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長沼町

長沼町だからできる、起業支援の形。ローカルスタートアップ事業20250809

長沼町だからできる、起業支援の形。ローカルスタートアップ事業

新千歳空港から車で30分、札幌市にも1時間程度で行ける長沼町。アクセスが良いにも関わらず、畑作風景や田んぼ、牧場などのどかな風景も広がり、自然の豊かさもしっかりと残っています。そんな立地の良さと自然が融合した長沼町で始まる「ローカルスタートアップ事業」。長沼町での起業や移住を考える人たちへ支援や、オンラインと現地での研修などを行うプログラムです。

今回はこの事業に携わる4名へ取材。長沼町政策推進課課長の青野直樹さん・一般社団法人「まおいのはこ」代表の坂本一志さんと佐藤大地さん・ANA X(エイエヌエーエックス)株式会社のR&D推進部の前田清高さんと、立場の違う4名から見た事業や町の魅力を伺いました。

「面白いこと」を一緒に

「僕、『かっこいい』って言葉に、つい反応しちゃうんですよね」

そう笑うのは、北海道長沼町の政策推進課課長を務める青野直樹さん。町が取り組む「ローカルスタートアップ事業」について話を聞くと、この言葉が返ってきました。そして、「かっこいい」の言葉の裏側には、なにやら熱い想いがあるようです。

20250728_naganuma_localstartup_4.jpg長沼町政策推進課課長の青野直樹さん

ローカルスタートアップ事業は、長沼町で起業したいと考える人向けにこれから始まる取り組みです。この事業では、長沼町や町内外のさまざまな企業がオリジナルプログラムを通じて、起業希望者と伴走し、長沼町での起業をサポートしてくれます。

この事業がスタートした背景にあったのは、「地域おこし協力隊が任期を終えたあとに、起業する難しさを身近で見ていたから」だと青野さん。3年間の任期を終えてから新しい挑戦を始めるのではなく、在任中から小さく試せる環境をつくりたい。これが元々の事業の出発点だったといいます。

「最初から今の形が見えていたわけじゃないんです。いろんな人と関わりながら、試して、考えて。その積み重ねで、今につながってきた気がします」

長沼で起業したい人の波は止まらず、最近では町外からの起業の問い合わせも増えてきているそうです。「長沼町で商売をやりたい」と、おにぎり屋や酒造など長沼町の食材や水を活かした事業が多く、満を持してローカルスタートアップ事業がスタートすることに。

事業コンセプトは、「ローカル・観光・AI」。例えば、長沼町は2023年度の年間観光客数が約200万人と、観光地としてこれからまだまだ伸びる可能性を秘めています。この特性を活かし、ローカル食材を活かした飲食店やAIを活用した観光業、交通ネットワークなど、さまざまなビジネスチャンスが。青野さんも「まだ気づかれていない意外性こそが町の魅力であり、起業家にとってのチャンス」だと考えています。

「真面目な取り組みも大事だけど、面白いことをやってくれる人の方がありがたいんですよ。町としても、そういう人と一緒に動いていきたいと思ってます」

そんな青野さんが「面白いこと」の実例に挙げてくれたのが、今年の7月に長沼町総合公園で開催された「手紙社の北海道蚤の市」。何気ない雑談で「呼べたら、かっこいいよね」と盛り上がったのがきっかけでした。

2025naganuma_nominoichi.jpg2日間に渡って開催された「北海道蚤の市」。150組以上のお店や作り手さんたちが集まったこのイベントは、大盛況の内に幕を閉じました。

「『かっこいいよね』と、何気なく始まる会話から出るアイディアが、好評なことが多いんですよね。なので、会話の中に『かっこいい』という言葉が出ると、反応してしまうんです(笑)」

2年越しの準備を経て実現したイベントは、町の人たちにも喜ばれ、主催者からも長沼の環境を高く評価されたそうです。

「役場はもともと『役に立つ場所』と書いて『役場』ですから、こういう取り組みはもっとやるべきだと思っています。イベントも成功したら終わりではなく、点として次の点へ繋げて、いつか線を結んでいきたいですね」

行政として、企業が長沼町で何かをしたいと考えた時の橋渡し役を徹底的に行う青野さんの姿勢は、新しい挑戦をしたいと考える起業家にとって何よりも心強い支えとなるでしょう。

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そんな青野さん自身は、長沼で生まれ育ち、若い頃は札幌に憧れていたそう。だけど、今は「田舎を求めて来てくれる人たち」の存在に気づき、地元の魅力をあらためて感じるようになったといいます。

「なんでも手に入る時代だからこそ、毎日の風景とか、近所との関わりとか、そういうものに価値を見出す人が増えている気がします。最近、自分でもその感覚が腑に落ちるようになってきました」

