
道東にある酪農の町・別海(べつかい)。日本一乳牛の飼育頭数が多い町(10万頭超)で、その全域に牧場があります。町はいくつかの大きな集落に分かれており、そのうちのひとつが中春別エリアになります。この中春別で、土木などインフラ事業を手掛けているのが昭和36年(1961年)に創業した「株式会社 別海」です。今回は、長年この地域に根差して事業を行ってきた同社の代表取締役・篠田巌さんに、会社のことや町への想いなどを伺いました。
土木科での学びを経て、就職。それでもやっぱり映画俳優の夢を忘れられず...
篠田巌さんは「株式会社 別海」の3代目。「祖父が立ち上げた形になっていますが、実質、2代目の父が主になって会社を回していました」と話します。建設業というカテゴリに入る同社は、土木工事、とび土工コンクリート工事、舗装工事だけにとどまらず、水道施設工事、建築一般工事など幅広い分野を手がけています。
こちらが、株式会社別海 3代目代表取締役社長の篠田巌(いわお)さん
「町内にはたくさんの建設業者がいますが、うちはこの中春別に軸足を置いて、地域のためにという想いでやってきました。その結果、業務の内容が幅広くなったとも言えますね」
篠田さんは4人兄弟の長男。地元の別海高校を卒業後、当時美唄市にあった専修大学北海道短期大学の土木科へ進学します。
「別に土木に興味があったわけではないんです。家業だったし、親からも『土木の勉強をしてこい』という感じで言われ、なんとなく進学したという感じですね(笑)。当時は特に深く考えてはいなくて、自然とそういう流れに乗った感じでした。たまたま、いとこがそこに通っていて、いい学校だよと勧められたのもあります」
短大を卒業したあとは、別海の隣町・中標津町にある建設会社に5年ほど勤務します。その後、父・糺さんが社長を務める株式会社 別海へ。当初は現場に出ていたそうですが、10年ほどした頃にJC(青年会議所)に入るなど、現場の業務以外の経営に関する中の仕事や活動が忙しくなり、現場には出なくなったそう。
テキパキと質問に答えてくれていた篠田社長ですが、「もともとね、この業界に向いていないんだよね」と、ここにきて驚きの発言。会話の間に、サラリと言われましたが、取材陣の頭の中は「え???」とクエスチョンマークが並びます。
土木部課長の志賀さんと、笑顔をみせる篠田社長
「うちは4人兄弟。僕が長男で、その下に2人の弟と妹がいます。そしてね、うちの兄弟は全員土木や建設業界には向いていないタイプなんですよ(笑)」
短大を出て中標津町の会社に勤務していた頃、この業界に向いていないと感じたという篠田社長。
「実はね、映画が大好きで、映画俳優になりたかったんです。短大を出て働いているうちに、その夢をやっぱり諦められないって思ってね。チャレンジさせてほしいと父親に頼んで、中標津の会社を辞めて東京へ行ったんですよ。父は反対していましたけどね」
演劇の学校のオーディションを受けた篠田社長は、2000人の応募者のうちの150人に選ばれます。
「狭き門を合格したものの、受かった人たちはみんなタダ者ではないわけです。学生時代にクラスの人気者だった人が集まったような感じ。現実を突きつけられ、難しさも感じ、結局1年で別海に戻ってきました」
ちなみに、下の弟さんたちは次男が中標津で映像制作を、三男が同じく中標津で花屋を経営しながら、歌を歌い、花火師もしているとか。クリエイティブなことが好きな兄弟なのだと分かります。
社員たちや周りの支えもあり、跡を継ぐことへのプレッシャーを乗り越える
「映画が好きというのもありましたけれど、自分がこの業界に向いていないと思ったのは、気持ちの面で向いていないと思ったからなんです。土木や建設の仕事は、主に官公庁の仕事を入札で落として仕事を請けるわけだけど、決まった時期に必ず落札できるとは限らないから、気持ち的に落ち着かないわけですよ。僕は見た目と違って小心者なので(笑)」
先代、先々代のころから、株式会社 別海は地域に密着した仕事をしていこうという思いが強い会社。もちろん、地元の酪農家や業者から頼まれる民間の仕事をたくさんやりたいという思いはあるものの、そもそもそういう仕事がたくさんあるわけでもなく、それだけで会社を運営していくのは厳しいのが実情です。「そうなると官公庁の仕事を取りにいかなければならない...。でも、自分は仕事をガツガツと取りに行こうっていうタイプではないんですよね」と話します。
「その点、父は自分と違って、堂々としていて、経営者としても、人間的にも凄い人だったんです。偉大な存在でした。亡くなって9年になりますが、いまだに周りの人から『お父さんは素晴らしい人だったね』と言われます」
そんな父・糺さんの背中をずっと見てきた篠田さんが社長に就任したのは平成16年(2004年)。糺さんは会長職に就きました。
施工事例1:一般国道44号 根室市 幌茂尻東改良工事
「だから、社長になったときのプレッシャーはすごかったですね。会社を潰すわけにはいかないし、従業員たちに自分の思いをどう伝えればいいかも分からなかったし...。当時はまだ父が元気だったので、何かあれば父に相談すればいいと自分の中に少し甘えがあったのかもしれません。でも、父が亡くなり、このままではいけない、自分がしっかりしなければと思いました」
