北海道の東側にある釧路湿原国立公園。そのさらに東端に位置するのが標茶町の塘路エリアです。さまざまな沼や湖を有する釧路湿原の中でも大きな面積を誇る塘路湖があります。赤ちゃんのころからここへ家族で通っていたというのが、今回取材させていただく安田京太郎さんです。2024年、京太郎さんにとって第二の故郷である塘路へ妻の紅葉(くれは)さんと共に移住し、翌年には第一子の和楓(のどか)くんも誕生。湖畔から徒歩5分ほどという場所に住まいを構え、「今の暮らしにとても満足している」と話す京太郎さんと紅葉さんに移住までのことと今の暮らしについて伺いました。
赤ちゃんのころから通い続けた塘路は、第二の故郷
愛猫と共に取材陣を笑顔で迎えてくれた安田さん夫妻。「本当はもう1匹いるんですけど、人見知りで...」と紅葉さん。1歳になった和楓くんは慣らし保育を経て、なんと今日から本格的に保育園へ通い出したそう。まずはそんな安田ファミリーが標茶町・塘路へ移住するまでの話を伺っていきたいと思います。
こちらが安田京太郎さん、紅葉さん、和楓くんです。
安田さん夫妻が塘路にたどり着いたのは、もともと京太郎さんが塘路をよく知っていたからでした。京太郎さんは千葉県出身。小学生のときにお父さんの仕事でしばらく香港にいたことはありますが、それ以外は千葉で暮らしていました。塘路との縁について尋ねると、「0歳くらいから毎年のように家族で遊びに来ていました。母が釧路の教育大学で学んでいたときにアイヌのことを調べるために塘路に通っていたようで、そのときからお世話になっていた方とのご縁でずっと訪れていました」と話します。
そのお世話になった方というのが、カヌーツアーなどを行う「レイクサイドとうろ」の代表・土佐武さんのお父様にあたる、土佐良範さんです。
「塘路に来ると、いつも土佐さんのところに遊びに行って、カヌーガイドさんのお手伝いをしていましたね。5歳くらいからお客さんにライフジャケットを渡したり、案内をしたりしていた記憶があります」

京太郎さんが中学になった頃には、ご両親が塘路に別荘を建てたこともあり、塘路通いは変わらず続いていました。
「何がやりたいとか何になりたいというのはなかったのですが、いつか北海道に住みたいという思いは昔から漠然とあり、高校を卒業後、東京農大の網走キャンパスに進みました」
通常3、4年生が参加する農業体験に1年生で参加した京太郎さんは、その働きぶりを認められ、酪農家さんから「よかったらうちで働かないか」と声をかけられます。
「結局、大学を辞めて、興部(おこっぺ)の酪農家のところで1年近く働きました。でも、休みのたびに片道5時間かけて塘路に通って、カヌーガイドのアルバイトをしていたんですよ。バイトというより、塘路に来たかったし、カヌーに乗りたかったんですよね」
カヌーガイド中の1枚
その後、一度千葉へ戻り、1年間のアルバイト生活を経て、「このままじゃいけないな」と思い、観光系の短大に入り直します。卒業後は新卒で東京の会社に就職。営業職として働く傍ら、ITエンジニアのオンラインスクールに入って休日はエンジニアになるための勉強を始めます。
「スクールが終わったあと、IT業界へ転職し、2年ほど会社員として働いてからエンジニアとして独立しました。妻とはその間に結婚しました」
コロナが原因で喘息が悪化。深呼吸できる澄んだ空気に感動
結婚の話が出たところで、次は紅葉さんに話を伺おうと思います。紅葉さんは生まれも育ちも島根。「小学校からずっとバレーボールをしていました。バレーボールができればそれでいいと思っていたような子でした」と話します。

