北海道の北東部、世界自然遺産の知床半島の南側に位置する羅臼町(らうすちょう)。人口約4千人のこの町は、就業人口の約6割が水産関係の仕事に就く漁業のまちです。沿岸で採れる「羅臼昆布」は、昆布の王様とも呼ばれるほどの高品質で知られています。羅臼はオホーツク海に面し海霧がかかりやすいため、夏でも涼しい気候が特徴です。取材当日も涼やかな風が吹く過ごしやすい日和でした。
そんな羅臼町を訪れお話を伺ったのは、羅臼町役場で働く若手職員さんお二人。一人は、この春に札幌から移住してきたばかりの元木七海さん。もう一人は、羅臼町で生まれ育ち、今も町内で暮らす三好浩斗さんです。
これまで歩んできた道のりは、二人ともまったく違います。それでもじっくり話を聞いていくと、羅臼という町とのちょうどいい距離感が二人の言葉に共通して滲んでいました。
一度も訪れずに移住を決めた、パンフレット一枚の景色
最初にお話を伺ったのは、元木七海さんです。札幌市の出身で、2026年4月に羅臼町へ移住してきたばかり。移住のきっかけは、「くらしごと」の運営元である株式会社北海道アルバイト情報社が開催した新卒向けの合同企業説明会でした。
元木さんにとって、羅臼町はまったく知らない土地というわけではありませんでした。
「学生の頃、知床五湖へ向かう途中で『道の駅知床・らうす』に立ち寄った記憶があったのです。それでも昔の記憶すぎて、車で通ったなという程度でした」
こちらが、この春から羅臼町に移り住んだ元木七海さんです
観光で頻繁に訪れていた、というわけではなかったそうです。高校は外国語関係の学科で、卒業後はデザイン系の専門学校へ進学。絵を描くことは好きでしたが、仕事にできるかどうかは別の話。モチベーションが落ちる可能性もあったので、趣味の範囲にとどめたほうがいいのかなと、色々調べていたとのこと。
転機になったのは、学校側の誘いで参加した企業説明会。
本当はデザイン系の会社のブースを目指していたものの、混雑していて結局たどり着けませんでした。そんな時に偶然座ったのが羅臼町役場のブース。
「私たちがデザイン系の学生だと伝えると、『実は今の役場にはデザインができる人がいないんだ』というお話をいただきました。専業で働くのは難しくても、趣味や知識を少し取り入れる形なら活かせる場所があるんだと感じたんです」
決め手になったのは、そのときもらったパンフレットの写真でした。自然豊かで美しい景色を見て、「こんな景色を見ながら働きたい」と思ったといいます。とはいえ、冬の厳しさへの不安がなかったわけではありません。
「かなり心配でした。でも、それ以上に興味が勝ったんです。母に相談すると、『試験を受けるのはただなのだから、受けてみればいいじゃない』と、反対どころか逆に背中を押されました」
先生や友人には何度も「なんで羅臼に?」と驚かれましたが、直感で「行きたい」と思ったら動いてしまうタイプなのだと元木さんは笑います。試験結果は見事合格。大みそかに合格通知が届いたそうです。
「年越し前の夕方に母が帰ってきて、『あんたなんか封筒入ってたよ』と言われて見てみたら合格通知だったんです」
晴れて役場職員としての道が開けました。少し変わっていたのは、合格後、お母様も一緒に移住してきたことです。お母様はもともと札幌で派遣会社に勤めていましたが、仕事にストレスを感じている様子でした。「心機一転、一緒に羅臼に行かない?」と誘うと、「いい機会だし」と快諾。今は羅臼町から車で30分ほどの標津町(しべつちょう)にある、派遣会社運営の施設へ転勤という形で働いています。

「知らない土地は不安でしたし、一人だったらかなり大変だったと思います。母が一緒に来てくれてうれしかったです。母は天気のいい日にはドライブに出かけたり、羅臼での暮らしを楽しんでいるみたいです」
免許なしで飛び込んだ羅臼暮らし
役場での配属先は、教育委員会。生徒や児童に関すること、教職員の管理が主な仕事で、健康診断や検診関係、調査関係の事務を担当しています。窓口業務を想像していたため「まさかの部署」だったといいますが、先輩に教わりながら一つ一つ取り組んでいます。
移住から約3か月。実は元木さんは今も車の免許を持っておらず、教習所に通っている最中。町内の買い物は徒歩で完結するため大きな不便は感じていないものの、遠出のときはお母様が車を出してくれているそう。教習所は隣町の中標津町にあり、お母様の休みに合わせて送ってもらう日々。勤務時間も教習所のスケジュールに合わせて調整してもらえるそうで、「とてもありがたいです」と話します。
そもそも免許がない状態で応募していたため、合格通知を受け取った瞬間が一番の驚きだったといいます。

「車がないと生活できない場所だから、免許がないと厳しいだろうね」と話していたところに、大みそかに書面で届いた合格通知。オンライン面接だったので、採用が決まるまで羅臼町には一度も足を運んでいませんでした。実際に町を訪れたのは、採用後、住まいのことで相談に行った2月のことです。
説明会から採用まで、一度も現地に行かずに決めた行動力について尋ねると、「なぜか私はあまり危機感がなくて」と笑いながらも、卒業制作で忙しい時期だったことを振り返ります。土日祝日がしっかり休める点や公務員としての安定感にも惹かれたそうですが、それ以上に大きかったのは、やはり羅臼町そのものの魅力でした。
「合同企業説明会に行っていなかったら出会っていないですし、全く違うところに就職していたと思います」
札幌との違いを感じる場面がないわけではありません。飲食店の少なさもそのひとつですが、一番驚いたのは人との距離感だったといいます。見知らぬ人から「札幌から引っ越してきた人だよね」と声をかけられることもあり、最初はどこで知られたのかと戸惑いました。今では「頑張っています」というくらいの気軽さで返せるようになり、気にかけてもらえることをありがたく感じているそうです。教育委員会内の若手同士で飲み会を開くこともあり、少しずつ町に溶け込んでいます。

