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このまちのあの企業、あの製品
安平町

移住して実現、仕事と畑の両立生活。(株)エム・エム・ピー20250807

移住して実現、仕事と畑の両立生活。(株)エム・エム・ピー

「仕事も住む場所も、流されるようにして、ここへ来ました」

そう穏やかに話す佐藤貴博(さとう・たかひろ)さんは48歳。株式会社エム・エム・ピーの給食調理チーフとして、新千歳空港に近い安平(あびら)町にある高齢者施設で働いています。

札幌近郊の出身で、これまで札幌市内を中心に仕事をしてきた佐藤さん。エム・エム・ピーに勤めるなかで、転勤により安平町の施設を担当することになりました。当初は札幌から通勤していましたが、「自分の畑を持って、自給的な生活をしてみたい」と思うようになり、やがて町内で畑付きの中古住宅を購入。日中は施設で働き、夕方や休日は自宅の畑で野菜の世話をする生活を送っています。

mmp02.jpg株式会社エム・エム・ピーで給食調理チーフとして働く佐藤貴博さん

「札幌に戻るという気はまったくありませんね。落ち着いたこのまちの暮らしが気に入っています」と話す佐藤さん。職場でも、畑でも、その姿はいたって自然体。理想の暮らしを自分の手で実現しています。

道内各地で多くの施設給食を受託しているエム・エム・ピーでは、今後、佐藤さんのように「移住して働きたい」という人の採用を、より積極的に進めていく予定です。採用担当の小林浩二さんによると、たとえば引っ越し費用や家賃補助など、移住にかかる負担を軽減する仕組みを整備中とのこと。調理未経験者でも働きやすいように工夫を重ねるなど、制度や環境づくりへの取り組みについても、お話を伺いました。

「地方で働きながら、自分のペースで暮らしたい」、そんな思いを持つ方にこそ、知ってほしい内容です。

朝は調理場、夕方は自分の畑へ。日々の整う暮らし

お話を伺ったのは、佐藤貴博さんが勤務する、安平町追分地区の特別養護老人ホーム・追分陽光苑。高速道路のICやJR駅から車で5分とアクセスも良く、緑に囲まれた静かな環境に建つ施設です。佐藤さんは、追分陽光苑を運営する社会福祉法人・追分あけぼの会のほか、同じ法人の系列施設を含めた80~100人分の食事を、8名のスタッフでシフトを組みながら担当しています。

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「スピーディーに、集中して作業するのが好きですね」と語る佐藤さん。職場では、スタッフ同士が息の合った連携で作業を進め、決められた時間までに食事を提供することに達成感を覚えるといいます。一方で、新人が入った際には、無理なく少しずつ慣れてもらうよう気を配っています。

食事は、利用者にとって日々の楽しみであると同時に、大切な生活の一部。刻み食やミキサー食など、それぞれの状態に合わせた食事を、定刻までに確実に届けることが求められます。また、施設の記念日や行事などのハレの日には、特別メニューを提供することも。エム・エム・ピーでは、会社の担当者が施設と相談しながら献立を考え、食事に添えるメッセージカードや折り紙なども用意して、見た目の楽しさや季節感も大切にしています。

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佐藤さんの主な勤務時間は、朝6時から午後3時〜4時ごろまで。朝が早いぶん、帰宅後にはたっぷりと自分の時間が取れます。自宅に戻ると、すぐに「第二の出勤先」である庭の畑へ。ジャガイモ、トウモロコシ、枝豆、キャベツといった定番野菜から、北海道でも近年栽培が増えているサツマイモや落花生まで、20種類以上の作物を育てています。収穫した野菜はそのまま食卓に並ぶだけでなく、大豆はみそに、小豆はあんに、イチゴはジャムにと、保存食にも加工。まさに自給的な暮らしぶりです。

「畑のものがおいしくできたときはやっぱりうれしいですし、うまくいかなくても『次はこうしてみよう』と考えるのが楽しいですね。食べきれない分は冷凍したり、職場でスタッフと分け合ったりしています」と、笑顔で話す佐藤さん。農業の経験はなく、YouTubeや本を参考に少しずつ学びながら畑を整えてきました。7年ほど前に今の家へ引っ越した当初は畑には草が生い茂り、かなり荒れていたそうですが、草むしりを地道に続けて、土壌の改良も行い、今ではフカフカの土に育て上げています。

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冬の間は畑仕事こそありませんが、「DIYで本棚をつくったり、家の修繕をしたりしています。千歳にもすぐ行けるので買い物にも困らないし、何より静かで落ち着ける環境。毎日が充実していて、もう札幌に戻りたいとは思いません」と話してくれました。

