
各地でバスドライバーが足りないといわれていますが、日高エリアの場合、2021年に地域住民や観光客の足となっていたJR日高本線の鵡川~様似区間が廃線になったため、バスがないと暮らしや経済活動に大きな影響が出てしまいます。この問題を地域全体で解決しようと、日高エリアの7つの町で構成する日高地域広域公共交通確保対策協議会が、地域の交通インフラを支える人材確保の事業を2024年からスタートしました。そして、日高エリアでバスを運行している「道南バス株式会社」と「ジェイ・アール北海道バス株式会社」の2社も交えて企画したのが、暮らしと仕事を実際に見てもらう「移住体験&バスルート試乗体験モニター」です。今回はモニターツアーに参加し、「日高エリアでバスドライバーになる!」と移住を決めた林慶銘さんと、採用側としてモニター企画に携わっているジェイ・アール北海道バスの総務部・山崎禎明さんに話を伺いました。
日高エリアの東側のバス運行を担う、ジェイ・アール北海道バス様似営業所
日高町・平取町・新冠町・新ひだか町・浦河町・様似町・えりも町の7つの町から構成される日高エリア。日本有数の競走馬の産地として有名で、馬が好きな人はもちろん、豊かな自然や数々の絶景を求め、国内外から毎年たくさんの観光客が足を運びます。中でも様似町は、町全体が「アポイ岳ジオパーク」として2015年にユネスコ世界ジオパークに認定された、世界的にも貴重な自然遺産がある町です。
この様似町に営業所を置いているのが、ジェイ・アール北海道バスです。路線バスに関しては、道南バスが主に日高エリアの西側を運行しているのに対し、ジェイ・アール北海道バスは東側を担っています。具体的には、新ひだか町の静内から十勝の広尾町までを走る路線バス、苫小牧・札幌とえりも町または広尾町までを結ぶ都市間バスを運行しています。近年は、襟裳岬へ行くためにバスを利用する国内外からの観光客も増えているそうです。
今回、話を伺う林慶銘さんは、今年(2025年)の4月に入社したばかり。大阪から様似町へバスドライバーとして移住、転職してきました。林(リン)さん、実は台湾出身。次の章で、林さんが「移住体験&バスルート試乗体験モニター」に参加し、様似町に暮らすと決めるまでを詳しく伺っていこうと思います。
台湾から日本へ。札幌や大阪で果たせなかった正社員への道

2011年に、ワーキングホリデーで日本へやってきた林さん。長野県で日本語学校に通いながら、アルバイトをし、貯めたお金で日本各地を旅していたそう。
「台湾は山のほうに行けば雪が積もっているのを見ることはできますが、普段の生活で雪が降っているのをちゃんと見たのは、長野県にいたとき。降ってくる雪を見て、触れて、不思議な感じがしました」
流ちょうな日本語で、「実は最初、降ってきた雪を見て、フケみたいって思ったんです」と笑います。
1年のワーホリ期間を終えて、一度台湾へ戻りますが、翌年日本へ。家族とともに大阪で暮らしたあと、札幌へやってきます。
「何年か札幌にいました。当時は今ほど外国人労働者に対しての理解がまだなくて、大阪に比べると受け入れてくれるところが全然見つからなく、アルバイトや派遣社員で仕事をしていました」
海外からの観光客関連の仕事や観光地での通訳などのバイトをしていた際、JR小樽駅で冬の期間だけ券売機の使い方などを外国人観光客に教えるバイトを経験。林さんの働きぶりを見たJRの担当者から、次に富良野や美瑛の駅でもやらないかと声をかけられたそう。
「そのころから、JRグループとは縁があったのかな」と笑います。そのあと、札幌の観光案内所に勤務しますが、正社員採用ではなかったそうで、「いろいろなところに履歴書を送って就職活動をしたけれど、外国人ということで正社員になるのはなかなか難しかった」と振り返ります。
大阪の関西空港で仕事があると聞き、再び大阪へ。そこで派遣社員で働きますが、北海道で暮らしたいという家族の強い願いを叶えるため、2024年9月に大阪で開催された北海道移住・交流フェアに参加します。
北海道で暮らしたい、正社員になりたい。夢を叶える移住フェアでの出会い
北海道で正社員の仕事を見つけ、北海道に移住したい。そんな思いを抱いて移住フェアに参加した林さん。フェアの会場内には各市町村のブースが並んでいて、林さんは会場内を何周もしたそう。
「外国人の自分が働ける場所がその町にあるかどうかが大事だったので、市町村のブースで尋ねると、ハローワークを紹介されるだけ。正直がっかりしました」
もう帰ろう、と会場を出ようとしたとき、フェアのスタッフに「北の大地でバスを運転してみませんか?」と声をかけられます。仕事の話なら聞いてみたい。そう思った林さんは、ジェイ・アール北海道バスのブースに座ります。
そこで対面したのが、ジェイ・アール北海道バスの採用を担当している総務部の山崎禎明さんでした。
移住フェアで山崎さん(左)と出会ったことで、林さんの運命は大きく動きます
ブースで山崎さんからドライバー不足のことや仕事の話を聞き、林さんも自分の考えていることやこれまでなかなか正社員として雇ってもらえなかったことなどを話しました。
「やっと仕事の話ができたと思ったんですけど、台湾は左ハンドルなので右ハンドルでの運転経験がほぼなく、さらに日本に来てからも車の運転をしたのは数回しかなかったんです。だから、きっとドライバーになるのは無理だろうなとその時は一瞬諦めようかと思いました」
しかし、山崎さんは「いろいろ話をして、林さんは人柄もいいし、観光の仕事に携わっていて日本語も上手だし、運転経験がないところは確かに少し心配ではありましたが、うちは研修制度がしっかりしているので、何とかなるかと思いました。それもあって、前向きに採用に動いてもいいんじゃないかと考えました」と、そのときのことを振り返ります。
