
林業と聞いて、まず思い浮かべる仕事内容は、森の木の伐採や山の整備ではないでしょうか。これまで「くらしごと」でもたくさんの林業会社や林業従事者の方たちに取材させていただきましたが、その多くは伐採や造林、または製材関連が中心でした。今回おじゃました「大坂林業」の北広島営業所は、森を育てるための苗木を種から育み、供給している会社。同じ林業ではありますが、これまで取材した会社とは少し異なり、むしろ農業と重なる部分もあるように感じます。同営業所の山本崇人さんに、仕事内容や山本さんがここで働くきっかけ、やりがいなどについて話を伺いました。
苗木を育てる会社。北広島の圃場では主に緑化用の苗木を育成し、冬は薪を販売
札幌から車で30分ほど、北広島の西の里エリアに大坂林業の北広島営業所があります。林業といえば山の中というイメージですが、同営業所が所有する約7ヘクタールの圃場(ほじょう)は平坦で、手前には保護ネットが張られた畑が見え、その奥には少し大きくなった木々が整然と列をなして植えられています。
「北広島では主に緑化用苗木を育てています。ミズナラなど、街路樹や公園に用いる北海道在来の広葉樹をメインに、園芸用の樹木など多品種を育成しています。エゾヤマザクラ、ナナカマドなど、皆さんの身近にある樹木もたくさんありますよ。年間で約10万本を育てています」
そう話すのは、2021年からこの営業所に勤務している山本崇人さんです。大坂林業の本社があるのは十勝の幕別町。創業から70年近くという古い会社で、もともと製材所を営んでいましたが、現在は苗木を育て、販売する業務を中心に稼働しています。
こちらが山本崇人さんです。
「本社のほうは、約40ヘクタールの広い畑で造林用の苗木を年間で200万本以上を育てています。メインはトドマツ、カラマツなどですね。会社としては、苗木を育てるだけでなく、森の循環を大切にするという考えのもと、委託された森林の山で専属チームが苗木を植え、森を育て、整備も行っています。数年前には、帯広の歴史ある賃挽き(持ち込まれた原木・丸太をオーダーメイドで製材すること)の製材所を引き継ぎ、製材も行っています」
北広島営業所ができたのは2020年で、山本さんはその翌年の夏から勤務。この営業所にいる社員は山本さんだけですが、春から秋にかけて勤務するベテランのパートさんたちが8人在籍し、苗木を育てているそう。
「樹木の種類にもよりますが、だいたいは秋に採種をして精選。播種床にその種をまき、春に発芽させるようにします。種を採るのは自社の畑や知り合いの方の山、畑で、さやに入っているものはさやから取り出し、種の周りに果肉がついているものはキレイに取り除きます。果肉がついている種は、乾燥させてしまうと発芽が遅れてしまうので、土中埋蔵法で土の中に入れて乾燥させないようにするなど、それぞれの種のタイプに合わせて調整しています」
そう説明しながら山本さんが見せてくれたさまざまな樹木の種。イヌエンジュ、マカバ、ハンノキなど、形も大きさもそれぞれです。
なかなかふだん意識して見ることのない「木の種」。樹種により、さまざまな形、大きさのものがあります。
「発芽したあと、樹木はある程度の大きさに育ててからの出荷となります。発芽した年の秋に一度掘り起こし、雪が積もる冬の間は雪で折れないよう横に寝かせます。そしてまた春に植え替えるという作業を行います。ここ(北広島)で育てている広葉樹は、種類にもよりますが、2メートルくらいに育ってから出荷します。そこまでなるにはだいたい4~5年はかかりますね」
北広島営業所ができてからまだ5年ほど。苗木の数自体は多くありますが、商品として出せる数はまだ少ないため、現在は、生産者として自社の在庫を増やしている段階なのだそう。
「緑化用や園芸用を育てているので、いろいろな種類、規格のものを育てていきたいと思っています。車を運転していても、『あの木は何の木だろう?』とつい気になってしまいます。職業病ですね(笑)」
