石狩川と空知川の恵みを受けた豊かな田園風景が広がる滝川市の江部乙地区。ここで今年(2026年)の春、新規就農したのが今回の主人公・杉下怜さんです。滝川市の地域おこし協力隊を経て、研修先でもあった山本農園の田畑の半分を経営継承する形で就農しました。
稲作を中心に、滝川の特産品の雪割り菜花、生薬で使われるオウギなどを手掛けています。山梨出身の杉下さんが江部乙町に根を張ろうと決意するまでの歩みや杉下さんが思う農業の面白さ、これからの構想などを伺いました。
サラリーマンではなく、「職人」に。見つけたのは農業の道
取材に訪れたのは夏の終わり。一面の田んぼでは少し黄色みを帯びた稲が風に揺れ、トンボがその上を飛んでいました。山本農園の看板を目印に納屋にたどり着くと、ゴボウ畑があるという方角から杉下さんが走って現れました。
「話すのがあまり得意ではなくて...」と困った様子で照れくさそうにしていましたが、それでも取材陣のために椅子や飲み物を出してくれる気遣いから、とても実直な方なのだろうなと感じます。早速、話を伺っていこうと思います。
杉下さんは山梨県出身。実家は代々続く歴史ある料亭を営んでいました。「小さい頃はおじいちゃんから『跡を継いでほしい』と言われたこともありました」と振り返りますが、両親は逆に「好きなことをやりなさい」と、杉下さんの意思を温かく尊重してくれたと言います。
高校までは理系コースで学び、「モノが大きくなるメカニズムや構造を知るのが好きだった」という杉下さん。
取材時に笑顔で走って現れた杉下怜さん。その気さくで実直な人柄と、農業への熱い情熱が、滝川・江部乙町で始まった新たな挑戦の原動力となっています。
進路の転換期を経て、最終的にはアメリカのネブラスカ州立大学カーニー校の経営学部に進学し、経営の知識を深めました。大学卒業を控え、就職活動の時期に入ると、杉下さんの中に一つの明確な意思が芽生えます。
「経営学部でしたが、サラリーマンになるのは自分の中でしっくりこなかったんです。どちらかというと、自分で手に職をつけて技術を磨いていく『専門家」『職人』になりたいと思いました。実は陶芸の道なども考えましたが、いろいろ考えた中で、一番奥が深くて探求のやりがいがあると感じたのが農業でした」
日本に帰国した杉下さんは、友人のおじいさんが営む兵庫県三木市の農場で農作業を体験。いろいろな作業を手伝ううちに、農業の面白さに目覚め、天職だと感じるようになります。
「自分が作ったものを美味しいと言って食べてもらえるというのも大きなやりがいに。こんな素晴らしい仕事はない」と感じたそう。
こちらが杉下農園の杉下怜さん。
その後、独立を目指して滋賀県草津市の農業法人でアルバイトとして働きながら、自身で新規就農の計画書を作成するように。
「でも、自分の頭の中だけで新規就農の計画を立てるのは想像以上に大変で、思うように進みませんでした」と振り返ります。
米農家になりたいと考えていた杉下さん。滋賀では米作りだけでなく、畑作や輪作の基礎などを、作業を通じて学びますが、本州で個人がイチから米農家として独立し、採算を合わせることがいかに困難かという現実の壁にぶつかります。
「本州での新規就農は施設園芸(ハウス野菜など)が主流で、その土地に縁もゆかりもない人間が、新規で稲作をやろうとすると土地の確保や資金面で厳しいということが分かりました」と語ります。

現実の壁にぶち当たった先に待っていた、「滝川市」との出会い
新規就農の計画がうまく進まないと足踏みをしていた杉下さんに転機が訪れたのは、帯広市で行われた約1週間の長芋収穫のインターンシップでした。
「実際に北海道の農業に触れてみて、そのスケール感はもちろん、力仕事がしっかり機械化されている点に驚きました。そのインターンシップも全国からいろいろな若者が集まり、すごく楽しかったんですよね。そして、農家さんが自分たちの仕事に誇りを持っている姿もカッコよく見えました」
杉下さんの中で、「北海道で新規就農したい」という強い想いが芽生えます。広い北海道であれば、米農家になることも夢ではない。そこで、杉下さんは、北海道にエリアを絞って就農プログラムを探し始めます。
ちょうど大阪市で開催されていた全国規模のイベント「新・農業人フェア」に足を運ぶと、会場には数多くの自治体や団体、法人のブースがひしめいていました。その中で、杉下さんが出会ったのが滝川市のブースでした。
杉下さんが「就農まで大変お世話になった」と語る、滝川市産業振興部農政課農政担い手育成係 主任級主事 小谷直哉さん(写真右)とパシャリ。
「いくつかのブースで話を聞いたのですが、滝川は担当者の方が本当に親身になって話を聞いてくれたんです。条件面での手厚さはもちろんですが、担当者の方の対応を見て、『ここなら一番寄り添ってくれる』と感じました」
