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【北海道へ移住 生活費のお話】vol.13 せたな町20260906

【北海道へ移住 生活費のお話】vol.13 せたな町

自然豊かな風光明媚なせたな町。太櫓(ふとろ)地区の海を見渡せる高台に、風景にマッチしたモダンな建物があります。シャルキュトリー(食肉加工)とパティスリー(お菓子)の工房兼店舗「サッカムセタナイ」です。

ここを営むのは、フレンチの料理人として国内外で腕を磨いてきた髙橋広大(こうだい)さんと、同じくパティシエとして活躍してきた妻の友里菜さん。今回はおふたりに、工房をオープンするまでの歩み、せたな町での暮らしや魅力、これから挑戦したいことなどをたっぷり伺いました。

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髙橋さんご家族 基本データ

〈家族構成〉
夫・髙橋広大さん、妻・友里菜さん、小4の双子・年長の3人のお子さん

〈移住情報〉
夫の広大さんは地元・せたな町出身で、高校卒業後に浜松の専門学校を経て料理人の道へ。フランスで経験を積み、帰国後は洞爺の高級リゾートホテル「ザ・ウィンザーホテル洞爺」内にあった星付きレストラン「ミシェルブラストーヤジャポン」で野菜、肉・魚の部門シェフを担当。

その後、フレンチの技法と日本料理の伝統を融合した「京都いと」で、フレンチの料理長として日本料理の料理長と共に、ミシュラン一つ星を獲得。その後、地元へ戻り、実家の養豚場を手伝いながら、生ハムなど食肉加工ができる工房を探し、現在の場所と巡り合い、「サッカムセタナイ」を立ち上げる。

妻の友里菜さんは浜松市出身で、製菓専門学校のフランス校に留学中に現地のレストランや洋菓子店で修業を積み、帰国後は浜松の洋菓子店へ。広大さんがフランスから戻ると、一緒に「ミシェルブラストーヤジャポン」でデザート部門を担当。

広大さんと共に「サッカムセタナイ」を立ち上げ、洋菓子を担当。夫婦二人三脚で工房を営み、3人の子どもたちを育てている。友里菜さんの両親もせたな町へ移住し、子育てのサポートをしてくれている。

〈移住時の不安要素〉
住む場所もあり、工房を作るという目標も決まっていたので、特になし。

〈現在のお仕事〉
せたな町太櫓(ふとろ)地区で、シャルキュトリー(食肉加工)とパティスリー(お菓子)の工房兼店舗「サッカムセタナイ」を経営。

移住前の生活費と移住後の実際の生活費(月額)

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※左側は京都府在住時の生活費、右がせたな町に移住してからの生活費です
※子育て中の方にも充実した支援があります〈せたな町の子育て支援制度〉

京都からせたな町へ移住した髙橋さんご夫妻の暮らしは大きく変化しました。生活費は月34万円から18.7万円へと大幅に減少。家賃や教育費が下がる一方、豊かな大自然を舞台にした子育てや、無料で利用できるフィットネスなどの公共施設を満喫しています。

食生活では、ハンターでもある妻の友里菜さんが仕留めた鹿を子供と一緒にさばくなど、日常の中での「命の教育」が実現。また、生産者との物々交換や食材を持ち寄る食事会など、温かい人の繋がりも生まれました。趣味の釣りや狩猟が日常に溶け込み、新しい挑戦を歓迎する応援風土のもと、ご夫妻は贅沢で充実した毎日を送っています。

素材のポテンシャルを引き出した食肉加工と、地域の恵みを生かした洋菓子の工房

「サッカムセタナイ」の工房で作られているのは、広大さんが手掛ける食肉加工品と友里菜さんによる洋菓子。店舗がオープンするのはだいたい週2日ですが、オープン日には素敵な店内で、海を眺めながらホットドッグなどの軽食、パフェなども楽しめます。

看板商品である生ハムやサラミは、非加熱でじっくり時間をかけて熟成させる、繊細な技術を必要とする逸品。原料となる豚肉は、せたな町内にある広大さんの実家の養豚場をはじめ、道南を中心とした道産の高品質な豚肉を使用しています。

「実家の豚肉は出荷ルートが決まっていることもあり、それだけに頼るのではなく、せたな町内で自然放牧されている放牧黒豚や、余市町のワインポークなど、その時々で優れた品質の道産豚肉を厳選して仕入れています」と広大さん。職人として、肉の個性を最大限に引き出すことに注力しています。

