帯広に本社を構え、来年(2026年)創業100年を迎える「十勝バス」。地元・十勝では、「かちバス」という愛称で親しまれています。路線バス、都市間高速バスのほか、スクールバスなど、黄色いバスは大切な足として十勝の人たちの暮らしを支えています。この春に代表が交代し、2トップ体制になりました。
今回は、新代表の1人で経営管理を担当する北嶋仁代表取締役、総務や人事、広報を担当する経営管理部の本間雅崇次長に会社のことを伺ったほか、今年(2025年)の春に新卒で入社した期待のホープ・那須真梨愛さんにも仕事の話や将来について伺いました。
多角化から脱却し、本業であるバス事業に集中。ワンチームで改革に取り組む
かつてどん底の状態から復活を遂げ、「奇跡のバス会社」と呼ばれた十勝バス。全国の地方バスの会社から注目され、その業績を維持し続けていましたが、コロナ禍を機に人々の暮らしに変化が起きたこと、競合他社が増えたことなど、さまざまな要因が重なり、業績が下がりはじめ、大幅に経営を見直すことになりました。
「多角化していた経営を一旦見直し、本事業であるバス事業に集中していくことになりました。地域の方たちの足である交通インフラをなくすわけにはいきませんから、原点に立ち返って立て直しを図っていきます。今年は再スタートの年だと思っています」
十勝バス株式会社、代表取締役の北嶋仁さん
そう話すのは、春から代表取締役になった北嶋仁さん。北嶋さんは入社2年目で、十勝バスに入る前は東京のIT会社に勤務していました。
「もともと帯広出身で、20歳から55歳までずっと東京で働いていたのですが、実家がこちらにあるということもあり、Uターン。縁あって、十勝バスに入社したのですが、代表に就任する前はIT関連の業務を担当していました。まさか自分がバス会社の経営に携わることになるとは思ってもみませんでしたが、異業種から来た自分だからできることもあると考えています」
この業界にいなかったからこそ客観的に会社を見ることができる強みを生かし、今までやってきたことや今までのやり方が本当にこれでいいのか、無駄はないか、あらためてすべて一度見直そうと考え、着手しはじめたところなのだそう。
「1年くらいかけてじっくりと見直していこうと考えていて、今はその真っ最中。トップダウンで見直しをかけるのではなく、一つひとつの課題をみんなで話し合って、考えて取り組んでいこうと考えています。社員のみんなにも自分たちの会社を自分たちで立て直していくのだという意識を持ってもらいたいので、ワンチームでやっていきましょうと伝えています」

そのため、どうしても会議の数が多くなってしまうそうですが、「必要なことだと思うので、ここはきちんとやらなければと考えています」と北嶋さん。
2025年2月、これまでに経験のないような大雪に見舞われた十勝。北嶋さんはこのとき、十勝バスがいかに地域の人たちに欠かせない交通インフラであるか、改めて実感したと話します。
「大雪で路線バスの運行ができず、結局全路線の回復に2週間ほどかかったのですが、6回線ある会社の電話が鳴りっぱなしだったんです。高齢者の方や学生さんたちからバスがないと本当に困るという声をリアルに聞き、地域交通の重要性を強く感じました」
経営を引き継ぐことになった際、このときのことを思い出し、「バスを止めない」という強い信念を持って事業に取り組んでいこうと思ったそう。

