北海道の足寄町で2018年にオープンした「ゲストハウスぎまんち」。足寄神社の向かいに建つ純日本風の家屋で、三和土には十勝石が敷き詰められ、重厚な瓦屋根、和室には繊細な彫刻が施された欄間、本格的な床の間、洋室の大正ロマン風のお洒落な内装など、一般家庭ではなかなかお目にかかれない造りになっています。この素晴らしい建物に圧倒される取材班を迎えてくれたのは、神奈川県から移住してきた儀間(ぎま)さん夫妻。美男美女のカッコいいお二人です。
さっそく移住してきたきっかけやゲストハウスをオープンさせた経緯などを聞いていきましょう。
移住体験ツアーで『人』の魅力を感じて、足寄町を選択
ずっと関東地方に住み、インドア派だったご主人の雅真(まさなお)さん。横浜でサラリーマンをしていたと話します。
そんな雅真さんが突然「狩猟をやってみたいので、田舎に住みたい」と言い出したのが、移住する1年ほど前でした。
奥さんの芙沙子(ふさこ)さんは北見市出身で、「いずれ北海道に戻れたらいいな」と思っていたため、お互いに「それなら北海道に住もう」と意見が一致しました。
いざ北海道に住むとなり、どこに住むか検討するため儀間さん夫婦は東京で開催された移住イベントに参加しました。その時に出会ったのが足寄町移住サポートセンターを主宰する櫻井光雄さんでした。「移住体験ツアーがあるので、参加してみませんか?」と言われ、「足寄町のことは名前も知らなかったので、それほど期待せず気軽に参加したら、悪くないなと思ったんです」と雅真さん。
移住体験ツアーでは、足寄町の名所を巡るのではなく、70歳代のハンターさんや、喫茶店の主人、イギリス風の建物を建ててハスカップ園を経営する人など、「面白い人をたくさん紹介していただきました。町の人に会い、どれだけ楽しそうに暮らしているかがわかると、町の魅力もよくわかったんです」と芙沙子さん。
北海道をよく知る芙沙子さんにとっては、雪が少なく晴れの日が多い十勝は過ごしやすそうだと感じていました。
山へは一人で行くこともあれば、仲間と一緒に行くことも。狩猟同行ツアーを企画してお客様と山に行くこともあります。
まずは、自分たちで事業をする足場固めを
移住の前に、雅真さんは神奈川県の猟友会の人のサポートにより狩猟免許を取得。準備を万端に整え、2017年の春に足寄に向かったのです。
雅真さんにはもう一つ、「これまではサラリーマンだったけれど、自分たちで事業をやって生活できるようになりたい」という希望がありました。まずは、雅真さんは町の地域おこし協力隊として役場で働き、芙沙子さんは、自分たちの移住をサポートしてくれた足寄町移住サポートセンターの職員となり、足場を固めて自分たちでできる仕事を模索することにしました。
「と言っても、特別なスキルがない私たちには何ができるだろうと考え、当時も広い一軒家に住んでいたため、空いている部屋を貸すことはできるんじゃない?と思いつきました。民泊が流行り出した時だったこともあり、ゲストハウスをやってみよう、ということになったのです」と雅真さん。
当初は、移住体験に訪れた人を泊めたりもしていましたが、「もっと使い勝手の良い家を借りて、本格的にやってみよう」と物件を探し始めました。
宮大工が建てた日本家屋に一目ぼれ
不動産屋のない足寄町では、人の伝手に頼るしかありません。何件か見て回りましたが、なかなか「ここだ!」という物件には出会えませんでした。
そんな中、紹介されたのが今の物件です。
「内覧して、即決しました。どこを見てもすごい!の一言でした」とお2人。なんでも、足寄神社を建てた徳島県出身の宮大工さんが自分の家として建てた家で、その後人の手にわたり、2人ほどオーナーが代わったとのこと。現在のオーナーに、「民泊をやりたいので貸してほしい」と伝えたところ、喜んで貸してくれることになりました。
家の中のすべてが気に入り、またきちんと手入れして使われていたため、水道やボイラーの整備や一部の床の張替えを除いては、改装はせずにそのまま使うことにしました。
客室は二間あり、床の間があり上質な畳が敷かれた和室と、壁紙の代わりにスエード調の布が張られた瀟洒な洋室。共用スペースの広い居間は、冬は薪ストーブで温められます。
地域の人の応援があって開業へ
開業の準備を進めていきましたが、物件探しから工事に至るまで支えになったのが、地域の人たちだと儀間さん夫婦は話します。
移住当初からここで自分たちで事業をすると決めていたので、商工会青年部に入ったり、さまざまな交流の場に出向いていました。
「移住して間もないころ、東京の移住セミナーで知り合った方が足寄町商工会青年部でセミナーをするからとお誘いをいただき、参加しました。終了後は飲み会になり、移住早々夜中の2時まで一緒に飲んで、『みんないい人たちだなあ』とすごく好印象だったんです」と芙沙子さんは笑顔で振り返ります。
