移住希望者からの人気も高く、地域おこし協力隊の多くが起業し定住するケースも多い長沼町。そんな同町で2025年秋から行われたのが、「ながぬま地域起業塾」です。地域課題を解決できる人材の発掘と育成を目的とし、「ローカル×観光×AI」をテーマに、長沼町で起業したい人、地域資源を活かして新事業を始めたい人を募集。8人の定員に対し、なんと20人近くの応募があり、その半数以上が道外からの応募だったそう。その中から選ばれた8人の塾生は、約4カ月間、計17日間、経営の専門家による指導のもと、オンライン研修やフィールドワークを通してビジネスプランを構築。今年2月に最終報告会を行い、それぞれが自らのアイデアを発表しました。今回は長沼町で実際に事業をスタートさせることになった塾生の水落清さん、長沼に住まいを設けた倉重宜弘さん、そして起業塾をサポートしてきた地域おこし協力隊の金山真大さんに話を伺いました。
浅草の建設会社2代目が抱き続けた北海道への憧れ
町の事業者や行政関係者、経営のプロなどが参加した2月の最終報告会で、見事「町長賞」に選ばれたのが、水落清さんです。まずは水落さんに「ながぬま地域起業塾」に応募したきっかけやこれからのことなどを伺いたいと思います。
塾生の一人、水落清さん。
東京出身の水落さんの現在の肩書は「育栄建設株式会社」の代表取締役。浅草にある建築会社の2代目です。この肩書だけだと、北海道とは縁もゆかりもないように思いますが、「鉄道と地図が好きで、小学生の頃から北海道は憧れの地でした。中学生のときには、当時まだあった青函連絡船に乗って友人と函館も訪れました」とニッコリ。社会人になってからも、札幌の運輸会社の観光事業に携わっていた際、年に数回は道内に打ち合わせで訪れ、「やっぱり北海道はいいなぁと思っていました」と話します。
その後、父親が経営する育栄建設株式会社に入り、39歳で社長に就任します。それまで行ってこなかった採用活動に着手し、5、6人だった従業員を徐々に増やし、公共事業の入札にも積極的に参加。下請け工事だけでなく元請としても仕事を受注するようになり、現在従業員は20人近く在籍しているそう。経営者としても地元の経済団体などに参加し、地域貢献にも尽力してきました。
「会社がある程度大きくなり、余裕ができ、親しくしていた地元の経営者の先輩らとゴルフなどで北海道へ遊びに来ることが増えました。あらためて北海道っていいなぁと感じていたのですが、ただ遊ぶために北海道へ来るのではなく、北海道で仕事ができたらと思うようになりました」
浅草に本社をかまえる育栄建設株式会社。地域に根ざし、公共工事を中心に大小さまざまな建築物を施工しています。
とはいえ、支店を作るにしても北海道にこれと言った人脈があるわけでもなく、道内企業のM&Aなども検討しましたが、納得いくものに出合うことができませんでした。そんなとき、たまたまネットを検索していた際、長沼町のスタートアップに関するくらしごとの記事を発見します。
「自分は経営者ですが、起業の経験はありません。ゼロベースから人脈もない北海道で起業するのは難しいけれど、行政が伴走してくれるなら可能性はあると思ったんです。ちょうど浅草で北海道の移住フェアを開催していて、長沼町のブースに起業塾の役場の担当者の方も来ていて、いろいろ話を聞いたら、東京在住でも参加ができると分かり、応募締め切りギリギリだったんですけど、『古い建物をリノベーションして宿泊施設にする』という内容で応募しました」
「お金を払ってでも受講したい」起業塾の内容とは?
塾生8人に選ばれた水落さんは、「謙虚な気持ちで受けよう」と決めていたそう。起業塾の講師陣は、経営、観光、AI、資金調達、事業モデル構築などあらゆるジャンルのプロ。さらに地元に暮らす人たちがメンターとしても関わることになっていました。

「すでに知っていることがあったとしても、ゼロから学ぶつもりで全部をしっかり吸収しようと思っていました。でも、いざ学び始めたら勉強になることばかりでした。また、メンターの方と壁打ちしながら事業計画書を作っていったのもいい経験になりました」
受講期間中、長沼でのフィールドワークが4回行われましたが、その前に一度長沼を訪れた水落さんは、「初めて長沼町に来た時、市街地を見て人口減を感じる一方、スーパーなどもそろっているし、スナックが並ぶようなエリアもあって、意外性を感じました。実は飲み屋をはしごするのが好きなので、これは面白いかもと惹かれたというのもあります」と話します。その後、何度か訪れるうちに、空港や札幌からのアクセスの良さをはじめ、「温泉、スキー場、ジンギスカン...と、いろいろな町の魅力を知り、すごくいいところだと思いました」と続けます。
市街地に宿泊施設がないため、当初は市街地の古い建物を直して宿泊施設にと考えていましたが、実際に事業計画を考える中で、なかなか良い物件が見つからないという問題にぶち当たります。

