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まちおこしレポート
根室市

北海道最東端・歯舞漁協が仕掛ける、100年後への種20260826

北海道最東端・歯舞漁協が仕掛ける、100年後への種

北海道南東部の先端に位置する根室市。太平洋とオホーツク海という二つの海を分ける納沙布岬を抱えるこの町の突端に、歯舞(はぼまい)地区はあります。岬の先に目をやれば、水平線の手前に浮かぶ歯舞群島。北方四島の一部であり、いまもロシアが実効支配を続ける島々です。本土からわずか3.7キロ先にある貝殻島ですら、実は国境の向こう側。ここ歯舞で、いま「漁協」という言葉のイメージをぐいっと拡張する挑戦が続いています。

18歳で漁協へ入組。地元への恩返しから始まった30年

お話をうかがったのは、歯舞漁業協同組合の常務理事・伊藤 司さん。日本有数の昆布の産地を守りながら、令和4年には道内初となる高度衛生管理型の新市場を整備し、学生や観光客を呼び込む「海業(うみぎょう)」も次々と仕掛ける、組織としての取り組みに、最前線で関わっています。

こうした数々の革新的な取り組みは、もちろん伊藤さん個人の奮闘だけで成し遂げられたものではありません。組合長や専務をはじめとする現体制の推進力と、それを力強く支える組合員の皆様の深い理解があってこその挑戦でした。さらにその根底には、歴代の役員たちが長年にわたり築き上げてきた盤石な土台があります。

habomaigyokyo7.jpgこちらが伊藤司さん。この日は、毎年7月下旬にマリンビジョン協議会(※)がトーサムポロ湖で開催している潮干狩りの日で、会場を案内してくれました!

「漁師や(漁協の)職員になってもらうことだけが目的じゃないんです。まずは歯舞を好きになってもらう。50年後、100年後も、子どもたちが『歯舞に生まれて良かった』と思える場所にしたいんです」。
今回は、そんな伊藤さんの歩みと、歯舞漁協が描く未来をたっぷり伺ってきました!

生まれも育ちも根室という伊藤さん、意外にも最初から漁協で働こうと決めていたわけではなかったそうです。
昆布にウニ、刺し網やかご漁などを営む漁師の家に育ち、海はそのまま遊び場であり、暮らしの土台でした。高校時代、実家の家業を継ごうかとも思っていたそうですが、そちらはお兄さんが継ぐため断念。
海で鍛えた体を活かせる働き口として次に選んだのはじもとの消防士でした。ところが...
「消防の公務員試験を受けたら、見事に一次で落ちたんです。二次じゃないですよ、一次で(笑)」。
豪快に笑い飛ばしますが、当時はさぞ悔しかったはずです。

それでも「漁業で育ててもらったんだから、親や、じもとに恩返しがしたい」という想いは消えなかった伊藤さんは漁協職員を志します。千葉県にある全国漁業協同組合学校への進学を考えていた矢先、狙いすましたかのように歯舞漁協に欠員が出たのだとか。
ここで、なんとも数奇な巡り合わせが待っていました。

habomaigyokyo46.jpg生粋の根室っ子!

「一緒に消防を受けてた方が、実はもともと歯舞漁協の職員で。その方は消防に受かって、漁協を辞めて消防に行った。で、その空いた席に、消防で落ちた僕が入ったんです。ドラマみたいな流れでしょう?」。
落ちた側と受かった側が、そっくり入れ替わったというわけです。人生、どこで何がつながるか分かりません。

こうして平成9年4月、18歳で入組した伊藤さん。以来30年近く、昆布を扱う事業部、漁船登録や漁業許可・保険を担う指導部、その他にも総務部、信用部、管理部と多くの部署経験を重ね、いまは常務理事として、現場だけではなく、行政に企業に、大学にと、フットワーク軽く、動きまわる毎日です。

habomaigyokyo1.jpg朝一番で、案内して頂いたセリ会場では、緊迫した雰囲気の中、威勢のよい掛け声が

※マリンビジョン協議会...水産業を通じた地域振興と活性化を目的とした組織。発足当時から「地域に無いものを無理やりやるよりは、地域にあるものを掘り起こしながらその特性を活かす」ことをコンセプトとする。