そんな青野さんが一番好きな長沼の風景は、「お米を刈ったあとの田んぼ」。実家が農家だった影響もあり、子どもの頃に稲刈りを手伝った後の一仕事終えた安堵感と、家族と過ごす穏やかな年末の空気が、その景色に重なっているのだと語ってくれました。

誰よりも長沼の魅力を知っている青野さんから、事業への参加を迷っている方へのメッセージも。

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「うちの町に来てもらえたら、損はさせません。楽しいことしかないと、本気で思ってます。『長沼町は違うな』と感じてもらえるように、全力でサポートしますので。ぜひ来てくださいね」

「1人のインパクトが大きい」からこそ、地域で生きる実感を

続いて、一般社団法人「まおいのはこ」代表の坂本一志さんにお話を伺います。「まおいのはこ」は、坂本さんが地域おこし協力隊の現役隊やOBと町民が切れ目なくつながれるようにと立ち上げた組織です。
(※以前くらしごとで取材した長沼町の地域おこし協力隊と「まおいのはこ」のお話はこちら

坂本さんは、元々長沼町から約20Km程離れた江別市の職員として働いたあと、地域おこし協力隊として移住してきました。任期が終わった今も町に暮らし、地元の農家や企業の補助金申請、開業手続きなどをサポート。意外にも、お客さんの半分ほどは町外からの依頼で、「インターネットがあれば、どこにいても仕事ができるんです」と、教えてくれました。

そんな坂本さんが長沼を選んだ理由は、「人口が少ない分、1人のインパクトが大きい」と感じたから。新しいことを始めれば、名前が自然と広まっていく。自分の行動が、誰かの役に立ったり、町の空気を少しだけ動かしたりする。その実感が、この町にはあると坂本さんは言います。

20250728_naganuma_localstartup_7.jpg一般社団法人「まおいのはこ」代表の坂本一志さん

既存のサービスが少ない分、新しい知識や経験を持った人が入ってきたときの受け皿もまだまだある。「だからこそ、挑戦がしやすい環境なんです」と坂本さん。

今回のローカルスタートアップ事業でも、「まおいのはこ」が持つネットワークと経験が活かされます。事業計画の製作サポートをはじめ、起業希望の方から相談があれば、そのネットワークを活かし、町内への紹介などを行う予定です。また行政書士としての、知識を活かし、開業資金のサポートなども行います。

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どんな人にこの町に来てほしいか。そんな質問に、坂本さんは少し間をおいて、こう答えてくれました。

「地域の皆さんと関わりながら、一緒に町をつくっていけるような方でしょうか。新しいアイデアや視点を持ち込むことはもちろん大歓迎です。だけど、同時に地域の文化や歴史にも敬意を持って、自然に溶け込んでいけるような...そんなバランスを大切にしてもらえたら」と坂本さんは穏やかに語ります。

地元を離れて気づいた、町の可能性

幼少期から高校卒業まで長沼町で育ち、大学進学を機に町を離れた佐藤大地さん。現在はUターンし、WEBメディアの運用やライティング、SEO対策やホームページ制作などIT系のフリーランスとして活動しながら、「まおいのはこ」の一員として地域おこし協力隊のサポートにも携わっています。

同じくメンバーの坂本さんとは、明確に役割を決めているわけではなく「自然と分担できてる感じですね」と、朗らかに笑います。自身のスキルを活かし、WEB関連の相談や、働き方についてのアドバイスなど、協力隊や地域の人の心強い存在となっています。

前職を辞めて久しぶりに戻ってきた長沼の町で、佐藤さんはその変化の大きさに対し「長沼町、すごい勢いがあるじゃん!」と感動したといいます。

20250728_naganuma_localstartup_8.jpg一般社団法人「まおいのはこ」の佐藤大地さん。ボードゲームが趣味なのだそう。

新しいお店が増えていて、町外から移住してきた事業者も多い。特に飲食店の動きが活発で、長沼産の米や野菜を使いたいという声が高まっているそう。外での暮らしを経験したからこそ、地元の魅力を改めて見つめ直すきっかけにもなったといいます。

「昔から長沼の食材で育った僕にとっては、米や野菜が美味しいのは当たり前だったんです。でも外に出てみて、自分の地元の魅力を再認識したんですよね」と佐藤さん。

一方で、町の空気感そのものは、昔と大きくは変わっていません。道を歩いていれば車の中から手を振られ、スーパーで誰かとばったり会う。そんな風景が、日々の中にごく自然にあるのです。

「これも当たり前だと思ってたけど、外から見ると結構特別ですよね(笑)」

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そう言って、少し照れくさそうに笑う佐藤さん。しかし、その光景も暮らしの一部として楽しんでいるようでした。

ローカルスタートアップ事業では、長沼で起業した佐藤さんだからこそわかる、起業する前と後の必要なことや大切なことを丁寧にアドバイスしてくれます。「相談には全力でのります!」と明るく答えてくれる姿もとても頼もしいです。

