北海道の南西部に位置し、日本海に面した美しい景色が広がるせたな町。海と山が隣り合い、豊かな自然の恵みを受けられるこのまちで、2021年の春に新規就農し、家族で放牧酪農を営んでいるのが阿江邦彦さんです。
飼育頭数は約40頭と小中規模ですが、家族との時間を大切にした阿江さんの酪農スタイルは、これまでの「キツそう」「大変そう」という一般的なイメージとは異なり、「豊かな暮らし」という言葉がしっくりきます。
そんな阿江さんの牧場におじゃまし、せたな町に来るまでの歩み、まちでの暮らし、これからのことなどを伺いました。
勘違いがきっかけで運命的に出合った乳牛。酪農にどっぷり浸かった学生時代
阿江さんは兵庫県出身。子どもの頃から犬や猫などの動物が好きで、父親の知り合いの農家さんのところへ遊びに行く機会がよくあり、土に触れる楽しさを知っていました。
「なんとなく、将来は農業の仕事がしたいと漠然と思っていました。高校の進路を決める際、正直なところ勉強をあんまりしたくないというのもあり(笑)、実習などが多そうな農業高校に進みたいと考えていました」
県立の農業高校の畜産科に進学しますが、畜産科を選んだのはちょっとした勘違いがきっかけでした。農業高校に行こうと検討していた際、父親から「お前は実家が農家じゃないから、農業科には入れないんじゃないか?」と言われ、阿江さん自身もそう思い込んでしまいました。
「農家の子じゃないと農業科に入れないなら、この『畜産科』というのは何だろう?」と疑問に思い、見学に行くと、そこには肉牛や乳牛、豚、鶏など、さまざまな動物が飼育されていました。
こちらが、兵庫県から移住した阿江牧場の阿江邦彦さん。
もともと動物が好きだった阿江さんは、「大きい動物と触れ合えるなら」と畜産科へ進むことにします。
「今思えば、農家の子じゃなくても農業科に入れるんですけどね」と振り返って笑います。
高校に入学し、初めての当番で乳牛の世話をする酪農班に配属された阿江さん。最初は大きな牛に対して「怖いな」と感じたものの、接してみると意外なほど穏やかで優しい牛の性格に、すっかり心を奪われてしまいました。
そのまま「酪農研究会」に入部し、放課後に牛の世話やエサやりをしたり、共進会(家畜の体型や能力を競う大会)に牛を出品したりと、まさに「牛」中心の3年間を過ごしました。
高校の3年間で「自分の仕事は牛飼いだ」と確信した阿江さんは、より深く酪農を学ぶために、北海道江別市にある酪農学園大学の酪農学部へ進学。
「酪農といえば北海道と思っていましたし、なんとなく自由なイメージもあって憧れもありました。オープンキャンパスで大学に初めて来たとき、自分のイメージしていた通りで、ここだ!と思いました」と懐かしそうに目を細めます。
大学でも「乳牛研究会」や「中小家畜研究会」のサークルに所属し、「家畜三昧の濃密な4年間でした。楽しかったですね」と回想。阿江さんと同じように酪農に対して熱いものを持っている仲間と過ごした大学時代はとても充実したものでした。
「卒業後のことを真剣に考え始めたのは4年生になるちょっと前。就職活動をするには少し遅めのスタートでした。当時は就職氷河期で、早くから就活をしていた同級生の中には100社近く受けて全滅という子もいて、これはマズイと焦って就活を始めました」

