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このまちのあの企業、あの製品
深川市

違う山、違う道。産業を支える木材輸送のプロ。宮本運輸20260611

違う山、違う道。産業を支える木材輸送のプロ。宮本運輸

北海道の土地の約7割を占める広大な森林。この豊かな資源を動かし、地域の暮らしや産業へと繋いでいるのが「木材輸送」のプロフェッショナルたちです。今回訪ねたのは、深川市を拠点に1979年から木材輸送の第一線を走り続ける株式会社宮本運輸です。2023年には北海道トナミ運輸グループの一員となり、長年培われた専門技術を次世代へ繋ぐ新たな一歩を踏み出しました。お話を伺ったのは、会社の舵取りを担う社長の宮本康弘さん、経験豊富な大型トラックドライバーの石月敏明さん、そして積み込みの要であるクレーンオペレーターの五十嵐ゆかりさんの3名です。一般の運送業とは一線を画す「山」という現場。取材陣も長靴に履き替え、舗装路の終着点の先にある仕事場へ同行しました。働く人の視界からしか見えない、奥深くダイナミックな木材輸送の世界。その知られざる魅力と、現場を支える人々の想いに迫ります。

舗装路の先、道なき道へ進むドライバー

石月敏明さん(69歳)の朝は早い。午前5時、深川の車庫を出発し、まだ眠りの中にある街を抜けて山へと向かいます。トラックドライバー歴は21歳から。かつては本州まで大型トレーラーを走らせ、食品から雑貨、時には生きた牛まで、あらゆるものを運んできました。そんなベテランが長く現役として走り続ける場所に選んだのが、宮本運輸の「木材輸送」でした。

miyamotounyu80.jpgこちらが、宮本運輸で原木を運搬するベテランのトラックドライバー、石月敏明さん。後ろに映るトラックでこれから三笠市へ走っていくようです

「一般の貨物輸送をしていた頃は、20キロのジャガイモや玉ねぎを1000箱も手積みすることもありました。あれは肉体的にもこたえたね。それに比べれば、今は丸太を積むのは機械ですし、体力的にはむしろ今のほうが負担は少ない。自分は鉄のぼっこ(角パイプの支柱)を持ち上げられる体力さえあれば、70代になっても現役でいられると思っているよ」

そう笑う石月さんですが、その仕事場は決して平坦ではありません。現場は、地図にも載っていないような険しい林道の先。タイヤが半分埋まるようなぬかるみや、深い穴が口を開ける土壌の上を、重い木材を積んで進んでいくのです。

「山で働くということは、泥の中で働くということ」。
石月さんは、この仕事に向いている人の条件をそう語ります。作業着の汚れを気にしたり、車が泥をかぶることを嫌う人にはあまり向いていないかもしれません。「服が汚れることなんて気にしない。腹を据えて仕事と向き合う」。そんな真っすぐな姿勢がある人こそが、この仕事の本当の面白さを掴むことができるようです。

miyamotounyu71.jpg油汚れとはまた違う、自然の中で働くからこその土汚れ。今日も働いた!という実感があるし、落ちる汚れだからそこまで気にならないと石月さんは言います。

一方で、現場の安全性は石月さんの長年のキャリアの中でも進化しました。以前は危険が伴った高所作業や荷締めも、現在は機械化や安全な配置が徹底されています。「昔に比べて、無理な作業は本当になくなった」と、働く環境の改善を実感する毎日です。なぜ、定年を迎えた後もこの仕事を続けているのか。石月さんに問うと、「山を走ること」が自身の性に合っていたのだと振り返ります。

「山の道は舗装路とは全くの別物。どこを通れば沈まないか、頭を使ってルートを選びます。常に緊張感があるし、冬の道は特に神経を使って大変だけど、不思議と飽きることがないんだ。そんな環境が自分には合っているんだろうね」

