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函館市

「やるしかない!」二代目店主の挑戦。そば切り工房しら川20260915

「やるしかない!」二代目店主の挑戦。そば切り工房しら川

函館空港から車で約5分、湯の川温泉郷の手前に小さなおそば屋さんがあります。「そば切り工房しら川」は、そば粉とつなぎが10:2という外二(そとに)そばが名物。北竜町産「カムイ」というそば粉100%にこだわり、十割そばの香りとのどごしを伝える外二が味わえるとあって、いつもお店は客が絶えないほどの人気です。創業者で亡きお父さんのお店を継ぎ、二代目店主として暖簾を守る佐々木(旧姓・白川)美希さんにお話をうかがいました。

飲食の道へ進んだ父を、母と支えた5年

「そば切り工房 しら川」は佐々木美希さんのお父さんが開業したお店。「もともと父はサラリーマンだったんですが、勤めていた会社のリストラに遭ったんです。タクシードライバーになろうか、それとも夢だったおそば屋さんをやろうか、と父は迷っていたそうです。でもドライバーとして人生を終わるよりも、おそば屋をやってみたいと一念発起して、修業を始めることになりました」。

sobasirakawa3.jpgこちらが、「そば切り工房しら川」二代目店主、佐々木 美希さん

函館の隣町、七飯町(ななえちょう)にあるそば店で、なんと無償で修業するというお父さん。当時、高校を卒業して事務員をしていた美希さんは、お母さんと二人で働いて家計を支えることになりました。アメリカに留学している妹には「心配かけたくないから言わないように」と口止めされ、とにかく「やるしかない」と働きつづけました。
実は、美希さんにも飲食業をしてみたいという夢がありました。高校卒業後はソフトウェアの専門学校へ進むも、合わなくて中退。レストランや飲食店でアルバイトをしているうちに、おいしいものをつくる仕事をしてみたい、調理師専門学校に行きたいと思うようになっていたのです。しかし妹さんが語学の専門学校に進んだため、「二人も専門学校に進んだら親に経済的負担がかかる」と断念。自動車メーカーの事務員として就職しますが、父親のリストラを機に、今度は親を支える側として働かなければなりませんでした。

新しい夢、美容系の仕事をめざして

飲食業をしたい、、、その夢を先にかなえたのはお父さんでした。無償で修業をして5年後、2000年に「そば切り工房しら川」をオープン。湯の川温泉近くにあった祖母の実家跡がアパートになっており、その1階部分を店舗にしました。

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お父さんの打つ職人技の外二そばは評判になり、ようやくお店も軌道に乗った頃、美希さんも新しい夢を追いかけることにしました。仕事として興味はあったのは飲食業ですが、もともと趣味としてナチュラル系の美容に関心があったので、「今度は美容系の仕事をしてみよう」と、東京のエステティックサロンに就職します。
東京で新たな道を歩み始めた美希さんでしたが、実際のエステティックサロンは想像以上に過酷なものでした。人間関係にも苦労して、心身ともに疲弊してしまい、わずか半年で退職。夢破れて函館に戻り、お父さんの店を手伝いながら、朝の仕事をいくつかやってみて、「本当に自分は美容の仕事をしたかったのだろうか」と問い直す日々が2年ほどつづきました。
すると、オーストラリア大使館に勤めていた妹さんから、「オーストラリアで美容系の勉強をしてみないか」という話が来たのです。1年間は語学留学、そして2年間を美容系の専門学校で勉強するというもの。先の見えなかった日々、一度消えかけた夢、、、30歳を目の前に「やるしかない」と一念発起した美希さんは、お金を貯めて、オーストラリアへ渡ることにしました。

sobasirakawa7.jpgセンスよくかわいらしい小物が並び、ほっと落ち着く店内です

英語は全くできませんでしたが、オーストラリアには妹さんの知り合いもいるので、フォローしてもらえながら語学学校で学べると思っていた美希さん。
しかし入学した日には 「English only. No Japanese.」(英語のみ、日本語厳禁)と言い渡されます。
そこからは英語漬けの日々。日本語は一切話せず、新聞の記事を切り抜いて英語で感想を書いたり、ホームステイ先のご主人に英語を見てもらったり、英会話を教えてもらったり、とにかく必死で英語を学びました。
語学学校で1年間学んだ後は、美容系の専門学校に進み、美容や健康の知識を幅広く吸収しました。もちろん授業は、すべて英語です。「今はもうできませんし、すっかり忘れてしまいました」と笑う美希さんですが、現在のお店のメニューには外国人向けの英訳も書かれており、あの時のご苦労は今も活かされているようです。

