太平洋と日高山脈、アポイ岳に挟まれた自然豊かな様似町。ここに、日高エリアの人たちの大事な足であるジェイ・アール北海道バスの営業所があります。浦河や静内方面へ行くバスとえりも、十勝の広尾へ行く路線バスのほか、えりもと札幌を結ぶ高速バスなども運行しています。この様似営業所には、本州から移住してきたドライバーが数多く在籍しています。今回は、今年(2026年)の春に入社した大阪出身の岩本泰之さんにインタビュー。乗り物好きだった少年が、結婚後に夫婦で馬のとりことなり、北海道へ移住するまでの話、そして移住後の様似での暮らしや仕事についても伺いました。
クルマや電車が好きな子ども時代を経て、自動車整備士の道へ
岩本さんは大阪生まれ、大阪育ち。「子どもの頃から、とにかくクルマや電車といった乗り物、それから機械全般が好きでしたね」と振り返り、「将来は電車の運転士になりたい」という夢も描いていました。地元の工業高校に進学し、卒業後は電車の運転士を目指そうと考えていましたが、当時は就職氷河期の真っ最中。「同級生が先に鉄道会社を受験したんですが、倍率がすごく、非常に狭き門だと知り、そのころは『何よりもまず両親を安心させたい』という気持ちが勝って、確実に就職できる道を選びました」と話します。
高校卒業後は、学校の紹介で工場に就職。しかし、そこは「安定」を意識して選んだ職場だったため、自分の「好き」とはかけ離れた環境でした。
「自分で選んだ道ではなかったこともあり、やっぱり乗り物や機械に関わる仕事がしたいという思いがずっと消えませんでした。それで、自動車の専門学校へ進むお金を自分で貯めることにしたんです。実家暮らしだったこともありますが、遊ぶのを我慢して、会社と家を往復する日々を送り、2年近くかけて100万円以上を貯めて退職しました。親には何を考えているんだと言われましたけどね(笑)」
貯めた学費で大阪の自動車専門学校へ進学。自動車整備士の資格のほか、「将来、大型トラックの整備士になるかもしれない」「乗り物の運転が好きだから役に立つはずだ」と考え、在学中に自ら大型免許1種とけん引免許1種も取得しました。
専門学校を卒業後、自動車メーカー「スバル」の大阪のお店に整備士として入社。フォレスターなどの人気車種に触れ、職場の先輩にも恵まれながら、メカニックとして現場で技術を磨く日々を過ごしました。
休日は、鉄道好きな同僚らと共に「乗り鉄」「撮り鉄」として全国各地の鉄道を訪ねたり、愛車で遠方までドライブを楽しんだりと、根っからの「乗り物愛」を満喫する日常を送っていました。
結婚後、夫婦でハマったのが「馬」。兵庫の乗馬クラブへ通う日々

