明治以降、交易や金融の拠点「北のウォール街」として栄えた港湾都市・小樽。現在は、歴史ある運河や石造り倉庫群、ガラス工芸、新鮮な海鮮を楽しめる一大観光都市として、国内外から多くの人が訪れています。
この小樽市で「つるき社労士・行政書士事務所」を2024年4月に開業した、鶴木貞男さん。特定社会保険労務士、行政書士、自立型人財・組織育成士など様々な資格を持っています。これらの資格は全て、鶴木さんが「私が支援する人に幸せになってもらいたい」という想いを実現するために、必要だと感じ取得したもの。この想いに繋がる鶴木さん自身が感じたハラスメントや、開業のきっかけ、小樽への想いなどを伺いました。
大学時代に初めて法律を学び、面白さを知る
小樽市出身の鶴木さんは、海や漁港が身近にある環境で育ちました。両親は共働きだったため、小学校低学年の頃までは、小樽市内の西に位置する忍路(おしょろ)に住むおばあ様が毎日のように自宅へ来て面倒を見てくれていたといいます。
「おばあちゃん子でしたね。父も母も忍路出身なので、週末になると家族で両方の祖母の家に行って、畑仕事や雪かきの手伝いをしていました」
こちらが、つるき社労士・行政書士事務所代表の鶴木貞男さん。座右の銘は「あきらめたら試合終了ですよ」
小学校高学年になると野球を始め、中学校でも野球部に所属。勉強も得意で、机に向かうことは苦ではなかったそうです。中学卒業後は小樽市内でも進学校として知られる高校へ進学。入試の成績は学年で常に上位にいるほどでしたが、入学後はラグビー部に所属し、勉強より部活に打ち込むようになります。
「部活が楽しくて、将来のことも全然考えていなかったです。何になりたいとかもなかったので、とりあえず大学に進学すれば考える時間もできるだろうぐらいに思っていました」
大学受験は私立文系を選択。札幌市内の大学をいくつか受験し、北海学園大学経営学部へ進学します。
「営業のように、前に出る仕事は自分には向いていないだろうと思っていました。北海学園大学は公務員試験に強かったので、そういう道もあるのかなと漠然と考えて決めました」
大学では経営学を学ぶ一方で、法律の授業にも興味を引かれたといいます。
「民法の授業が面白かったんです。隣の家との境界の話とか、木の枝や根っこがはみ出したときはどうなるのかとか、身近な事例で教えてくれる先生だったので楽しかったですね」
独学で公務員試験に挑戦。就職浪人を経て国家公務員に
就活の時期になると、企業の資料を取り寄せながらも、自分には公務員の方が向いているのではないかと思うようになります。

「会社に就職したら、営業職になる可能性もあるじゃないですか。当時は今ほど人と話すのも得意ではなかったので、飛び込み営業なんて絶対無理だと思ったんです」
ところが、大学が開いていた公務員試験対策講座は3年生向け。公務員を目指そうと決めた頃には、すでに受講のタイミングを逃していました。そこで、公務員試験の参考書や問題集を使って独学で受験に挑みますが、結果は不合格。卒業後は就職浪人を選び、もう1年間勉強に専念することを決めました。
公務員試験では、法律や歴史、文章理解など幅広い分野が出題されます。中でも鶴木さんが苦戦したのは、数学的な思考力が求められる『数的推理』という科目でした。
「大学も文系を選んだのは、数学が苦手だったからなんです(笑)。試験でも数学は、かなり苦労しましたね。過去問題集をひたすら解いて勉強していました」
努力は実を結び、翌年、国家公務員試験に合格。文部科学省の管轄機関である北海道大学に採用され、事務職員として社会人生活をスタートさせます。最初の配属先は、理学部の人事係でした。
「先生方や職員の皆さんのお世話をする仕事です。出勤簿を整理したり、扶養の手続きをしたり。バックオフィスのような仕事でした」

2000年には学生支援課、2004年には教育学部事務室へ異動。同じ年には北海道大学の法人化に伴い、公務員から国立大学法人の職員へと立場が変わりました。
「法人化で身分は変わりましたが、転職しようとは全く思いませんでした。仕事内容も大きくは変わりませんでしたし、本省がある東京の霞が関に行く気もなくて。そもそも本省の人員の空きも少ないので、そのまま大学で働き続けようと思っていました」
職場の雰囲気にも恵まれていたといいます。当時は教職員同士の交流も盛んで、仕事終わりに飲みに出かけることもしばしばありました。
