旧足寄駅舎を模した小さな木造の建物で、着物姿の女性が笑顔で客を迎え、手づくりのカップに入った自家焙煎のコーヒーでもてなします。
ここは、足寄(あしょろ)町の道の駅敷地内にある「珈琲座間屋(こーひーざまや)」。店を営むのは、札幌から移住してきた座間ゆかりさんと宏太さんです。
おふたりが手掛けているのは、コーヒー店だけではありません。帯広のばんえい競馬で走る「ばん馬」の生産にも携わり、2024年には、地元商店街の老舗商店を引き継ぎました。
コーヒー店に、ばん馬の生産に、商店の承継。そんな暮らしへとつながる歩みは、札幌にいた頃から始まっていました。
こちらが、座間宏太さんとゆかりさん。忙しい中、あちこち案内もしてくださいました。
「これからは、自分たちのやりたいことを決めてやっていきたい」
忙しく慌ただしい日々ですが、それでも、座間さんたちは足寄での生活に満足しています。
もともとは、別の地域への移住を考えていたという座間さん夫妻。その候補地に向かう途中、道の駅で立ち寄った際に食べたシュークリームが、足寄との縁の始まりでした。
偶然の出会いと、まちの人たちとの縁をきっかけに、次々と新しい挑戦を重ねているおふたり。その歩みとこれからについてお聞きしました。
着物姿で客を迎える珈琲座間屋
足寄町の中心部にある道の駅「あしょろ銀河ホール21」。その敷地内に、自家焙煎コーヒー店「珈琲座間屋」があります。バスの待合室を兼ねた店内にはコーヒーの香りが漂い、バスを待つ人や地元客が思い思いの時間を過ごしています。大きな振り子時計のカチカチという音が心地よくひびき、4つのテーブルには小さな陶器の一輪挿しが置かれていました。
コーヒーを提供するのは、店主の座間ゆかりさん。「普段着です」と笑う着物姿も、店の名物のひとつです。陶芸家でもあるゆかりさんが、自ら制作したカップや器を店で使用しているほか、作品の販売やオーダー制作も行っています。身につけているシマエナガの帯留めについても、自分でつくったそうです。
コーヒー豆の焙煎を担当するのは夫の宏太さん。研究職の経験もある宏太さんは、よりおいしい一杯を目指して焙煎を探求し続けています。
かわいいっ!!思わず取材陣からも声が上がった、ゆかりさん自作のシマエナガ帯留め
当初はコーヒー中心だったお店ですが、地元客の要望に応えて軽食やスイーツも提供するようになりました。自家製のコーヒーあんを使ったどらやきのほか、「『寒いから』と常連さんに言われて出した鍋焼きうどんは、今では冬の定番人気メニューです」と、ゆかりさん。
お店の周辺にはスーパーや商店街、郵便局などが集まり、生活に必要な施設が徒歩圏内にそろっています。現在の住まいは、約2年前に引き継いだ商店街のお店を兼ねた建物。「夫と違って私は車を運転しませんが、不便を感じることはないですね」とゆかりさんは話します。
自宅から珈琲座間屋までは徒歩5分。スーパーも10分圏内です。着物姿でタタタとあちこちを行き来するゆかりさんは、「やることはたくさんあって大変ですが、楽しいです」と笑います。そんな現在の暮らしは、どのようにして形づくられてきたのでしょうか。
ニーズに応えるうちに誕生した様々なメニュー。どれも美味しそうで目移りします!