自治体によっては、新規就農の研修の受け入れはするけれど、その期間中に自身で就農のための土地を探さなければいけないところもありますが、滝川市は後継者がいない農家とのマッチングを行う経営継承に関する体制を整えており、杉下さんはそれも大きな魅力に感じたと話します。
しかも、自身が挑戦したいと考えていた稲作農家も経営継承の候補にあると聞けば、尚のことです。
「とは言っても、経営継承先がたくさんあるわけではないので、ほかの人に決まってしまったら...と思って焦りました(笑)。自分にとっては運命的な出会いでしたね」
地域おこし協力隊として着任。尊敬する親方のもとで農業研修に励む日々
滝川へ行くと決意した杉下さんは、まず2022年の冬に初めて滝川を訪れます。
農業分野の地域おこし協力隊として3年間研修を受け、新規就農を目指すということで、担当者との面談や現地確認を行いました。研修先候補であった江部乙地区の山本農園を訪れ、代表の山本正信さんとも面談。
杉下さんは「どんな作物を作っているかを聞き、いろいろ話をして、ぜひここで研修し、就農したいと思いました」と振り返ります。豪雪地帯ですが、スキーが趣味の杉下さんは「冬も楽しめそう」と感じたと言います。
杉下さんが3年間地域おこし協力隊として農業研修を受け、信頼関係を築き上げた「山本農園」の看板。親方から農地と技を受け継ぎ、江部乙町の地で独立を果たしました。
そして、2023年4月、杉下さんは滝川市地域おこし協力隊として正式に着任。山本農園で研修をスタートさせます。
杉下さんが「親方」と呼ぶ山本さんは、長年お米づくりに情熱を注ぐベテラン農家であり、滝川市議会議員(現在は市議会議長)も務める地域の重鎮。お子さんがいなかったこともあり、地域の農地を守り、未来へつなぐため、市とともに「地域おこし協力隊を活用した第三者経営継承」の受け入れを決断していました。
初めて山本さんと現場に入ったときの印象を、杉下さんは「大規模なのに、とにかく仕事が丁寧で妥協がないことに感動しました」と話します。
「広大な畑や田んぼであっても、手作業で除草を行い、『そこまで丁寧にやっていいんだ』と驚きました。親方の作るお米は品質が明らかに違うんです。苗の段階から太く短く、根がポットの中でしっかりと巻いている『いい苗』を育て、水管理も昼夜問わず温度や天候に応じて対応するなど、要点を完璧に押さえているんです。まさにプロの仕事なんです」
黄金色に色づく田んぼで稲穂の成長を見つめる杉下さん。土や天候に応じたきめ細やかな水管理など、感覚だけに頼らない「言葉と数字で説明できる農業」を追求します。
杉下さんは、尊敬する山本さんのもとで春から雪が降るまで実際に手を動かしながら農業について学び、農閑期の冬は地域でアルバイトに従事します。ホテルのフロントやレストランのサーブなども経験しましたが、杉下さんが一番性に合ったというのが、「スキー場の除雪作業」でした。
「接客があまり得意ではないので、黙々と機械に乗って作業する除雪の仕事が自分にぴったりハマりました(笑)。あとはスキー場にいると、仕事終わりや仕事の前にスキーができるので」と笑顔を見せます。
江部乙町での暮らしについて尋ねると、「静かで自然が豊かで、人も温かく、本当に暮らしやすいまちです」とニッコリ。シャイな性格ながらも地元の消防団に加入し、地域の若い農家や住民たちとの交流も深めています。
「親方が地域の方たちとつないでくれたり、協力隊をやっていたおかげで、役所の方やほかのエリアの隊員の方ともつながりができました。地域の手伝いや消防団などを通じて、皆さんにも少しずつ顔を覚えてもらえるようになりましたし、とにかく周りのみなさんが温かい」と語ります。
青い大型トラクターで農地を進む杉下さん。北海道ならではの機械化された大規模な稲作農業は、彼が「新・農業人フェア」で滝川市と出会い、強く惹かれた魅力です。
就農のタイミングで家族も滝川へ。言葉と数字で説明できる経営基盤を整えたい
3年間の地域おこし協力隊の活動を経て、杉下さんは予定通り山本さんの農地約20ヘクタールのうち、半分の約10ヘクタールをまずは継承し、独立を果たしました。完全な独立ではなく、今も山本さんと共に作業し、残り半分の農地も協力して管理するようなスタイルを取っています。
実は、杉下さんが正式に就農するタイミングで、なんと山梨にいたご両親と妹さんが滝川市江部乙町へ移住。
「両親に『就農のタイミングで手伝ってほしい』と声をかけたら、家族みんなで引っ越してきてくれました。今は父が僕と一緒に農場で働いてくれていて、母はパート、妹も市内で働いています。賑やかで心強いです」と笑顔を見せます。