「特に月曜日が多かったですね。土日に会えなくて寂しいから、月曜日になると『飲みに行こう』ってなるんです(笑)。みんな本当に仲が良くて。今でも当時のメンバーと飲みに行くんですよ」
今でも交流が続きます。
その後、2007年には、道内の高等教育機関へ出向となります。当時の職場では厳しい指導が日常的に行われており、係長だった鶴木さんは現場と上司の間で板挟みになる場面も少なくなかったといいます。
「とても仕事ができて能力もある上司の方々でしたが、仕事の指導に関しては厳しかったですね。職場の人たちも、みんな怯えたり疲れ切ってしまっていて...当時は自分で何とかしなければと思って、一人で抱え込んでいたんです」
仕事のことが頭から離れず、休日も心から休めない状態が続きました。家族も普段とは違う鶴木さんの様子を心配していたといいます。幸い、出向期間は2年間と決まっていましたが、もし終わりが見えない状況だったら、もっと追い込まれていたかもしれない。この経験が、今の仕事につながるきっかけになったと振り返ります。
「その時に、こういう思いをする人を少しでも減らしたいと思ったんです」
「働く人を支えたい」社労士として独立を決意
出向を終えた後、鶴木さんは北海道大学へ復帰。法学部事務室や大学病院の総務課などで経験を積み、2015年には北海道大学法人事務局の厚生労務室へ配属されました。ハラスメント対応や就業規則、安全衛生など、大学で働く人々を支える業務を担当する部署です。職員の働きやすさに直結する仕事だからこそ、責任も大きかったと振り返ります。
「最初は自分に務まるのかと思いました。北大の内部を支える仕事ですからね。でも、その分やりがいもありました。周りの先輩や同僚も本当に優秀な方ばかりで、勉強になることがたくさんありました」
休みの日には趣味の登山にでかけることも多いそう
そんな中、鶴木さんは少しずつ自身の将来についても考えるようになります。当時の北海道大学の定年は60歳。希望すれば65歳まで働くことは可能でしたが、その先の人生を考えたとき、自分には何ができるのか不安を感じたといいます。
「再就職するにも『北大で働いていた』という経歴があっても、何ができるか聞かれたら、自分には何もない気がしたんです。何か資格を取っておいた方がいいんじゃないかと思いました」
そこで挑戦したのが、社会保険労務士(社労士)の資格です。もともと仕事で労働基準法や労働安全衛生法に関わっていたことに加え、大学時代に感じた法律の面白さも後押しになりました。
そして2021年、社労士試験に合格します。ただ、資格を取得した当初は独立を考えていたわけではなく、翌年には小樽商科大学へ課長補佐として出向。その後、北海道社労士会に登録し、研修や交流会に参加する中で、少しずつ気持ちに変化が生まれていきました。
「社労士の先生方に話を聞くと、『定年まで勤めて退職金をもらってからやればいい』という人と、『やりたいなら今やった方がいい』という人に分かれたんです」
周りの意見を聞きながら、鶴木さん自身も考えるようになりました。65歳から新しい仕事を始めても、人脈も経験もゼロの状態からのスタートになる。体力や気力も今より落ちているかもしれない。それなら、挑戦するなら早い方がいいのではないか。
本棚にびっしりと並ぶ参考書のほんの一部
一方で、長年勤めてきた職場への責任感もありました。出向から戻ってすぐ辞めれば、周囲に迷惑をかけてしまう。そう考えた鶴木さんは、出向期間が終わるタイミングで区切りをつけることを決意します。
そして2024年4月、北海道大学を退職し、社労士として独立開業しました。
小樽への恩返しを胸に、活動の幅を広げる
当初は、自身の将来のキャリアを考えて挑んだ社労士の試験。しかし、実際に資格を取得し、先輩社労士と交流するうち、徐々に社労士という仕事そのものの意義を強く感じるようになったといいます。
社労士が携わる仕事は幅広く、中には社長の悩み相談に近い役割を担うこともあるそうです。ハラスメントの問題に関わることもあります。さまざまな社労士の話を聞くうちに、職場の環境を少しでも良くする手伝いをできるのが、社労士という仕事なのだと実感するようになったといいます。
「私には、社労士の仕事に役立つ経験はないと思っていました。でも、いろいろな方から、これまで自分が経験してきたことが強みになると言ってもらえたことも、独立に踏み切るきっかけになったと思います」
事務所案内のパンフレット。かっこいい!!