想像もつかないような悪路を攻略していく緊張感。冒険に近いドキドキ感が、今も石月さんの心を突き動かしています。

息子世代にも胸を張って勧めたい仕事

「俺的には、自分の息子にも勧められる仕事になったと思っているんだ」

かつて共に働いた若者が、所帯を持つにあたり生活面をもっと安定させたいと別の道を選ぼうとした時、石月さんは「いい仕事が見つかったなら、そっちに行ってもいいんじゃないか」と背中を押したことがありました。当時はまだ、胸を張って引き止められるほどの待遇が整っていないと感じたからです。

しかし、今は違います。北海道トナミグループへの参画後も、宮本社長の「従業員の仕事を守る」という姿勢は変わらず、待遇面もしっかりと改善されました。

「自分の息子はもう別の仕事をしているけれど、もし今から仕事を探しているなら、ぜひチャレンジしてみろと言いたいね。今の環境なら、充分家族を支えられる。社長も余計なことは言わず、現場を信頼して気持ちよく働かせてくれるから。若い人たちには、この『山を走る面白さ』をぜひ味わってみてほしいね」

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69歳。暮らしの張り合いとしてハンドルを握り続ける石月さんの視線は、泥にまみれた林道の先に、活気ある次世代の姿を見据えています。

「掴む」面白さと、積み込みの美学

続いてお話を伺ったのは、クレーンオペレーターの五十嵐ゆかりさん(41歳)です。実際の仕事現場を拝見すると、操作するユンボの動きはどこか優雅。巨大な丸太を軽々と、かつ静かに掴み上げ、トラックの荷台へと整然と収めていきます。

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五十嵐さんは現在の仕事に就く前、農業や飲食業に従事しながら、一人娘を必死に育ててきました。娘さんが成人した時、「これからは自分が本当にやりたい仕事にチャレンジしたい」と考えるようになったと言います。

実はその頃、病気が見つかり療養することも経験しました。現在は現場で元気に働くまで回復しましたが、当時の仕事は負担が大きかったと振り返ります。

「以前の仕事は今より給料が低く、労働時間も長くてハードでした。病気は『ここらへんで一度休憩したら?』という体からのサインかな、と思ったんです」

少し休んで、次は好きなことを仕事にしたい。そう考えていた頃に出合ったのが、宮本運輸での仕事でした。

miyamotounyu108.jpgこちらが、宮本運輸で木材積み込み専門の重機オペレーターとして働く五十嵐ゆかりさん。UFOキャッチャーが趣味のひとつだそう。

「機械操作の仕事が大好きなんです。丸太をいかに速く、そしてキレイに積むか。仕上がりが美しいと、ドライバーさんの走行も安定します。遠くからトラックを眺めて出来栄えをチェックして、納得がいかないと『あそこが少しズレていたな』なんて一人反省会をすることもあるんですよ。重機で丸太を掴むこと自体が楽しいです」

実は、宮本運輸にとって五十嵐さんは初めての女性オペレーターでした。

「女性はダメかな、と最初は不安でした。でも、応募したら採用していただけて。男性より機械を乱暴に使わない、丁寧だと言っていただけることもあります。ユンボに無理をさせたくなくて、そっと操作する。それが私のスタイルですね」

阿吽の呼吸で現場が動く

現場では、ドライバーによって積み方のこだわりが違うため、正解はひとつではありません。正解がないからこそ、互いの思いを伝え合う『阿吽の呼吸』が重要です。五十嵐さんは、現場での日々のコミュニケーションを何よりも大切にしています。

「仕事は言葉で教わるよりも現場に出て、阿吽の呼吸と呼ばれるような『タイミング』を叩き込まれる時期もありましたが、それは常に誰かが支えてくれる安心感があったからこそ、技術を自分のものにすることができたのだと思います」

新入りの頃、上手く積み込みができず、予定より大幅に時間がかかってしまったことがありました。その時、担当のドライバーさんは嫌な顔ひとつせず「大丈夫だ!」と励ましてくれたそうです。

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「私を待っている間、おにぎりを頬張りながら『遅れは俺が取り戻して走るから』と言ってくれて。あの時の優しさには、今でも本当に感謝しています」

