一般的には、大学を卒業すれば企業に就職し、会社員としてのキャリアを重ねていくというルートが王道とされます。しかし、その枠組みにとらわれず、自分の心が躍る選択肢を信じて、新卒というタイミングで新規就農の道を切り拓いたふたりがいます。北海道北空知に位置する妹背牛町(もせうしちょう)。ここで優しい色彩を放つ花卉(かき)を育てるのが、戸部颯斗(とべ・はやと)さん、陽(ひろ)さんご夫妻です。共に2000年生まれのふたりが「農家をやる」と決断したのは、大学3年の秋でした。それは就職というレールではなく、自らの手で未来を耕すという選択。新卒での就農という珍しい道のりの裏にあった葛藤と決断、そして地域の人々に温かく迎え入れられながら紡ぐ、ふたりの現在地に迫ります。
「どんな暮らしがしたいか」から描く進路
千葉県出身の颯斗さんは、もともと生き物や自然が好きでした。子どもの頃は家の近くに森があり、自然に囲まれて育ちましたが、時代とともに再開発が進み、身近な自然は少しずつ減っていきました。「自然豊かな環境で暮らしたい」という思いは、心のうちにずっとありました。一方、神奈川県の都市部で育った陽さんは、中学生の頃から「将来は農業の仕事がいい」という夢を抱いていました。大学進学を検討していた高校2年生の時、東京農業大学の世田谷キャンパスのオープンキャンパスに足を運びました。当時住んでいた自宅から近いという理由でふらりと赴いたその会場の片隅に、オホーツクキャンパスの小さなブースがあったのです。
こちらが2025年に妹背牛町で新規就農した戸部颯斗(とべ・はやと)さん、陽(ひろ)さんご夫妻
「ちょうど喉が渇いていて、ブースで配っていた牛乳が飲みたくて立ち寄ったんです(笑)」
それは運命の出会いでした。ブースで説明をする人たちの目は生き生きと輝き、北海道の広大な自然の中で学ぶ学生たちの姿に、陽さんは一気に心を奪われます。「ここだ、面白そう!」と直感しました。当時、それぞれの場所で高校生活を送っていたふたりが選んだのは、東京農業大学北海道オホーツクキャンパス。フィールドワークが多い学部に惹かれ、18歳で同じキャンパスの門を叩いたのです。
ふたりに転機が訪れたのは、大学3年の就職活動シーズン。世間一般の波に乗り、陽さんはインターンシップでさまざまな企業を巡ってみたものの、どうもしっくりきません。心臓が跳ねるようなワクワク感や、未来への手応えは得られませんでした。「本当にこのままでいいのだろうか」。そう自問自答したとき、ふつふつと湧き上がってきたのは、やはり「農業がやりたい」という心の底からの想いでした。思い切って、交際していた颯斗さんに「私、農業がやりたいんだよね。一緒にやろう!」と切り出します。颯斗さんの返答は、「いいじゃん、面白そう!やってみようよ」と迷いのないものでした。この一言から、ふたりの就職活動は「就農活動」にシフトしていったのです。
ぶつかった壁と、運命を引き寄せた「行動力」
とはいえ大学生が新卒でいきなり農家になるというのは、容易なことではありませんでした。就職活動とは違い、新卒の就農活動には参考になるマニュアルなどありません。最初に思い立ったのは、気になる自治体に直接電話で相談してみること。しかし、相手はまだ学生。なかなか良い反応を得ることはできませんでした。途方に暮れかけていたとき、北海道農業公社に相談したことが突破口を開きます。最初のうちは「一度一般企業に就職してからのほうがいいのでは」といった、これまでと同じような反応でしたが、ある日、思いがけない連絡が!「ちょうど、後継者を探している花卉農家があります」と北海道農業公社から紹介されたのは、妹背牛町の農家でした。

