「やってみたい気持ちはあるんですが、なかなかきっかけがなくて。タイミングがあれば挑戦してみたいですね」

Nojiさんにとって千歳は、「ポテンシャルのある街」です。

「空港が近いし、支笏湖もある。これからは半導体のラピダスもあります。空港の近さはすごくて、僕の家からだったら、チケットを取ってその約2時間後には羽田空港に着きますよ(笑)。雪も比較的少なくて暮らしやすいです。フットワークを軽くしたい人には、千歳はすごくいい場所だと思います」

アーティストとして活動する人がまだ少ないことも、千歳で活動する魅力の一つだと話します。

noji_0171.jpg

「マーケティング的な価値もあるし、ブランディングにもつながると思っています」

これまでの経験の中で、今最も役立っていることを尋ねると、「人との出会いやご縁です」という答えが返ってきました。

「僕はいわゆるエリートコースのアーティストとは違って、いろいろなことを経験してきました。そのすべてが今につながっていますが、中でも人との出会いやご縁が一番大切だと感じています。人との出会いやご縁があったから今の仕事ができているのだと思います」

Nojiさんは、穏やかな口調で、とても心地よい空気をまとった方でした。自分の「好き」に素直に向き合い続けてきたからこそ、出会えた人や仕事があったのではないかと感じました。これからも、絵・空間装飾・ファッションショーなど、さまざまな表現を通して、多くの人に変化をもたらし続けてほしいと思います。

noji_0121.jpg

Artist / Art Director / Nojiさん
住所

北海道千歳市幸町1丁目15(アトリエ)

URL

https://www.instagram.com/noji.jp/?hl=ja

GoogleMapで開く


千歳だからできる多角的な活動。アーティスト Nojiさん

この記事は2026年6月1日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。