「この起業塾のすごいところでもあるんですが、町の人も役場の人も、こういう人に会いたいとお願いすると、すぐに会わせてくれるんです。それで、古い家を持っている方たちも紹介してもらって物件も見たんですけど、宿泊施設にするには難しいところばかりで...。このままいい物件が出るタイミングを待っていたら、いつまでたっても事業化できないと思い、だったら土地を買って建てるしかないかなと」
そう考えていた矢先、起業塾つながりで知り合った不動産業者をはじめ、いろいろな人のつながりやご縁で、市街地の平和通商店街の端にあった更地にたどり着きます。
「所有している方に連絡したら、売りに出しているということで、すぐに『買います!』と言って購入(笑)。土地や建物は『いいな』と思った瞬間に買わないと、二度と手に入らないというのは、これまで東京で経験済みだったので即決でした」
180坪の土地を購入したのは1月。2月の最終報告会のときに「土地を買いました!」とみんなの前で発表したそう。

「発表会のあと、審査員の一人で長沼町観光協会の会長でもある仲野農園の仲野満さんが、土地まで買って本気でやるなら、まちの人たちも応援しなければならないからと、地元の工務店や設計の方、信金の支店長さん、起業塾担当の役場の方らを集めて飲み会を開いてくれたんです。そこから一気に事業が動き始めました。起業塾に参加していなければ、人とのつながりもこんな簡単にはできないし、事業もこんなスピーディーには進まなかったと思います」
現在は設計図もある程度出来上がり、工務店に見積もりを出してもらったり、国の補助金申請について役場と打ち合わせを重ねたりしているそう。来年の夏前の完成を目指し、忙しい日々を送っています。
「融資の関係で、長沼町に建設会社の支店を登記しましたが、せっかくつないでもらったご縁を大切にしたいので、工事などは地元の業者さんにすべてお願いし、一緒に造ってもらいたいと思っています。自分だけ儲かればいいとは思っていないし、自分としてはここまで一生懸命動いてくれる長沼の人やまちに貢献したいという気持ちしかありません」
宿泊者みんなが利用できる共有リビングは、コワーキングスペースも兼ねているのだとか。
市街地に宿泊施設ができることで、まちの飲み屋やスナックを利用する観光客も増えるはずと水落さん。「そのまちのことを知るには、地元の飲み屋に行くのがいいと思うし、そもそも私自身が飲み屋をはしごするのが好きなんで」と笑います。
「この起業塾に参加して本当に良かったと思います。このスピード感で事業を立ち上げるなんて、普通じゃできませんから。行政が中心となって手厚くサポートし、人ともつないでくれるなんて、本当に贅沢。こちらがお金を払ってもいいくらいの素晴らしい塾です」
経営者として地域の人脈つくりの大切さや苦労を経験しているからこそ、尚のこと、起業塾で得た人脈のありがたさを実感しているそう。
「2期生の募集もはじまるようですが、もし迷っている人がいるなら参加したほうがいいと言いたいですね。移住せずとも2拠点で活動OKというのも魅力的だと思いますよ」と最後にメッセージをくれました。
取材で訪れただけのはずが、起業塾に自ら応募
次に話を伺うのは、水落さんと同じく塾生だった倉重宜弘さんです。愛知県出身の倉重さんは、早稲田大学を卒業後、金融系シンクタンクを経てITベンチャー企業に創業時から参画。大手企業のデジタルマーケティングをはじめ、ブランディング戦略、デジタルコンテンツの企画・プロデュースなどに数多く携わってきました。実は会社員時代から北海道とも縁があり、2012年に北海道の地域振興を目的としたデジタルメディアの立ち上げに携わっていたそう。
もう一人の塾生、倉重宜弘さん。
「僕が地方創生に関わるようになった最初の事業が、この北海道のデジタルメディアでした。北海道のライターさんたちを組織化し、記事を書いてもらっていました。今も当時関わってくれていたライターさんたちとは親しくさせてもらっています」
その後、同様の地域デジタルメディアを沖縄、瀬戸内で立ち上げ、各地で高い評価を得ます。そして2016年に独立。ネイティブ株式会社を創業し、地域マーケティング専門のベンチャーとして、自治体の情報発信支援や移住促進・関係人口創出に関する事業、観光メディアの運営、ふるさと納税、地元の特産品開発など、幅広く手掛けてきました。
「そのあと、会社が吸収合併されて、2年半ほど合併先の会社で地域活性化などに携わったんですけど、2025年に2度目の起業に挑戦しようと、ビサイズ株式会社を設立しました」

