B.LEAGUEのサイトによると、バスケットボールの国内の競技人口は約60万人で、この数はサッカーに次いで2番目に多いそう。また、北海道もバスケットボールが盛んな地域と言われていますが、「実は、競技を続けるための環境整備が追いついていなくて、苫小牧エリアの競技人口は減少気味なんです」と、地元の中学校で部活の指導にあたっている田中俊輔さん。競技の指導だけでなく、苫小牧地区バスケットボール協会の審判部に所属し、副審判長として大会の審判も務めています。そんな俊輔さんの一人娘・聖華(ゆき)さんは、高校でバスケットボールのプレーをする傍ら、審判員の資格を取得し、俊輔さんと共に大会で審判員として活躍。指導者、選手、そして審判員として、地元のバスケットボール界を盛り上げたいと話す田中さん親子にこれまでのことやこれからの目標などを伺いました。
なんとなく始めたバスケットボール。高校で面白さに目覚め、今は部活の顧問に
札幌から南へ1時間半ほど車を走らせたところにある苫小牧市は、新千歳空港へも車で20分程度に位置していることから比較的アクセスの良い地域として知られています。その苫小牧市内の中学校で数学教師として教壇に立つ田中俊輔さん。放課後や休日には、女子バスケ部の顧問として指導にあたる傍ら、JBA(日本バスケットボール協会)公認の審判として道内のあらゆる大会で審判を務めます。そんな俊輔さん、出身は苫小牧で、自身も学生時代はバスケ部に所属し、プレーしていました。
父・俊輔さん
「バスケって小学校から始める子が多いんですけど、僕は中学から。バスケを始めたのも、なんとなくだったんです。夢中になってバスケに打ち込んでいたというより、なんとなく続けていたというのが正直なところです」と笑います。
苫小牧南高校に進学したあとは、先輩の誘いもあり、友だちもバスケ部に入るという理由から、また「なんとなく」バスケ部へ入部。なんとなく辞められずに続けていましたが、高2のときに変化が訪れます。
「コートの中でできることが増え、自分が成長しているという実感があったんです。顧問の言う通りにトレーニングをしていたら、ジャンプ力がとてつもなくついて...。さらに顧問から『リバウンドボールを取る仕事を頼んだぞ』と言われ、必要とされているという自己有用感もあって、バスケの面白さや楽しさを感じられるようになりました」

高校卒業後、一浪して旭川の教育大へ進学。小学校高学年からずっと学校の先生になりたいと思っていたそう。
「浪人して大学に入学したらバスケ部には入らないと決めていました。大学に入ってからバスケの同好会に入り、そこでちょっとかじる程度にプレーはしていました。そこまで熱量高くバスケに関わっていたわけではなく、本当に楽しむという感じでしたね」
大学卒業後は、室蘭の中学で教壇に立ちます。初年度はなんと野球部の顧問になったそう。しかし、2年目の途中で、学校の事情もあり、バスケ経験者だったということで男子バスケ部の顧問に抜擢されます。このときに、審判の資格も取得することになります。
バスケットボールの試合は10分×4クォーターで合計40分。1試合を走り切るために自宅でもトレーニングに励むそうです。
「その翌年は、男子ではなく、なぜか女子バスケ部の指導を任され(笑)、それからはずっと女子バスケ部を見ています」
教員になって5年経ったとき、地元である苫小牧へ。それからは苫小牧市内の中学校に勤務し、女子バスケ部の顧問を続けています。
一度は辞めようと思ったけれど...。16年ぶりに復活したバスケ部のある高校へ
俊輔さんは大学時代にバスケ繋がりで知り合った妻の梨絵さんと結婚し、聖華さんを授かります。現在、高校1年になる聖華さんがバスケを始めたのは小学1年のとき。小学校のミニバスチームに入りました。
長女・聖華さん
「特に両親からバスケットをやりなさいと言われたことはないんですけど、家にいつもボールがあったし、父の学校の試合をよく見に連れていってもらっていたこともあって、自然とバスケットをしたいと思いました」と聖華さん。
俊輔さんは「親としては嬉しい反面、正直、性格的に続けられるかなというところもありました。チームに入っている以上、僕は練習などに口出しをするつもりはなく、チームの指導者の方にすべてお任せしようと考えていました」と当時を振り返ります。