二つの海が育む昆布と、「はぼまい昆布醤油」の泥くさい快進撃

現在、正准あわせて728名の組合員で構成されている歯舞漁協がカバーするのは、寒流の親潮と暖流の黒潮が行き交う、世界でも指折りの豊かな漁場です。組合員の約7割が昆布やウニ・秋サケ定置などの沿岸漁業を行なっており、昆布の水揚げ高はなんと全体の3割に及ぶそうです。さらにサケ・マス、サンマ、タラ、タコ、さらにはキンキなど、一年を通して驚くほど多彩な魚が揚がり、この「魚種の豊富さ」こそ、歯舞の海最大の強み。ある魚が不漁でも、別の魚が穴を埋めてくれるという、いわば天然のリスク分散が効いているのです。
漁業者一人ひとりの品質管理や鮮度保持の意識も高く、「一本立ち歯舞さんま」「金たこ」など商品のブランド化も積極的にすすめることで、年間約100億円の水揚げを実現しています。

habomaigyokyo73.jpg左は、伊藤さんと一緒にお話を聞かせてくれた、総務部長 板倉雄亮さん。趣味は釣り!

ところが近年、その豊かな海にも異変が忍び寄っているのだそう。
「秋の主役だったサンマや秋サケが、極端に取れなくなった。代わりにマンボウやクラゲが大量に出て、ここ数年はブリや、規制により水揚げできないマグロまで頻繁に網に入るんです」。
大型魚による網の破損もさることながら、とりわけ深刻なのが基幹産業である昆布への影響でした。海水温の上昇で、岩にしっかり付いているはずの昆布の根が緩んでしまうのです。
「根が緩むと、秋口に来年ぶんの昆布がごっそり抜けて流されてしまう。令和5年の高水温のせいで、令和6年度は記録的な不作になりました」。
自然が相手とはいえ、これほどの変化はかつてなかったと言います。

さて、歯舞ブランドといえば外せないのが、あの緑色のラベルでおなじみ「はぼまい昆布しょうゆ」です。今や北海道の食卓の定番ですが、現在に至るまでには泥くさく地道な物語がありました。

もとは平成2年に青森県の醸造元と開発した商品ですが、諸事情により蔵の変更を余儀なくされます。味を守り継ぐため、歯舞漁協が立ち上がりました。一番出汁だけを贅沢に使う独自の製法にこだわり、既存のものより歯舞産の天然一等昆布を2割も増量。よりおいしい一本を作り上げ、「はぼまい昆布しょうゆ 贅沢仕上げ」と名付けました。

habomaigyokyo111.jpg漁協の中にある、大人気フォトスポット。歯舞を訪れたら是非ここで撮影を!

次の問題は、このおいしさをどう広めるか。ここで全道普及の立役者となったのが、当時の歴代営業担当者たちです。
彼らが目をつけたのは、漁師が長靴などを買うため各漁協に必ずある「購買店舗」でした。「いいから一回使ってみてくれ!」と、一軒一軒お願いに回り、一年中全道各地を泥臭く走り回ったのです。すると、舌の肥えた浜の人たちが「この昆布しょうゆ...うまいぞ!」と認め、口コミで火がつき、地元スーパーからも「うちにも置いてくれ」の声が続々。こうして北海道じゅうへと広がっていきました。

先人たちが築いたこの熱い「営業魂」は、今もしっかり受け継がれています。伊藤さんも出張カバンには常にこの醤油を忍ばせ、会食の席でそっと差し出して「ちょっと食べ比べてみて」とやるのだとか。歯舞漁協が組織として紡いできた、筋金入りの情熱物語なのです。

道内初の衛生管理型市場。屋上には海抜19メートルの避難場所も

変わりゆく海に向き合い、歯舞の魚の価値をさらに高めるべく踏み切ったのが、令和4年に完成した新市場の整備でした。もちろん、ただ魚を並べる場所ではありません。

最大の特徴は、北海道では初めての認定を受けた高度な衛生管理体制です。きっかけは、東日本大震災でした。壊滅的な被害を受けた三陸の市場が、HACCP(ハサップ)など世界標準の衛生管理を徹底して復興していく姿を間近で見て、「せっかく建てるなら、うちもそのレベルの市場を」と発想したのです。

habomai_HP1.jpg地域のインフラとして、様々な設備を備える歯舞漁協の全景(HPより)