医療栄養について学べる広島県の大学へ進学してからも社会人チームに所属し、バレーボールに打ち込みます。その実力は、広島県の代表に選ばれたこともあるほど。大学を中退後も、兵庫県で看護助手の仕事をしながらバレーボールのチームに入ってプレーを続けていました。
その後、大阪で暮らしていた紅葉さんはSNSのコミュニティーで京太郎さんと知り合います。明るく柔らかな雰囲気の京太郎さんは「どんどん話を引き出してくれて、とても話しやすかった」と紅葉さん。やりとりしているうちに意気投合し、大阪と東京の遠距離交際がスタートします。
スポーツウーマンの紅葉さんですが、子どものころから喘息の持病がありました。とはいえ、バレーボールをしたり、日々の暮らしで困ることはなかったそう。ところが、大阪にいたときにコロナに感染。コロナの後遺症によって喘息が悪化してしまいます。

「いつも肺の半分くらいで呼吸をしている感じで、深呼吸をすることができませんでした。常に意識のどこかで肺のことを考えているような毎日でしたね。冬場は、冷たい空気が肺に入ると発作が出てしまうので、口元を両手で軽く押さえてから息を吸わなければならないほどでした」
喘息がひどく、職場へ出勤するのもままならない紅葉さんを見て、京太郎さんは自身が学んだITエンジニアのオンラインスクールを紹介します。学び終えた紅葉さんは、「講師をやりませんか」と声をかけられ、そのスクールで講師を務めることに。ちなみに現在も講師として活躍しています。
交際中に京太郎さんに誘われ、塘路を訪れた紅葉さん。初めて訪れたときにとても感動したのが「空気」でした。
「空気がとても澄んでいて驚きました。早朝カヌーに連れて行ってもらったのですが、ひんやりした朝の空気を吸っても発作が出なかったんです。しかも、カヌーの上からワシやシカなど野生動物を見ることができ、それにも感動しました」
取材当日は雲一つない晴天で、絶好のカヌー日和。この日は30℃近くまで気温が上がりましたが、塘路でこの気温になることはとても珍しいそうです。
ひょんなことから塘路の空き家を紹介され、すぐに移住を決意
2023年に結婚し、東京で2人暮らしを始めた京太郎さんと紅葉さん。自宅で仕事をしているとはいえ、紅葉さんの喘息のことを考え、塘路も含め、空気の良いところへの移住を検討していました。
ちょうど2024年に京太郎さんらがお世話になった土佐良範さんが亡くなり、葬儀に出席するために2人で塘路を訪れます。すると、まちの人から「塘路の家で空いているところがあるよ」と声をかけられます。翌日、その中古住宅を内見。「両親にも背中を押された感じでしたが(笑)、妻も何度か塘路を訪れて空気が澄んでいて過ごしやすいと話していたので、ここに決めようと即決しました」と京太郎さん。

家のリフォームを終えてから引っ越しをしようと考えていましたが、京太郎さんのご両親からリフォームが終わるまで別荘で暮らせばいいという提案もあり、2024年の年末に塘路へ引っ越しをします。
そのころ紅葉さんのお腹の中には新しい命が宿っていました。塘路へ移るときはちょうど安定期に入っていましたが、初めて暮らすまちでの出産。不安がなかったわけではありませんでしたが、「引っ越してきてすぐにまちの保健師さんが訪ねてきてくれて、いろいろサポートしてくれたので心強くてありがたかったです」と振り返ります。
2025年5月に男の子が誕生。「平和の和と、妻の紅葉から連想した楓を組み合わせ、『のどか』と名付けました」と京太郎さん。のどかにのびのびと育ってほしいという願いが込められています。
この日が初めての登園日だった和楓くん。右側の白い外壁の建物が通っている保育園で、ご自宅から徒歩1分もかからない場所にあります。
出産後もまちの保健師さんが様子を見に来てくれたり、定期的に電話をくれたりしたので、「孤独になることはなかったです」と紅葉さん。「夫や夫の両親が以前から塘路の人たちと親しかったこともあり、皆さんすごく優しくて、何かと気にかけてくれるし、私自身もすぐに地域に馴染むことができました」と続けます。
優しく温かな地域の人たちに恵まれ、気持ちに余裕ある暮らしを満喫
今はリフォームが済んだ家に暮らしている安田さん一家。2人で協力しながら、和楓君の子育てを行っています。週末になると、京太郎さんはフリーのカヌーガイドとして活躍。塘路にある3つのカヌーツアーの会社から声がかかると湖へ出かけていきます。紅葉さんと和楓君は、京太郎さんのいる湖まで散歩に出かけたり、家の前で遊んだりするそう。「車の通りが少ないので、家の前でも遊べるのは田舎のまちならでは。都会では考えられないですよね」と話します。