そんな岩本さんに、人生を大きく動かす運命的な出会いが訪れます。岐阜出身の奥さまとの出会いです。なれ初めを伺うと、「きっかけはゆるキャラなんですよ」とニッコリ。「ゆるキャラ?」と不思議に思い、詳しく尋ねると、岐阜県の柳ケ瀬商店街を盛り上げるために活動していた「やなな」というゆるキャラが出会いのきっかけなのだそう。
「スバルの組合旅行で岐阜を訪れた際、たまたま手に取った地元のフリーペーパーに『ゆるキャラ引退』という記事があったんです。ゆるキャラに引退なんてあるの?と気になって、そこから引退までのやななを追いかけてみようと思って、イベントなどに参加していたんです」
そして、引退直前のファンが集まる食事会に一人で大阪から足を運んだ岩本さん。その食事会で、たまたま同じテーブルの向かいに座ったのが現在の奥さまでした。
「会話の中で、妻が『最近、新車を買ったんです』と言うから、車種を聞いたら『スバルのBRZです』と。自分がスバル勤務だとは言ってなかったのですが、思わず『(スバル車をご購入いただき)ありがとうございます!』とお礼を言ってしまい(笑)。そこから一気に意気投合したんです」
スバル車という共通点とゆるキャラのイベントが結んだ奇跡的な出会いを経て、結婚。 大阪に住まいを構え、ペットの猫と亀と共に暮らし始めます。
結婚後、夫婦の新たな共通の趣味となったのが「馬」でした。岩本さんに馬の魅力を教えてくれたのは岩本さんの弟。
「弟の会社の会長が馬主だったこともあり、弟の周りでは馬に関する情報がたくさんあって、馬って面白いよとまず勧められたのが、アニメの『ウマ娘プリティーダービー』だったんです。スポ根的なアツいストーリーに夫婦でハマったんですけど、妻がもともと動物好きということもあり、すぐに『本物の馬に触れてみたい』と思うようになって...」
そこで、夫婦そろって兵庫県の山あいにある乗馬クラブに入会。休みのたびに兵庫県まで2時間近くかけて通い、乗馬の経験を重ねました。
「大阪の賑やかな場所から離れて、内陸の静かなところで馬と触れ合っているうちに、『もっと馬の近くで暮らしたいよね』『自然豊かな環境へ移住してもいいかもね』という思いがお互い少しずつ大きくなっていったんです」
移住を検討しはじめた際、妻が移住フェアで手にした1枚のチラシ
乗馬クラブは3年で卒業という仕組みになっており、その卒業が近づくにつれ、移住の検討は現実味を帯びていきました。当初は、兵庫や滋賀など関西圏での引っ越しを考え、休日に見て回っていましたが、あるとき、奥さまから「本州の地方の風景は、私の実家(岐阜)の周辺とあまり変わらない。どうせ移住するなら、もっと違う景色が見られる北海道のような場所がいい」という思い切った提案がありました。
また、同じころ、岩本さん自身もキャリアの岐路に立っていました。
「ちょうど整備士として17年目を迎え、そろそろ現場のメカニックから新人教育やフロント業務へステップアップを考える時期でした。仕事は嫌いではなかったので、このまま関西に残って働き続けてもいいけれど、このままでいいのかなと思い始めて...。今後の人生をどう歩むべきか模索していたんです」
そんな折、大きなきっかけとなったのが、大阪で開催された北海道の移住フェアでした。 仕事で行けなかった岩本さんに代わり、奥さまがひとりで会場へ足を運び、そこで手にしたのが、「日高移住体験&バスルート試乗モニターツアー」のチラシでした。馬で有名な日高エリアで移住の体験ができ、路線バスのドライバーとしての仕事も体験できるという内容で、実際に会場のブースで担当者から説明も聞いた奥さまは、「バス運転手」という選択肢が岩本さんにマッチしていると直感的に思ったそう。
「妻からチラシを見せられて、『あなたがバスを運転している姿がすごくイメージできる!向いていると思う』と言われました。正直、それまでバスドライバーへの転職は想像もしていなかったのですが、妻の言葉と『一度現地を見てみよう』という後押しがあって、モニターツアーへの参加を決意しました」
当時、奥さまは介護職に就いていましたが、今度は馬に触れ合えるような仕事に就きたいと考えていたこともあり、より日高というエリアが魅力的だったそう。
モニターツアーの参加を経て、就職試験も合格。北海道への移住が明確に
こうして2026年1月、岩本さん夫妻は3泊4日のモニターツアーに参加するため雪の北海道へ。「まず札幌に向かったんですけど、札幌に着いた瞬間は、一面の銀世界で、道もボコボコで衝撃でした。でも、様似町や日高エリアに移動してみると、札幌に比べてはるかに雪が少なく、『これなら暮らせそう』と安心しました」
絶景が続く「黄金道路」もジェイ・アール北海道バスのルート。こちらは夏の景色ですが、日高地方は冬でも雪が少ないのです
一方で、北の大地ならではの「寒さ」には驚かされたと言います。
「気温がマイナス10度になると、寒いというより『痛い』んですね(笑)。移住体験住宅のドアが凍りついて力いっぱい押さないと開かなかったり、初日の夜に本州の感覚でストーブを切って寝たら、寒すぎて朝4時に目が覚めたりと、貴重な体験を3泊4日でたくさんしました」
ツアー中のスケジュールは非常に濃密で、バスルートの試乗や地域視察だけでなく、採用試験も同時に行ったそう。
「体験だけで参加というのもありだったんですけど、採用面接や試験も同時に可能ということだったんで、せっかくだから受けるだけ受けてみようと試験もお願いしたんです。そしたら、結構予定がギュウギュウになってしまって(笑)」
しかし、日高の太平洋沿いのロケーションと雄大な自然、そして現地で出会った人たちの温かさに夫婦そろってすっかり魅了されたと話します。
ツアー終了後、見事「合格」の通知が届き、「合格を知った時、妻の方が『本当に受かったの⁉』と驚いていました。でも、転職先が決まったことで、はっきりと北海道移住の道が決まりました」と岩本さん。
丁寧な研修や先輩たちのサポートもあり、バスドライバーとして独り立ちが決定
合格決定後は、怒涛の移住準備が始まりました。会社へ退職する旨を伝え、大阪の家の売却手続き、引っ越し手配。そして、桜が咲き誇る今年(2026年)4月末に北海道へ渡りました。「今年は大阪で桜を見た後、日高で再び満開の桜を楽しむという贅沢な春を経験させてもらいました」