友里菜さんの洋菓子は、生ハムや熟成肉、お酒と一緒に楽しめるお菓子がコンセプト。せたな町の特産品「潮トマト」を用いたフランスの伝統菓子「パート・ド・フリュイ」(ゼリー状に固めた砂糖菓子)をはじめ、喜茂別町にある「チーズ工房タカラ」のチーズを使用したチーズケーキ、ハーブやスパイスを用いたものなどがあります。店舗がオープンしている日には、地元の旬の恵みを取り入れたタルトや生ケーキなども提供しています。

店名の「サッカム」とは、アイヌ語で「干し肉」や「夏に仕込む保存食」を意味する言葉なのだそう。

店名の由来について、広大さんは「北海道ではナチュラルチーズやワインの生産が盛んになり、ヨーロッパの食文化が地域に根付いてきています。生ハムやサラミといった食肉加工品も、その食文化の高まりに不可欠な存在。地域の風土を生かしたものづくりの手法を取り入れるのはいいと思うのですが、ヨーロッパの用語や言葉をそのまま店名にしてしまっては、単なる欧州文化のコピーになってしまうと思ったんです。だから、北海道でやるからには、地域の歴史やストーリーも大切にしたいと考えたんです」と説明。

かつてアイヌの人々が肉を干して保存食として食していたと知った広大さんは、「ヨーロッパの伝統技法と北海道のアイヌ文化の精神を融合させ、新たな食文化としてこの地で昇華させたい。そんな願いを込めて『サッカムセタナイ』と名付けました」と話します。

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ものづくりが好きで料理の道へ進んだ2人。出会ったのはフランス

ここからは、おふたりがせたな町に移住するまでの歩みについて伺っていこうと思います。

広大さんは、せたな町の出身。先ほども触れましたが、実家は養豚場を営んでいます。幼い頃から「自分の手で何かを作り出す仕事がしたい」と漠然と考えていたと同時に、「広い世界へ飛び出し、海外へ行ってみたい」という強い好奇心もあったそう。

「高校卒業後の進路を考えた時、料理の世界ならものづくりもできるし、海外にも行けるかもしれないと考えました。特にフランス料理の世界に惹かれ、静岡の浜松にある調理師の専門学校へ進学を決めました」と振り返ります。

北海道からの進学先として浜松の専門学校を選ぶのは少し珍しいようにも思えますが、「当時、その学校はフランスに分校を展開していて、本格的なフランス料理を学べる環境が整っていたんです。また、生徒数の多いマンモス校とは異なり、先生と生徒の距離が近く、丁寧な指導が受けられる環境がいいなと思ったんです」と理由を教えてくれました。

一方、浜松出身の友里菜さんもまた、幼少期からものづくり、特にお菓子作りが好きな女の子でした。

「進路を選択する段階で、大学進学という選択肢は最初からありませんでした。むしろ本格的にお菓子作りを学ぶなら本場で学びたいと思って、フランス留学コースがある浜松の専門学校を選びました」と語ります。

広大さんと友里菜さんの出会いは、その浜松の専門学校のフランス校でした。広大さんは専門学校を卒業後、東京・銀座のイタリアンレストランで経験を積み、その後、母校の講師として学生たちの指導にあたります。

フランス校にも講師として派遣され、学生に教える傍ら、長期休みには自身も現地の有名レストランなどで修業を積みます。同じタイミングで友里菜さんもフランス校へ留学。友里菜さんは調理も製菓も学び、現地の店でも実際に勤務を経験します。おふたりは、懸命に技術や感性を磨く中で、自然と惹かれ合い、絆を深めていきました。

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高級ホテルを経て、京都の店で星も獲得。次は食肉加工に挑戦したいと帰郷

先に帰国した友里菜さんは、浜松にあるフランス人が経営する洋菓子店に勤務し、広大さんが帰国すると共に北海道へ。

洞爺湖の高級リゾートホテル内のレストランで、広大さんは部門シェフとして、友里菜さんはデザート部門のパティシエとして、最上級の料理とサービスに携わります。その間におふたりは結婚、伊達市で暮らしていました。