これまでの歩みを穏やかな口調で語る倉重さんですが、地域活性の専門家としての話を聞いていると、「起業塾の講師?」と思うほどの経歴です。そんな倉重さんが、この「ながぬま地域起業塾」に興味を持ったのは、知り合いから紹介されて説明会に参加したのがきっかけでした。
「説明会で話を聞き、役場の担当の方にも会い、いい企画だなと思いました。最初は塾に参加するつもりはなく、自分が運営に関わる移住系のWEBメディアで取り上げようと思って、取材で長沼町を訪れたんですけど、長沼のいろいろな事業者さんを紹介してもらって、皆さんの取り組みなどを伺っているうちに、なんて魅力的な事業者さんが多いまちなのだろうと思いました。まち自体もいろいろな取り組みをしていて、その前向きな姿勢も面白いと感じたんです。それで、役場の担当の方に『僕も応募していいですか?』と言って応募を...(笑)」
これまで数々の地域活性化のプロジェクトに関わってきた倉重さんですが、「どこかひとつの地域にどっぷり入り込み、そこに根差した事業をしたいと思っていたのでちょうどいいタイミングだったのかなと思います」と話します。

自分らしく、地域に関わる塾
起業経験があり、地域活性に関しても詳しい倉重さんから見て、この起業塾の良さについて尋ねると、「2つあって、ひとつは観光基軸の事業をやりたい人には長沼というまちがすごく魅力的であること」と話します。
「北海道らしい景色が広がり、農産物も豊富で、おいしいものが近くにたくさんあり、空港からのアクセスも良いまち。僕みたいに北海道で何かやりたいと思って、2拠点生活をしたいタイプからするとある意味とてもいい場所なんですよね。そして、長沼には大資本があまり入っていないところも魅力。自分らしく起業し、持続可能な事業を行いたい人にはいい町だと思います。ユニコーン志向ではなく、ゼブラ企業向きですね。たとえば、東京などでこだわりの飲食店を経営してうまくいっている事業主が、長沼にそのこだわりを持って2号店を出店するとかもありだと思うんですよね。地元の農家さんから新鮮な野菜を仕入れられる可能性もありそうですし」
個性的なカフェや飲食店など、決して大きくはないけれど魅力的なお店が集まる長沼町。
また、地域で事業を立ち上げる際に重要になってくるのが、もともとその地域で商売をしている事業者さんたちとの関わり方。この点に関しても、「ひとりで関係構築していくのは大変なんです。でも、この起業塾は行政が間に入って地域の事業者さんとマッチングをしてくれます。これはありがたいと思いますね。また、まちの人もオープンマインドの人が多いですしね」と話します。
倉重さんが考える起業塾のもうひとつの良さは、「定年を間近に控えている人やセカンドキャリアについて考えている人でも参加できるところ」と続けます。
「僕は来年60歳で、年代的には僕もそうなんですけど、たとえばそろそろ定年、あるいは早期退職もという人の中には、退職後どうするかを考える人が結構いると思うんです。趣味があって趣味だけ楽しみたいという人は、それはそれで素敵な人生だと思いますけど、僕なんかは何か仕事をしていたいタイプ。周りには80歳まで仕事をしたいと言っています(笑)」