糺さんが亡くなってから数年経ち、仕事も順調で、社員同士の風通しも良く、社内の雰囲気も良くなってきたと実感できたとき、「肩に重くのしかかっていたプレッシャーが少し軽くなって、なんとかやっていけるかもと思えるようになりました」とニッコリ。それでも毎日、仏壇に手を合わせ、糺さんに見守っていてほしいと伝えると話します。
「こんな自分がなんとか社長としてやっていけているのは、今いる社員や周りの人たちの支え、助けがあってこそ。本当に感謝しています」
地域貢献のひとつとして地域の小学校のグラウンド除雪をしている状況です
会社で大事にしているのはチームワーク。地域貢献も積極的に実施
地域に寄り添った会社でありたいと話す篠田社長。地域貢献にも力を入れています。「中春別エリアは、別海町の中でも大きなコミュニティーのひとつ。保育園も、小学校も、中学校もあります。そんなコミュニティーで必要だと思ってもらえる企業であること、地域の人たちに応援してもらえるような企業であることが大事だと考えています」
そのためには、ボランティアや慈善事業に近い形で、町の盆踊りの会場整備や草刈りを買って出ることもあれば、子どもたちの砂場が壊れたと聞いたら直しにも行くそう。「雪解けの時期に保育園や小学校のグランドを早く使いたいと聞けば雪割りにも行きます」と話します。
「企業として、DX化とか従業員のスキルアップなども当然行いますが、それでもやっぱり地域あっての自分たちなので、地域に役立つことはできる限りやらせてもらうようにしています」
施工事例2:一般国道44号 根室市 酪陽改良工事
篠田社長が商工会の会長や業界団体の地区の役員を務めているのも、「地域のお役に立てるなら」という思いから引き受けているそう。「こうした活動ができるのも、今いる社員たちがしっかり仕事をしてくれているからなんです。信頼して仕事を任せられるんです」と笑顔を見せます。
株式会社 別海には、「別海貨物株式会社」というグループ企業があり、こちらも篠田さんが社長を務めています。地域の酪農家から生乳を集荷してプラントへ運んだり、飼料の配送を行ったり、砂利や土といった工事用資材をダンプで運搬するなど、こちらも地域に密着した業務を行っています。
「毎日のように中春別や別海町のあちこちに運搬用の車を走らせているので、ドライバーたちから、道路状況を聞くことができます。また、うちは道路パトロールや冬は除雪を行っているので、何かあったときの情報共有もスムーズ。こういうところはうちの強みかなと思っています」
酪農家さんから「牧場内の道路の壊れたところを直してほしい」とドライバーさん経由で依頼を受けることもあるそう。
グループ企業「別海貨物株式会社」のミルクローリー。
「グループ会社がしっかり連携することで、スピーディーに町の人たちの役にも立てるのは、とても喜ばしいこと。従業員同士の繋がりもでき、従業員の仕事の引き出しも増えていくと思うんです」
大事にしていることは「チームワーク」と話す篠田社長。「小さな町の小さな会社ですから、チームワークが良くなければ続けていくことは難しいと思うんです。僕はダメな社長ですけど、どちらの会社も従業員のチームワークが良いから、成り立っていると思います」と謙遜気味に話しますが、きっと篠田社長の人柄が社内をひとつにまとめているような気がします。
全国区の別海町には高いポテンシャルがある。もっと魅力を発信したい
共に働く従業員には、できるだけのことはしたいと話す篠田社長。福利厚生はなるべく手厚くと考えているとのこと。数に限りはありますが、自社物件の社宅も完備し、町外から移住をしてくる社員には引っ越し費用の補助などもあるそう。
「別海町はポテンシャルのある町だと思います。海と山、両方がそろっていて、それぞれに牛乳、乳製品、ホタテや北海シマエビなど、全国に誇れる特産品もあるし、ふるさと納税も全国5位で、全国的に知名度も上がっています。ここ数年は、地域おこし協力隊もたくさん来てくれているし、移住者がこれからもっと増えていくといいなと期待しています」
移住してこられる方へ提供しているアパートの社宅。ご家族で住んでいる社員さんも!
家族で移住してくる人の中には、のびのびと子育てができるのが魅力と話す人もいるとか。その一方で、空港が近くて本州とのアクセスが良いことなどもポイントなのだそう。
生まれも育ちも別海町の篠田社長に、町内で好きな景色があるかを尋ねると、「野付半島のトドワラも好きですけど、牛たちが牧草地に寝そべっている様子、あとは北海シマエビの漁の船が帆を張っている様子もいいなと思います」と話します。
「多くの人が、自然がある環境っていいねと言います。以前、美しい自然を見て感動したり、心が熱くなったりするのは、人間には動物の血が流れていて、本能的にそう感じるからだと聞きました。だから、別海の豊かな自然の中で暮らせるのはいいことなんじゃないかなと思います。ま、僕はススキノのネオンを見ても心が熱くなりますけどね(笑)」
そんな冗談を言い、笑わせてくれる篠田社長ですが、「商工会の会長として、もっと別海町の魅力を発信していかなければと思っています。それと同時に、社長として、会社の魅力もどんどん伝えていかなければと考えています」と、最後は真面目な表情で語ってくれました。