sobasirakawa18.jpg外国人にも大人気です

帰国後は、専門学校で学んだスポーツマッサージを仕事にしようと思っていましたが、働き先がなかなか見つからず、ましてや故郷の函館では仕事が全く見つかりません。仕事を探しているうち、ようやくニセコの高級ホテルにあるスパでトリートメントやマッサージをする仕事が見つかりました。
高級ホテルのスパは客単価も高く、それなりにプレッシャーも大きい仕事です。それでも「やるしかない」と、ニセコでの仕事に励みました。
そのスパ施設は全国のホテルに入っており、しばらく働いていると、「沖縄のホテルにオープンするスパの立ち上げに関わってくれないか」と言われ、3ヶ月間沖縄へ。沖縄店を軌道にのせたと思うと、その実力を買われて今度は「湯河原で店長をやらないか」と神奈川県の湯河原温泉にあるホテルのスパへ異動。ホテルのスパ施設で店長として働くようになり、気づけば40歳を迎えようとしていました。
自分の人生も折り返し地点、いよいよ次のステージにと考えていたとき、実家から思いも寄らない知らせが届くのです。それは、お父さんが末期がんで、お店をつづけられなくなるというものでした。

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やっぱり飲食の仕事がしたい、父の仕事を継ぐことに

美希さんは退職し、函館に戻ってお父さんのお店を継ぐことを決意します。
「父は反対しました。そば屋は大変だから、やめた方がいいって。でも、お客さんもいるし、私も父の打った外二そばしか食べられなかった。もともと飲食の仕事が夢だったから、やっぱりやりたいって。どっちも頑固だから譲らなかったですね」。
そば打ちは体力勝負、そばつゆも全部一人でつくり、仕込みから始めると、朝4時~5時頃に来て、終わるのが夕方4時~5時頃になります。「父のいた頃は夜営業もしていたので、そこから夜また仕事して、帰るのが夜11時~12時。寝る時間もないし、それで体を壊したのかもしれません。だから、娘にやらせたくなかったみたいですね」。
それでも、とうとう折れたのはお父さん。まずは東京でそば打ちの研修を受けるように勧めてくれ、函館に戻ってからは一緒の厨房に立ち、つきっきりで仕事を教えてくれました。しかし、わずか2ヶ月で他界。店の味を継ぐには、あまりにも早いお別れでした。

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「本当は、もっと教えてほしかった。でも、父がいなくなってしまったので、しょうがない。もう一人でやるしかない、と腹をくくりました」。
お父さんが七飯町で修業したのは5年、自分の店を始めてから16年が経っていました。自分が教わった2ヶ月余りでは、その経験値はくらべようもありません。お店のそばは北竜町産の玄そばを石臼で挽いた「カムイ」を使用、ダシは薩摩産本枯節とサバ節を同じ業者から取り寄せているのに、どうしても同じ味にならない。「お客さんからはダメ出しばかりで、始めの頃はボロクソに言われました。5~6年くらい経った頃ようやく、お父さんを超えたかもと言ってもらえました」。
お父さんのそばのファンだった常連さんたち。口は悪くても、今度は二代目店主の応援団として足を運んでくれました。中には有名な天ぷら職人や、若い頃に美希さんがアルバイトをしていた和食店の大将もいました。「天ぷらそばを注文されると緊張しましたけど、天ぷらには決して文句を言わない。ダメ出しはそばに関してだけ。そばの打ち方とか、そば粉とか、変えた方がいいとアドバイスもいただきました」。
それでも、そばの作り方だけ変えなかったのは、お父さんが最後に残した言葉を守りたいから。

sobasirakawa12.jpg多くのファンや常連さんが通い続けます

「そばをやるとき、いろんなことを言われるけど、自分がこれだと思うことをやればいい」。
大好きだったお父さんの外二そば、その味を忠実に、無我夢中で守りつづけて5年。今度は結婚の話が持ち上がります。
「私もいい歳だから、もう結婚する気はなくて。でも母の友達がおせっかいで、結婚相談所へ強制的に連れて行かれたんです。しぶしぶ行ったけど、相談所の方がとてもいい人で、紹介していただいたのが今の夫でした」。
結婚相談所で紹介されたのは、松前町出身で函館在住の男性。「お付き合いしようにも当時はコロナ禍で外食もままならなくて、市民会館のジムで運動してから、うちの店でおそばを食べてもらって、それで解散というのがパターンでしたね」。そして11ヶ月の交際を経て、2021年に結婚。「もう勢いだけというか、やるしかないって感じで結婚も決めてしまいました」。いいご縁にも恵まれ、おそば屋さんの仕事にも理解のあるご主人は、今では美希さんの最高の応援団となっています。