岩本さんは、5月1日、ジェイ・アール北海道バスへ正式に入社。まずは札幌にある教習所で1カ月間、バスの運転に必要な大型二種の路上教習や訓練を受けました。「大阪と違って道が広く、車の数も落ち着いていて非常に走りやすかったです」と振り返ります。
6月からは、様似営業所で2カ月にわたり、先輩ドライバーに付き添ってもらいながら、地元の地理やバス停の位置、カーブや交差点の曲がり方を体で覚えていきました。

「未経験からドライバーを育てる環境が整っていて、営業所の皆さんが本当に親切で、楽しく研修を受けることができました。体調を崩した時も『完全に治るまでしっかり休みなさい』と温かく声をかけてくれて、北海道の人が大らかで優しいのか、職場の人たちがそうなのかは分かりませんが、本当にハードに仕事をしていた整備士時代との差に『ここは天国か?』と思ったほどです(笑)」
夏になると、見習いとして実際にお客さまを乗せて運行を開始。そして、ちょうど取材に伺った9月末、上司によるチェックを見事クリアし、10月から独り立ちが決まりました。
現在、岩本さんは様似営業所から、北は広尾、西は静内まで、片道2時間以上におよぶ路線バスを運行しています。

「海岸線を走るルートは本当に眺めが良く、最高のロケーションです。『これ仕事なのかな、それともドライブなのかな?』と錯覚するくらい気持ちよく運転しています(笑)。地元の高校生やお年寄りのお客さまから『いつもありがとう』と声をかけていただけるのも、バスドライバーとして何よりのやりがいです」

元整備士としての経験も、日々の運行前点検や車両のコンディション把握に大いに役立っています。また、冬場に本社で開催される予定の雪道講習も、「経験したことがないので楽しみでしかない」と話し、乗り物好き・運転好きの顔を覗かせます。奥さまがイメージした通り、バスドライバーという仕事がぴったり合っているようです。
暮らすならここがいい。都会から来たから分かる自然豊かな様似の良さ
岩本さんと奥様様がともに愛するのが馬。札幌中心部を馬車に乗って観光できる「札幌まちばしゃ」をひく「だいちゃん」との記念写真
一方、奥さまも日高での生活を心から楽しんでいる様子。「馬に関わる仕事がしたい」という夢を叶え、浦河町の馬と触れ合える滞在型リゾート「アエル」で、馬房の掃除やお手伝いの仕事に就いています。
また、現在はジェイ・アール北海道バスの社宅に入っている岩本さん夫妻。「新しくてキレイなので快適です」と話しますが、大阪で飼っていた2匹の猫と1匹の亀は、社宅がペット不可のため、岐阜の奥さまの実家に預けているそう。そこで、「早く猫を呼び寄せられるマイホームを近くで探すこと」が目下の目標に。しかし様似町には不動産屋がないため、家探しに関しては、地元のご近所さんと仲良くなった奥さまが、人伝てに空き家情報を集めているとか。すっかり地域に溶け込んでいるのが分かります。
日常の買い物などについて尋ねると、様似町内にスーパーやコンビニがあり、車で20分も走れば浦河町の100円ショップや商業施設にも行けるため、生活上の不便は全く感じていないと話します。
「大阪にいた頃は、すぐそばにコンビニや買い物をするところがあって、それが当たり前でした。でもここに暮らしてみて、コンビニがそばにないからと言って特別困ることもないなと(笑)。それよりも、大阪では通勤に1時間かかっていたのが、今は社宅から営業所まで徒歩10分。通勤時間が大幅に短縮され、時間に追われない生活が手に入ったことのほうが大きいです」
休日は道内をドライブしたり、馬を見に行ったりしているという岩本さん。今後は夫婦で乗馬も再開したいと思っていると話します。
「大阪は遊びに行ったり、仕事をしに行ったりする場所で、暮らすならやっぱり自然豊かなここがいいですね。一歩踏み出して様似に来て、本当に正解でした。これからも安全運行を第一に、地域の皆さんの足としてバスを走らせていきたいです」
1枚のチラシをきっかけに飛び込んだ様似町での新しい人生は始まったばかりですが、着実に理想の生活を形にしている岩本さん。「これからが楽しみでしかない」と、最後に笑顔で締めくくってくれました。


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本記事は日高地域広域公共交通確保対策協議会事務局の日高地域交通人材確保対策業務委託により編集部が取材し配信しています。