その後、広大さんは京都で新たにオープンする「和食とフレンチの融合」をテーマにした完全予約制のレストランから、フレンチのシェフとして来てほしいと誘いをうけます。

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「京都の老舗料理店、吉兆出身の和食料理人と僕とで一つのコースを作り上げるという非常に刺激的な挑戦でした。オーナーからは『ミシュランの星を取ってほしい』という明確な目標を提示されていて、星を取るまでという約束で京都へ行きました」と広大さん。そして、開店からわずか1年足らずで見事ミシュランの星を獲得するという快挙を成し遂げます。

頂点ともいえる成果を手にした広大さんですが、このあとのことを考えたとき、シェフとして更なる上を目指すのではなく、長年温めていた熟成肉や食肉加工作りへの思いが強くなっていました。

「実家が養豚をやっていたこともあり、レストランで料理を提供するだけでなく、生ハムやサラミといった食肉加工品を自分の手で仕込み、熟成させる仕事にずっと興味を持ち続けていたんです。京都の店に残ってもいいという話もあったのですが、星を取るまでと自分でも決めていたので、自分の夢へ舵を切ることにしました」と話します。

京都を後にした広大さんと友里菜さんは2020年に北海道へ戻り、せたな町にある広大さんの祖母の家へ。養豚の現場も知っておきたいと、兄が継いだ養豚場の手伝いをしながら、工房を開くための場所を探し始めます。

運命的な「氷室」との出合いがあり、地元で念願の工房をスタート

道内各地で場所探しをしていたある日、友人でもあるチーズ生産者さん(チーズ工房タカラ)から、チーズの熟成に「氷室」を使っているという話を聞きます。

ヨーロッパのように地域特有の風土を活かした生ハム作りを目指していた広大さんは、同じように氷室を使って自然の冷気でゆっくりと熟成させたいと考えるように。しかし、ゼロから氷室の設備を建造するには莫大な資金が必要でした。

すると、地元の友人から広大さんのところに、「せたな町内に使われていない氷室の建物がある」という情報が舞い込みます。

それは、かつて別荘地として開発計画が進められていた太櫓(ふとろ)地区にある氷室でした。今から約30年前、大学や企業、デンマークの研究機関などが参画し、化石燃料を一切使わない最先進的な別荘地の開発計画がそこで進められていました。

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電気は風力発電と太陽光で賄い、大型冷蔵庫の代わりに冬の氷を蓄える氷室を活用するという、時代を先取りした先進的なプロジェクトでした。しかし、北海道南西沖地震などにより計画は道半ばで頓挫。管理棟と風力発電、そして「氷室」だけが使われないまま放置され、長い年月を経て森の中に埋もれていたのでした。

友人から話を聞いた広大さんが半信半疑でその場所を訪れると、うっそうと生い茂る木々の中に頑丈な造りの氷室構造の建物が残されていました。

「まさか自分が求めていた理想の氷室が、こんな身近な場所に存在していたなんて思いもしませんでした。生ハムやサラミの工房を兼ねた店舗を作るなら、やはり観光客が多く集まるニセコや洞爺湖、富良野といったメジャーなエリアが良いと思い込んでいたんです。だから当初、せたな町という選択肢はまったくなかったんです。でも、海がすぐ目の前で、周囲のロケーションも良く、すぐにここだ!と思いました」と広大さん。まさに運命的な出合いでした。

土地の所有者との交渉などを経て、いよいよ工房を立ち上げることに。30年近く前の建物で、誰も手入れしてこなかったため、リノベーションは必要でした。設計を手掛けたのは、チーズ工房やワイナリーを数多く手掛けている札幌の「フーム空間計画工房」。温度・湿度・空気の流れと管理が重要となる熟成庫の建築物の設計に造詣が深いプロです。

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「単におしゃれな空間を作るのではなく、生ハムやサラミが理想的な環境で熟成できるよう、風の通り道や気圧、温度・湿度の変化まで計算して作ったこの空間があるからこそ、独自の深い味わいが生まれるんです」と広大さん。

また、オープンに向けてクラウドファンディングにも挑戦しました。これは単なる資金集めのためだけではなく、「自分たちがこの地でどのような思いを持って挑戦しようとしているのか」を全国へ発信するためのコミュニケーションツールとして活用したものでした。

広大さんいわく、「当初は50万円ほど集まればありがたい」と考えていたそうですが、クラウドファンディングを始めてみると、目標を超える約360万円もの支援が集まりました。新たな事業に期待する地元の人たちをはじめ、これまでおふたりと関わってきた友人・知人はもちろん、新聞記事やWebで取り組みを知った全国の食通たちが応援を寄せてくれたのでした。

