札幌と旭川のちょうど中間にあり、田園風景が広がる妹背牛(もせうし)町。このまちにある「妹背牛温泉ペペル」で、心地よい風と香りを届ける若者がいます。地域おこし協力隊の「熱波師」としてシルヴァニア・ヨネのネーミングで活動する米林弘樹さんです。救急救命士の資格をもち、かつては札幌で会社員として働いていた米林さん。30歳を前にして地元近くへのUターンを考え始めたとき、偶然見つけたのが「熱波師」という一風変わった協力隊の募集チラシでした。
役場のサポートや仲間に支えられながら、温泉とサウナを通じてまちに新しい風を吹かせようと奮闘する米林さん。熱波師仲間であるショウタイム加藤さん、アウスグーフィーさん(ともに熱波師ネーム)とともに、活動する日常と地域での歩みについてお話を聞きました。
サウナ室をエンターテインメント空間に!「熱波師」とは
サウナに馴染みがない人だと「熱波師」という言葉を初めて聞くかもしれません。熱波師とは、サウナ室の中で「アウフグース」と呼ばれるパフォーマンスを行うパフォーマーのことです。アウフグースのルーツはドイツ。サウナストーンにアロマ水をかけて発生した蒸気(ロウリュ)を、タオルで扇いで利用客に届けるおもてなしとして親しまれてきました。その役割は、単にサウナで風を送るだけではありません。サウナストーンにアロマやお香、エッセンシャルオイルなどを合わせて心地よい香りを作り出し、音楽をのせ、華麗にタオルを回して風を届けることで、特別な空間を作り上げます。
かつては「温泉に入るのは好きだけれど、サウナはただ熱いだけで苦手だった」という米林さん。しかし、初めて熱波師の風と香りを浴びたときにその心地よさに感動したと言います。米林さんは熱波師の魅力を語ります。
こちらが、妹背牛町で地域おこし協力隊の熱波師として活動する米林弘樹さん
「ただサウナの中にいるだけでは、熱くてしんどい時間になってしまう人もいます。そこに熱波師が風を送り、香りや音楽を組み合わせることで、五感を刺激し、サウナ室にいる時間を最高に楽しいものへと変えていくんです」
単に熱い風を届けるだけでなく、心地よい香りを漂わせ、音楽を乗せ、華麗なタオルさばきで魅了する。熱波師とは、サウナ室という限られた空間を五感すべてで楽しむエンターテインメント空間へと仕立て上げる、「パフォーマー」なのです。
米林さんは妹背牛町に隣接する深川市の出身です。地域おこし協力隊の熱波師として妹背牛町にやってきたのは、2025年5月のこと。それまでは、札幌で会社員として働く日々を送っていました。
妹背牛町温泉ペペルにはバレルサウナも導入されています。白樺、ユーカリ、森林、カモミール、金木犀など、曜日や日によって異なるアロマ水が用意されています。ぜひ初めての方でも体験してみてはいかがですか?
「以前から30歳前後には地元の近くへ戻りたいな、という考えがありました」
米林さんが都市部から地元へ戻るにあたり、これからのキャリアをどうするか模索していた折、偶然の出会いがありました。趣味のキャンプの帰りにふらりと「妹背牛温泉ペペル」へ立ち寄ったときのこと。館内で、地域おこし協力隊の募集チラシがふと目に留まりました。そしてさらにその後、実家へ帰省し再びペペルを訪れたタイミングでも。
「叔母が『こんな募集があるよ』と指をさした先に熱波師のチラシがありました。偶然にも2回、同じチラシを目にする機会があったんです」
それまでは地域おこし協力隊という働き方があることは知らなかったという米林さんですが、募集されていた職種の「熱波師」に心が惹かれるようになります。世間的にも非常に珍しい募集。このユニークな仕事は、米林さんにとって不思議な魅力を秘めていました。実は米林さんには、学生時代から続けてきたハウスダンスや、演劇活動の経験がありました。自分の体や動きを使って何かを表現することが、もともと大好きだったのです。熱波や香り、音楽を駆使してサウナ室を盛り上げる熱波師の仕事。それは米林さんにとって、「自分の好きな『表現すること』を仕事にしながら、地元に貢献できる、最高に面白そうな挑戦」として映りました。こうして、未知なる世界へと飛び込むことが決まったのです。