社会勉強のため、まずは会社員に。牛飼いの夢を後押ししてくれたのは妻の言葉
就活を始めたものの、酪農の仕事がしたい、牛飼いの仕事に就きたいという思いが強かった阿江さん。牧場の求人などもチェックしますが、当時の牧場の求人は待遇面や給与面で不安が多く、なかなか決断ができずにいました。
それであれば、酪農に関係ある事業を行っている会社や団体へ就職しようと考え、地元・兵庫の各農協や全国区の飼料会社、乳業メーカーにもエントリーしますが、氷河期というだけあり、そう簡単に突破できずにいました。
悩んだ阿江さんは、大学2年の時に委託実習でお世話になった十勝・大樹町の「半田ファーム」の奥さんに相談します。
難航している就活のこと、本当は牧場で仕事がしたいことなどを話す阿江さんに、奥さんは「あんたは社会のことを何もわかってないから、牧場とか言わず、どこでもいいから会社に入って社会勉強しなさい!」と発破をかけられます。
さらに兄弟からも「苦手なジャンルを避けるな」と厳しくも愛のあるアドバイスを受け、阿江さんは苦手だった家畜改良の企業の就職試験にもチャレンジ。
「どうせダメだろう」と開き直った阿江さんは、面接で「将来は牧場をやりたいと考えています」と正直に本音をぶつけます。しかし、それが逆に「面白い」と評価されたのかわかりませんが、見事採用となりました。
それでも「営業なんてできるか不安...」とこぼす阿江さんに、半田ファームの奥さんは「牧場をもちたい夢は、とりあえず山のほこらにでも隠しておいてさ、まずは社会に出て見聞広げて、それからでも遅くないんじゃないかな」と。この言葉に背中を押され、阿江さんは家畜の凍結精子販売の営業マンとして社会人生活をスタートさせます。
配属されたのは十勝エリア。各農協の人工授精師や農家さんのところを回り、現場を外から支える仕事を通じて、阿江さんは社会人としての基礎と、酪農界の幅広い知識を身につけていきました。
仕事は充実していましたし、十勝での暮らしも満足していましたが、心のどこかで「このままでいいのかな」という思いが常にありました。
就職して5年ほど経ち、酪農への夢を捨てきれずにいた阿江さんに、兵庫の知り合いからビジネスで牛を飼える人を探していると声がかかります。

