海、山、川と豊かな自然に恵まれた道南のせたな町。西側には日本海が広がり、奇岩が並ぶ美しい海岸線が続きます。北部には道南最高峰の狩場山があり、町内には清流日本一に選ばれたこともある後志利別川も流れています。農業、漁業と一次産業が盛んなまちです。
自給自足に近い暮らしがしたいとこのせたな町にやって来たのが、今回の主人公・原俊互さんです。現在、地域おこし協力隊として活躍している原さんの歩みと、今の暮らし、これからの展望、夢について伺いました。
ビルに囲まれた都会で、クリエイティブな仕事に従事
大きな黒いフレームのメガネが印象的な原さん。出身は京都で、伏見エリアで高校まで過ごしました。
子どもの頃は明るく元気に外で遊ぶ少年でしたが、高校進学やその後の進路を考える中で、次第にクリエイティブな「デザイン」の世界へと興味を惹かれるようになっていったと言います。
「高校はごく普通の普通科に通っていたのですが、グラフィックデザインのようなクリエイティブなものに関心がありました。母が個人事業でジュエリーの販売に携わっていた影響もあったのかもしれません。地元でアルバイトをして資金を貯めた後、20代前半のときに東京のジュエリー専門学校へ進学しました」
専門学校での3年間でジュエリーのデザインや構造、製作に関する知識を習得した原さんは、卒業後に都内のジュエリー関連企業に入社します。
京都出身で元デザイナーの原俊互さん。せたな町地域おこし協力隊として理想の自給自足生活を追いかけ、充実した日々を過ごしています。
商品企画からデザインの調整、製造現場との橋渡しを行う生産管理まで、一つのジュエリー商品が世に出るまでのプロセス全般に携わりました。
会社員として約8年のキャリアを積んだ後、原さんは20代後半で独立を決意します。独立後はジュエリーにとどまらず、昔から興味があったグラフィックデザインにチャレンジ。ロゴ制作など、一人で幅広いデザイン業務を手掛けるフリーランスとして活動していました。
「東京での仕事自体にやりがいはありましたが、どこを見渡してもビル群に囲まれている生活に、少しずつ疲れを感じるようになっていったんです。旅行に行くときも、その反動か無意識のうちに海や自然のある場所ばかり選んでいました」
都会のけん騒から離れ、自然の豊かな環境で暮らしたい。そんな想いがどんどん強くなった原さんは、新天地としての移住先を検討し始めます。
「南の沖縄か北の北海道に行こうと思ったのですが、知り合いのいた北海道の札幌に移住を決めました」
原さんの活動の場として受け入れてくれている、「サッカムセタナイ」
札幌で新たなチャレンジ。徐々に芽生えた「自給自足」への憧れ
札幌に移住した原さんは、デザインの仕事と並行して、これまでにない新たな挑戦に乗り出します。それが、鉄板ホルモン店の開業でした。
「おいしいものが好きで、よく食べ歩きもしていました。せっかく新しい場所に移るならまったく違うことに挑戦してみたいという気持ちもあり、飲食店をやることに。店の内装のデザインはもちろん、物件の解体から内装工事の施工まで、できる限りの作業をすべて自分ひとりで行いました。イメージは大阪の西成にある『鉄板焼 ホルモン やまき』のような店。当時、札幌では珍しいと思ったので、この業態で心機一転スタートを切りました」
ちょうど開業した時期はコロナ禍と重なっていましたが、「新しいことに取り組むハードルや抵抗感は全くなかった」と朗らかに振り返ります。
しかし、「札幌の事情を把握できておらず、東京で店を出す感覚で立地を選んでしまったため、客足が思ったほど伸びなかった」と話します。コロナの影響も避けられず、開業から1年ほどで店舗を閉めることになります。
原さんが食肉加工の修行に励む「サッカムセタナイ」の加工工場。豚肉の仕入れや解体、伝統的な職人技を日々学んでいます。
デザインの仕事に軸足を戻した原さんは、東京や京都へは戻らずに札幌で暮らしていましたが、いつしか原さんの心の中にはより本質的な生き方への問いが芽生え始めていました。
「札幌は海も近いし、スキー場が近くにあって、冬にはスノーボードも楽しめる素晴らしいところでした。ただ、生活を続けるうちに『もっと自分の食べるものを自分で手に入れるような、自給自足に近い暮らしがしたい』という思いや憧れが強くなってきたんです」
