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まちおこしレポート
北海道

漁業が変わる、まちも変わる。NPO法人マリンネットワーク20260803

漁業が変わる、まちも変わる。NPO法人マリンネットワーク

北海道は四方を海に囲まれており、フェリーや貨物船が行き交う物流・人流拠点である港湾(こうわん)から、海産物の荷揚げをする漁港まで、大小さまざまな港があります。中でも漁港に着目し、漁業や漁業者の課題に取り組んでいるのがNPO法人マリンネットワーク。その代表である理事長をつとめる、片石温美(あつみ)さんにお話をうかがいました。

土木工学から港湾計画、そして漁港へ

片石さんは旭川出身、高校卒業後は北海道大学工学部の土木工学科に進学しました。「将来は社会のシビルエンジニアリング的なことをやってみたい」と考えていた片石さんに最も合っていたのが土木工学だったそうです。

そこで出会ったのが、氷工学を専門とする佐伯浩先生。北海道は流氷が着岸する日本唯一の地域であり、そこに構造物を作るための設計が必要になります。氷工学というのは日本では北海道にしかなく、佐伯先生は世界で5本の指に入るほど有名でした。片石さんは佐伯先生の研究室に入り、港湾工学講座を専攻。港湾の整備や計画などを学びます。

「旭川で育ったので、海は身近ではなかったですね。それまで海といえば、旭川から海水浴に行った留萌くらい。ましてや港に行くなんて、思いもよりませんでした」

marlinnetwork02.jpgこちらがNPO法人マリンネットワーク理事長の片石温美さん

1990年(平成2年)に大学を卒業した片石さんは、建設コンサルタントの会社に就職。港湾課という部署で、港湾計画の仕事を担当しました。港の整備や利用について20年くらい先を見越して、今後どういう整備が必要か、何が利用者に求められているかを調査し、将来の港の形を描くという仕事です。片石さんは建設コンサルタントとして、釧路港や石狩湾新港など大きな港湾に出張するようになりました。

1995年(平成7年)、北海道開発局が「北海道マリンビジョン」という国の事業をスタート。水産業を核とした地域振興や産業振興の取り組みを支援するようになりました。その事業にかかわるうち、片石さんは港湾だけでなく、漁港にいる漁業関係者など、さまざまな人と知り合います。中でも、その後の人生を大きく変えたのが、同じ研究室の大先輩という方との出会いでした。その方は農水省の水産庁から北海道開発局に異動して来たのですが、「漁村の振興や計画の仕事を一緒にやらないか」と片石さんに声をかけたそうです。

片石さんも港湾の仕事から、漁港の仕事へと興味が移っていたころで、11年勤めた会社を退職、2001年(平成13年)に「マリンプランニング」という会社を立ち上げました。今度は、漁港に関する調査、漁業や漁村の産業振興などを専門とした、コンサルタント業務を行うようになります。

漁業を営む人、その地域に関わっていきたい

ここで、港湾と漁港の違いについて、おうかがいしました。

marlinnetwork03.jpg北日本最大の国際拠点港湾、苫小牧港

「港湾というのは、物流(貨物)、それと人流(旅客)の出入りのあるところで、フェリーターミナルも含まれます。それに対して、漁港は水産物を荷揚げするという役割があります。ただ港湾の中にも漁港区というのがあって、漁港ではないんですが、港湾の中に漁船が利用するエリアもあります」

港湾から漁港へと仕事の軸を移した片石さん。同じ「港」といっても、その性質はまるで異なります。

「それが逆に面白かったというか、あまりやっている人のいない分野でもあったので、よりその専門性が高まると思い、必死になっていろいろ取り組んできました」

主な仕事は、国からの依頼を受け漁港を作る、あるいは整備するための必要な調査。

「かつては漁船もたくさんいて、とにかく岸壁をたくさん作ればいいとか、荷さばきするところを作ればよかった。それがだんだん、漁業者が減っていったり、漁船が減っていったり、漁業の資源も少しずつ減ってきている中で、何のために漁港を作るのかというところが問われるようになってきたんです」

そこで地域の活動を支える社会基盤としての漁港をめざし、そのための調査をしました。調査にあたっては、現状を把握するため、漁業協同組合や漁業関係者にも話を聞きに行くようになったそう。

marlinnetwork04.jpg漁港は漁獲物の取引や加工、船の安全確保、さらに地域のレジャーや自然環境を守る多様な役割を担っています

やがて片石さんは、これまでの仕事を通じて漁村に関する研究をし、漁港や漁村の振興というテーマで博士号を取得。大学を卒業してからの、社会人ドクターになりました。工学博士になった片石さんは、「マリンプランニング」の仕事のかたわら、函館にある北海道大学水産学部の特任准教授として5年間務めます。