林さんは、山崎さんと話をして、一瞬諦めようと思ったそうですが、熱心な山崎さんと話をするうちに、少しずつチャレンジしてみようかなという気持ちになったそう。
そして、ジェイ・アール北海道バスと道南バスの2社が携わる「移住体験&バスルート試乗体験モニター」があると教えてもらい、「迷いに迷ったのですが、ドライバーに挑戦してみたいという気持ちもあったので、とにかく参加してみようと思いました」と林さん。家族には「運転もほとんどしたことないのに、勇気あるね」と言われたそうですが、林さんは「もしかしたら正社員になれるかもしれないチャンスだと思ったので」と話します。
林さんが正社員にこだわるのには訳がありました。コロナ禍に観光関連の仕事が軒並み減る中、派遣社員で働いていた林さんも仕事がなくなった時期があったそう。家族のためにも正社員になって地に足をつけてしっかり働きたい。そんな思いも林さんの背中を押しました。
外国人の採用に関して山崎さんは、「私自身、ちょうど特定技能実習のことを少し学んでいたところだったので、自分のほうでも在留カードを持っている林さんを雇用するにはどうすればいいかなどを調べました」と話します。結局、日本人の配偶者がいて、永住権を持っていることも分かり、雇用に関してのハードルはないと判断し、林さんにモニターツアーにも参加してもらうように手続きを進めました。
モニターツアーに参加し、ドライバーになると決意。努力の末に免許も取得

年が明け、2025年1月に実施された移住体験&バスルート試乗体験モニターに林さんは参加。このモニターツアー、交通費と宿泊費が上限10万円まで補助が出るというもの。町の様子や職場環境を実際に見て、担当者から話を聞いた上で、希望すればツアー中にドライバーの採用試験を受けることもできます。また、ドライバーとして採用になった際に走る路線もお客さんとしてバスに乗車し、見学と体験。採用され、移住したあとの働き方、暮らし方が具体的にイメージできるのがモニターツアーのポイントです。
林さんは、ツアー参加中に採用試験を受けることに。車の実技の試験の際は、右ハンドルと左ハンドルの違いに戸惑ったそうで、林さんは「どうせダメだろうと思って、大阪に帰って仕事をしていたら、採用ですってメールがきて、えーっ!本当⁈と驚きました」と満面の笑みで振り返ります。
入社後に大型二種の免許が必要になるため、日本語で試験を受けることにしていた林さんは自分で問題集を3冊購入して、猛勉強。あとから多言語対応していることを知ったそうですが、結果として日本語で受けて良かったと思うと笑います。
4月1日付けで、晴れてジェイ・アール北海道バスに入社した林さん。まずは大型二種の講習を受けるため、札幌の友人のところに泊めてもらい、江別の自動車教習所に通います。最初は大きなバスを動かす感覚をつかむことや、先生の話す専門用語を理解するのに苦労しますが、それでも免許を取らなければという必死の思いで頑張ったそう。「今思い出してもよくやったと思います」と林さん。努力の甲斐があり、仮免、本免、学科もすべて1回で合格します。
山崎さんは、「林さんは頭も良く、ドライバーになりたいという本気度や熱意がモニターツアーのときに十分伝わっていたので、当社としても採用を決めたのですが、免許取得ももっと時間がかかるかと思っていただけに、本当にすごい人だなと思いました」と感心します。
5月に様似町へ移住し、社宅で暮らす林さん。移住初日、役場の担当者が車で町内を案内し、スーパーやコンビニ、病院といった暮らしに必要な場所を教えてくれたそう。「役場の人も、職場の人もみんな優しくて、なんでも相談に乗ってくれるから助かっています。様似営業所は、陽気な人が多くて、常に笑い声が絶えないんです」と林さん。今は暮らしで困っていることも特にないと言います。
「僕は田舎が好きで、人が少ないところに行きたかったので、様似はとても暮らしやすいと感じています。大阪や札幌に比べると、空気がすごくいいし、夜も静か。コオロギの声しか聞こえませんけど、それがいい」と林さん。
取材時は、先生が着いた状態でお客さまを乗せてバスを走らせる実車訓練中でしたが、そろそろ独り立ちする予定とのこと。林さんは、「道は走りやすいし、信号も少なく、渋滞もないので、初心者の自分にはちょうどいい。海や山の景色もキレイですし。でも、お客さまを乗せているので常に緊張感はあります。とにかく無理はせず、安全第一で運転することを心がけています」と話します。また、これから冬を迎えるにあたって、冬道走行訓練も会社のほうで実施するそう。雪が少ないエリアですが、凍結路面もあるため、営業所でも練習の機会を設けてくれる予定です。
これからのことを尋ねると、「とにかく安全第一。初心を忘れずにハンドルを握りたいと思います」と林さん。あとは、マイカーを購入し、まだ行ったことのない帯広をはじめ、あちこちドライブしてみたいとのこと。
日高エリアで路線バスを運行する「ジェイ・アール北海道バス」と「道南バス」でそれぞれモニターと社員を募集しています。
林さんのようにドライバー未経験で車の運転歴が浅い人でも、やる気があれば会社でサポートがありますし、暮らしに関しても町のほうでしっかりサポートしてくれるので安心です。自然豊かな田舎への移住を検討しているけれど、仕事が...という方はぜひモニターツアーで体験すれば、林さんのように心が決まるかもしれませんね。
- 日高地域広域公共交通確保対策協議会事務局(新ひだか町役場内)
- 住所
日高郡新ひだか町静内御幸町3丁目2番50号
- 電話
0146-49-0267(担当/田中)