人とのつながりで増えた、道産食材のメニュー

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お店のメニューも、さまざまな人とのご縁から、少しずつ増えていきました。函館「山丁 長谷川商店」から紹介された、ニシンの甘露煮を使った「ニシンそば」や「くるみ味噌だれせいろ」も大好評。くるみ味噌だれは、そばつゆに少しずつとかしながら食べると、味の変化が楽しめます。
お母さんのアイディアで始めたのは「そば粉とそば茶のシフォン」。ふわふわのシフォンケーキを口に入れると、そばの香りがふわっと鼻に抜けます。テイクアウトもできる人気のスイーツです。
さらに近隣の生産者さんとのつながりもでき、道産食材を使ったメニューが増えました。厚沢部町「渋田きのこ」の蝦夷まいたけ、北斗市「清水農園」の辛味大根、函館市「ローラ ファーム」の野菜は天ぷらに。お米を北斗市「リッキーファーム」の道南ブランド米『ふっくりんこ』に変えたところ、天丼の注文が一気に増えたそうです。

sobasirakawa17.jpg北海道では珍しいくるみ味噌だれ。味見をさせて頂いた取材陣一同も感動の美味しさでした

板わさは、函館市西旭岡町にある「中野蒲鉾製造所」のかまぼこ。「子どもの頃から食べていたので、父の代から使っていました。そのほか、鴨せいろや鶏せいろは道外の鶏を使っていたんですが、鳥インフルエンザの影響で、北海道の鶏を使うようになりました」。北海道の岩見沢市にある「北海道ウイングファーム」の鶏は平飼いで、餌には玄米や豆腐を使い、川の水で育てているため、くさみのない肉だそう。さまざまな縁がつながり、北海道の質のいい食材が集まってくるようになりました。
「北海道は、美味しいものがいっぱいありますから。自分でも『水素米』とかつくってみたいなあと思っています」と美希さん。「水素米」は体にいい水素水を使って、農薬や化学肥料を使わずに栽培するお米で、味のよさも含めて評価が高まっています。函館「ローラ ファーム」の循環型農業など、食への意識が高い生産者との出会いは、美希さんにとっても学びとなっていきました。
「農家さんたちが、どうやって生きていかなければいけないかと話し合って、協力して、発信しているのを見て、私も自分で田んぼからお米を育ててみたくなったんです。もちろんこのままおそば屋さんをつづけて、将来いつになるかわからないけど、自分でつくった『水素米』のおにぎりとおそばのセットを出してみたいですね」。

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二代目店主となって10年。お父さんが大変だと言っていた仕事を継いでみて、あらためて大変なことは何かと聞いてみました。「朝早く起きるのは苦じゃないけど、一番心苦しいのは、品切れでお客さんを帰してしまうことです。手打ちなので、一日50食~60食が限界。厨房から外が見えるので、待っているお客さんはなるべく店に入っていただいて、そろそろなくなるかもと思ったら、早めにストップをかけて、残っているそばの量を調整するようにしています」。
逆に楽しかったことはなんでしょうか。「小さい子が来て、最初は塩ラーメン食べたいっていうんだけど、うちでは出せないからごめんねと思っていたら、帰るときに『おそばが美味しかった!』って。子どもは正直だから、そんな時がすごくうれしいですね」。

「やるしかない」で乗り越えてきた人生ー

店を継いで本当によかったという美希さん。これからは、どんな夢があるのでしょうか。
「キッチンカーをやってみたい。奥尻島のワイナリーの社長さんがお店にいらっしゃるんですが、島には手打ちそばのお店がないそうです。だからキッチンカーで奥尻島へ行って、島の人におそばを食べてほしい。ほかにも老人ホームとか、おそばを食べに行きたくても行けない人のために、キッチンカーでどこでも出せるようにしたいです」。

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お休みの日も働きそうなくらいバイタリティがありますが、だからこそ定休日はお店に出ないでリフレッシュするように心がけているのだそう。ジムに通ったり、マラソン大会に出たり、精力的に活動している姿には頭が下がります。
「夢はホノルルマラソンとシドニーマラソンに出たいんです。65歳を目標にしようかなと思っています」。
波瀾万丈の人生を生きながらも、ピンチの時こそ「やるしかない」と乗り越えてきた美希さん。つらかったこと、苦しかったことが糧になり、これからの楽しいこと、やりたいことへとつながっています。
二代目店主となって10年、これからも新しい挑戦はまだまだつづきそうです。

そば切り工房 しら川  佐々木美希さん
そば切り工房 しら川 佐々木美希さん
住所

北海道函館市湯川町3丁目11-21

電話

0138-57-7741

URL

https://sobakirikouboushirakawa.com/

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「やるしかない!」二代目店主の挑戦。そば切り工房しら川

この記事は2026年8月21日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。