調理の仕事は20年以上になるものの、この理想の暮らしにたどり着くまでは紆余曲折(うよきょくせつ)もあったという佐藤さん、これまでの道のりについてもお聞きしてみましょう。

札幌で新聞配達、ひとり暮らしから、誘われて調理の道へ

佐藤さんは、札幌近郊にある江別(えべつ)市の出身。地元の中学・高校ではバスケットボール部に打ち込みました。

高校卒業後は、札幌市で新聞配達をしながらひとり暮らしをはじめ、その後、友人に誘われて居酒屋の厨房でアルバイトをすることに。働きぶりが評価されて社員となりましたが、「深夜に仕事が終わって朝に寝る生活は、自分にとってはあまり合わないと思って――」と佐藤さん。別の友人の紹介で、病院給食を請け負う会社にパートとして入社し、やがて社員になりました。

居酒屋での調理経験があるとはいえ、病院での仕事はまったく違う苦労があったといいます。「病院は、食事の時間が厳密に決まっています。糖尿病用や塩分制限のある食事など、さまざまなメニューを、決められた時間までに作って提供するのは大変でした」と佐藤さん。それでも、そうした業務を一つひとつこなせるようになることに、やりがいも感じてきました。

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順調に続くと思っていた札幌での生活でしたが、32歳のときに転機が訪れます。

「父が、がんで長くないと聞いて、会社を辞めて、そのころは江別市にあった実家に戻ったんです。母もうつ状態になってサポートが必要でしたし......はい、その時期は無職でした」

さらりと話しますが、父の入院対応や家事、各種手続き、母のケアまで、すべてを一人で担った佐藤さん。その後、父を看取り、少しずつ母の状態も落ち着いてきたころ、再び働くことを考えるようになります。

そして声をかけてくれたのが、以前の職場で同僚だったエム・エム・ピーの小林さん。「うちで働いてみないか」との誘いが、佐藤さんにとってまた新たな転機となりました。

転勤がきっかけで安平町へ。通勤先が、暮らしの舞台に変わった

配属先となったのは、エム・エム・ピーが新たに給食調理を受託した札幌市内の病院でした。はじめは、新人のパートスタッフも多く、業務に慣れてもらうまでに時間がかかったそうですが、数ヵ月もするとチームとしての連携も取れるようになってきました。

当時は、江別市の実家から通勤していた佐藤さん。1年ほど経ったころ、次の配属先として打診されたのが、安平町にある今の追分陽光苑でした。ここもまた、エム・エム・ピーが新たに受託したばかりの施設でしたが、安平町にはそれまで足を運んだこともなく、まちのこともまったく知らなかったといいます。

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「どんなまちかは知らなかったんですけれど、もともと田舎への憧れはありましたし、住んでいた江別から安平町の追分までは車で1時間くらいなので、特に抵抗は感じませんでした」

そう語る佐藤さんは、その後、追分陽光苑での勤務をスタート。施設は、社会福祉法人・追分あけぼの会が運営しており、他の特別養護老人ホームやグループホームの分も含め、食事を一手に引き受けるセントラルキッチンの役割も担っています。受託の立ち上げ時は苦労も多かったものの、徐々にチームワークが育ち、現場は安定していったといいます。

安平町と自宅とを往復して働くうちに、このまちの緑の多さや、庭で菜園を楽しむ人の多さに触れ、佐藤さんのなかで「畑をつくってみたい」という気持ちが膨らんでいきました。

「テレビでよく見る、田舎暮らしにちょっと憧れがあって。畑で採れた野菜を食べて、何でも自分でやる暮らしって、いいなと思っていたんです」

まずは、職場のパートさんが所有する土地の一部を借りて、枝豆やトマトの栽培に挑戦。そこで畑仕事の楽しさに目覚めた佐藤さんは、人づての紹介で、町内にある300坪の畑付き中古住宅を購入。ひとり暮らしでDIYや畑づくりに精を出しはじめました。

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「家を買ったばかりのころは、畑が草ぼうぼうで、まずはひたすら草取りでした。休日には母を連れてきて、一緒に作業したこともあります。母も土に触れていると気持ちが落ち着くようで、いまでも時々、うちに来て畑を手伝ってもらっていますよ。いずれは、ここで一緒に暮らすことも考えていますし、やっぱりこの場所に住んでよかったなと思っています」

ネットで栽培方法を調べたり、新しい作物に挑戦したりと、畑への関心はますます高まるばかり。今後について尋ねると、佐藤さんは「いずれは直売所で、うちの畑の野菜を販売してみたいですね」と話してくれました。