地元に戻って憧れでもある放牧酪農ができるなら...と喜んで牧場に必要なものを調べるなど準備を始めますが、計画自体が頓挫してしまいます。
「計画がダメになったのは残念だったんですけど、ちょうどこのとき、放牧や野生動物対策で電気柵について調べていて、電気柵の会社に勤めていた友達にいろいろ相談していたんです。そしたら、その友達から『やりたいって言っている放牧酪農の勉強もできるから、うちの会社に来ない?』と誘われたんです。そこの社長からも『ゆくゆく新規就農したいなら、応援もするよ』と言ってもらえて、当別町にあるその会社に転職することにしました」
その会社で営業として働き始めた阿江さん。この会社で奥さまのうつきさんとも出会います。結婚前に、将来は自分の牧場を持ちたいという夢をうつきさんに打ち明けると、「それはいいね!それで、具体的にどこでやるか決めているの?」と尋ねられます。
これまで十勝や道東の酪農の先進地で規模の大きな牧場を数多く見てきた阿江さんは、自分の技術や資金でそんな規模をやれるか自信がないと正直に伝えます。
すると、うつきさんから「それなら今まで見たことのないところに行ってみたら?」とポジティブな提案が。そして、2人が休日に訪れたのが、せたな町でした。
理想の放牧酪農と豊かな暮らしを体現する阿江さん夫妻の笑顔。
縁があってたどり着いた「せたな町」。協力隊として酪農ヘルパーを経験
せたな町を訪れたのは、阿江さんの高校の先輩がせたな町の酪農家に嫁いでいたのがきっかけでした。
「その先輩は、学年で言うと5つくらい上。高校時代に直接関わりがあったわけではないんです。でも、同じ北海道にいるということもあり、これまでも何かと気にかけてもらっていました。それで、道南のほうで新規就農できそうな場所がないか相談したら、『とりあえずうちを見に来てみたら?』と言ってくれたんです」
初めて訪れたせたな町には、十勝や道東とは全く違う景色が広がっていました。これまで何度も目にしてきた広大な牧草地帯ではなく、海と山が目と鼻の先にあり、どこか地元にも似た懐かしい雰囲気が漂っていました。「人」も「風土・気候」も「食べ物」もすっかり気に入りました。
ここでなら自分のやりたい放牧酪農ができるかもしれないという思いが阿江さんの中に湧き上がりました。
さらに、一緒に訪れたうつきさんが「こういうところに暮らしたいね」と気に入ってくれたことも、本格的にせたな町で新規就農しようと動き始める決め手となりました。
せたな町の豊かな自然の中、手を繋いで一歩ずつ歩む阿江さんご家族の温かな後ろ姿。
「やりたい放牧酪農ができたとしても、住みたくないような場所だったらそれは本末転倒。暮らしが気に入りそうなら、それが一番大事だと思いました」
そう考えた阿江さんは、せたな町を拠点に就農の道を探ることに決めます。その日のうちに、就農サポートをしてくれる「せたな町農業担い手受入協議会(せたな町農業担い手育成センター)」を訪問。後日、役場のまちづくり推進課が主催する2泊3日の移住体験ツアーにも参加します。
せたな町での新規就農の意志を固めた阿江さんは、2019年、結婚を機に夫婦でせたな町へ移住します。
最初に選んだ働き方は、地域おこし協力隊の制度を活用した「酪農ヘルパー」でした。3年間の任期中に技術と地盤を固める計画でしたが、移住と同時に幸運な巡り合わせが待っていました。
ちょうど営農を休止して離農していた農場が見つかり、「将来の就農候補地として、まずはここの住宅に住まないか」と役場から提案されたのです。
牧場候補地の敷地内にある住居に暮らしながら、酪農ヘルパーとして町内の約40軒の酪農家を回って経験を積むという、これ以上ない恵まれたスタートを切ることができました。
「せたな町で就農するという目標が明確になったことで、気持ちも安定し、目の前のヘルパーの仕事にしっかりと打ち込むことができました。ヘルパーとして働いた2年間は、小規模な放牧酪農を営むさまざまな農家さんのやり方を学べる貴重な時間でした」
また、それと並行して新規就農の準備も進めることができたそう。
「地域の酪農家さんにアドバイスをいただきながら牛舎の屋根や柱を直し、牧草地を整備するなど、自分の手でひとつずつ形にしていったんです。この準備期間中、担い手受入協議会をはじめとする就農支援チームの皆さんには本当に手厚くサポートしていただきました。地域の方々や支援体制に恵まれたからこそ、無事にスタートラインに立つことができたと感じています」
せたな町はもともと新規就農者も多いため、よそから来た阿江さんを温かく応援してくれる土壌もありました。
そして、2年後の2021年4月、阿江さんは牧場を取得して20頭の牛を購入し、念願の新規就農を果たします。

自然豊かなまちで手に入れた、理想的な酪農スタイルと満たされた暮らし
阿江さんの牧場の最大の特徴は、労働時間を適正に保ち、家族との暮らしの時間を優先するスタイルです。そのために取り入れているのが、「集約放牧」という手法です。
集約放牧とは、限られた面積の牧草地を柵で細かく仕切り、「今日はここ、明日はここ」と、毎日新しい草地へ牛を移動させる方法です。敷地内を移動する遊牧民のように、草の休養期間をコントロールしながら無駄なく土地を活用します。
毎日柵を動かす手間はかかりますが、これにより小規模な頭数でも効率よく生計を立てることが可能になります。
お子さんを抱っこしながら、人懐っこい牛の頭へ優しく手を伸ばして触れ合う、うつきさん。
「生活にゆとりのある酪農をしたいと思っていました」と阿江さんは言います。
「どうしても酪農家の仕事はキツくなりがち。でも、そのキツい労働から抜け出し、時間のゆとりを持ちたかったんです。家族との時間も大切にしたかったですし。そのためには放牧がいいと考えていて、今は概ねその目標が達成できていると思います」と続けます。
現在、うつきさんも日中の時間帯に手伝いに入っていますが、2人のお子さんがまだ小さいため、朝晩の搾乳は阿江さんが中心に行い、無理のない範囲で家族経営を行っています。
さらに、せたな町は酪農ヘルパーの組合(せたな酪農ヘルパー利用組合)がしっかりと組織されているので、安心して休みを取ることもできます。人を雇って会社化するのではなく、家族経営だからこその気楽さもあるそう。