会社員生活から次の人生へ
足寄町で忙しくも充実した毎日を送る座間夫妻ですが、移住前は札幌市で同じ会社の社員として働いていました。札幌出身のゆかりさんは、中学生の頃から陶芸家になることが夢でした。美術大学への進学を希望していましたが、親の反対もあって理系の大学へ進学。卒業後は会社員として働き始めます。もともと「120%の力で動いてしまう」性格もあり、休日も夜も返上する長時間労働のなかで体調を崩し、休職や転職を経験しました。2度目の会社でも状況は変わらず、やはり休職することに。
「そのときに思ったんです」とゆかりさん。
「ずっと会社と家との往復だけなんて、こんな人生はもったいないじゃないかって。40歳目前でもあり『これからは、自分のために生きる』と。そう決めました」

2つ目の会社で出会い、結婚したのが宏太さんです。北海道大学で水産学を学んだ宏太さんも、札幌で仕事に追われる日々のなか、ゆかりさんとともに「次の道」を考えるようになっていました。
一方で、趣味として続けていたコーヒーの焙煎を生かした仕事も、将来の選択肢のうちのひとつでした。研究熱心な宏太さんは、温泉熱を利用してコーヒーの木を育て、その豆を焙煎して販売できたらと考えるようになっていました。
「道東にある弟子屈(てしかが)町の川湯地区で、温泉熱を使ったコーヒーノキの栽培をしていることを新聞記事で知ったんです。焙煎する豆を自分で育てて収穫する。コーヒーづくりの最初から関われるのは魅力的だと思いました」
温泉大国である北海道では、その熱を使ってマンゴーやイチゴなどを栽培している場所が各地にあります。座間さんご夫妻は移住先の候補として川湯を意識するようになり、実際に見てみようと現地へ足を運ぶことに。しかし、ドライブの道中で思いがけない足寄との出会いが待っていました。
お店には色々な情報も集まります。ゆかりさんは何と、「アショロノコトらじお」のパーソナリティーもつとめています
シュークリームが結んだ足寄への縁
座間さん夫妻が住んでいた札幌市から、道東の弟子屈町川湯地区までは車で5時間あまり。その2時間ほど手前でトイレ休憩のために立ち寄ったのが、足寄町の道の駅でした。そこでシュークリームを買って食べたおふたりは、そのおいしさに驚きます。「サクサクの皮で、カスタードはとってもミルキーなんですけれど、後味はさっぱり。こんなシュークリームは食べたことがなくて、夫と二人で感激しました。どこで、どんなふうに作っているのだろうと思ったんです」
さっそく調べてみると、地域おこし協力隊として足寄町に滞在していた京都出身のパティシエが、地元産のこだわりの材料を使って作ったものだと分かりました。
「使われている材料にもこだわりがあったんです。「ありがとう牧場」の放牧牛乳や、「しあわせチーズ工房」のホエーなど、地元で丁寧につくられた食材が使われていたんですよね」
このまちが気になった座間さん夫妻は、足寄町の移住サポートセンターにコンタクトを取ります。対応してくれたのが、当時職員だった儀間芙沙子(ぎま ふさこ)さん。儀間さん夫妻も神奈川県からの移住者で、ゲストハウスを営みながら夫はハンターとして活動していました。
くらしごとでも以前に取材させて頂いた儀間さんご夫妻
「儀間さんたちもそうですが、足寄は移住者が多くて、みんなパワフル。自分のやりたいことを楽しそうにやっているんです。だいぶ先輩ですが、富山県出身でハスカップ園を営んでいる方は、地元の木材を使いながら20年かけて大きな洋風住宅をセルフビルドしている。とても刺激を受けました」
足寄では温泉熱を使ったイチゴ栽培が行われていることを知り、ご夫妻の関心はさらに高まっていきました。
もちろん、移住にあたっては、温泉熱を利用した栽培に取り組むまちや、移住・起業が盛んな地域など、道内各地を見て回ったといいます。
「それでも、やはり足寄のまちが私たちにしっくり来たんですよ」
何度か足寄を訪れるうちに、その思いは確信へと変わっていきました。
やりたいことに挑戦する人たちがいて、それを応援する人たちがいる。自分たちも、このまちなら思い描く暮らしができるかもしれない。そう感じるようになっていきました。
駅舎の名残りの運賃表。昭和世代には懐かしい
そんなある日、町内の新聞販売店が店長を募集していることを知ります。店舗兼住宅という条件も魅力でしたが、それ以上に、このまちで暮らしてみたいという気持ちが強くなっていました。2021年7月、座間さんご夫妻は札幌から足寄へ移住します。