同僚には常に助けられている。五十嵐さんは実感を込めてそう話します。40代になったばかりの今、五十嵐さんはこの仕事を「70代まで続けられたら」と笑顔で語ります。

「希望していた空の下での仕事です。外の空気のなかで仕事していると、一日の終わりに『今日も働いた!』と達成感があるんです。機械操作は体力的にきついと感じることもありません。乗り物が好きな人や、目の前の作業に黙々と打ち込める人なら、きっとこの楽しさが伝わるのではないでしょうか」

休日は石月さんたち同僚と海釣りに出かけ、カレイやホッケを狙うのが楽しみのひとつ。仕事もプライベートも、今の環境に大きな充足感を感じています。澄み渡る空の下、今日も五十嵐さんは重機を相棒に、地域や産業を繋ぐ大切なピースを積み上げ続けています。

違う山、違う道。運ぶ仕事の醍醐味

最後に、株式会社宮本運輸の舵取りを担う代表取締役社長、宮本康弘さんにお話を伺いました。 同社の始まりは、宮本さんの父がここ深川の地で、トラック一台から木材運搬業を創業したことに遡ります。当時、深川近辺には多くの木工所があり、地元の産業を支えるためにこの地を選んだといいます。

宮本さんは大学卒業後、一度は群馬県で就職。25歳で北海道へ戻り、父の背中を追って宮本運輸に入社しました。現場でのクレーン作業や工場勤務など、最前線の仕事を経験し、2003年に代表へと就任。現場の苦労も喜びも知る経営者として、長年会社を率いてきました。宮本さんは、この仕事の醍醐味をこう語ります。

miyamotounyu73.jpg現場に出て木材の種類を見極められるようになることも仕事で大切な知識の一つ。お客様が求める木材を的確に届けます

「木材輸送は、決してルーティンワークではありません。毎日違う山があり、違う道がある。木の種類を知り、険しい道を走るための技術を磨く。そうして経験を積み重ねることで、ようやく『プロの仕事』になっていきます」

宮本さんは、性別不問で「手に職をつけたい」という意欲を持つ人を歓迎しています。

「仕事ができるのであれば、必要な配慮については話し合いますが、性別は全く気にしません。専門的な技術を身につけることは、その人の確かな強みになりますし、それに見合う十分な収入も得られる仕事です」

その言葉を裏付けるように、2023年のグループイン以降、宮本さんはさらなる環境改善に注力してきました。 「グループの一員となってから、より良い循環が生まれています。毎年、頑張って給与を上げていますし、年間休日も増やしました。給料と休み、その両面で待遇が良くなっていることを、スタッフにも実感してもらえているのではないでしょうか」

miyamotosyacho.pngこちらが、宮本運輸代表取締役の宮本康弘さん。オンラインにてお話を伺いました。

今いるスタッフを大切にしながら、宮本さんが今最も願っているのは「次世代の育成」です。

「共に働く仲間がいて、初めて会社は先に進むことができます。今いるベテランたちの知恵を受け継ぎ、一緒にこの仕事を盛り上げてくれる新しい力を育てていきたい。ここで技術を磨き働きたいという方と、ぜひお会いしたいですね」

深川の地で紡がれてきた木材輸送の歴史。宮本社長の穏やかな語り口の奥には、地域産業を守り、働く人の暮らしを豊かにしようとする、力強い決意が満ちていました。

miyamotounyu60.jpg人の手のように繊細に動きトラックの背中を押します。ここからトラックが走り出していきます

山での取材中、印象的なシーンがありました。ぬかるみにタイヤを取られそうになった石月さんのトラックを、五十嵐さんの操るユンボが後ろからそっと押し出し、スムーズな出発を助けたのです。特別な合図があるわけではなく、状況を見て自然に手が差し伸べられる。そんな「阿吽の呼吸」が、厳しい山道での仕事を支えているのだと実感した瞬間でした。

深川の森から運び出される一本一本の丸太。そこには地域産業を繋ぐという誇りと、現場を共にする仲間への確かな信頼が積み重なっているようでした。

株式会社宮本運輸
株式会社宮本運輸
住所

北海道深川市納内町3丁目4-27

電話

0164-24-2734

URL

https://www.miyamotounyu.jp/

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違う山、違う道。産業を支える木材輸送のプロ。宮本運輸

この記事は2026年4月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。