自身の挑戦がきっかけとなり、結果として滝川市に一家丸ごと移住という大きな地域貢献をもたらすことになったというわけです。
親方たちや家族、支えてくれる人たちは周りにいますが、経営者という立場が加わったことで、杉下さんは日々新たなプレッシャーと向き合っています。
「自分の名前で経営を動かすようになって初めて、数値管理や資材のやりくり、そして『失敗できない』という経営の重みを実感しています。田んぼ一つひとつで水持ちや土の状態が違うので、水を入れすぎない絶妙な管理や温度のコントロールなど、頭で分かっていても現場で瞬時に判断するのは本当に難しい。毎日が勉強です」
「新・農業人フェア」で杉下さんと出会い、ずっとサポートしてきた滝川市の農政担い手育成係の小谷直哉さんは、「杉下さんの農業への熱量はスゴイですよ」と話します。
笑顔で語る、小谷さん。
小谷さん曰く「協力隊時代の月報には、地域の農業に対する想いがひしひしと伝わってくる内容が綴られていた」とのこと。杉下さんは、「喋るよりも文章にしたほうが伝えやすくて...」と苦笑。
そこで杉下さんが自作したホームページを拝見すると、そこには杉下さんの農業経営に対する芯のある考え、これから目指していることが綴られていました。
杉下さんは「感覚だけに頼る農業」からの脱却を目指しています。土壌分析や気象データ、施肥の記録を数値化・体系化し、誰が作業しても高い品質を再現できる「データと根拠(言葉と数字)に基づく営農管理」の構築を進めたいとあります。
「ただ単に省力化・大規模化に走って雑な管理をするのではなく、手をかけるべきところにはきちんと手をかけ、美しい田畑を維持しながら収益性を高めていく。言葉と数字で説明できる強い経営基盤を作りたいと考えています。今はまだまだ始まったばかりですが、目指すところはそこです」
経営理念やロゴマークに込めた想い。挑戦と探究は始まったばかり
さらに、ホームページには個人農家の限界を超えた「組織としての農業」を構築したいともあります。日本の多くの農家が抱える「後継者がおらず離農してしまう」という課題に対し、杉下さんは「自分自身が協力隊という制度と経営継承によって助けられたように、次は自分が受け皿になりたい」と話します。
「実は来年から、協力隊時代に同期だった仲間を雇用して一緒に働く予定です。将来的には従業員を雇い、休日や労働環境を整え、彼らが独立したい時には経営を継承していけるような『持続可能な組織づくり』を行いたいと思っています」
ホームページに書かれていた理念「自己実現を加速する」には、杉下さん自身はもちろん、将来的に農業に関わるスタッフや地域の人々が、農業という仕事を通じて自らの可能性を開花させてほしいという、広い視野の願いが込められているのが伝わってきます。
杉下農場のロゴマーク。親方「山本」の山と、出身地山梨の富士山を重ねた頂に立つ旗は、5年に及ぶ就農への軌跡と、更なる高みを目指していく探求心を象徴しています。
また、山と稲穂があしらわれたロゴマークについて、「コメは弊農場の主力作物です。先代農場の名前から『山』を借り、私の出身である山梨県の霊峰富士山をイメージした山をデザインしました」とホームページに解説がありました。そこには親方である山本さんへの深いリスペクトと、自らの故郷への想いが融合されています。
山の頂に掲げられた一本の旗については、「5年に及んだ就農までの道のりと、更なる高みを目指していく探求心を表現しました」と綴られています。そして、ロゴマークの下には、「Grow your Potential(あなたの可能性を伸ばす)」の文字。「自己実現を加速する」という理念につながる言葉が刻まれています。
「今はスタート地点に立ったところ。実際は思った通りにいくことばかりではないですが、それでも着実に一歩一歩、進めていきたいです」
親方への恩返し、美しい田園風景の維持、農業技術の追及、そして次世代へとつなぐ組織づくり。農業という天職に出会えた杉下さんの挑戦と探究は始まったばかりです。
広大な黄金色の田んぼを背に、満面の笑みを浮かべる杉下さん。親方への恩返し、美しい景観の維持、そして持続可能な組織づくりへ向けた、若き農業者の探究は続きます。
- 杉下農場 杉下怜さん
- 住所
北海道滝川市江部乙町1197番地26
- URL
<新規就農のお問い合わせ先はこちら>
滝川市産業振興部農政課農政担い手育成係
住所:北海道滝川市大町1丁目2番15号
電話:0125-28-8033(直通)
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