俊輔さんの心配をよそに小学生の間はバスケを続けてきた聖華さんでしたが、中学に入ってからはやめようかなと思ったときもあったと話します。迷いながらもバスケを続けていましたが、札幌の高校へ進学を考えていたこともあり、高校ではバスケをしないつもりでした。

ところが、中学3年の秋、部活を引退したあとに俊輔さんが審判を務める鹿部町での大会を梨絵さんと見に行った際、聖華さんのバスケ熱に再び火がつきます。「そのとき大会に出ている子たちは、ここで負けたら引退、勝ったら全道大会という状況。同世代のみんなが一生懸命プレーしているのを見て、やっぱりバスケを続けたいって思いました」。
また、同じころに駒澤大学附属苫小牧高校の女子バスケ部が16年ぶりに復活するという話を耳にします。同校の男子バスケ部は強豪として知られていますが、女子バスケ部は2010年に休部。高校進学後にバスケットを続ける地元の生徒が少ないため、現顧問はその受け皿となって再起を図ろうと、部活を復活させました。「ゼロからのスタートと聞いて、自分たちでチームを築いていくのが面白そうだなと思いました」と聖華さん。美容師になりたいという思いから、専門性の高い札幌の高校への進学を考えていたそうですが、バスケットを続けるためにギリギリで進路を変更します。
駒澤大学附属苫小牧高校の女子バスケ部の復活は新聞でも大きく取り上げられました。地域でも注目されていたことが伺えます。
駒澤大学附属苫小牧高校に進学して約4カ月。現在、女子バスケ部の部員は全部で12人と決して数は多くありませんが、小学生のころからプレーをし、中学でキャプテンを務めていたような子が多いチームです。聖華さんは、「全員1年生なので、言いたいことを言い合えるし、自分たちでいろいろなことを決めていけるのが面白い」と話します。この日も学校の練習のあとに取材に応じてくれ、「まずは地区大会で1勝するのが、今の目標です」と力強く語ってくれました。
道内の各大会で審判員としても活躍。親子が同じ大会で笛を吹くことも
さて、2人のバスケットボールに関する歩みを伺ってきましたが、次に審判のことを伺いたいと思います。
現在、日本バスケットボール協会(JBA)の公認審判のライセンスは、E級~S級の6つのランクに分けられています。俊輔さんは現在、上から3番目となるB級ライセンスを、聖華さんはそのひとつ下のC級ライセンスを持っています。ランクによって、審判を務められる試合が限られますが、BもCも全道大会、地区大会で審判ができるため、親子そろって同じ大会に審判員として出ることもあるそう。
聖華さんが審判員のライセンスを取得したのは、中学1年のとき。地区の女性審判員や高校生のうちにB級を取得した若い指導者の颯爽とした姿に憧れを抱いたのがきっかけだったそう。「チャレンジしてみたら?」と背中を押してくれたのは梨絵さんでした。
中学生や高校生など、学生の審判員は全体で見ればまだまだ少数派であり、上級資格を目指すとなるとさらに限られます。しかし、苫小牧地区バスケットボール協会の審判部で指導を担う俊輔さんによれば、この10年で若い世代の志望者は着実に増えており、特に女子の関心が高まっていると実感しているそうです。聖華さんも「周りですでに資格を持っている子もいるし、これから取りたいと言っている子もいますよ」と話します。まだ少数派であることには変わりないものの、学生の審判資格取得への意欲が高まっていることが伺えます。

選手以上にコートを走り回る審判員。体力はもちろんですが、同時に冷静な判断力やメンタルの強さも必要とされます。
同世代が出場する中体連、高体連でも審判員を務める聖華さん。俊輔さんは、聖華さんが実際に審判をしている試合を見て、「我が子ながら、スゴイなと思って見ています」と話します。「試合中、どうしても選手たちは熱くなってしまうので、審判員に詰め寄ることもよくあるんです。だけど、詰め寄られても冷静に対応し、淡々とジャッジしている姿を見て、メンタルが強いんだなと思いましたね」と続けます。
俊輔さんが「個人的には早くA級ライセンスを取りたい」と話すと、隣にいた聖華さんは「父と同じB級ライセンスを取って、追いつきたい」とニヤリ。「どっちが先に取るか勝負だね」と互いの顔を見ながら笑います。
ボードを使ってフォーメーションの勉強!
