
ビルに囲まれた都会暮らしをしていた人間からすれば、美しい山並みが近くに見える生活というのはちょっとした憧れでもあります。今回取材させていただいた佐々木愛子さんも、美唄のいいところのひとつにこの「山が見える」ことを挙げています。
お試しのつもりだった3か月間の移住体験の最中に、美唄に暮らしたいと思い、アパートの大家さんに長期で借りられるかを交渉したそう。そんな佐々木さんに美唄に移住するまでの話や今の美唄での暮らしぶりについて話を伺いました。
コロナの際にリモートワークができるなら...と、暮らしやすい北海道移住を検討
佐々木さんと待ち合わせしたのは、美唄唯一のショッピングセンター「コアびばい」の中にある美唄コミュニティスペース。2022年からはじまった美唄シティプロモーションのメンバーによって運営が行われているスペースで、ここを使ってイベントなども行われています。イベントなどがない日は、仕事や打ち合わせ場所として活用もできます。
この美唄シティプロモーション事業とは、市内の若者たちが中心となり、若者の視点で美唄の魅力を切り取り、若い感性でそれを発信していこうというもの。美唄をよりよくするため、BBM(Bibai Beautiful Movement)という名称の地域活動のネットワークを立ち上げ、市内外問わず誰もが自由に参加できるまちづくりを行っています。佐々木さんも移住前からシティプロモーション事業が行うオンラインのイベントなどに参加していたそう。
東京育ちの佐々木さんは、北海道大学へ進学する際に初めて北海道・札幌へ。
「一度くらいひとり暮らしをしてみたいと思って、軽い気持ちで北海道へ来ました。北のほうを選んだのは、虫が嫌いだったから...。虫が少ないかなと思って」と笑います。
美唄市のショッピングセンター「コアびばい」内にある美唄コミュニティスペースで笑顔を見せる佐々木愛子さん。
札幌での暮らしは快適だったそうですが、就職のために再び東京へ。システムエンジニアとして働きはじめます。
「最初は何も分からないので、とにかく無我夢中で仕事に取り組んでいました。仕事に必死で、プライベートなんでない状態でした」
それから転職も経て、システムエンジニアとして仕事を続けていた佐々木さん。しばらくすると世の中がコロナの感染拡大に見舞われます。
「リモートワークが当たり前になって、ずっと家で仕事をする日々でしたが、職種的にシステムエンジニアの仕事はリモートワークがしやすいと分かりました。そう思ったら、無理して都会に住む必要はないかもしれないと考えるようになって...」
美唄市はお米の生産が盛んで、特に「ゆめぴりか」、「ななつぼし」、「おぼろづき」、「ふっくりんこ」などの品種が栽培されています。これらの米は、日本穀物検定協会の食味ランキングで最高位の「特A」を獲得しており、その美味しさが評価されています。また、美唄市では、雪を利用した「雪蔵貯蔵」という独自の保存方法で、新米の美味しさを一年中楽しめるように工夫しています。
「変わりたいときは環境を変えること」というのが佐々木さんのモットー。仕事の多忙さ、都会の閉塞感、コロナを発端とする世の中の混とんとした状況など、「なんとなく、一度リセットしようかな」と考え始めます。
もともと人混みが苦手だった佐々木さん。自然が多いエリアや田舎にあるカフェを訪れたり、山を眺められるスポットを散策したりするのが好きでした。
「そんな自分にとって北海道は暮らしやすい場所でした。もう一度北海道で暮らしたいという思いもあり、リモートワークで働けるのなら東京にいる必要もないと思い、北海道への移住を検討するようになりました」
また、移住を考えるようになったのには、イラストを描いている友人の影響もあったそう。
「友人は、ストイックにひたすら仕事に打ち込むようなタイプではなく、仕事や時間に追われることなく、感性豊かな生き方をしている人。自然の四季を五感で感じるなど、情緒的な部分を大事にしているんです。私もそんなふうに、感性を大切にした豊かな暮らしがしたいと思いました」