開業当初に、こんなエピソードが。雅真さんが出張で不在の時に床下に水が溜まってしまい、芙沙子さんが青年部のグループラインで助けを求めたところ、たくさんの人が駆けつけ、物をよけたりポンプで水を汲み出したりと復旧作業を手伝ってくれました。
雅真さんが帰ってきたころには、「家の前には自転車が何台か止まっていて、玄関にたくさん靴が並んでいたので何事かと思ったら、もう飲み会が始まっていました(笑)」
今は芙沙子さんの上司でもある足寄町移住サポートセンター代表の櫻井さんも、移住前から協力してくれている強い味方です。
「足寄町の役場で長く働いていらしたので、誰よりも足寄のことをよく知っていて、生活や開業のことをいろいろと相談し、ずっと面倒を見てくださっています」
狩猟から鹿肉の販売へと、楽しみが広がる
雅真さんの移住の最大の目的だった狩猟についても聞いてみました。実は足寄町は、十勝一円はもとより本州からもハンターが通う狩猟のメッカなのだと言います。
最初は、音更町のハンターさんに一緒に山に入ってもらい、初めて仕留めた鹿のきれいな頭骨は、今もゲストハウスの玄関に飾られています。
「銃を持って山に入るという非日常感が良いんですよね。日の出に合わせて山に向かい、じっとチャンスを伺って、狙い通りに仕留められた時は気持ちいいです」
有害駆除の登録もしているため、年間を通じて狩猟を行っており、行ける時は頻繁に山に入るという雅真さん。獲れた鹿肉は、自分たちで食べるほか、生産者が集まるイベントで鹿肉料理を提供することも。ペットの餌用に真空パックした冷凍鹿肉の販売も始めました。これまでは撃った鹿を山で解体していましたが、現在、解体所を作るべく動いています。解体所ができたら、食用の肉も販売できるようになります。
国内外のゲストを迎え、地元の人向けのイベントも
ゲストハウスぎまんちのゲストは、開業当初は知人や町の人の口コミでしたが、徐々にインターネットから予約する顧客も増えてきました。
海外からのゲストも増え、2年目には4割が海外から訪れたゲストでした。彼らも、この純日本家屋の建物を見て喜んでいるといいます。
「足寄町は知床方面に行く時に通過するだけだったという方にも、ここができて泊まっていただけるようになっています。足寄でインターネット予約をしている宿が限られているので、検索で見ていただけているようです」
ゲストハウスは洋室1室・和室1室です。洋室にはゲストの方が猟銃を保管する鍵付きのロッカーが備えられています。
宿の提供だけでなく、足寄や十勝の人が交流できるイベントも企画しています。アイデアを出すのは、好奇心旺盛な芙沙子さんの担当。札幌から革細工職人を呼んでレザークラフトのワークショップを開いたり、上士幌から講師を呼んでスパイス配合の体験会を開いたりと、人が集って楽しめる催しを開いています。
移住の決め手は、町の人と話すこと
雅真さんは地域おこし協力隊の3年間の任期を終了しましたが、芙沙子さんは足寄町移住サポートセンターの仕事を続けています。ここ数カ月は、新型コロナウイルス対策でリモートワークをする人が増えたことから、問合せが増えているとか。酪農や林業など、求人もあるので転職して移住してくる人もいます。
自分たちが移住してきた時と同様、移住体験では町の面白い人と話す機会を多く設けているそう。
「インターネット上の情報を得るのもいいですが、やはり一度町の人と話してみるのがいいと思います。そこで町の雰囲気が自分と合うかどうかわかると思うので」
移住体験で来た人からは、「意外と栄えているね」と言われるといいます。総合病院もあり、市街地には飲食店も多数あります。儀間さんの家からも徒歩圏内なので、2人で飲みに行く時間も楽しんでいます。「移住してきて、開業準備などで、不安な時も気分転換に飲みに行っていました。そうすると、誰かしら知り合いに会えるんですよね」と芙沙子さん。
ゲストハウスぎまんちを軸に、さまざまなことを楽しんでいるお2人。鹿の解体所の準備にいそしむ雅真さんは、「今は鹿のことで頭がいっぱい」と、夢中になっている様子。
「今後は狩猟ツアーをやったり、プロの料理人にお願いして鹿肉に親しんでもらうイベントもやってみたい」と、ワクワクが広がっています。実は他にも、足寄町と本別町、陸別町の3町から仲間が集まって会社を立ち上げ、クラフトビール「ミツマチクラフト」を開発して、ぎまんちや地域の飲食店で提供したりと、活動の幅を広げています。
「面白いことをやっていったら、自然とこうなりました」と笑う、バイタリティーあふれるお2人。足寄の「人」に惹かれて移住を決めた選択は、お2人の人生をますます鮮やかにしてくれているようです。
- ゲストハウスぎまんち
- 住所
北海道足寄郡足寄町西町2-4-7
- 電話
080-4504-8641
- URL