大学3年の秋、ふたりは初めて妹背牛の地に降り立ちました。引き継ぎを考えていた農家さん、そして町内の他の花卉農家さんたちも同席してくれ、ふたりを温かく歓迎してくれました。丁寧な対話を重ねるうちに、「ここでなら自分たちが働くイメージが持てる」という気持ちが芽生えてきました。大学卒業後、ふたりは町内の大規模な花卉農園で2年間の農業研修に入る道を選びました。颯斗さんは当時のことを振り返ります。
「通常は、働きながら就農できる土地を自分で探すパターンが多いのですが、私たちの場合は先に土地と研修先がセットで見つかるという非常にありがたい環境でした。研修のおかげで、しっかりと必要な技術を身につけることができたんです」
数ある農業の中でも、なぜふたりは「花」を選んだのでしょうか。そこには、自分たちの就農活動でのリサーチと、体験に裏打ちされた理由がありました。大学がある網走市で畑作のアルバイトを経験した際、ふたりが目の当たりにしたのは、巨大な耕作機械をはじめとする莫大な初期投資の現実でした。初期費用が大きすぎる稲作や畑作に比べ、施設園芸であれば比較的コンパクトに始められるのではないかと着目します。ミニトマトやキュウリなども候補に挙がりましたが、最終的にふたりの心を捉えて離さなかったのは「花」でした。

「お花って、もらったり買ったりすると、人の心を一瞬で幸せにしてくれるものじゃないですか。自分自身も、人生の節目でお花をもらって本当に幸せな気持ちになった記憶がありました。そんな『幸せの記憶』をつくることができる農業をやりたいと思ったんです」
農家としての第一歩を踏み出すための道筋を、自分たちの足で調べ、アルバイトで現場を観察し、一つひとつ丁寧に踏み固めていった結果でした。
「2年で独立する」。試行錯誤の日々
研修先となった大規模農園では、ハイブリッドスターチス・シネンシスという品種群を育てていました。2年間でシネンシスの栽培知識や管理の仕方を徹底的に叩き込みました。研修時代に抱いた想いを颯斗さんが話します。

「2年で絶対に独立できるように技術を習得しなくてはならない、という覚悟がありました」
研修先には多くの雇用スタッフがおり、大人数だからこそカバーできる作業もありました。しかし、いざ独立すれば、そのすべてを自分たちだけで回さなければなりません。毎日の作業が真剣勝負でした。独立を果たした現在は、9棟のハウスでハイブリッドスターチス・シネンシスを栽培しています。「金峰」や「ブリスホワイト」「ブリスローズ」など、様々な品種を手がけるほか、1棟でアジサイを育て、路地では花木やおもちゃカボチャなども作っています。
順風満帆に見える就農後の暮らしですが、苦労やハプニングも少なくありません。就農1年目のこと、ハウスの命とも言える冷蔵庫が突然故障しました。すぐには直らない深刻なトラブルだとわかり、収穫したばかりの大切な花をダメにしてしまうかもしれないと、血の気が引くほど焦りました。しかし、そこで立ち止まるわけにはいきません。周囲の先輩農家たちにすぐに相談し、アドバイスを仰ぎ、冷蔵庫なしでも出荷を乗り切るためのノウハウを教えてもらい、何とか危機を脱出しました。

また、研修先と自分の圃場(ほじょう)との土壌の違いにも悩まされました。研修先は泥炭地で肥料持ちがよかったのですが、現在の圃場は水はけが早いのが特徴です。想定以上に土がカラカラに乾いてしまうこともあり、水やりの間隔や品種ごとの特性に合わせた栽培管理に苦労しました。
教科書通りの正解があるわけではありません。起きたトラブルに対して周囲から知恵を借り、自分たちの圃場の環境に合わせた「自分なりの解」を一つひとつ導き出していく。決まった方程式がないからこそ、自分たちの足で立ち、試行錯誤を重ねて答えを探していく。そんな日々の積み重ねが、戸部さんたちのしなやかな強さを育んでいます。
新しい住民を受け止める、地域の土壌
新卒での新規就農という決断を支えたのは、ふたりのガッツだけではありません。温かく迎え入れてくれた地域側の懐の深さも、大きな原動力となっています。実は、ふたりは妹背牛町にとって約20年ぶりの新規就農者だったといいます。町にとっても久々の若い新規就農の挑戦に、役場は親身になって様々なサポートをしてくれました。