「これから見てみたいのは、一面を覆う流氷の海。3月に来たときにはまだ流氷が残っていたものの、海一面を覆う景色はまだ見たことがありません。羅臼といえばシャチの町でもあるので、船酔いは心配ですが、シャチクルーズにも行ってみたいです」
実際、シャチ好きが高じて羅臼に移住した職場の先輩は、「白シャチが出た」という一報を受けて仕事を早退したこともあるそうで、周囲もそれを温かく送り出す空気があるのだとか。
「私はかなりイレギュラーな例なので、あまり参考にならないと思いますが」と前置きしながらも、元木さんはこう続けます。
「人と人がいい距離感なので、気軽に人の温かさを感じられます。仕事を調整して車の免許も取りに行かせてもらえていますし。自然は厳しいですが人は温かいし、生活もそれほど不便はありません。本当に羅臼に来てみて良かったなと思います」
生まれ育った町だから、役場を選んだ
続いてお話を伺うのは、羅臼町役場の産業創生課に勤める三好浩斗さんです。先ほどの元木さんとは対照的に、羅臼町で生まれ育ち、学生時代も含めて現在までずっと羅臼町で暮らしています。就職を機に地元を離れる人も少なくない中、三好さんが外に出ようと思わなかった理由はとてもシンプル。
こちらが生粋の羅臼人、三好浩斗さん
「もともと生まれ育った羅臼が好きですし、公務員志望でもあったので町を出たいとは思いませんでした。他の自治体よりも町の人を知っている羅臼の方が、地域の人との関係性を活かして仕事ができると思いましたし、仕事がしやすいかなと思いました」
現在は産業創生課でふるさと納税を担当。羅臼町の返礼品は海産物が多く、北海道でも人気上位に入るといいます。今年その部署に異動したばかりで、これから迎える繁忙期に向けて忙しい日々を送っています。その前は教育委員会の社会教育関係の部署にいて、羅臼で30年以上続く「国後眺望駅伝競走大会」の運営などを担当していました。
小学校からずっと野球を続けていて、今も社会人チームに所属。デスクワークが多い分、休日や早朝にはランニングをし、最近は羅臼岳などへの登山にも興味が出てきたそうです。かつて中学生の頃には出場していた町内の駅伝大会も、社会人になってからは運営側に回っていましたが、今年は部署異動したことで、もしかしたら出場できるかもしれないと話します。
一度も羅臼を訪れないまま移住を決めた元木さんについて尋ねると、三好さんは「正直、自分だったら怖さがありますね。勇気があるなと」と率直に語ります。同じ役場で働く同い年の後輩として、「まだ一緒に働いたことはないんですが、同い年にしては、ちゃんとしてるなと思います」とも。
「羅臼町外から来た人が『羅臼がいい』と言ってくれることは新鮮ですね。ずっと住んでいると地元の良さってなかなか感じづらいので、町外から来た人が言ってくれると改めて良さに気づけます」
その笑顔には地元民としての率直な喜びがうかがえました。
三好さんに、移住してきたばかりの元木さんにおすすめしたい場所やアクティビティを尋ねると、挙げてくれたのはクルーズ船でした。シャチを間近で見られる体験で、以前の部署では小学生と一緒に乗船したこともあるといいます。

羅臼町には、幼稚園から小中高まで一貫して知床の自然を学ぶ「知床学」というカリキュラムがあり、その一環で子どもたちが海鮮丼を作る授業もあるのだとか。
「羅臼岳の見える景色が当たり前で、世界自然遺産の中に住んでいるのが普通って、なかなかないことですよね。ずっとそこで暮らしてきたからこそ、良さを言葉にするのは案外難しいのかもしれませんね」
同じ役場で働く先輩として、入りたての元木さんへのメッセージを尋ねると、「わからないことも多くて心配かもしれませんが、きっと徐々に慣れていくと思います。先輩も優しいので、臆せず進んでほしい」と、静かにエールを送ってくれました。
「近さ」がこの町の魅力
境遇が正反対の二人に、それぞれが感じる羅臼の魅力を聞きました。元木さんが語ったのは、自然と人の距離の近さです。
「鹿がすぐそばまで来ても逃げない町で、晴れた日には川の水も山の稜線もくっきりと美しく見えます。本当にすごいところに来たんだなと感じますね」
三好さんが挙げたのは、やはり「人」でした。役場で顔を覚えてもらい、外を歩けば声をかけてもらえる。その人の温かさこそが、羅臼の一番の魅力だといいます。
一度も訪れずに飛び込んだ元木さんと、生まれてからずっと暮らしてきた三好さん。歩んできた道は正反対でも、二人が口にしたのは同じ「近さ」という言葉でした。人との近さと、自然の近さ。どちらも心地よい距離感で、田舎特有の息苦しさとは違う、ほどよい近さ。パンフレットの一枚の写真に導かれて移住してきた人がいて、その隣には、生まれ育った町の当たり前の景色を、あらためて誇りに思っている人がいる。

違う道を歩んできた二人の若者が、この町で交差し、共に未来を作っていく。羅臼町役場には、そんな温かくも力強い時間が流れていました。

- 羅臼町役場
- 住所
北海道目梨郡羅臼町栄町100番地83
- 電話
0153-87-2111
- URL
本記事は羅臼町の取組みに関する情報発信の一環として制作しています