そして、「サッカムセタナイ」は2024年春から本格的にスタート。プロの料理人や食通たちからも高く評価される商品は、新千歳空港や札幌の酒屋などでも取り扱っているほか、ネットや店舗でも販売しています。全国にファンも増え、興味を持った本州の方がここを目的地として訪れることもあったそう。

サッカムセタナイ_37.jpgパッケージにもこだわりが光る、ソーセージやサラミ、生ハムのセット。地域の歴史やストーリーを大切にしながら、アイヌ文化の精神を込めて「サッカム(干し肉)」と名付けられました。

のびのびした子育て、食の豊かさ、温かな人との繋がり。充実したまちでの暮らし

さて続いて、せたな町での暮らしや子育てについておふたりに伺いたいと思います。小学4年の双子と年長さんの3人のお子さんがいる広大さんと友里菜さん。京都にいたときに双子の子育てがスタートしたこともあり、都会と自然豊かなせたな町での子育て環境の大きな違いを日々実感しているそう。

友里菜さんは、「せたな町は子育て支援がとても充実しています。学校への送迎バスなどもまちで用意してくれるなど、親の負担が想像以上に少ないんです。都市部よりもずっと子育てしやすいし、本当に恵まれていると感じます」と話します。そして、何よりも「子どもたちがのびのび育っているのがいい」と目を細めます。

広大さんも「京都で暮らしていた頃は、公園に行くにもひと苦労で、常に人混みに目を光らせていなければなりませんでした。こちらに来てからは、店のすぐ下が海水浴場なので、夏はここから水着のまま海まで走っていったり、冬も一面の雪の中で駆け回ったり...。都会では絶対にお金を払っても体験できない自然との日常的な触れ合いがあります」と続けます。

子育てのしやすさ以外にもせたな町の魅力を尋ねると、「やっぱり食の質の高さかな」とおふたりは声を揃えます。

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「子育ての話にもつながるんだけど、海のものも山のものも、新鮮で美味しいものが当たり前のようにあるから、それを食べて育つ子どもたちの舌は肥えるだろうね」と広大さんは笑います。

実は友里菜さん、昨年、狩猟免許を取得。現役のハンターとしても活動しています。空き時間があると、鹿の生息地を確認して山の中を駆け回っているそう。

「山に入るのは自分のリフレッシュでもあり、最高の気分転換です」と話しますが、持ち帰った鹿肉を自宅でさばく様子を子どもたちにも見せています。

「スーパーでパックに詰められた肉しか見ない都市での生活とは違い、命をいただくという感覚を自然に学べる環境は、これからの時代、人間らしく力強く生き抜くための宝物になると思います」と広大さん。こんな食育体験が日常の暮らしの一部にあるのは、せたな町に暮らしているからこそ。なんとも贅沢です。

サッカムセタナイ_15.jpg狩猟免許を持ちハンターとしても活躍する友里菜さん(写真右)。仕留めた鹿を子供たちの前でさばくなど、命の尊さを肌で学ぶ「生きた食育」を日常としています。

さらに、農家、漁師、酪農家といった一次産業の生産者たちをはじめ、まちの人たちとの温かな人間関係もまちの暮らしの魅力のひとつ。

広大さんは、「たまに知人や近所の人たちとバーベキューや食事会を開くのですが、各自がとれたての新鮮な野菜や海産物、チーズなどを持ち寄ってくるんです。それを僕がササッと料理して、みんなで囲む。食材のクオリティも最高ですし、何より作った生産者本人の顔を見ながら一緒に食卓を囲めるのは、都市部では絶対に味わえない豊かな人間関係です」と話します。

まるで、「せたな町を舞台にした映画『そらのレストラン』のようですね」と話すと、「実は僕、あの映画に出てくるシェフのモデルの一人なんですよ」と広大さん。友里菜さんのハンターの話に続き、おふたりの話を聞いていると驚きの連続です。
※映画「そらのレストラン」は、チーズ作りや酪農に励む主人公と仲間たちが一日限りのレストランを開く物語で、主演は大泉洋。

友里菜さんも「農家さんのお手伝いに行ったら、お礼に野菜をいただいたり、うちもお肉をお返ししたり。まちの人たちがお互いに助け合いながら暮らしている感覚が心地良いですね」と語ります。友里菜さんのご両親も子育てのサポートを兼ねて、せたな町に移住してきたそう。これもまた驚きです。