自分の「やりたい」という思いに正直な原さんは、すぐに行動を起こします。なんと、狩猟免許を取得したのです。
「自給自足するなら、まず自分で肉を確保できるようになる必要があると考えたんですよね。それで、とりあえず札幌で狩猟免許を取りました」
海と山が隣接する理想的なまち・せたな町。すぐに地域おこし協力隊に応募
札幌で狩猟免許と銃を取得した原さんでしたが、そのあとは厳しい現実のハードルが立ちはだかります。
都市部の猟友会では初心者への指導体制や有害鳥獣捕獲への参加機会が限られており、「すぐに山に入って狩猟を行うことが難しかったんです」と振り返ります。
また、せっかく北海道にいるならばアイヌ文化や地域の狩猟文化も学びたいと考え、道内のさまざまな地域で活動している団体などに問い合わせますが、それぞれの伝統やルールの壁にぶつかります。
「どうすれば実際に狩猟を学びながら暮らせるだろうと模索していた時、たまたまネットで見たニュースで、せたな町の海と山が隣接する美しい風景を目にしました。海が好きで、山もすぐ近くにある環境を探していた自分にとって、まさに思い描いていた理想の地形でした」
原さんが移住を決意するきっかけとなった、せたな町の海と山が隣接する美しい風景。透明度抜群の青い海が、訪れる人を魅了します。
とにかく思い立ったらすぐ行動に移す原さんは、せたな町の役場へ電話をかけます。すると、役場の職員は原さんの話を丁寧に聞き、とても親身に対応。「まずは一度まちを見に来てみませんか」と提案してくれます。
「しかも、すぐに地元の猟友会で指導役を引き受けてくれる師匠に連絡を取って、OKも取り付けてくれたんです。これまで割と門前払いのような扱いを受けることが多かったので、役場の人にしても、師匠にしても、その大らかさに感動しました」
実際にせたな町を訪れた原さん。美しい海と山の景色に心を打たれたのはもちろん、役場の人たちや原さんの狩猟の師匠となる弥左光男さん(瀬棚ハンタークラブの会長)に会い、「ここで暮らしたい」と考え始めます。
ちょうど、町内にある「サッカムセタナイ」という工房で、地域おこし協力隊として食肉加工に携わる募集があると教えてもらい、原さんは「ここなら自分が目指す暮らしができる」と確信。すぐに応募を決意し、2025年11月にせたな町の地域おこし協力隊として新たな一歩を踏み出しました。
原さんが師匠と呼ぶ、瀬棚ハンタークラブ会長の弥左光男さん。
食肉加工の技術を学びながら、狩猟の師匠とともに山に入る日々
原さんが「せたなで一番おしゃれな店だと思う」と話す「サッカムセタナイ」は、髙橋広大さんと妻の友里菜さんが営む食肉加工と洋菓子の工房兼店舗(サッカムセタナイの記事はこちら)。
原さんはここで、豚肉の部位の仕入れから解体、加工に至る一連の業務を任されています。
「生ハムの製造工程では、牛の膀胱(ぼうこう)に肉を詰めて熟成させる伝統的な技法や、ソーセージやサラミの加工など、幅広い職人技を日々学ばせてもらっています。もともと飲食店をやっていたこともあり、解体や加工に対する抵抗感は最初から全くありませんでしたし、とても面白いと感じています」
「髙橋さんと出会わなかったら、今の自分はないです」と語る、原さん。
一方、仕事の合間や早朝・夕方の時間を活用して精力的に取り組んでいるのが、念願だった狩猟です。
せたな町に来て初めて実際に銃を構え、シカを仕留めた時は、「このお肉をどうやって美味しくいただこうか」という命への感謝の気持ちが真っ先に湧いたと言います。
今は週に1回ほど、師匠の弥左さんや弥左さんの一番弟子のハンターと一緒に山に入ったり、山の見回りをしたりしています。せたな町の猟友会はとてもオープンで、移住者である原さんを快く受け入れてくれたと言います。
実は、サッカムセタナイの髙橋友里菜さんもハンター仲間なのだそう。
ワッカムセタナイの髙橋友里菜さんはデザートを担当する反面、ハンターとしても活躍しています。
自然と隣り合わせの「スーパーに行かなくてもいい」贅沢な暮らし
せたな町での原さんの1日は、自然のバイオリズムとともに始まります。朝4時または5時に起床し、朝食を済ませた後は、海で釣りをしたり、エゾシカやヒグマの見回りのために山へ向かいます。