「もちろん老害にならない程度に若い人とうまく折り合いをつけていくのが前提ですけど、社会とのつながりがあった方がいいと考えている人は多いと思うので、そういう人も十分この起業塾にマッチすると思うんですよね。若いころの夢だった宿をやりたい、夢だった飲食をやりたいという人が、新たな生業を作ることができる場所として長沼は比較的成り立ちやすいと思います。もちろんそう簡単にはいかないと思うけど、そのための起業塾だと思うんです」
倉重さんは、定年を過ぎた人たちが住む場所を含む暮らし方と収入の得方の両方を変えていかなければならない世の中になってきていると話し、それを「ライフシフト」という言葉で表現。仕事や職場を変えるだけのキャリアチェンジだけでなく、移住や2拠点生活など暮らし方も変えることで、まったく違う人生になると言います。倉重さんは、長沼がそんなライフシフトした人たちが集まるような場所になればいいのではないかと話します。
2月の最終報告会で、倉重さんは「長沼町専属のマーケティング会社を立ち上げたい」と発表したそう。「長沼は魅力ある事業者さんがたくさんいるけれど、皆さんそれぞれで発信しているのが現状。でも、点でやっているとどうしても知名度は上がらないから、僕はそれを面で捉え、まち全体で見たマーケティングをやっていきたいと考えています。まだちょっとぼんやりした感じですけど、これからまちの人と一緒に具体的な活動をしていきたいと構想中です」と話します。実際、商品開発を行っている人と一緒にマーケティング的な工夫ができるのではと対話を重ねるなどしているそう。

実は、取材の前日に長沼町内での生活を始めたという倉重さん。これまでも二拠点生活の経験があるそうですが「これからは長沼町でかなりの時間を過ごしたいです」とニッコリ。「こっちで展開する事業内容はまだぼんやりしているし、始めのころは部屋を借りるかどうかも決めていたわけではなかったのですが、ちょうどタイミングよく好条件の部屋に空きが出たと知らせをもらってすぐに決めてしまいました。結構大きな岐路で流れに身を任せてしまうくせがあるんです」と笑います。
倉重さんは、これまでの経験をもとに書き記した書籍「人口減少時代の自治体の移住促進・関係人口戦略」を今年2月に発表。この中には、今年から地方創生の一環として、総務省がスタートさせたふるさと住民登録制度に関しても触れています。この制度は、地域に関わりたい人を可視化して、新たな担い手を発掘する仕組みを全国的に広げる狙いで始まるもの。地域の関係人口を増やし、地域の人との交流を通じて地方の活性化を促進することが目的とされています。「これはどんどん普及する可能性があると見ていますし、長沼でも是非この軸でも関わっていけたらと考えています」と話します。いろいろな可能性があり、いろいろ手探りしている最中という倉重さん、どんな形で事業を展開していくのかが楽しみです。

必要なのはアイデアと意欲だけ。やりたい気持ちを形にする「起業塾」
では、最後にこの「ながぬま地域起業塾」の運営に関わった地域おこし協力隊の金山真大さんに話を伺います。実は金山さん、昨年くらしごとにも一度登場。協力隊として、観光振興のミッションをこなしながら、この起業塾の担当も兼務しています。
「今回の起業塾に参加した8人の塾生のうち、20代は大学生が1人、あとはみなさんミドルエイジの社会人の方ばかりでした。そして意外と道外の人が多く、6人が道外でしたね」
起業塾の運営を担当する長沼町地域おこし協力隊の金山真大さん。
自身も協力隊の傍ら、ゲストハウスを経営している金山さん。起業塾の運営に携わりながら、「自分も勉強になることがいろいろありましたね」と振り返ります。
この起業塾は地元の人がメンターとして伴走してくれるのも特徴。金山さんも「自分は経営についてめちゃめちゃアドバイスできるわけではないですが、地域のことをすごくリアルに伝えることはできるので、地域の中でうまくやっていくためのポイントを伝授しました」と話します。
次の起業塾の運営にも関わる予定という金山さんに、長沼町が求める塾生について尋ねると、「対象者のハードルは低いと思います。起業について全く知識がない人や、普通のサラリーマンの方でも参加可能です。のんびり暮らしながら副業として観光事業で収益を出したいとか、自分みたいに満員電車が嫌で移住したいけど、仕事がないから自分で起業したいとか、色んな動機でいいと思います」と話します。
地域の課題と自分のやりたいことがマッチしているかも重要で、「その上で最後に必要なのは、アイデアと意欲ですね」と話します。完璧な事業計画書がなくても、起業塾で実践的かつ手厚いサポートが用意されているので、心配は無用とのこと。「とにかくやりたい気持ちと、それを追いかける意志があればなんとかなる。それを実現させるための手段として起業塾を最大限使ってくれればと思います」と最後に締めくくってくれました。
取材でお話を聞いた塾生のお二人を見ると、ハイパーな方じゃないとだめなのかな?と思うかもしれませんが、決してそうではないとのこと。あなたも思い切ってチャレンジしてみませんか?

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※本記事は長沼町の取り組みに関する情報発信の一環として制作しています