紅葉さんは塘路での暮らしについて、「さっきも話しましたが、とにかく地域の人たちが優しいんです。そして、皆さんすごく仲がいいんです」と言います。塘路の住民同士で集まる機会が多く、お花見や盆踊りなど季節のイベントもたくさん行われるそう。「イベントがなくても、『うちでご飯食べない?』とか、『飲みにおいでよ』と誘ってくれる人が多くて、週に1回はどこかのおうちにおじゃましているかも。島根でもここまでご近所さんと親しくすることはなかったと思います」と続けます。隣で聞いていた京太郎さんも「都会ではほとんどない近所付き合いが塘路にはあるよね。カヌーガイドの会社の人からも、『今日、バーベキューやるからおいで!』と声をかけてもらうことも多いですね」と頷きます。
食べ物に関しては、「すべてがおいしい」と紅葉さん。「ジンギスカンもおいしくて感動しました。釧路が近いので魚もすごくおいしくて、焼魚のおいしさにも驚きました。お寿司もネタが大きいし。野菜、特にジャガイモはこんなにおいしかったんだ!と(笑)。あと、塘路にあるラーメン屋さんも大好きです。そうだ、塘路は水もおいしい!」と、おいしいがたくさん飛び出します。

買い物は週に1回、車で30分足らずで行ける釧路や標茶の市街地で済ませるそう。また、コープさっぽろが行っている食材や日用品の自宅宅配サービス・トドックを使っているので「買い物で不便を感じたことはありませんね」と紅葉さん。
唯一困ったことがあったのは、冬の夜に停電があったとき。灯油ストーブとカセットコンロをフル稼働させ、なんとかひと晩乗り越えたそうです。「翌日にはもう大丈夫だったのでホッとしました。それ以外は『困った』とか『不便』と思ったことはないですね」と京太郎さん。
あらためて塘路の魅力について尋ねると、京太郎さんは「地域の人たちが温かいところかな。移住者に対しても歓迎ムードでありがたいです。あとは、美しい自然に囲まれた環境であることと、満員電車に乗って通勤しなくてもいいところ(笑)。千葉にいたときは成田から都心まで2時間かけて通っていて、心身ともに余裕のない暮らしをしていましたけど、こっちに来たら余裕もできて心が豊かになったように感じます」と目を細めます。
取材当日は標茶町役場の土屋さんと須崎さんにも同席していただきました。普段から安田さんご一家と交流があるそうで、仲の良さが伝わってきました。
紅葉さんも頷きながら、「確かに気持ちに余裕ができたと思います。あと、とにかく空気がおいしい! 息が思いっきり吸えるのが本当に幸せです。それと、私は動物が好きなので、エゾリスやシカ、キツネらをあちこちで見ることができるのも嬉しい。島根ではこんなに動物に遭遇することはありませんでしたから」とニッコリ。2人とも本当に塘路の暮らしを気に入っているのが分かります。
これからのことに触れると、京太郎さんは「自分が子どものころにカヌーガイドのお手伝いをしたように、息子がもう少し大きくなったらお手伝いをさせたいと思っています。塘路の自然の魅力に子どものうちから触れさせたいですね」と話し、「あとは自分たちのITスキルを使って、塘路の役に立てるような仕事もできたら」と語ってくれました。
紅葉さんのお腹には第二子がいて、今年の11月ごろに出産予定。「上の子も地域の人たちにかわいがってもらっていますが、2人目も同じように地域の皆さんにかわいがってもらい、2人ともたくさんの大人たちと関わって育ってくれたらと思います」と、最後は優しいお母さんの顔で話してくれました。

- 安田京太郎さん・紅葉さん
- 住所
北海道川上郡標茶町塘路