「今借りている家の裏がすぐ海なので、朝のちょっとした時間に釣りをします。イワシやサバ、ソイなどが釣れますね。釣りの後は、自宅の庭を耕して作った小さな菜園の手入れをします。プチトマトや万願寺とうがらし、バジル、オクラ、枝豆、ジャガイモ、イチゴなど、思いつく限りの野菜を植えて育ててみています」
朝の作業を終えた8時から夕方17時までは「サッカムセタナイ」で食肉加工の業務に没頭。仕事が終われば再び夕方の山の見回りへ向かうという、自然と仕事が心地よく調和したスケジュールです。
「せたなに暮らして一番気に入っているのは、ほとんど『スーパーに行かなくて済む』ということですね。肉は狩猟で手に入りますし、魚は家の裏で釣れる。野菜も自分で育てたり、近所のおじいちゃん、おばあちゃんからお裾分けをいただいたりしています。集落の集まりに顔を出すと、皆さん本当に可愛がってくれて、お米や新鮮な野菜も分けてくださるんです。本当にありがたい」

もちろん、完璧な自給自足までは「まだ道半ばです」と原さんは笑いますが、理想としていたものに近い暮らしに日々に大きな手応えを感じています。
また、せたな町の四季を通じて楽しめる自然のアクティビティもとても気に入っているそう。
「海で泳ぐのも好きなので、せたなのキレイな海で泳ぐのは最高です。道内でもトップクラスの透明度を誇ると言われていて、本当にきれいな青色なんですよ。夏は海で泳ぎ、釣りを楽しみ、冬になれば車で40分ほどの場所にあるピリカスキー場へスノーボードに出かけます。シーズン券を購入して、パウダースノーを楽しんでいます」
さらに、山に入れば狩猟だけでなく、山菜採りも楽しみと話します。雪が解け始める2月・3月のフキノトウに始まり、ギョウジャニンニクやヒメタケノコ、そして秋になればキノコ狩りもでき、年間を通して自然と遊ぶ選択肢が尽きることはありません。
ハンターの先輩たちから山の知識を学びながら、季節の移ろいを味覚で堪能しています。
「スーパーに行かなくていい」と言う原さん。獲れたての肉や魚、自家製の野菜を味わい、せたなの大自然に満たされる贅沢な暮らしです。
協力隊卒業後のビジョンは、自分の家を持ち、ジビエの加工場を造ること
地域おこし協力隊としての任期はあと2年ほどですが、原さんはすでに卒業後の未来をしっかりと見据えています。任期が終わった後もせたな町に残り、やりたいことをきちんと形にしたいと話します。
「せたなは、札幌や千歳まで車で約4時間、函館まで約2時間半と、アクセスの面で言えば決していいとは言えません。でも、まちで生活が完結できるので、不便さを感じることはありませんし、むしろこんなに豊かな自然に恵まれているのは幸せなこと。まちの人たちもやさしくて、温かい人ばかりですしね。だから、このまちで理想の自給自足生活に近づくために、まずは自分の家を持ちたいと考えています。内装のデザインはこれまで培ってきた自分の経験を生かしてDIYで手掛け、庭でニワトリも飼って卵を得られるようにしたいですね」
そしてもう一つ、原さんには大きな夢があります。それは、せたな町内に「自分のジビエ食肉加工施設を設立すること」です。
「サッカムセタナイで得た経験を活かして、将来的にせたな町に還元できたら」と語る、原さん。
「今、せたな町内にはジビエ専門の解体・加工施設がないんです。自分で食べる分は施設がなくてもいいんですけど、せっかくなら自ら狩猟したエゾシカなどを、サッカムセタナイで学んだ技術を生かして解体・加工し、安全で美味しい商品として全国へ届けられたらと考えています」
土地の確保や費用面の計画など、原さんは夢の実現に向けて着実に準備を進め始めています。
「東京でビルに囲まれて暮らしていた頃から思えば、本当に大きな変化でした。でも、自分の直感に従って行動し、せたな町にたどり着き、今は自分が目指す理想の暮らしへ確実に近づいています。毎日満たされていますね」
常に自分の心に正直で、自身の道を切り拓いてきた原さん。そんな生き方に憧れる人も多いのではないでしょうか。海と山に包まれたせたな町で、原さんのやりたいことへの挑戦はまだまだ続きます。
原さんの晴れやかな笑顔を見ていると、せたな町での豊かな暮らしが、その表情を内側から輝かせているのだと感じずにはいられません。
- 事業所派遣型地域おこし協力隊
サッカムセタナイ 原 俊互さん - 住所
北海道久遠郡せたな町北檜山区太櫓416-19
- 電話
050-1467-4793
- URL















