西日本から、北海道の深川市にある移住体験住宅に滞在したひとりの女性。道の駅やスーパーに並ぶ新鮮な食材を手に取り、料理を楽しむうちに、心のなかにあった夢が少しずつ膨らんでいきました。
「いつか、自分のお店を開きたい」
そんな思いを口にしたのは、滞在をサポートする移住コーディネーターの野口佳奈さんとの何気ない会話のなかでした。それを聞いた野口さんが紹介したのが、深川市が新たに募集を始めた「空き家起業型」の地域おこし協力隊です。
話は一気に進み、女性はわずか数週間の滞在中に応募を決意。取材時には協力隊への内定も決まり、飲食やリラクゼーションを組み合わせた店の開業を目指しています。
空き家を活用しながら、地域とのつながりをつくり、自分のやりたい事業を形にしていく「空き家起業型」の地域おこし協力隊とは、どのような仕組みなのでしょうか。
市役所でその受け入れを担う、深川市企画総務部総務課の課長補佐・古西祐介さんと、同課自治防災係主任の下田康太さん。そして、協力隊として深川市へ移住し、現在は移住コーディネーターを務める野口佳奈さんに、制度の仕組みから支援体制、深川での暮らしまで詳しく聞きました。
空き家を生かして、深川市で起業を目指す協力隊
深川市の「空き家起業型」地域おこし協力隊の受け入れを担う下田康太さん(左)と古西祐介さん(右)
札幌から車で約1時間半、北海道のほぼ中央に位置する深川市。市内を二つの大きな川が流れ、コメを中心に農業が盛んなまちです。
今年の4月から募集が始まった「空き家起業型」の地域おこし協力隊は、市内にある空き家を、移住して起業したい人につなぐ取り組みです。

「空き家を活用してもらうことで、空き家の数を減らすことにつながりますし、移住していただくことで人口も増える。市内では身近な店やサービスが少しずつ減っているので、この制度を使って新たな事業が生まれれば、まちの利便性や活性化にもつながると思っています」と下田さん。
物件探しには、深川市の「空き家・空き地バンク」などを活用。自分のやりたい事業に合う空き家を探すのもよいですし、気に入った物件を見つけてから「この建物なら、こんなことができそう」と事業を考えることも可能です。市内には、築40~50年ほどの昭和の面影を残す戸建てが多くあるそうです。
地域おこし協力隊の形としては「任用型」と「委託型」がありますが、古西さんが
「任用型であれば市役所で働きながら、物件をいろいろ調べたり、自分の事業計画を練ったりする時間も確保できますので、最初は任用型がよいかと思います。ある程度、起業の基盤が整ってきたら委託型に切り替えて、起業に進んでいくイメージですね」といいます。
応募の際には簡単な事業のイメージをまとめて提出し、協力隊として活動を始めてからは、地域を知りながら少しずつ具体的な事業計画を練っていきます。
すでに店舗経営などの経験があり、自分で事業の立ち上げまで進められる人なら、最初から委託型を選ぶこともできます。委託型では、市と個人事業主として委託契約を結び、協力隊として事業の立ち上げを進めていきます。
任用型・委託型の区分に応じて報酬や委託料が支払われるほか、住居費や活動に必要な経費についても支援が受けられます。この活動経費は年額200万円が上限で、空き家の改修費に充てることも可能です。こうした支援を受けながら空き家を使った起業の準備を進めることができるのは、移住先で起業を目指す人にとって心強い点です。
さらに、起業までの準備で大切になるのが、地域とのつながりです。
「商工関係の方、農家さん、町内会の方など、市が間に入ることで、地域との関係づくりもできます」
物件を探し、地域を知り、人とつながりながら、自分の事業を形にしていく。その準備を、収入や活動経費などの支援を受けながら進められるのが、この制度の大きな特徴です。
深川市での一歩を、市職員や仲間たちが支えてくれる
住宅地図で場所を確認。まちを知り尽くした市職員に相談しながら、自分にあう「空き家」を探します
では、協力隊員が深川で活動を始めるとき、市役所はどのように支えていくのでしょうか。
空き家業務には専任職員2人がおり、古西さんがその統括を担っています。下田さんも空き家担当に入っています。こうした体制で日頃から空き家に関する業務にあたっていることも、今回の協力隊を受け入れる土台になります。
空き家について寄せられる相談には、親が暮らしていた家を相続したものの、子どもは遠方に住んでいて管理できないといったものも、少なくありません。
建物の状態や所有者の事情を聞きながら、売却や解体なども含め、その家を今後どうしていくか整理していきます。