春から秋の仕事が終わると、パートさんたちは冬の間はお休みに入りますが、山本さんは圃場の管理をしながら、薪の販売(北広島薪販売所)の対応を行います。冬でも乾燥した薪を販売しているところは札幌近郊では数が少なく、購入に訪れる人が多いそう。
薪は幕別町の本社で製造したものを運んでくるそう。
偏見や差別のない社会を目指す、ボーダレスハウスでの仕事を経験
山本さんに仕事の話を伺いながら、てっきり大学など専門的なところで林業や樹木に関して学んだできた方かと思っていましたが、大坂林業に入るまで林業や樹木に関わった経験は一度もなかったそう。
大阪の箕面市出身の山本さんは、高校卒業後上京。立教大学に通い、政治学について学んでいました。国際政治のゼミに所属し、大学3年のときに1年間イギリスに留学。異文化の人たちが仲良く生活できないものかと、差別や偏見に関心を持つようになり、帰国後は、外国人と暮らす国際交流シェアハウス「ボーダレスハウス」で生活を始めます。
「そのとき、シェアハウスには17人の人たちが暮らしていたのですが、ヨーロッパ各国をはじめ、アメリカ、中国、韓国と本当に世界中の人たちがそこに集まっていました。年齢制限があって35歳までだったので、大半が学生だったんですが、中には会社員も。生活していると何かとトラブルは起こるのですが、そのシェアハウスには当事者同士で話し合うというコンセプトがあり、とにかく話をして問題を解決していくというスタイル。それがすごくおもしろくて、こういう場所が増えたらもっと社会がよくなるんじゃないかなと思いました」
「差別偏見のない多文化共生社会をつくる」という目的を掲げているボーダレスハウスの企業方針に共感し、大学卒業後は運営会社に入社。シェアハウスに暮らす人たちのサポートをするほか、入居希望者のチェックや不動産管理なども行っていました。
「当時、東京だけで70棟近くのシェアハウスがあり、約1000人が利用。その利用者の方たちの管理のほか、シェアハウスを設ける際の物件探しをはじめ、物件が決まったら近隣の方たちにもご理解いただけるように説明に回るといった仕事もしていました」
ボーダレスハウスは東京だけでなく、関西や仙台、海外にもシェアハウスを設けるようになり、新拠点の開拓や運営などで、山本さんも京都や台湾にしばらく滞在していたこともあったそう。そんな山本さんが北海道に移住し、苗木を育てる仕事に就くことになったきっかけは、結婚とお子さんの誕生でした。
この一つひとつの芽が苗木となり、大きな木となるのです。
子どもの誕生を機に、豊かな自然を次世代に残したいという思いで北海道へ
「職場で出会って結婚した妻が札幌出身で、子どもができたら札幌で子育てをしたいと強く希望していたんです。ボーダレスハウスの仕事は好きでしたが、僕の中で、北海道といえば自然が豊かというイメージがあって、せっかく移住するなら自然に関係ある仕事に就いてみたいと考えていました」
8つ上のお兄さんが江別の酪農学園大学に通っていたこともあり、子どものころ、何度か北海道へ遊びに来たことがあった山本さんは、北海道に対して悪いイメージはなかったそう。
「自分の育った大阪の箕面は、結構自然に囲まれた環境で、子どものころから自然や環境分野に興味関心はあったんです。数学が苦手だったので文系に進んだのですが、もし数学ができていたら、自然科学や環境系の分野に進んでいたかもしれません」
多品種の樹木が並ぶ苗畑を歩くと、彩り豊かな景色が広がります。
北海道へ戻る前に東京で林業フェアなどに参加し、自然の中で働く仕事について自分なりに調べ始めます。林業に関わる仕事と言っても、木を伐りたいかと自問自答すると、そういうわけでもない...と考えていたとき、苗木を育てる仕事があると知ります。