夢だったコーヒー店をオープン
新聞販売店という仕事と住まいを得て、足寄町民になった座間さん夫妻。ゆくゆくはコーヒー店を開きたいという思いはありましたが、すぐに実現できる状況ではありませんでした。まずは地域での暮らしを軌道に乗せながら、開店に向けた準備を進めていきます。そんななか、町内で定期イベントを開いている人からコーヒーを出してほしいと依頼されたり、共同で「間借りカフェ」を開いたりと、自家焙煎コーヒーを販売する機会が少しずつ増えていきました。
イベントやカフェでコーヒーを楽しみにしていた人たちの目を引いたのが、ゆかりさんの着物姿です。着物の理由について尋ねてみると、
「会社員時代も陶芸家になる夢は諦めていなくて、休職中に『いつか個展を開こう。そのときは着物でお客さんを迎えよう』と思って着付け教室に通っていたんです」
もともと凝り性な性格もあって、着物の魅力にすっかりはまり、着付け講師の資格まで取得したそうです。
この日も初夏らしい色合いのお着物がとっても素敵です
「足寄に引っ越してきたとき、荷物にたくさんの着物があるなと思って。夫には『ここで着物を着ている人なんていないよ』とも言われたんですけれど、せっかくだから着物姿で個性を出してみようと思いました」
その明るい人柄もあって、お客さんからの評判は上々。そんななか、願ってもない話が舞い込みます。
「町内会の回覧板で、いまの場所で飲食店を募集しているというお知らせを見つけたんです」
ちょうどコロナ禍で、バス待合所にあった食堂が閉店し、空きが出ていました。ここぞとばかりに手を挙げた座間夫妻は、移住から約1年後の2022年夏、自家焙煎コーヒー店「珈琲座間屋」をオープンします。
宏太さんこだわりのラインナップ
開店にあたり、念願だった焙煎機を購入した宏太さん。「うちのコーヒーは、よく『甘さがある』と言っていただくことが多いですね」と話します。焙煎方法を試行錯誤しながら、豆の特徴を生かした一杯を追求し続けています。
一方、接客や店づくりを担うのはゆかりさんです。自ら制作した器を店で使用するほか、作品の販売やオーダー制作も行っています。
店内には地域のイベントを紹介するフライヤーや本、雑誌が並び、音楽イベントが開かれることもあります。常連客と観光客が半々ほど訪れるという珈琲座間屋は、コーヒーを楽しむだけでなく、人や情報が集まる場所にもなっていました。
自宅用やお土産としても人気のドリップコーヒー
ばん馬との思いがけない出会い
珈琲座間屋が軌道に乗り始めた頃、宏太さんはさらに新しい挑戦をはじめます。それが、帯広市で行われている「ばんえい競馬」を走るばん馬の生産です。ばんえい競馬とは、重いソリを引きながら直線コースを進む北海道ならではの競馬のこと。足寄町は、そこで活躍するばん馬の有力な生産地のひとつでもあります。
新聞配達の途中で牧場を回りながら、「馬ってかわいいな」と感じていた宏太さん。そのうち「馬を飼いたい!」と言うようになりました。それまで、ばん馬のことも競馬のこともほとんど知らなかったというおふたり。驚いたゆかりさんでしたが、ばん馬の文化を知るとともに、高齢化によって牧場が減りつつあることも分かりました。
移住者仲間のなかには牛や羊、豚などを飼っている人も多く、「まずは一頭やってみよう」と考えた座間さん夫妻。珈琲座間屋の常連客だった馬主から、ばん馬を譲り受けることになりました。
実は、宏太さんには別の狙いもありました。まちの飲食店では馬肉を使ったメニューが人気だったことから、いずれ馬肉生産の事業につなげられないかとも考えていたのです。
「それが、世話をしている間に馬がかわいすぎて、そんなことはできなくなりました」
会話が聞こえてきそうです
現在は牧場の一角を借りて、3頭の繁殖馬を飼育しています。朝晩欠かさず牧場へ通い、餌やりや健康管理を行うほか、春の出産シーズンには24時間態勢で見守ることも。その際は、ゆかりさんも交代でサポートを行います。
取材の日も、宏太さんは馬たちに餌をやったり、一頭一頭の様子を確かめながら忙しく動き回っていました。牧舎のそばにある放牧地で作業をしたり、壊れた柵を直したりと仕事は尽きません。
「放牧地は傾斜があって、上り下りが大変なんです。ほとんど山登りですよ」