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このまちで、これから挑戦したいのは新たな食文化構築と地域の活性化

おふたりの話を伺っていて羨ましく感じたのは、暮らしと仕事と趣味がシームレスに繋がっているライフスタイルを確立している点。

空き時間があれば、友里菜さんのように狩猟で山に入るとか、広大さんもすぐ裏の川に渓流釣りに出かけるなど、趣味が生活の一部として融合しています。これは都会ではなかなかできません。満員電車や人混みもなく、日常生活におけるストレスは明らかに少ないそう。

また、広大さんは「せたな町には移住者や新しい挑戦者を温かく迎え入れる土壌がある」と言います。

「せたな町は昔から新規就農者などを積極的に受け入れてきた歴史があるためか、まちの人たちがとにかく寛大でウェルカムなんです。『若い人が新しい面白そうなことをやるなら、どんどん応援するよ!』と背中を押してくれるんです。クラファンのときも、まちの人が随分支援してくれました」と続けます。

実は、現在の工房がある広大な土地と建物も、地元に住む所有者の方が「ここで面白いことをやって、せたな町を盛り上げてくれなら」と破格で譲ってくれたそう。

地域の人々の温かい期待と応援があるからこそ、広大さんは「このまちのためにもっと頑張ろう」という強いモチベーションが生まれると言います。

これからのビジョン、目標を尋ねると、広大さんは「単に自分の店を有名にすることではなく、北海道に『生ハム・サラミという新しい食文化』をしっかりと根付かせたいと考えています。かつて手探りで作り始めた北海道のナチュラルチーズやワインが、今や全国、世界に誇る一大産業となったように、北海道産の生ハムも一つの独立したカテゴリーとして認められるまでに育て上げたい。僕たち以外にも道内で素晴らしい生ハム作りに挑戦している仲間たちがいるので、彼らと共に北海道の食の価値を高めていきたいですね」と語ってくれました。

そして、おふたりにはもう一つ夢があります。それは、工房がある太櫓(ふとろ)地区をさらに多くの人々が集う魅力的な拠点へと成長させることです。

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「うちの生ハムやサラミは、パッと通りかかって買い求めるような日配品ではなく、物語やロケーションも含めて楽しんでいただく嗜好品です。だからこそ、都市部ではなくこの自然豊かな場所にポツンとあることに価値があると思うんです。これからは、この場所のロケーションや魅力を活かして、さらに面白い拠点にしていきたいですね」と広大さん。

例えば、工房の近くにベーカリーができたり、小さくても宿泊する場所を作ってくれる人やワイナリーをやる人が現れたり...。食や暮らしにこだわりを持つ多様な人たちが移住してきてくれれば、太櫓地区がもっと活性化するのではと考えています。

実際、地域おこし協力隊として「サッカムセタナイ」で勤務している原俊吾さんが、卒業後にジビエの加工場を立ち上げたいと検討しており(原さんの記事はこちら)、広大さんも友里菜さんも自分たちがそうしてもらったように応援したいと話します。

広大さんは最後に、「こういう場所に移住して、やりたいことがあるけれど、医療環境や高校進学の選択肢など、地方ならではの課題や不安要素がネックになって、一歩踏み出せない人もいるかもしれません。でも、それらをはるかに上回る豊かさ、子育てのしやすさ、そして人の温かい繋がりがせたな町にはあります。新しい挑戦を面白がって、応援してくれる地域は本当に貴重。自分の知識やスキルを活かして、地域と繋がりながら自分らしい生き方を築きたい人にとって、ここは素晴らしい可能性に満ちた場所ですよ」と語ってくれました。

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ここがポイント、移住して良かったこと!

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サッカムセタナイ(Satkam Seta-nay)髙橋 広大さん・友里菜さん
サッカムセタナイ(Satkam Seta-nay)
髙橋 広大さん・友里菜さん
住所

北海道久遠郡せたな町北檜山区太櫓416-19

電話

050-1467-4793

URL

https://satkamseta-nay.stores.jp/

せたな町の暮らしの情報や子育て情報、移住に関する情報などは、上記のURLからご覧ください。

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【北海道へ移住 生活費のお話】vol.13 せたな町

この記事は2026年8月18日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。