北海道の北西部にあり、日本海に面した美しい夕日を望むことができる羽幌町。天売島と焼尻島を有するまちで、特に天売島は世界有数の海鳥の繁殖地として知られています。そんな羽幌町内にある日本で唯一の海鳥の専門施設「北海道海鳥センター」に勤務しているのが地域おこし協力隊の行方和之さんです。2024年に着任し、今年3年目を迎えた行方さんは、任期終了後は羽幌町に残り、ゲストハウスを開業する予定。仕事の合間を縫って、開業に向けて忙しくしている最中です。そんな行方さんが羽幌にたどり着くまでの話やゲストハウスの構想、羽幌への思いなどを語ってもらいました。
河川の測量、雪像作り、そして福祉の世界へ
羽幌町の地域おこし協力隊として自然環境保全などの推進業務に携わっている行方さん。現在は海鳥センターに所属し、海鳥に関するイベントを行ったり、環境系のフォーラムに参加したりするほか、移住関連のイベントに参加して羽幌のPRをすることもあります。札幌出身の行方さんが、どういう経緯で羽幌町の協力隊になったのかをまずは伺っていきます。
現在49歳の行方さんは、観光旅行系の専門学校を卒業後、川の水深や長さを測る河川の測量を行う会社に入社します。
天売島のリアルな自然や海鳥の生態を五感で学べる展示が満載の「北海道海鳥センター」。
「僕らの世代はいわゆる就職氷河期世代で、最初は仕事を探すのも本当に苦労しました。コーヒーショップでアルバイトをしていたのでそのまま就職するという手もあったのですが、たまたま縁あって河川の測量の仕事を始めたんです」
当時から自然の中で仕事をするのが好きだったのかと思いきや、「今思えば大自然の中に入って仕事ができるという良い仕事だったんですけど、当時は若かったこともあって、その良さが全然分からなくて...。草木を刈りながら黙々と杭を打つ毎日に疲れてしまっていた時期もありました。当時の土木業界は今と違って先輩たちもなかなか厳しかったですし」と笑います。
そんな行方さんに最初の転機が訪れたのは2004年の冬。ちょうど公共事業の見直しなどもあり、その冬は河川の測量の仕事がなく、札幌雪まつりの雪像作りの仕事に声をかけられます。
「測量は人々の暮らしにとって大事な仕事ではあるのですが、人の目に留まりにくいものでした。でも、雪像作りをやってみて、自分が関わったものが目に見える形になって、多くの人にダイレクトに喜んでもらえるというのがすごく新鮮で、楽しいなと思ったんです」
「50歳を前にラストチャンスと思って夫婦で羽幌に移住を決めました」と行方さん。
雪像作りができるような職場はないかと探し始めたところ、新しく立ち上がるNPO法人で雪像作りに携われると聞き、転職を決めます。
「てっきりまた雪像作りやもの作りができるかと思って入ってみたら、ニートや引きこもり、障がいを持った若者たちの就労支援を行う福祉の仕事がメインの法人だったんです。右も左も分からない福祉業界でしたが、測量会社にいたときも現場にうまく馴染めないような若い子が来るとなぜか自然と僕が面倒を見る係になっていて(笑)。そういう経験もあったから、そんなに抵抗なく仕事を始められました」
毎年のように通う「天売島」との出会い
行方さんは、それから13年ほどそのNPO法人に勤務し、若者支援の現場に深く携わります。その間、札幌から北へ車で1時間ほどの月形町に約1年半滞在し、都会の若者に農業体験をさせる林間学校のような事業も担当します。
「地域との連携が必要な事業だったので、地元のしがらみも含めて地域との関わり方について身をもって学んだ濃い時間でしたね。また月形にいた頃、隣の美唄市にある宮島沼で初めてマガンの群れを見たんです。それまでテレビの中でしか見たことがなかった非現実的な光景が、目の前で圧倒的な迫力で繰り広げられていて。そこから一気に、自然や野生動物に興味を持つようになりました」
焼尻島から望む天売島。世界有数の「海鳥の楽園」であり、貴重な絶滅危惧種の保護活動も行われています。
その興味は失せることなく、札幌に戻ってからは環境保全に関するボランティア活動にも積極的に参加するようになります。そんな中、2016年に羽幌の離島「天売島」を初めて訪れます。
「ウトウが夕暮れの空を埋め尽くして帰巣する光景を見て、一気に島にハマってしまって、それから毎年のように天売島へ通うようになりました」
ウトウとは、全長38㎝ほどの海鳥。橙色の短く押しつぶしたような形のくちばしが特徴的です。繁殖期になるとくちばしの上に角のような飾りができ、顔に白線が見られます。ちなみにウトウとはアイヌ語で「突起」という意味なのだそう。そして天売島は、このウトウの世界最大の繁殖数を誇る島で、つがいの数は約40万と言われています。
年に1〜2回は天売島に通うようになった行方さん。「でも、ただウトウを見るだけだったら、ここまで入れ込まなかった」と言います。島に通ううちに友達や知り合いが増え、船に乗せてもらったり、一緒に飲み明かしたり。島の人たちが本当によくしてくれたからこそ、通い続けたい、もっと長く滞在したいと思うようになります。
夕暮れ時、ヒナにエサをあげるために何万羽ものウトウが一斉に空を埋め尽くして帰巣するのだそう。
羽幌との縁が導く「新しい挑戦」
福祉の仕事にやりがいを感じてはいましたが、「いつかは辞めて新しい挑戦をしよう」と考えていたという行方さん。アウトドアや植物が好きな奥さんが、ひと足早く会社を辞め、季節限定のリゾートバイトに毎年通っているのにも刺激を受けていました。
そんな時、羽幌町で協力隊の募集をしていることを知ります。ミッションは、海鳥センターでのシーバードフレンドリー(海鳥に優しい取り組み)の普及啓発など自然環境保全の推進でした。
「そのミッションを担当してきたこれまでの協力隊は20代の若い人が多かったので、40代のおじさんじゃ無理だろうなと思いながら、締切ギリギリに応募したら...受かっちゃったんですよね(笑)」
行方さんは何年も通っていた羽幌との縁を感じながら、着任します。