「これまでのやり方のままでは、これからの輸出や高付加価値化には対応できない。リフトのタイヤの消毒、長靴の洗浄、電動リフトの導入......正直、最初は『めんどくせえ』の声もありました(笑)。でも10年先を見たら、この投資は絶対に必要だったんです」。
そして、この市場にはもうひとつ大切な顔があります。「地域を守る防災拠点」としての役割です。2025年のカムチャツカ半島沖で発生した地震による津波のように、歯舞地区は将来の巨大地震による津波被害が想定されるエリア。そこで新市場の屋上を、海抜19メートルの高さに設けた人工地盤として設計しました。いざという時には、漁業者だけでなく、地域住民も観光客も、そしてインターン受け入れ中の学生たちも、ここへ一時避難できます。
「施設を作って終わりじゃない。どう命を守るか。そこまで含めての地域デザインなんです」。
と伊藤さんは強調します。

habomai_HP2.jpg施設の断面図(HPより)。厨房設備や防災設備もいざというときに稼働できなければ意味がないと、普段から社食などとして活用。社食に行くことを、伊藤さんは、避難訓練だ(笑)、と言います。

漁協の目配りは、大規模漁業者だけでなく、小型船で操業する漁師さんたちにも及びます。地震や津波が発生した際、その情報は無線で各漁船に届くようになっているのですが、実は小さな漁船にはそもそも無線自体がないのです。これでは有事の際に伝えるべき情報が届けられません。そこで、漁協が主体となって独自に開発したのが、携帯電話のJアラートと連動して、船のサイレンと赤色回転灯が作動する情報伝達の仕組みです。この取り組みは、「小型漁船への防災情報伝達システムの開発と社会実装への取組」として、総務省の第27回防災まちづくり大賞で「日本防火・防災協会長賞」も受賞しました。

habomaigyokyo67.jpg持ち歩ける小型サイズに。

漁業から「海業」へ。学生も観光客も"歯舞ファン"にする仕組み

いま伊藤さんを含め、漁協やマリンビジョン協議会が最も情熱を注いでいるのが「海業(うみぎょう)」です。「海業」とは、漁そのものだけでなく、地域の海と人を活かして、新しい価値や交流を生み出していく取り組みを指します。
「漁業だけでは、人口減少は防げません。まずは交流人口、関係人口を増やすことが欠かせないんです」。

その柱のひとつが、静岡の東海大学と連携した昆布のインターンシップ。人手不足を補うアルバイト募集から始まった取り組みは、いまや学生が約3週間、漁師の家に寝泊まりしながら昆布の加工作業を手伝う本格的なプログラムへと育ちました。「学生たちが『歯舞は人が温かい』『第二の故郷みたいだ』と言ってくれてね。卒業後もプライベートで戻ってきたり、就職の報告に来てくれたり。受け入れ先の漁師さんたちも、自分の子どものように可愛がっていますよ」。
インターンシップが始まる前から、歯舞地区では高校生が漁師宅で泊まりながら漁師の暮らしを体験する「渚泊」を推進していました。訪れた人を家族のように迎える文化が、今もここに息づいています。

habomaigyokyo44.jpg今年から、東海大学だけではなく、市内の移住体験住宅を活用した、京都大学や早稲田大学の学生受入もスタート。こちらは受け入れ漁業者さんのおひとり。この日も忙しい中、アルバイトの学生さんに丁寧に指導していました。

面白いのは、伊藤さんがこの学生たちに「歯舞で働いてほしい」とは言わないことです。
「来てくれたインターン生や学生さん、それぞれが、漁師さんの元で学んだことを持ち帰って、自分たちの言葉で『歯舞ってこういう所だよ』と広めてほしい。自己流でいいんです」。
実際、静岡に戻った学生が、地元で歯舞の昆布や昆布醤油をPRしてくれることもあるのだとか。今年はそうした関係をさらに広めようと、他大学からの受け入れも始めました。人を囲い込むのではなく、送り出して味方になってもらう。なんとも懐の深いやり方です。

habomaigyokyo43.jpg京都大学から参加の学生さん(真ん中)。将来は、政治家になることが目標だそう。「面白そうだったから」で参加した利尻に続き、今年は歯舞でもコンブ作業を体験中です