息を切らせながらも、表情はどこか楽しそうです。
2024年に初めて生まれた仔馬は、最近ばんえい競馬の能力検査に合格しました。「デビューが決まったんです」と、うれしそうに話します。
ばん馬は種付けから出産まで約11カ月。さらに2年ほど育ててようやくレースを目指すことができるそうです。それだけに、自分たちのもとで生まれた馬が競馬場へ向かうことは大きな喜びだといいます。
近くで見るとサラブレッドとの違いが良くわかります。体は大きいですが、愛らしい顔つきで、宏太さんがとりこになるのも納得です
馬の首筋を優しくなでる宏太さんを見ながら、「札幌時代は考えられなかった姿ですよ」とほほえむゆかりさん。ばん馬のカレンダーやTシャツを作ったり、SNSで日々の様子を発信したりと、いまではすっかり馬のいる暮らしが日常になっています。
そして、その挑戦は、ばん馬だけでは終わりませんでした。
老舗商店を未来へつなぐ

足寄町の中心部を通る商店街にある「村上澄好商店」。本や雑誌、教科書だけでなく、文房具や雑貨、食品なども扱う、創業90年以上を数える老舗です。
3代目のご夫婦が高齢となり、事業承継先を探していたなかで、商工会や北海道事業承継・引継ぎ支援センターを通じて声が掛かったのが座間さん夫妻でした。
最初は宏太さんも戸惑ったそうですが、背中を押したのはゆかりさんでした。
「まちの通りにある商店がなくなったら、いずれ更地になって歯抜けになってしまう。それは嫌だなと思ったんです」
ちょうどその頃、宏太さんはばん馬の世話が忙しくなり、新聞販売店の仕事との両立が難しくなっていました。自営業であれば時間の融通も利くことから、夫妻は承継を決意します。
店内には、移住サポートセンター時代から縁のあった儀間さんの営む「古道具屋うさぎ」のコーナーもできました。
「昔ながらの店に古道具が入ったことで、レトロな店の雰囲気がより統一された気がしますね」とゆかりさん。
お二人の間に見えるのが古道具のコーナー
これまでは主に地元のお年寄りが利用するお店でしたが、最近は古道具好きの人が町外から訪れることも増えました。住居も兼ねた建物にはまだ活用できる空間もあり、ゆかりさんは将来、陶芸スペースを設けて作品づくりや販売につなげたいと考えています。
足寄で広がる新しい挑戦
足寄移住から5年。「ここへ来てから、人との関わりがグンと増えました」と座間さんご夫妻は話します。「札幌では職場と家との往復だけでしたが、いまは商工会や馬産者、移住者などいろんな集まりに参加しています。まちのイベントも手伝いますし、年齢や職業に関係なく、さまざまな人とのつながりがあるんです」
宏太さんはコーヒー豆の焙煎に、ばん馬の世話、商店の運営。ゆかりさんは珈琲座間屋を切り盛りしながら、陶芸にも取り組んでいます。教科書販売や馬の出産の時期など、繁忙期は夫婦で協力しながら乗り切ることも少なくありません。

昔懐かしい文房具のコーナーもあれば、、、

ばん馬グッズのコーナーも!
「毎日むちゃくちゃ忙しいですけれど、精神的にはラクですね」
そう笑うおふたり。少し時間ができたときは、近隣の温泉へ出かけるのが楽しみだといいます。
もちろん、まだやりたいことはたくさんあります。珈琲座間屋では、足寄との縁のきっかけになったあのシュークリームのように、人を感動させるコーヒーを追求したい。ばん馬では、引退馬とのふれあいや馬車の活用、馬搬や馬耕といった新たな役割づくりにも挑戦したい。村上澄好商店は100年を目指し、陶芸作品も販売したいと考えています。
当初の目標だったコーヒー豆の栽培は、一度挑戦したもののうまくいきませんでした。それでも、「まだいろいろな方法があると思うんです」とゆかりさん。夢の実現に向けて、いまも模索を続けています。
「やりたいことを楽しそうに形にしている人たちがいる。それが足寄に惹かれた大きな理由のひとつでした。思いがけない挑戦もありましたが、やりたいと思ったら楽しんでやってみる。そうすることで想像以上に楽しい世界が広がっています」
そう話していた座間さん夫妻。
移住から5年がたった今、座間さんご夫妻自身が、足寄でやりたいことを形にしながら、新しい挑戦を楽しむ人たちになっていました。


- 珈琲座間屋(こーひーざまや)座間宏太さん、ゆかりさん
- 住所
北海道足寄郡足寄町北1条1-3-1
- URL