生まれ変わった「ペペル」で仲間と技を磨き合う
米林さんが活動の舞台とする「妹背牛温泉ペペル」は、2024年4月に大きなリニューアルを遂げました。それまでは約8人しか入れなかったサウナスペースが、改装工事を経て、一気に30人を収容できる広々とした本格サウナへと生まれ変わったのです。この大リニューアルの裏で、ペペルのサウナに「新しい風」を吹かせようといち早く動いた人物がいました。先輩熱波師のアウスグーフィー(熱波師としてのニックネーム)さんです。
本業は看護師、ライフワークが熱波師。オンオフどちらでも人々の心身を整え続けているアウスグーフィーさんは、ペペルが改装工事に入った際、「これだけ大規模工事をするなら、きっとサウナに力を入れるはず。ここで熱波師として風を振りたい!」と考えたそう。当時、工事中で連絡が取りづらいかもしれない状況の中、グーフィーさんはペペルの公式SNSを見つけ、ダイレクトメッセージを送ります。

「サウナを広めたいので、ここで振らせていただけませんか?」
この熱意ある直談判に対し、ペペル側も「いいですね!」と快諾。リニューアルオープンからわずか3日後には、ペペルのサウナ室で初めてのアウフグースが実施されました。そのデビュー戦には20名以上のサウナ客が集まり、サウナ室は大きな喜びに包まれました。ペペルにはもう一人、頼もしい先輩がいます。ペペル従業員でもあるショウタイム加藤さんです。加藤さんは、地元の白樺の木を自ら切り出して束ね、サウナ室の香りをつくり出すほど、サウナの空間づくりに深いこだわりを持っています。
現在、ペペル専属の熱波師として活動する「シルヴァニア・ヨネ(米林さん)」「アウスグーフィーさん」「ショウタイム加藤さん」の3人は、それぞれ個性的な熱波師ネームを掲げ、互いの技を高め合っています。アロマやお香、エッセンシャルオイルを用いた香りの演出方法、ダイナミックにタオルを回す技の数々。平日の夜や土日の昼にサウナ室に立つ彼らは、お互いのアウフグースを受け合うことで、日々のモチベーションや新たな刺激を得ています。
人前に立つパフォーマーである3人は、サウナの効果もあってか肌はみんなつやつや。身だしなみもスタイリッシュで、ペペルのサウナ室を引っ張る存在として、日々切磋琢磨を続けています。
米林さんの先輩である、妹背牛町温泉ペペルの専属熱波師として活躍するアウスグーフィーさん(左)、ショウタイム加藤さん(中央)
多岐にわたる活動と、小さな町ならではの移住サポート
2025年5月に地域おこし協力隊として着任した米林さん。その活動内容は、サウナ室での熱波師だけに留まりません。普段は「妹背牛温泉ペペル」のフロント業務に立ちながら、ふるさと納税の出荷管理といった事務作業も担当しています。さらに、空知(そらち)エリアの地域おこし協力隊の仲間たちとともに、地域の隠れた魅力を発信するライター活動も行うなど、その役割は実に多岐にわたっています。
そんな米林さんの新しい挑戦と移住を、妹背牛町は温かく迎え入れました。米林さんが移住するタイミングで、町内に民間の賃貸住宅が新築される予定がありました。それを知った役場の担当者は、一般募集で満室になってしまう前に「ここに新築の住宅が建つので、入居を検討しませんか」と、米林さんへ声をかけてくれたのです。
米林さんは当時を振り返り、「新しくまちにやってくる自分のことを気にかけて、個別に声をかけてくれたのが本当に嬉しかった」と感謝を言葉にします。こうした迅速で柔軟な個別サポートは、人と人の距離が近い「小さな町」ならではの小回りの良さと言えるでしょう。また、移住後のフォロー体制も徹底。地域おこし協力隊でよく起こりがちな「思い描いていた活動と違う」といったミスマッチや、日々のちょっとした悩みを小さなうちに解消できるよう、米林さんは月に一度、役場担当者との定期面談を欠かさず行っています。
くらしごとの取材に同席していただいた、妹背牛町役場の担当職員お二人。
「仕事がしやすいように、困りごとがないか、ミスマッチになっていないか、いつも丁寧に確認してもらっています」と米林さん。
現在、妹背牛町では5人の協力隊が活動していますが、役場のこうした並走型のきめ細やかなサポートがあるからこそ、米林さんも日々安心して、自らの活動やパフォーマンスに100%の力を注ぐことができているのです。
ちなみに取材が行われた日は、金曜のお昼過ぎ。取材スタッフは施設内のレストラン米里(べいりー)で昼食を頂きましたが、店内は大盛況でした。それもそのはず、お米は地元産のななつぼし。石焼きチーズカレーや熱波油淋鶏などのサウナ飯のほか、定食メニューやそば、ラーメンなど定番メニューも充実しています。地域ならではの個性と、誰もが楽しめる定番が揃ったラインナップからも、地域のバランスのよさと活気を感じられる気がします。
当日の夕方からは町民が楽しみにしているビールパーティが開かれる予定で、スタッフの皆さんはその準備に追われていました。チケットはすぐ売り切れる人気だそうで、この地域で生きる人たちの顔と顔が見える距離感を垣間見るようでした。
ほろ苦デビューと、青いサイダー