「バス事業だけで高利益を生み出すのは正直難しいのですが、地域の方の暮らしを考えたらバスをなくすわけにはいきません。だからこそ、一つひとつ自分たちのできることを見直し、考え、実行していくしかないんです。来年100年を迎えるわけですが、今年はさらに次の100年も見据えた改革の年だと考えています」
従来の固定観念を打破し、働き方も含め、一つひとつ見直しをかける
北嶋さんの隣で話を聞いていた経営管理部次長で、総務、人事、広報を任されている本間雅崇さんは、「自分は十勝バスに入って29年になるのですが、長くいるとどうしても今までのやり方にとらわれてしまいがちに...。でもこのままではいけないと、従来の凝り固まった考え方を改め、自分自身も変わらなければと思いました」と話します。
経営管理部次長応相談本間雅崇さん。採用関係も担当。
「実際、これまで採用活動を含め、人事は全部自分が一人でやっていました。とても忙しく、経費がすごくかかっているわりに成果が出ていなかったんです。ずっと一人でやるものだという固定観念があったのですが、北嶋さんから一人でやる必要はないし、経営管理部を中心にみんなでやればいいんじゃないかと言われ、ハッとしました。今は自分を中心に北嶋さんにも、次に登場する那須さんにも協力してもらいながら採用活動を行っています。今日もこの取材のあと、北嶋さんに地元の高校回りをお願いしているんです」
代表が代わってから、いわゆる「役職呼び」は止めたそう。そのほうが役職にとらわれることなく、みんなが話しやすいからとのこと。ワンチームでやっていこうという思いがそこからも伝わってきます。また、運行管理などを担う内勤スタッフの呼び名を「総合職」に変えたそう。
「バス会社といえば、運転士というイメージだと思いますが、バスを安全に運行させるのには内勤のスタッフの役割も重要。運行管理だけでなく、運転士の健康管理も内勤の仕事です。運転士も内勤スタッフもどちらが上とか下とかではなく、どちらも大事。内勤のスタッフにもそういう高い意識を持ってもらいたいと総合職という呼び名にしました」
次にインタビューをする那須さんは運転士での採用ですが、今は本間さんの右腕として「新卒採用プロジェクト」にも携わるなど、事務方の仕事にも携わってもらっていると言います。
「これからいろいろな働き方ができるような体制を整えていかなければと考えています。那須さんに関しては、本人の希望も聞きながらになりますが、運転士だから、総合職だからという枠で決めつけるのではなく、横断的にどちらのことも分かる、どちらもできる人材になってくれたらと考えています」
時代のニーズに合った新しい働き方のひとつとして、実験的に取り組んでいるそうです。
「それこそ、古いやり方のまま採用活動を行っていたのですが、今年は那須さんに若い人の目線でどう思うか意見を言ってもらって、改善できるところは変えていったんです」
例えば、面接の仕方。これまでは本間さんのほか、役員クラスの男性陣がズラリと並ぶ、いわゆる圧迫面接に近い状態でしたが、「それだと怖い」という那須さんの意見を取り入れ、北嶋さん、那須さん、本間さんの順で並んで座り、面接を行うことにしたそう。
移住希望者も歓迎。十勝の暮らしの魅力を発信し、運転士不足にも対応
さて、どこのバス会社も運転士不足に悩んでいますが、十勝バスもそれは同じ。「運転士の平均年齢が56歳で、3年後からは定年を迎える運転士が増えていくため、早急に新しい運転士を育てていく、あるいは経験者の方を迎えていかなければと考えています」と本間さん。

同社には現在120名ほどのバス運転士が在籍しています。地元での採用が多いそうですが、道内でも札幌やほかのエリアから移住してきた人や、道外から移住してきた人も多数いるそう。
「道外から移住してきた運転士は8名ほどいます。運転士の経験者が多いですね。逆に道内のほかのエリアから移住してきた人の中には、未経験からの転職という人が多いかな。帯広をはじめ十勝は道路幅が広いし、冬は雪が少ないので、大型車の運転が未経験でも運転しやすいのがポイントですね」
未経験の場合は、大型二種の免許取得のサポートも会社で行い、実際に運転士デビューしてしばらくは、直線が続く走りやすい路線からスタートするそう。「平野が広がり、山並みが見渡せる十勝の雄大な景色を見ながら運転できますよ」と北嶋さん。

十勝というエリアは、道外の人からすると「北海道らしい」景色が身近に感じられる場所。道外からの移住者にも人気が高いエリアです。長く東京に暮らしていた北嶋さんも「こっちに戻ってきて、あらためていいところだなと感じています。通勤時間は短いし、気候はいいし、すぐ近くに温泉がたくさんあるし、おいしいものもそろっているしね」と話します。「Uターンでも、Iターンでも、十勝という魅力的な場所で長く安定的に働きたいという人にとって、十勝バスの運転士という仕事が選択肢の一つになってくれたらいいなと思うし、十勝の魅力も発信できればと思います」と続けます。移住者に関しては、安心して働き、十勝の暮らしを満喫してもらえるよう、家探しも含めてしっかりサポートする体制は整っているとのこと。ちなみにもう1人の代表取締役・葉梨新一さんもIターンなのだそう。
北嶋さんは、「とにかく今は次の100年に向け、スタッフと共に安定した交通サービスを提供し続けていけるように努力したいと思います。まだまだ見直さなければならない部分もありますが、これまで築いてきた地域の信頼を守りながら、次の時代を担っていける新しい人材も育てていきたい」と最後に語ってくれました。
バンドで歌も歌う新卒女子。個性を尊重してもらえる職場を高校生にアピール
最後に、「物怖じしないし、コミュニケーション力に長けている」と本間さんが話す新人の那須真梨愛さんに話を伺おうと思います。
2025年4月に新卒入社した那須真梨愛さん
帯広出身の那須さんは芽室高校を卒業後、十勝バスに入社しました。今は、本間さんのもとで「新卒採用プロジェクト」に携わっているほか、SNSでの発信やスクールバスの車掌(添乗員)としてバスに乗ることもあるそうです。
入社のきっかけは、高校3年の夏に参加した職場体験。「進学するか、就職するか、ギリギリまで迷っていたときに、高校の先生から勧められて何社か職場体験に行ったのですが、そのうちの1社が十勝バスでした」と那須さん。
十勝バスに就職しようと決めた理由はどういう点にあったのか尋ねると、「運転席から見た景色がすごくよかったんですよね」とニッコリ。構内に停まっているバスに乗せてもらい、運転席に座った際、そこからの眺めの良さに感動したそう。さらに、「運転席にいっぱいボタンがあって、操作が面白そうって思って」と笑います。実際にドアの開閉をさせてもらったのも楽しかったそう。