その任期を終えると、2012年(平成24年)にはNPO法人「マリンネットワーク」を設立。漁業や漁業者に関わる地域活動に取り組みます。

「仕事で地域と関わっても、例えば公共事業など1年や2年の単位で終わると、人のつながりもそこでプツッと切れるので、なかなか個別に支援するのも難しい。そこで、仕事じゃなくても、ずっと継続してその地域と関わっていきたいと思ったんです」

函館での5年間と、それ以前のいろんな自分の仕事とのつながり、それをほかの地域の振興や人のつながりに活かしたい。そう感じた片石さん。「どちらも人との関わりはありますが、私の場合はやっぱり、漁港の整備よりも、漁業を中心にしてどうやって振興を図るかとか、後継者確保とか、社会学的なアプローチがしたかった。土木そのもの、構造物を作るというより、その人がそこで暮らしている生業というものに興味がありました」と語ります。

人と人をつなげれば、そこに変化が生まれる

NPOの立ち上げを経て、次は室蘭工業大学の准教授に。仕事で関わった中では、現在もアドバイザーを務めている苫小牧漁協が、最も印象的だったといいます。

「もともと根室の漁協にいた方が苫小牧漁協に来て、そのとき私がたまたま室蘭工大にいたので、一緒にいろんな取り組みの応援を始めたんです。その方が非常に素敵な方で、それにつづく方々が中心になって今も漁業組合を動かしている。その10年ぐらいの変化を見てきました」

kataisiatumisan1.jpg根室の歯舞漁協にて。漁協幹部とNPOの皆さんとの意見交換会の様子

苫小牧ではホッキ貝が名産ですが、当時は、活ホッキ貝は消費者にはあまり馴染みがなくて流通先が限られていました。それを出荷前の畜養(水揚げされたホッキが元気でいるように、生け簀や水槽で管理すること)や、砂抜きをすることで、鮮度保持された状態のまま西日本までも流通するようになりました。大阪のすし店などで使われるようになり、単価も上昇しました。さらに地元で付加価値をつけるため、地元の加工会社と協力して新製品の開発にも取り組んだそう。

「なぜそうしたかったかっていうと、漁師さんの所得を増やしたいっていう、その一心だったのです」と、片石さんのお話は熱を帯びます。

以前の北海道は漁獲量が多く、たくさん獲って流通させればよかった。しかし今は資源が減り、海産物の消費もまた減ってきています。漁業者の所得を確保するには、獲った海産物に付加価値をつけるしかありません。それには加工、販売、輸出など、さまざまな方法を模索していく必要があり、漁業者たちの間だけでは解決できないことも多々あります。

「漁業の方の多くは他の人、他の地域、異業種の方たちと、それほどつながっていない。だから、そこをうまくつなぐ役割を果たせたら」と片石さん。北海道でも海の環境が変化し、これまで獲れたものが獲れなくなったり、獲れる魚種が変化したりという問題があります。そこに科学技術を活用してできることがあるかもしれない。そこで大学に連絡を取って漁業者をつないだり、つながるための集まりを動かしたり、それが「マリンネットワーク」の役割のひとつとなっています。

ほかにも、専門家を漁村に招いての講演会や、地元の人との交流会など、つながる場を作ることも。

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「昆布の産地である函館の南茅部で、フードライターの方に講演してもらったことがあります。その話の中で、今や昆布だしのよさが海外でも知られるようになり、かなり人気が出ているということがありました。それを聞いた方が感動して、その後、また地元で漁師さんや漁師の奥さん向けに話をしてもらうようになったそうなんです」

つながりの場を増やし、さまざまな活動をしていくと、そこに変化が生まれることが面白いと片石さんは言います。

「人のつながりで、だいぶ助けられました。私はもう正直それだけでやってきたみたいなことがあって、年に何回かやっていると、いろんな人が集まってきます。会員とか、会員のつながりの人とか、それでまたつながりができて、知らないうちにまた、いろんなつながりが生まれている。そういうのはすごくいいなと思っていますね」

2016年(平成28年)には、水産庁の男性と知り合い結婚。神奈川県に居を移し、北海道との二拠点生活がスタート。片石さんを取り巻く環境も目まぐるしく変わります。

人が変われば、まちも変わる

仕事で港、そして漁業と関わるようになって約30年。各地の港を見てきて、片石さんはどのように感じていらっしゃるのでしょうか。

「オホーツク海側は非常に豊かだし、太平洋の方もそれなりに豊かだとは思うんですが、一方で日本海に行くと、人口が減少して、高齢化が進み、活気がなくなっていた。それでも最近はまた、養殖を始めるなど盛り返してきていますから、そうやって変わってくるのをすごく感じます。30年ぐらい見ていれば、落ちていくだけでなく、何かのきっかけで10年前とはまた違った動きが出てくるのが見られます」

豊かだというオホーツク海側でも、サロマ湖の方ではかつて貧しかった時代があったと言います。

「はるか昔にはドアもないような家に住んでいる人たちもいたと聞きました。それをなんとかしなきゃいけないと、当時の組合長さんが、ホタテを沿岸に撒いて、放流して、4年かけて育てて獲るようにした。それを毎年撒いていけば、毎年漁獲できる、この輪番制という方式で安定した漁業を作り上げた。今では漁業者も、確実に収入が得られるようになったという歴史もあります」