「空き家のことで相談を受けて、解決に向けて道筋をつけられたときは、やはりうれしいですね」と古西さん。
一方、深川消防署から市役所へ出向している下田さんは、普段は防災を中心に担当しています。自治防災係では町内会や交通安全、防犯などに関する業務も担当しており、そのなかで防災の観点から、主に危険性のある空き家対策にも関わっています。
協力隊員が起業する際には、消防職員としての知識を生かした支援もできそうです。
空き家を活用することは、防災にも繋がるんですね
「たとえば、空き家を飲食店に改修する場合なら、消火器など、どんな設備が必要なのかについてアドバイスできると思います」
事業の内容については、協力隊自身の構想を尊重する方針です。
「飲食店に限らず、雑貨屋さんでもいいですし、民泊のようなものでもいいと思います。その方が何をやりたいのかを尊重して、できるだけそれに沿う形にしたいですね」と古西さん。
市側があらかじめ事業の形を一つに絞るのではなく、協力隊員一人ひとりの構想に寄り添いながらその実現をサポートしていきます。
古西さんと下田さんに「個人的には、深川にどんな店や場所が増えたらうれしいですか」と聞いてみました。
二人がまず挙げたのは飲食店。市内では店主の高齢化などから飲食店が減ってきており、「もう少し選べる店が増えたら」という思いがあるそうです。
ほかに下田さんが挙げたのは、子どもや若い人たちが気軽に集まれる場所でした。
「子どもがちょっと集まれるような場所って、大事だと思うんです。若い人は町の外に出ていってしまうことが多いですけれど、深川にもそういった場所があれば、地元にとどまってくれることにもつながるのかなと思います」
ファストフード店のように気軽に入れて、おしゃべりをしながら過ごせる場所や、中高生が安心して集まれる居場所。そんな場所があればうれしいといいます。
一方、古西さんが個人的に欲しいのは、こだわりのあるコーヒーを楽しめる店です。
「僕は本格的なコーヒーが好きなので、自家焙煎の豆のような、ちょっと特徴のあるものを売ってくれるお店があるとうれしいですね」

そんなお二人も、もともとは深川市の出身ではありません。
古西さんは函館生まれ。小学校高学年から高校までは札幌、大学では再び函館で過ごしました。就職氷河期のなかで公務員を目指し、深川市役所へ。最初の配属は農政課でした。
「農家の方には本当によくかわいがってもらいました。仕事のやり方も農家の人から学んだ面が大きいですし、公私ともに育ててもらった感じです」
地域の人たちとの付き合いを通して、深川での仕事の進め方も学んでいったと振り返ります。
下田さんは仙台で生まれ、幼いころに両親の実家がある旭川へ移り、高校までを過ごしました。東京の大学を卒業後、実家から比較的近い深川で消防職員となり、約10年間勤務。現在は深川消防署から市役所へ出向して4年目です。
「市役所に来てからは運動量が減って、一時は激太りしました」と笑う下田さん。今は体力維持のため、自宅でのトレーニングやランニングに励んでいると話してくれました。
「決して一人にはしません」の言葉に背中を押され、協力隊に
次にご紹介するのは深川市役所で移住コーディネーターとして活躍する野口佳奈さん。実際に地域おこし協力隊として深川へ移住した移住経験者であり、移住相談のプロでもあります。
大阪府出身の野口さんは、大好きなスノーボードをきっかけに北海道で働くようになり、キロロリゾートで約8年間暮らしました。道内各地を訪れるうちに「どんな小さなまちにもその土地なりの魅力がある」と感じるようになったといいます。一方で、それが十分に伝わらないまま人口が減っていくことに、もどかしさを感じていました。
そのころ、独学でブログなど情報発信について学んでいたこともあり、「北海道のために何かできないか」と考えるなかで知ったのが地域おこし協力隊でした。深川のことはほとんど知りませんでしたが、インターネットで見た協力隊の募集ページが心に残ったそうです。
「いろんなまちの募集ページを見ましたが、深川市のページ全体の雰囲気がすてきだったんです。特に『決して一人にはしません』というような言葉があって、それを見て、ちょっと安心したんですよね」
2023年4月、野口さんは移住支援や情報発信に関わる地域おこし協力隊として深川市へ。地域の魅力発信や移住促進に取り組みました。
野口さんは民間企業での勤務経験はありましたが、行政ならではの仕事の進め方など、はじめは違いに戸惑ったいいます。