苫小牧にクラブチームを立ち上げるほか、審判員の育成にも力を入れたい
令和10年度には苫小牧市の中学校の部活動はすべて廃止となり、地域のクラブ活動へ完全移行します。そうなると、子どもたちのバスケットボールを取り巻く環境も変わってきます。
「すでに家族にも話しているのですが、部活動がなくなるにあたり、クラブチームを立ち上げる予定なんです」と俊輔さん。部活動がなくなることで、競技を続けたい子たちが続けられないようであっては、苫小牧のバスケットボール界が先細りしてしまう。そんな危機感からクラブ設立を決意しました。来年から本格的にチームの土台作りを行う予定で、思いに共感してくれるメンバーも増やしていきたいと考えているそうです。
俊輔さんは、「中学生になってもバスケを続けたい子たちの受け皿となるクラブは必要。これまで中学校の部活動が果たしてきた大切な役割を地域の中で引き継いでいければと思います。そして、中学から新たにバスケットを始めたいという子たちも気軽にバスケットができるクラブチームにしたいと考えています。自分もバスケを始めたのは中学からでしたし、苫小牧の競技者のすそ野を広げるためには、そういうクラブが必要だと考えています」と力を込めます。
休日には家族でお気入りの白老の定食屋さんに行くこともあるそうです。「普段はそんなに話すことないよね」と笑い合う3人ですが、取材を通して仲の良さが伝わってきました。
さらに、「苫小牧地区はほかの地区に比べると審判員も少ないという課題があります。審判員の育成も急務なんです」と続けます。自身がアンダー15の審判長を務める中、審判仲間と共に地区の審判員育成方法に新たな風を吹かせようと考えているそう。
プレイヤーも審判員も増やし、苫小牧のバスケットボール界全体を底上げしていくことが目標という俊輔さん。穏やかな口調で話す様子から、バリバリ体育会系という印象は受けませんが、心の中には熱いものがたぎっているのが伝わってきます。
これまでバスケットボールをやるやらないに関しては聖華さん本人の意思に任せてきたという俊輔さんと梨絵さん。これからもそのスタンスは変わりませんが、指導者、選手、そして審判員というバスケットボールにまつわる共通言語があることで、互いに高め合い、いい関係性を築けているよう。

2人が外で写真撮影をしている間、それを眺めながら梨絵さんが家にいるときの2人について教えてくれました。自身もバスケ経験者という梨絵さんは、聖華さんの試合や審判を務める試合の動画を撮影。帰宅後、家族3人でその動画を見ながら、プレーやジャッジに関して俊輔さんが聖華さんにアドバイスをしたり、逆に聖華さんが俊輔さんに質問をしたり、バスケ談義を行っているそう。「なんだかんだすごく仲がいいんですよ」と目を細めます。
苫小牧のバスケットボール界の未来を明るく照らしていってくれる田中さん親子の活躍、これからも楽しみです。
- 苫小牧市 田中俊輔さん・聖華さん
- 住所
北海道苫小牧市