生活の拠点となる町営住宅には家賃補助が出ました。研修時代は半年ごとの交付金頼みで収入が不安定だったため、住まいの負担が軽いことはとてもありがたかったと振り返ります。古い建物ではあるものの綺麗にリフォームされており、3LDKと2人には広すぎるほどの空間で悠々と暮らしています。昨年、めでたく結婚したふたりには、町からも温かいお祝いが贈られました。現在は就農後5年間の新規就農助成金制度も活用しながら、地に足をつけた生活を送っています。
何よりもふたりの心を打ったのは、地域の人々の飾らない温もりでした。就農1年目の夏、仕事が思うように進まず、日が暮れてもハウスの中に明かりを灯しながら懸命に作業を続けているふたりの姿を、ご近所の方が見かけて声をかけてくれました。「まだ仕事に慣れなくて大変でしょう。今夜はうちで夕飯を作っておくから、食べにおいで」 と声をかけてくれた人も、自分自身の農作業で目が回るほど忙しい時期のはずです。それなのに、若者たちのひたむきな姿を気にかけてくれたのです。

「本当に周りの人たちに恵まれているなと感じます。この温かさがあるから、ここまでやってこられました」と、ふたりは口を揃えます。
方程式のない人生を、面白がる
今回取材をさせていただいたのは、お盆前の繁忙期を控え、一年のうちで最も忙しさがピークに差し掛かろうとしている時期でした。そんな多忙の最中にもかかわらず、ふたりが取材を快諾してくれたのには、真摯な想いがありました。その想いを陽さんに聞きました。
「自分と同じように、『自分で農業がしたいけれど、どうしたらいいかわからない』と悩んでいる人の力になりたいんです」
「一度一般企業に就職したほうがいいのか、それとも新卒で行くべきなのか」と悩む学生の気持ちが、ふたりには痛いほどよくわかります。種苗会社や市場など、農業関連の組織に勤めることも一つの立派な勉強であり、確かな道でしょう。それでも、ふたりはこの道を選んで本当によかったと心から思っています。その背中を押してくれたのは、研修先の農家さんからかけられた、忘れられない言葉でした。

「『農業は毎年違う。環境によって、1年として同じ年はない。1年は1回ずつしか訪れない。10年やっても、10回しか経験できないんだよ』と教えてもらいました。だったら早めに始めて、10回、20回と何度だって試行錯誤しながら、自分がやりたい農業をやる道はかっこいいと思ったんです」
この言葉はふたりの胸に深く刺さり、しっかりと腹落ちしました。シネンシスの栽培を極めるだけでなく、もっといろんな花を育ててみたい。そのために20、30回と経験を重ねていけば、もっともっとチャンスが広がります。努力はやりたい農業につなげるためのもの。もっと花のある暮らしを楽しみたい。失敗を恐れず、試行錯誤の回数を重ねる分だけ、ふたりの人生はより豊かに広がっています。
農業に興味はあるけれど、なかなか一歩を踏み出せずにいる人たちへ。ふたりは自身の経験をもとに、優しくエールを送ります。

「まずは、その環境に実際に足を運んでみるといいと思います。私たちも、大学3年のときに就職か就農かで迷っていた時、実際に花農家さんに会って、その働く姿を生で見て『自分たちもこれがやりたい』と心が動きました。現場を見ないとわからないことがたくさんあります」
頭の中であれこれとモヤモヤ悩むより、農業フェアに行ってみたり、気になる農家に連絡して話を聞いてみたり、まずは行動してみる。「実際に研修に入ってから『やっぱり違う』となると辞めづらいですし、だからこそ決断前の情報収集や見学が大切です」と颯斗さんは話します。
この夏、ふたりの元に後輩である母校の学生たちがやってきます。花切りを実際に体験してもらったり、現場のリアルを知るためのサポートをする予定です。同世代の仲間がもっと増えたらいいなと、ふたりは笑顔で話します。
「こんな働き方もあるんだよって、伝えたいんです」
人生の道に、たったひとつの正解なんてありません。「どんな暮らしを送りたいか」という自分の心の声に耳を傾けたら、誰かが用意したレールを待つのではなく、自らの足で真っ先に一歩を踏み出す。そうして自分の手で未来を切り開いていくとき、思い描いた景色を育む土壌は、きっとすぐそばに広がっていきます。 戸部さんご夫妻の笑顔と優しく咲く花々は、自ら動き出すことの美しさを、そう教えてくれているようでした。

- 妹背牛町 花卉農家 戸部颯斗さん・陽さんご夫婦
- 住所
北海道雨竜郡妹背牛町