「ただ、僕はこれまで天売島にいることが多かったので、同じまちではありますが、本土の羽幌は島に比べるとちょっと都会的というか、島より距離感もあって、最初は人との関係性を築くのに少し時間がかかりました」
それでも持ち前の明るさと行動力で羽幌の人たちとも交流を深めていき、今ではすっかり馴染んでいますが、暮らしているうちにまちの課題に気付きます。
「もともといつか宿をやれたらと思っていて、協力隊に応募したときもそういうビジョンを伝えてはいました。ただ、実際に暮らしはじめて気付いたのは、羽幌に来る観光客の多くは、本土に1泊だけして、すぐ島や別の場所へ移動してしまうということ。羽幌に滞在しようという感じはなく、ただの通過点のように思われているのかなと。それから、移住者同士の横の繋がりも見えにくいところも気になりました。それらは、滞在して人と交流できる場所が少ないからではないかと思ったんです。僕自身、羽幌に来たばかりの頃に『ここに来れば誰かと出会える』というオープンな場所があれば、もっと早くまちに馴染めただろうなと感じてたので」
行方さんの企画書には、羽幌町内の高校生や道内の大学生との協働など、若者たちと地域が繋がるゲストハウスづくりのアイデアが満載です。
どんな場所があればいいかを考えたとき、行方さんの頭に浮かんだのは、かつて大阪で泊まったゲストハウスでした。
「いろいろな人と交流ができて、より大阪を楽しめたんですよね。地元の人もいれば、日本や世界の各地からやって来た旅人もいて。それ以来、ほかの地域に行ってもゲストハウスに泊まるのにハマったんですけど、そういう場所が羽幌にもあればいいのになと思いました」
人生の経験を詰め込んで。楽しい仲間と出会える「羽幌の拠点」
旅行者も地域の人もみんなが交流できるゲストハウスのような場所を作ろう。協力隊任期終了後のビジョンが明確になった行方さんは、空き家バンクを活用したり、周囲の人に聞いて回ったりしながら物件探しを始めますが、希望にあう物件を見つけられず話が進まない状態が続いていました。そんな中、とある物件と出合います。
「羽幌の歴史ある古い旅館なんですが、10年ほど前に一度廃業したあとも工事関係者の一棟貸しなどに使われていて、中はキレイだし、部屋も2階に11室あって理想的な建物だったんです。物件が見つからなかった約1年半は、ずっと富士の樹海をさまよっているような気持ちでしたが、なかなか物件にたどり着けなかったのは、自分がこのまちで信用されるために必要な時間だったのかなとも思います。今は契約の話も進んでいて、ようやく霧が晴れて山頂が見えたような感じです」
歴史ある旧・橋本旅館が、新しい羽幌の旅の拠点として生まれ変わります。
今年の夏から、札幌の友人や地元の高校生たちに声をかけて、壁塗りや床のリフォームをDIYで始める予定。行方さんの構想としては、1階の厨房を改装して、14時から夕方までのまちの飲食店が閉まってしまう時間帯、いわゆるアイドルタイムに、まちの人も旅行者もお茶を飲みながら時間が潰せるカフェスペースを作りたいと思っています。
「旅人はもちろん、地元の人や、僕が普段関わっている地元の高校生たちが気軽に集まれるコミュニティカフェにしたいんです。そこで旅人と地元の若い子が自然に交われる場所になれば面白いなと。地元の子たちも外の大人たちからいろいろな話を聞くことで、視野も広がるし、刺激ももらえると思うんですよね」
これまで若者支援などを行ってきた行方さんならではの視点です。

「結局、自分が今まで人生で経験してきたことの真似事しかできないんですよね(笑)。でも、かつて僕が大阪のゲストハウスや天売の宿で夜な夜な楽しい飲み会をして、充実した休みを過ごせたように、ここを拠点に羽幌の楽しい仲間、友達を増やしていきたいと思っています。そして、地元の高校生たちがDIYや日頃の交流などを通じてこの場所に関わることで、羽幌に愛着を持ってくれて、将来的に一度外に出たとしても、また帰ってきたいと思えるきっかけになれたら最高ですね。あと、移住を考えている人のきっかけの場所にもなれたらいいかな」
留萌管内の地域おこし協力隊のネットワークもあるという行方さん。これらも活かしながら、移住体験のコーディネートや窓口のような仕事も、ゲストハウスとセットで形にしていきたいと考えています。
「羽幌はね、インフラも自然も、すべてが『ちょうどいいまち』なんです。買い物にしても生活に困らない程度に店はそろっているし、一歩外に出れば、海も山も島もすぐそこにある。都会のような忙しさもない。今住んでいる団地の5階からは、天売島や焼尻島、天気が良ければ暑寒別岳のきれいな景色も見える。本当に悪くない場所ですよ。僕の宿ができることで、羽幌がただの通過点ではなく、旅の深みを感じられる場所に少しでも変わっていったら嬉しいですね」

そう笑顔で語る行方さん。ゲストハウスのオープンは、協力隊任期終了後の2027年春を予定しています。「まずは、楽しい飲み会を開くために夏からのリフォームを頑張ります!」と締めくくってくれました。
- 羽幌町地域おこし協力隊 行方 和之さん
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