もちろんそれだけではありません。「1人で参加したのですが、皆さんとても親切だったんです。事務所の人たちも明るくて気さくで、印象が良かったんです」と続けます。
高校時代、飲食店やコンビニでアルバイトをしていた那須さんは、「もともと人見知りだったんですけど、コンビニで接客をするようになってから、人と接する仕事が面白いと思うようになったんです。そして、働くのも好きだなぁと思っていたので、就職することに決めました」と話します。
那須さん、実は運転士として入社。
「事務の仕事でもいいと思っていたのですが、もともと乗り物が好きだったことや人と関わるのが好きだということもあり、運転士ならいろいろなお客さまと接することができるので、運転士希望で入りました」
ただ、高校卒業時に自動車の普通免許を取得したばかりの那須さんは、まだ大型二種を取得できないため、今は事務方の仕事や車掌の仕事を行っているそう。

「免許を取るとき、最初は不安もあったのですが、実際に免許を取得して、自分の車を運転するようになったら、運転がすごく楽しくて! 来年は大型バイクの免許も取りたいと思っています。ゆくゆくはあらゆる乗り物の免許を制覇したいです」
楽しそうにそう話す那須さんを見ていると、人見知りだったというのが信じられません。
「中学のとき、合唱部に入っていて、もっと上手になりたいと思ってボイストレーニングに通い始めたんです。高校では部活には入らず、ボイストレーニングだけ通っていて、学校祭のステージで歌ったりしていました。今は、デュオを組んだり、バンドで歌わせてもらったりしています。仕事終わりに練習したり、休みの日にライブに出たりしています」
コンビニのアルバイトや人前で歌うライブなどを通じて人見知りを克服し、コミュニケーション力もアップ、さらに人前で話す度胸もついたかもしれないと話します。また、デュオで演奏する際は、カホンという南米発祥の打楽器を叩きながら歌っているそう。
デュオの相方やバンドメンバーはみんな年上ということもあり、「年上の人と話すのに抵抗はないんです」という那須さん。事務所でも北嶋さんや本間さんに臆すことなく声をかけ、意見も言えるそう。また、来年から運転士としてハンドルを握ることも踏まえ、今から先輩運転士の皆さんとコミュニケーションを取りたいと、「休み時間に運転士さんが休憩している2階に顔を出して、自分から声をかけてコミュニケーションを取るようにしています」と続けます。

「事務所の人たちも、運転士の人たちも、皆さん優しくて、いろいろ話してくれるので、分からないことがあっても聞きやすいし、いろいろ教えてくれるのでありがたいです。車掌でバスに乗るときも、運転士さんが技術的なことを教えてくれたりして、今から勉強させてもらっています」
新卒採用プロジェクトでは、各高校に回って、那須さんが高校生に向けて話をしたり、会社の魅力を伝えるために紙芝居を作って披露したりしているそう。近い年齢だからこそ、高校生が何を知りたいと思っているかポイントを押さえて話ができると言います。
どのようなところに魅力があるかをあげてもらうと、「社内の雰囲気がいいですね。皆さん本当にかわいがってくれるし、のびのび仕事ができます。また、上の人たちが意見やアイデアを聞いてくれるんです。できるできないは別として、きちんと耳を傾けてくれるのがいいなと思います。そして、個性を尊重してもらえるところも魅力だと思います」と話します。
大型二種を取得するのは来年で、運転士デビューはまだ先ですが、「将来は安全運転を心がけることはもちろん、乗客の方たちに気軽に声をかけてもらえるような運転士になりたいです」と話してくれました。

