そんな佐藤さんに、どんな人に町へ来てほしいかを尋ねると、「挨拶ができるなら、誰でも(笑)。でも挨拶できるって、すごく大事だと思うんです。それをきっかけに、人って仲良くなれるんじゃないかなと思ってます」と笑顔で話してくれました。

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バカンスのように仕事できる場所

航空会社ANAのマーケティング領域を担う「ANA X(エイエヌエーエックス)株式会社」。ローカルスタートアップ事業の伴走企業の1社です。ANA Xで、旅行関連データの活用やシステム開発、大規模プロジェクトの推進に取り組む、R&D推進部DX企画チームの前田清高さんにもお話を伺いました。

出身は九州、現在は関東在住の前田さん。そんな前田さんが北海道と関わるようになったのは、前職での経験がきっかけだったそうです。大手外資ホテルの開業に携わった際、恵庭、南富良野、そして長沼と、道内3カ所の立ち上げを担当する機会があったのだとか。

20250728_anax_hp.jpgANA X株式会社 R&D推進部DX企画チームの前田清高さん。

「それまでの北海道って、『雪が多い』とか『寒い』っていうイメージしかなくて。でも実際に来てみたら、全然違いました」

特に、長沼はまるで別世界のような魅力があったと言います。

「圧倒的に北海道らしい景色が広がっていて、どこまでも続く畑や、地平線まで見渡せる空。その開放感は、長沼ならではのものだと思いました」

その印象は今も強く残っているそうで、ANA Xの社内でも、長沼町を「ワーケーションにぴったりな場所」として紹介しているとのこと。前田さんは長沼を「バカンスのように過ごせる町」と表現します。

「長沼を訪れ仕事をし、終わったら地元のお祭りへ。どぶろくをいただいたり、地元の方とコミュニケーションをとったりと楽しい時間を過ごし、宿泊。朝は早く起きて、畑のトウモロコシ収穫体験をし、その場で茹でて頬ぼる...こんな過ごし方ができるのは、長沼じゃないとできないと思うんです」と語ってくれました。

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今回のローカルスタートアップ事業では、長沼町役場から声がけがあり、「旅行とAI」をテーマにしたワークショップを担当する予定。ANA Xが保有する旅行関連データを活かして、観光分野でのAI活用や効率的な仕事の進め方を提案していく取り組みです。

「ANAと連携したデータがあるからこそ、旅のニーズや動向を読み解ける。それを地域や起業家の皆さんに役立ててもらえたら」

そう話す前田さんの言葉からは、データを単なる情報として扱うのではなく、地域の可能性を広げるツールとして活用したいという想いが伝わってきます。

さらに、長沼町は「東京から仕事を持ち込める」可能性も秘めていると前田さん。空港まで車で30分という好立地を活かせば、たとえば朝に長沼を出て、東京で午前中の会議に出席する、というような働き方も現実的なのだそうです。

naganumatown.jpgのどかな長沼町の景色は、誰もが想像する「北海道」そのもの。

「関東では、まだ長沼のことを知っている人は少ない。でも、正直なところ、あまり知られたくない(笑)それくらい、美しいんです」

そんな風に笑う前田さんが語る長沼の魅力は、風景だけにとどまりません。

「人がとにかくあたたかいんです。よそ者もウェルカムで、地域の輪に入りやすい空気がある。長沼って、そういう場所だと思います」

そう感じたのは、イベントなどを通じて地域の方々と直接関わる中での実感から。だからこそ、長沼での暮らしや活動に向いているのは、「地域の人と積極的に関わっていきたいと思えるアクティブな人」だと話します。

anax_maeda01.jpgANA Xの社員の方々が集まり、長沼町内でワーケーションも行われました。

前田さんの目に映る長沼は、「働く場所」であると同時に、「心を緩められる居場所」でもあるのです。そんな土地だからこそ、ANA Xが描く「未来の働き方」との相性も良いのでしょう。企業の枠を超えて地域に関わる前田さんの姿勢は、新しい時代の地域連携のあり方を示しているように感じられました。

小さな町で始まった新しい挑戦を、4名それぞれの目線で聞くことができました。行政、地域の支援者、そして企業パートナーが手を取り合い、一人ひとりの「やってみたい」を大切に育てていく。そんな長沼町の取り組みから、地域と誰かの可能性を信じることの大切さを改めて感じることができました。

長沼町政策推進課企画政策係
長沼町政策推進課企画政策係
住所

〒069-1392 北海道夕張郡長沼町中央北1丁目1番1号

電話

0123-76-8015

seisakusuishinka@ad.maoi-net.jp

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長沼町だからできる、起業支援の形。ローカルスタートアップ事業

この記事は2025年7月28日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。