自然豊かな美唄の街を歩く佐々木愛子さん 。東京育ちで人混みが苦手だった佐々木さんにとって、自然が多く山が見える美唄は心落ち着く場所であり、リモートワークが可能になったことで移住を決断しました。
環境もまちの人もいいと、お試し暮らしの最中に美唄への移住を決意
佐々木さんは、移住先を探すために道内各地の情報収集をはじめます。とりあえず、お試し暮らしができるところを片っ端から探し、順番にお試しをしてみようと考えます。
「たまたま最初に見つけたのが美唄でした。大学に通っていたときも、美唄という名前は知っていましたが、実際に訪れたことはなく、焼き鳥の印象くらいしかありませんでした。住んでみて合わなかったらやめればいいだけだしと思って、割と軽い気持ちでお試し暮らしを申し込みました。ただ、ひとりで行くので、ある程度知り合いがいたほうがいいかなと思い、シティプロモーションのオンラインの集まりに参加はしました」
美唄へ来たのは、2024年の1月。北海道暮らしの経験がある佐々木さんは、冬が大変なのは分かっていたので、あえて雪が多い時期を選んでお試し暮らしをしたそう。
美唄市のお試し住宅。
「3か月の予定でお試しを申し込んでいたのですが、すぐに美唄に愛着が湧いてしまって、お試し暮らしをしていたアパートの大家さんに、このまま長期で部屋を借りられるか聞きにいっちゃったんです(笑)」
もっとじっくり吟味をするのかと思いきや、意外な展開。美唄のどういうところに愛着を感じ、暮らしたいと思ったのでしょうか。
「美唄がいいなと思ったのは、札幌から車で1時間、特急で40分ほどという近さなのに、自然に恵まれているというところ。そして、もともと通販の利用をしていたので、買い物で困ることもないだろうと思っていましたが、市街地がコンパクトにまとまっていて、生活をするのに便利という点もあります。あと、シティプロモーションの方たちにとてもよくしてもらったのと、人との関係作りがしやすそうというのも理由のひとつです」
読書とイベントを作るのが好きな佐々木さんは、お試し暮らしをはじめたとき、読書会のイベントを開催。その際、シティプロモーションのメンバーが集客をはじめ、当日の手伝いも協力してくれたそう。市長も参加してくれて、とても楽しいイベントだったとのこと。そうした経験も美唄移住の決め手になりました。
美唄市が推進する「Bibai Beautiful Movement」(BBM)のPRパネルの横に立つ佐々木愛子さん。BBMは、市内の若者たちが中心となり、美唄の魅力を発信し、誰もが自由にまちづくりに参加できる地域活動のネットワークです。
山を眺めていると心が落ち着く。人の距離もいい意味で近くて温かみがある
移住から1年半、現在は札幌のシステム会社に所属し、自宅や市内の喫茶店、このコミュニティスペースなどで仕事をする日々ですが、実は最近、仕事が詰まっていて少し忙しいそう。
「本当はまた読書会のイベントもやりたいと思っているのですが、なかなか実現できず...。でも、これだけ忙しくても、気持ち穏やかに仕事ができているのは美唄にいるからだと思います。東京にいたときと違って、心にゆとりを持ちながら仕事ができるんですよね」
一歩外へ出れば山並みを見渡すことができ、それだけで心が落ち着くそう。
美唄の屋外で本を手にし、リラックスした表情を見せる佐々木愛子さん 。読書が好きな佐々木さんにとって、山並みを眺めながら心を落ち着かせ、心にゆとりを持って仕事ができる美唄での暮らしは理想的だと語ります。
「東京にいたときは、山や緑はまったく見えませんでした。大学で札幌にいたときは、山が遠くに見えて、それだけでもすごいなぁと感動したのですが、美唄に来たら、札幌よりも山がもっと近くてより感動しました。別に登山をするようなアウトドア派ではありませんが、不思議と山を見ていると安心するんですよね」
距離が近いのは山だけでなく、人との距離も近いと佐々木さん。
「いい意味で美唄の人たちは距離が近い。まちの人口は少ないけれど、人に対して親切で、人を大切にしてくれる人が多いと思います。東京は人の数は多いけれど、みんな焦っているし、他人に興味や関心がなく、ちょっとドライな感じなので、余計にそう感じます。そして、美唄の人は大らかでのびのびしていますね。たまに雪国ならではのたくましさも感じます」