それでも「一人にしない」という募集ページを作成した係長が「何でも聞いて」と受け入れてくれたため、分からないことを相談でき、同じミッションで入った仲間とも切磋琢磨しながら仕事を進めることができたそう。
仕事以外でも一緒にお祭りへ行ったり、移住フェアへ出張したりと、少しずつ周囲とのつながりもできていきました。
3年間の任期を終えた今年の春に、野口さんは深川市役所に残ることを選びました。現在は市の会計年度任用職員として、引き続き移住支援に携わっています。

「協力隊の期間中に頑張ってきたことが結構あったので、これをそのまま終わりにするのはもったいないなと感じました。今までやってきた仕事をもう少し頑張りながら、自分のやりたいこともここで進めていこうと思ったんです」
これまで、深川へ来る人を迎える仕事に携わってきた野口さん。移住相談で大切にしているのは、こちらから情報を一方的に伝えるのではなく、まず相手の話をよく聞くことです。家族のことや、どんな暮らしをしたいのかを知ったうえで、その人に合った選択肢を一緒に探していきます。
そうした何気ない対話のなかから、「深川でやってみたいこと」が少しずつ見えてくることもあります。冒頭に登場した女性の「自分のお店を開きたい」という思いも、そんな会話のなかから出てきたものでした。
まちと自然が、ちょうどいい距離にある暮らし
では、実際に深川で暮らすとしたら、どんな良さがあるのでしょう。野口さん、古西さん、下田さんにに聞いてみましょう。
野口さんがまず挙げるのが、農業のまちならではの食の豊かさです。
「お米もいろんな種類があって、おいしいんですよ!」
そして、まちと自然のほどよい距離感や、周辺への出かけやすさも魅力だといいます。
「ちょっと行けば田園風景が広がりますし、その先には山もある。自然とまちとのバランスがちょうどいいんです。買い物も日常で困ることはありません。深川にないものは車で30分ほどの旭川まで行けば足りるし、札幌にも1時間半ほどで行ける。富良野や美瑛といった観光地にも足を延ばしやすいし、日本海側の海にも気軽に出かけられます」
古西さんのお気に入りは、市内の「アグリ工房まあぶ」。日帰り温泉やサウナ、コテージなどがある施設で、家族で出かけることも多いそうです。近くには「まあぶオートキャンプ場」もあり、バーベキューやキャンプも楽しめます。
「僕はサウナが好きで、まあぶの温泉に行きます。水風呂がすごく冷たくて、通(つう)にはそれがウリなんです」
一方、旭川で育った下田さんが暮らしの面で感心しているのは、冬の除雪です。
「雪が降ったら、朝みんなが通勤する時間までにきれいにしてくれるんです。農家の方が冬場に除雪を担ってくれているところもあります」
雪国の暮らしならではの大変さもありますが、それを地域の仕事や仕組みが支えています。
町なかには花が植えられ、庭を丁寧に手入れしている家も多いと古西さん。移住体験をした女性が感じたという「丁寧に暮らしている人が多い」という印象も、そんな日々の風景から生まれたのかもしれません。
自分が「やってみたいこと」を形にできるチャンス
それでは、深川市が「空き家起業型」の地域おこし協力隊として迎えたいのは、どんな人なのでしょうか。
古西さんが挙げるのは、自分なりに「こんなことをやってみたい」というイメージを持ち、それを実現するために一歩踏み出そうとする人です。
「なんとなく『こんなことをやりたい』と思っていても、なかなか踏み出せずにいる方もいると思います。協力隊なら、自分の目標に向かってチャレンジしやすいのではないでしょうか」
また、空き家を使った起業が、まちに新しい動きを生むことも期待しています。
「起業して、まちのにぎわいや活力を生んでいただきたい。いろんな方にチャレンジしてもらえればと思っています」
冒頭に登場した女性も、最初から深川で店を開くことを決めていたわけではありません。移住体験でまちを歩き、食材に触れ、人と話すうちに、「私のやりたいことは、このまちでできそう」と感じたことが始まりでした。
「こんなことをやってみたい」という思いを持つ人にとって、深川の空き家は、その思いを仕事や店として一歩ずつ形にしていける場所になるかもしれません。
- 深川市役所 企画総務部 総務課 自治防災係
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北海道深川市2条17番17号
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0164-26-2215
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