調理未経験でも大丈夫。世代を問わず活躍できる職場

佐藤さんが働いている株式会社エム・エム・ピーは、北海道内の高齢者施設や病院、学校などで給食調理を行っている会社です。2001年に札幌で創業し、現在は旭川・北見・函館にも営業所を持ち、受託先は道内各地で70〜80施設にのぼります。

採用を担当する道央地区の統括部長・小林浩二さんに、どんな人が働いているのかを聞いてみると、「学歴や職歴、年齢といった条件はあまり問いません。調理が未経験という人もいますし、80代で元気に働いている人もいます」とのこと。むしろ大切なのは『長く働きたいという気持ち』だと語ってくれました。その理由については、こう続きます。

mmp09.jpg株式会社エム・エム・ピー道央地区の統括部長・小林浩二さん

「給食は決まった時間までにつくり終えることが大前提です。そのなかで、高齢者の方なら刻み食やミキサー食、病院であればアレルギーや疾患に応じた食事を用意する必要があります。誰にどの食事を提供するかを覚えるまでには少し時間がかかりますが、慣れてくると、たとえば『◯◯さんは、これぐらい細かく切って』といったことも自然に分かるようになり、作業効率も上がるんです」

一方で、多くの業界と同様に、エム・エム・ピーでも数年前までは人手不足に悩まされていました。そこで、採用の間口を広げるとともに、特定技能で働く外国人の受け入れにも力を入れた結果、少しずつ人手を確保できるようになってきました。佐藤さんが勤務する追分陽光苑では、ネパールから来た若いスタッフ2人が、日々の戦力となって働いています。

人員にゆとりが出てきたことで、労働環境の整備も進んできました。たとえば、佐藤さんは現在、月に7〜8日の休日があり、オンとオフのメリハリを大切にした働き方が実現できているそうです。

mmp10.jpg現場からの要望や意見もしっかり取り入れ、常に働きやすい環境を維持

また、今後は調理済み食材を取り入れる予定もあるなど、未経験者やライフスタイルに合わせた働き方への配慮も進んでいます。小林さんは、こう話します。

「私がこの業界に入ったころは、施設に50人いれば、好き嫌いまで考慮してそれこそ50通りの食事をつくっていました。でも、それではスタッフの負担が大きくて、『日中だけ働きたい』『土日は休みたい』という希望にこたえづらいんです。

また、都市部では早朝出勤の交通手段としてタクシーチケットを支給していましたが、ドライバー不足により、前日予約さえできなくなってしまった地域もあります。そこで早朝勤務の負担を少なくするために、時短・少人数で対応できるよう、完全調理済みの食材を温めて盛りつけるだけの提供も取り入れることが、働きやすさの一助になると思っています」

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スタッフのシフトの要望に柔軟に応えられるよう工夫を続けている同社。佐藤さんのように、家庭の事情があって仕事をしばらく休んでいた後に職場復帰した人にとっても、無理なく働ける環境が整っていることは、大きな安心材料となっているようです。

安心して働ける環境があるから、「この町で暮らしたい」がかなった

エム・エム・ピーでは今後、移住希望者やUターン人材の採用にも、さらに力を入れていく予定だと小林部長は話します。制度面では移住支援の整備も進めており、佐藤さんのように地域に根ざした暮らしを望む人にとっても、働き方の選択肢が広がる環境を提供できる体制になっています。本州から北海道への移住を希望する人の応募も歓迎しているそうです。

札幌から安平町・追分の施設への転勤をきっかけに、住まいも、働き方も、暮らし方も大きく変わった佐藤さん。しかし、それは決して「会社に言われて仕方なく」移住したわけではありません。生活スタイルを自分なりに捉え直すなかで、次第にこの土地に惹かれ、やがて畑付きの家を購入。自給的な生活を楽しむようになりました。調理という仕事に携わりながら、オフには自宅の畑で汗を流す。その生活リズムのなかに、心地よさと達成感を見いだしています。

こうしたライフスタイルが実現可能なのは、エム・エム・ピーが働き手重視の取り組みを積極的に行っているからです。移住やUターンを前提に「新しい土地での新しい働き方」を求める人にも、門戸が開かれています。

取材の終わりに、佐藤さんはこう話してくれました。

「安平町のいろんな景色が好きですけれど、うちの窓から見える畑の眺めが、いちばん好きですね」

その表情には、いまの暮らしへの満足感があらわれていました。

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株式会社MMP(エム・エム・ピー)
株式会社MMP(エム・エム・ピー)
住所

北海道札幌市白石区菊水元町2条2丁目4-20

電話

011-873-8100

URL

https://m-m-p.jp/

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移住して実現、仕事と畑の両立生活。(株)エム・エム・ピー

この記事は2025年6月25日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。