もうひとつユニークなのが、指導船「はぼまい丸」を使った「パノラマクルーズ」。夏は昆布漁の監視に使う船を、日中の空き時間に観光客へ開放するというアイデアです。納沙布岬のすぐ先に横たわるロシアとの国境線を間近に望みながら、クジラやイルカ、そして全国のバードウォッチャーが憧れる希少な渡り鳥を観察できる、なんとも贅沢な体験です。
「背伸びして続かないことをやるんじゃなくて、今あるものを活かす。漁師の日常は、外から見れば最高のコンテンツなんですよ」。
この"あるものを活かす"という発想が、継続性を高める要因になっているのかもしれません。

habomai_umidori.pngクルーズ船からは様々な生き物を間近に見ることができます。ウミバトは、非常に珍しい迷い鳥。発見されると、バードウォッチャーの間で大きな話題になる希少種です。

そして国境の町ならではの歴史も、次世代へ手渡したい大切な財産です。納沙布岬からわずか3.7キロの貝殻島での昆布漁は、今もロシアとの「民間協定」という枠組みのもとで続けられています。
時は昭和30年代、日本と旧ソ連は政府間の交渉が難しい時代でした。1963年に締結された「貝殻島昆布採取協定(貝殻島コンブ協定)」は、地元の窮状を知った当時大日本水産会会長の高碕達之助(たかさきたつのすけ)氏と、昭和52年の中断後は、根室漁協組合長・道水産会会長だった川端元治氏が4年もかけて奔走し、民間レベルでの安全操業の道を切り拓いたもの。
「政府間交渉が止まっても、人と人とのつながりを絶やさなかった先人たちの努力の結晶なんです。この話を、直接、じもとの学生はもとより、地方の学生や観光客に伝えることも、私たちの役割だと思っています」。

国境の海で漁を続けるということは、自然からの恵みだけでなく、人間社会の難しさとも正面から向き合うということなのだと、あらためて気づかされます。

habomaigyokyo5.jpg貝殻島までは、わずか3,7キロメートル。

100年後の子どもたちへ。「歯舞に来て人生が変わった」と言われる町に

伊藤さんには、まだ叶えたい大きな夢があります。老朽化した施設を建て替え、学生や観光客、海外からのインターンまでもが滞在できる、多機能型の宿泊拠点をつくることです。「朝に揚がったばかりの魚を、自分で捌いて食べる。昆布漁の熱気を感じ、競りを見学して、地域の人と酒を酌み交わす。そんな『歯舞でしかできない体験』ができる場所にしたいんです。素通りされる町じゃなく、泊まって、深く知ってもらえる町に」。

そのまなざしは、目先の売上のはるか先を見ています。
「私の夢は、『歯舞に来て人生が変わった』と言ってくれる人を、一人でも増やすこと。ここで働かなくたっていい。でも歯舞を知って、好きになってもらえたら、それは必ず未来の何かにつながる。50年後、100年後の子どもたちが『歯舞に生まれて良かった』と誇れるために、種をまき続けるんです」。

habomaigyokyo17.jpg潮干狩りを楽しむ、伊藤さんの次女、楓菜ちゃん(小学3年生)

本土最東端の漁協が挑む、漁業の枠を超えた地域づくり。そこには、国境の海と向き合う強さと、外から来た人を家族のように迎え入れる温かさが、当たり前のように同居していました。納沙布岬の潮風は、力強い未来の匂いを運んでいます。
一度この地を訪れまちの熱に触れたら、あなたの人生も変わっていくかもしれません。

歯舞漁業協同組合 常務理事 伊藤 司さん
住所

北海道根室市歯舞4-132-2

電話

0153-28-2121

URL

https://habomai-jf.jp/

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北海道最東端・歯舞漁協が仕掛ける、100年後への種

この記事は2026年7月29日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。