せっかくなので、佐々木さんが美唄の人は距離が近いと感じたエピソードをいくつか教えてもらいました。
「お試し移住の期間中、喫茶店に行ったら、お客で来ていたおじいさんから声をかけられたんです。お試しで来ていると話したら、『美唄に興味を持ってくれてありがとう。美唄に来てくれるなんて、それはめでたいことだ』と言って、なぜかお米を10キロプレゼントしてくれたんです(笑)」
さらに、現在、市民の方たちが行っている読書会に参加しているという佐々木さん。この読書会に参加するきっかけも、まちの人が声をかけてくれたからだったそう。
移住から1年半が経ち、現在は札幌のシステム会社に所属しながら美唄でリモートワークを行っており、忙しくても心穏やかに仕事ができているのは美唄にいるからだと感じています。
「喫茶店で本を読んでいたら、店主の方から『本が好きなの? こういう読書会があるけれど、興味あったらどう?』と声をかけられたんです。そのおかげで、読書会に参加できて今はすごく楽しいです。美唄はウェルカムな感じの人が多いのかもしれませんね」
読書会のメンバーは、美唄に住む60~70代の方たち。毎回、課題本を決めて、次の集まりの際に感想を話し合うそう。
「私が唯一の30代なので、いつも、皆さんに『お若い方』と言っていただけて嬉しいです(笑)。皆さん、いろいろな本を読まれているので、自分の読んだことのない本の話を聞くのも面白いんです」
また、いろいろなまちの人と繋がりを作りたいと、休日には地元のケーキ屋さんでアルバイトもしているという佐々木さん。このほか、市が主催する移住者交流会に参加したり、シティプロモーションのワークショップに参加したり、無理せず、自分のペースでまちとの関りを深めています。ワークショップでは、移住者の人たちが中心となって、美唄のいいところなどを話し合ったりしたそう。
年内に読書会が開けたら...。気持ちに余裕ができるとアクティブにもなれる
とにかく読書が好きという佐々木さん。小説が好きで、多いときで月に10冊ほど読破するそう。ジャンルはヒューマンドラマを中心に、純文学やミステリーも手にすると話します。最近は、村田沙耶香さんの作品がお気に入りだとか。
「カフェや喫茶店巡りが好きなので、本を持参していろいろなところへ行くのですが、仕事終わりに美唄駅そばのクックカフェへ行って、ご飯を食べてから本を読んだりするのもホッとできる時間です」
これから美唄でやってみたいことを尋ねると、「また読書会を自分が主催してやってみたいですね」と回答が。「ただ、ちょっと今は忙しすぎて、自分ひとりでイベントをやるのは難しいかな...。誰か一緒にやってくれる仲間がいたらできるかな」とポツリ。
読書好きで月に10冊ほど小説を読むという佐々木さんは、今後は自身で読書会を主催したいと考えており、BBMでの仲間探しに期待を寄せています。
すると、取材に同行していた美唄市役所の猪俣翔太さんが、「それこそ、シティプロモーションでやっているBBMに登録して、手伝ってくれる人って声をかけたら、きっと誰かが手を挙げてくれるよ」とアドバイス。
BBMとは、地域活動に参加したい人、地域活動を主催したい人らが登録し、自分たちの関わり方で共に美唄でムーブメントを起こそう!というもの。佐々木さんは、「そうか、そうですね。BBMで仲間を集めるという方法がありましたね。今年1回くらいイベントができたらいいな」とニッコリ。
最後にあらためて、「美唄に移住してよかったと感じています」と佐々木さん。「仕事量は変わらなくても、ここに住んで、山並みを眺めているだけで、心持ちが変わるんですよね。心に余裕ができると、一歩踏み出そうとアクティブにもなれます」と話してくれました。
美唄の公園を歩きながら笑顔で話す佐々木愛子さんと美唄市役所の猪俣翔太さん。佐々木さんは、美唄に移住してよかったと改めて語り、仕事量は変わらなくても、山並みを眺めるだけで心に余裕が生まれ、アクティブになれると感じています。
- 美唄市 佐々木さん