「調べたら、大坂林業というところがあると分かって連絡したら、ちょうど北広島の圃場がオープンしたので、そこでよければと...。僕としては札幌の家から通える距離だし、条件的にもちょうどよくて」
また、山本さんの中には、仕事探しに際して決めていた明確な目的がありました。
「ボーダレスハウスのときは、偏見や差別のないよりよい社会を未来に残していくことがしたいと思って就職しました。その思いが消えた訳ではありませんが、子どもができてからは、子どもたちに自然豊かな社会を残していきたいという思いがあり、それができそうな会社を転職先として探して、出合ったのが大坂林業でした」
持続可能な林業を進めていこうと、森の循環についても力を入れている同社の取り組みは、山本さんの目的にも合致していました。
「とはいえ、樹木や林業に関しては右も左も分からないので、本社の人や北広島のベテランのパートさんたちに教えてもらったり、自分で林業の研究論文などを読んだりしました。1年目は、圃場にある木の名前を覚えるのに、植物図鑑をいつも持って歩いていました。5年目になりますが、まだまだ分からないことはいっぱいですし、常に勉強です」
事務所の棚には樹木に関するあらゆる書籍がたくさん並んでいて、山本さんが常に学んでいるというのが伝わってきます。
大変なこともあるそうですが、「それでも植えた種から芽が出るのを見るとやっぱりうれしいなと思いますし、新芽が芽吹く時期は木々の生命力が感じられて、それもまたうれしい。こういうのを仕事の醍醐味と言うのかな」とニッコリ。
MODORINAEの活動にも参加。木育マイスター取得など貪欲に活動中
大坂林業北広島営業所は、「MODORINAE HOKKAIDO」プロジェクトの制作パートナーでもあります。このMODORINAE HOKKAIDOとは、道産樹木の苗木をオフィスで育て、北海道の山に植樹しようという取り組み。現在、実証実験中です(実は、くらしごと編集部のオフィスでも苗木を育てていました)。社有林を抱えることはできないけれど、自然環境の保護に貢献したいと考えている企業が参加しやすい新しい森林保全の形として、期待されています。
制作パートナーになった経緯は、企業の森林づくりの取り組みを推進していた道庁の方に、山本さんが「苗木を育てているのですが、何かお手伝いできることはないですかね」と尋ねたのがきっかけ。タイミングよく「MODORINAE HOKKAIDO」のプロジェクトを紹介されました。
「苗木に関してうちはプロなので、オフィスで育てる苗木の提供をさせてもらうことにしました。今は、どの木がオフィスで育てるのに適しているか、日照時間、室内温度、空調なども含め、まだまだ実験中です」
MODORINAE HOKKAIDOの苗木。
ちなみにMODORINAEの苗木を育てるための木製ラックは、以前くらしごとで紹介した当麻町「フィールドギフト」の原弘治さんが制作しています。
5歳と2歳のお子さんのパパでもある山本さん、子どもたちに自然豊かな環境を残したいという思いが仕事に取り組むモチベーションにもなっています。目の前にあることが大変だったとしても、その先のやるべき目的が明確であれば乗り越えていけるというのは、前職のボーダレスハウスで経験済み。目的のために積極的に考え、動き、多少のことでは動じない。長年、林業や樹木に関わってきた方かと思うほど堂々として見えた理由が分かった気がします。
今後のことを尋ねると、「昨年取得した木育マイスターをこれからどう生かしていくかも考えている最中なんですが、街路樹のことや樹木の知識をもっと増やしたいと考えているので、樹木医にも興味を持っています。まだまだ学ぶことはたくさんありますね。また、北広島営業所はこれからより事業を拡大していきたいので、一緒に働く仲間も増やしていきたいですね」と語ってくれました。
- 有限会社大坂林業 北広島営業所
- 住所
北海道北広島市西の里 778番地
- 電話
070-1583-7266
- URL