人の動きによって、貧しかった漁村が復興する。そんな歴史を知り、時には地域が変わる様子を目の当たりにしてきた片石さん。

「例えば組合長とか、あるいは市町村の首長が変われば、またそこで変わるし、体制が変わっただけでバーっと変わる場合もあります。役場の職員だったり、漁組の職員だったり、あるいは外から移住した人でも、人で動きは変わる。そういうのを見てきて、本当にまちづくりというものを感じます」

現在も北海道の漁村の課題は山積みだといいますが、その一方でよくなる兆しも現れるなど、各地で変化も見られてきます。

kataisiatumi4.jpg学生さんたちと、スケトウダラの網はずし体験を

「魚の値段が上がってきているというのもありますが、取り組んだ分だけ成果が見えてくれば、だんだんいい動きが回ってくる。一つでもうまくいけば、また次やってみようかなと思うだろうし。そういう、『成功』というよりも『変化』を見ることに、やりがいを感じますね」

今も課題があってどうすることもできない地域でも、変化はできるのでしょうか。

「そのためには、持っている資源を最大限に生かして、それを活用していくことですね。全然活用されてないものも多分あると思うし。まだまだできる余地がある。できると思います」

自分でできることは限られても、そこにやる気のある人がいれば、その地域の資源を活用できる。それで新しい産業が生まれるかもしれない。産業が生まれれば所得につながり、所得が増えれば後継者ができる。そういった変化を見てきたからこそ、「できる余地はある」と言える。片石さんの言葉からは、未来に繋がる希望が見えます。

暮らす人の目線に沿ったまちづくりを

さらに「マルチにならなければいけない」と片石さんは続けます。

「漁業も、一つの漁業だけでなく、いろんな漁業に取り組むこと。それは今の国の施策でもあるんですが、養殖業を始めているのもその一つ。まだそういうことができる力が、きっと北海道の漁村にはあると思います。本州に行くと、そんな力もないところがいっぱいあるんですよ。資源がないとか。でも漁獲量があって、資源もある北海道ならできると思う」

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人手不足についても、まだまだ改善の余地はあると言います。

「みなさん、仕事がないからと出て行ってしまう。でも、仕事はある。漁業だけだと、ある時期しかなくても、他の仕事はあるから、それこそマルチに働けるのです」

北海道大学の水産学部の学生たちと関わっていると、大手食品会社や水産会社、研究機関ほか、就職先は多様ですが、直接、漁業へという例はあまり多くないという現状もあります。でも、最近は少しづつ変化が生まれ、学生たちが漁村を訪ねたり海産品を販売したりする、くらしごとが応援している学生サークル「レディ魚ー(レディゴー)」のような活動も出てきています。

「人口減少が進む中で、その影響は漁業に限らず、もうお祭りもできないまちが出てきています。だから私が思うのは、もともと住んでいる人がそこにいて楽しめないと、ほかの人や移住者が来ても面白くないんじゃないかなって思うんですよね」

kataisiatumisan2.JPG女性部の皆さんといっしょに

そのためには、暮らす人の目線に立ったまちづくりも必要と片石さんは語ります。

「私は今、夫の仕事の関係で、神奈川の三浦市に住んでいます。観光地なので、ご飯を食べに行っても、単価が2500〜3000円のマグロ料理のお店が中心です。観光でやっていると結構儲かるので、みんなそっちに目が向いていて、地元の人の方には向いてないと思います。住むところも大事で、空き家はいっぱいあるんですが、古い家はリフォームなどの手入れがあまり行き届いていなかったり、新しい物件は家賃が高額だったりします。やっぱり、新しく入って来る人が住みやすいか、そこに暮らしている人がそこで暮らしていきたいと思えるまちになっているか、そうした目線が大事かなと思います」

現在は中央大学研究開発機構の客員教授としても活躍している片石さん。休みの日には、夫婦で旅行したりドライブしたりという時間を楽しんでいます。

「海のあるところに行くと、必ず港に寄って、直売所でいろんなものを買ってしまうので、車の中は物産展みたい。その中でも特に北海道の海産物は、もう種類も鮮度も最高です。本州で暮らしてみて、それをよく感じます」

北海道と神奈川県の二地域居住を始めて10年。北海道の海と片石さんの関わりは、これからもますます深くなっていきそうです。

kataisiatumisan3.JPG南かやべ漁協にて。水揚げされた養殖コンブと一緒に!

NPO法人マリンネットワーク
住所

北海道札幌市豊平区月寒東2条5丁目1-1 セザール月寒中央301号

電話

011-859-5352

URL

https://www.marine-network.info/

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漁業が変わる、まちも変わる。NPO法人マリンネットワーク

この記事は2026年5月18日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。