合格率が5〜6%ほどといわれている社労士試験に合格したことも、自信につながりました。何より大きく変わったのが、人との関わり方です。それまでは、初対面の人が集まる場所に出向くことのなかった鶴木さんでしたが、異業種交流会や士業の交流会に積極的に参加するようになりました。
また、以前は面倒に感じていたSNSも始め、情報発信にも力を入れながら、人とのつながりを広げてきました。そうした変化のきっかけのひとつになったのが、「コーチング」との出会いだったといいます。
「以前は人と比べてしまうことも多かったのですが、コーチングを学んだことで自己肯定感が上がり、他人は他人、自分は自分と思えるようになったんです。仕事にも役立つかなと思って学び始めたのに、一番変わったのは自分自身でした」
そして、独立を考える中で、もう一つ大きな気づきがありました。それは、「小樽のために働きたい」という想いです。小樽での開業を決めたのも、その気持ちが大きかったからだといいます。
「自分は小樽で生まれ育って、今も住んでいるのに、地域に何も返せていないと思ったんです。市内の人たちが楽しく働ける環境づくりを手伝えたら、会社の成長だけでなく、そこで働く人や、その家族にもいい影響があるはずです。社労士の仕事を通じて、小樽に恩返しをしたいと思いました」
インストラクターの資格を持つ、褒め言葉トランプを見せて説明してくれました。
独立後は、紛争解決手続代理業務試験に合格し、特定社会保険労務士となりました。2025年には行政書士試験にも一発合格し、行政書士としても開業しました。また、同年にハラスメント防止コンサルタントの資格も取得。さらに2026年には、自立型人財・組織育成士の資格も取得。現在は、小樽を拠点に札幌や後志エリアまで活動を広げながら、ハラスメント対策や組織づくりの支援に力を入れています。
コーチングを学んだことで、さまざまなことに興味を持つようになったと話す鶴木さん。以前は、奥さんに誘われても断っていた登山にも挑戦するようになったそうです。
「今までは、わざわざ土日に行くのも面倒だなって思っていたんですが、社労士試験に受かった後、なんだか解放感があって行ってみたんです。一度登ってみたら、すっかりハマってしまいました(笑)」
肩書きにこだわらず、人の役に立てる仕事をしたい
社労士の仕事は守備範囲が非常に広く、相談内容に即答できない場面もあるといいます。また、労働基準法をはじめ法律に関する内容も多く、制度改正など最新の情報を知っておくことが必要です。
北海道コンサドーレ札幌のリレーションシップ・パートナーもつとめます
「仕事が増えて忙しくなっても、勉強は続けなければなりません。時間のやりくりは大変ですね。それでも、私が支援したことで、すごく助かったと言っていただけるとうれしいです。誰かの役に立てているんだなと実感できるのが、一番やりがいになっています」
仕事をする上で大切にしているのは、「人それぞれ大切にしているものは違う」という考え方です。
「『なぜこの人はこういうことをするんだろう』と思うような人もいますが、単に自分と視点や解釈が違うだけなんですよね。悪い人というわけではないんです。そこに気づけると楽になると思います」
今後は、社労士としての仕事を安定させながら、ハラスメント防止コンサルタントや自立型人財・組織育成士としての活動にも力を入れていきたいと考えています。
娘さんと一緒に応援!
「特に、創業して間もない企業の力になりたいですね。事業を始めたばかりの方は、全部自分で手続きすることが多いのですが、人が増えて忙しくなると、だんだん回らなくなってくるんです」
組織の文化づくりも、立ち上げ初期が大切だと鶴木さんは話します。働きやすい職場や、やりがいのある職場をつくることで離職率も下がり、ハラスメントも起きにくくなる。さまざまな手続きをサポートするだけではなく、働きやすい組織づくりにも伴走しながら、企業の成長を支えていきたいと考えています。
そして最後に、こんな想いを語ってくれました。
「社労士そのものにこだわっているわけではないんです。私の人生の目的は、周りの人が幸せになるような仕事をすること。ただ、社労士は、それを実現しやすい仕事だと思っています。誰かの役に立てる仕事ができれば満足です」
部屋に入った瞬間から取材陣が気になっていたトレーニングセット。ポージングのリクエストにも応えてくれました!
穏やかな語り口の中に、「働く人を支えたい」という想いが伝わってくる取材でした。消極的だった自分を少しずつ変えながら、新たな挑戦を続けている姿も印象的です。「周りの人が幸せになる仕事をするのが人生の目的」という言葉には、自身も職場での働きにくさを経験してきたからこその想いが込められているように感じました。
