華麗なパフォーマンスでサウナ室を盛り上げる熱波師。しかし、米林さんのデビュー戦は決して順風満帆なものではありませんでした。
「暑くて倒れそうになりました」
そう振り返るその日は、入念な練習を重ねて臨んだ本番。しかし、サウナ室の過酷な熱気の中では思うように体が動かず、予定していた12分間のアウフグースを10分に縮めるのが精一杯でした。そんなほろ苦いデビューを支えてくれたのは、心強い先輩や仲間の存在です。温かく見守りサポートしてくれる仲間がいてくれたおかげで、安全にやり遂げることができたと言います。米林さんはその悔しさや経験を糧に、前向きに次へとつなげ、今も熱波師としての歩みを続けています。
現在、平日の夜や土日の昼を中心にサウナ室に立ち、「お客様のよりよいサウナ体験のために」とひたむきにタオルを振る日々。時には仲間のアウフグースを受け手として体験し、自分自身のモチベーションや技術を高める時間も大切にしています。そしてサウナでたっぷりと汗をかいた後のお楽しみも、ペペルならではの魅力です。米林さんたち熱波師が考案したのは、頭までスッキリするような鮮やかな青い特製サイダーに冷たいアイスを浮かべた一杯。サウナ上がりの体に染み渡る爽快感は利用者からも人気で、「終わった後のサウナドリンクは最高ですよ!」と米林さんも笑顔で太鼓判を押します。
地域をもっと面白く。妹背牛町から発信したい
札幌から、のどかな田園風景が広がる妹背牛町へと移住した米林さん。ここでの暮らしは心と体にも変化をもたらしました。
「都会のようなストレスや目まぐるしい流れがありません。こっちに来てからは病気をしなくなりました。風邪ひとつ引かず、本当に健康的に過ごせる環境があります」
米林さんはそう話します。町の人々は歓迎してくれ、新しい挑戦を受け入れる心の余白スペースとでもいうような寛容さを感じると言います。このまちで米林さんは熱波師という自身の役割を通じて、地方の未来を見据えています。

「地方では20代、30代といった若い世代の流出が続いています。便利で仕事も多い都市部に惹かれる気持ちはよくわかります。だからこそ、自分たち若い世代が、この地域をもっと面白くしていくことにチャレンジしたいんです」
その言葉には、ただ移住して暮らすだけでなく、自らが主体となってまちに活気と新しい価値を生み出していこうという、決意と情熱が宿っています。米林さんは、これから挑戦を考えている未来の仲間たちへ向けて、最後にこうエールを送ってくれました。
「自分から『こうしたい』という意思や、動こうとする意欲がある人が向いていると思います。一人ではできないことも多いですが、周囲と協力しながら進めていく方法を働きながら勉強できる環境があります。まちおこしに少しでも携わってみたいと思う方は、ぜひ一歩を踏み出してみてください」
妹背牛温泉ペペルのサウナ室から、パフォーマーたちが送り出す「心地よい風」。それは今日も、サウナ室を超えて、まち全体に新しい風が振られていくようでした。


- 妹背牛温泉ペペル 熱波師 米林弘樹さん
- 住所
北海道雨竜郡妹背牛町妹背牛5208
- 電話
0164-32-4141
- URL