「すべて自分たちで決めてやっているので、会社員時代と違って自分のペースで仕事ができ、ストレスはあまりありません。朝晩の搾乳も生活のルーティンになっていて、『今日は行きたくないな』と思うこともないですね。一度牛を放牧に出してしまえば、あとは自由に時間を使えるので、家族との時間を大いに楽しんでいます」
また、「立地的にせたな町は不便な場所かもしれないですが、最近、遊ぶところもひと通り揃っている場所だなと気付いたんです」とニッコリ。
子どもたちを連れて町内でブルーベリーなどのフルーツ狩りを味わったり、車で10分ほどの海へ出かけたりと、せたな町の豊かな自然を家族で存分に楽しんでいます。今後は、海でSUP(サップ)にも挑戦してみたいとのこと。
「夫婦でやりたかった子育てのスタイルが全部できていて、今の暮らしが本当に気に入っています」と語るその表情からは、満ち足りた幸福感が伝わってきます。

学生や旅人など酪農に関心のある人を積極的に受け入れ、牧場を「交流」の場所に
牧場経営に関して、阿江さんは今の規模感を維持しつつ、利益を伸ばしていきたいと考えていますが、牧場が目指す未来には「交流」という大きなテーマがあります。
「漠然となんですけど、ここの牧場が一つの交流の場になり、地域のコミュニティの拠点になればいいなと考えています。結婚するときから妻とは、たくさんの人が集まる場所にしたいねと話していたんです」
そんな思いを少しずつ形にしていこうと、現在、阿江さんの牧場では、「WWOOF(ウーフ)」のホストとして、世界中からやってきた「ウーファー」と呼ばれる旅人たちを受け入れています。
WWOOFとは、ホストが食事と宿泊場所を提供し、ウーファーが農作業の労働力を提供するというお金のやり取りのない仕組み。阿江さんはこれまでヨーロッパや台湾からやって来たウーファーを受け入れてきたそう。
実習生の受け入れの様子。
また、せたな町では三重県にある愛農学園農業高等学校の生徒たちの実習受け入れを行っており、阿江さんのところでも毎年高校生たちを積極的に受け入れています。
ちょうど取材の日も、昨年阿江さんの牧場でファームステイを経験した高校生が、せたな町の酪農ヘルパーの仕事に興味を持ったということで、再びインターンシップとして町を訪れていました。
「自分たちが受け入れた子が、せたな町に興味を持って戻ってきてくれたことはめちゃくちゃ嬉しかったですね」と阿江さんは目を細めます。阿江さんの子どもたちも、牧場にお兄さんやお姉さんが来てくれることは大きな刺激になっていて、夏場はいつも大喜びなのだそう。
これからも阿江さん自身は牛を飼うことに専念するつもりですが、大樹町の半田ファームで見たような「6次産業化」にも興味を持っています。

「将来、チーズ工房をやりたいという人がいれば呼び込んで、その人をサポートして工房を持ってもらえたら面白いですね」とも話してくれました。
一方、ものづくりが得意なうつきさんは、敷地内に落ちている木材などを生かして木彫りの熊を制作しています。シナやホウなどの木を使って試作を重ね、現在4代目まで完成。愛らしい木彫りの熊は、将来の商品化できればと考えているそうです。
「せたな町は本当に魅力的なまちです。移住者がもっと増えて、農業や酪農だけでなく、さまざまな産業の人たちが集まり、まち自体が活性化してほしいですね。そのきっかけのひとつとして、この牧場で町内外の人が交流してくれたらと思います」
長年の夢だった放牧酪農を叶えた阿江さんは、次の夢をそう語ってくれました。

- 阿江牧場
- 住所
北海道久遠郡せたな町北檜山区豊岡343
- URL















