函館の奥座敷といわれる湯の川温泉は、市内から函館市電でアクセスでき、函館空港にも近いため、函館市民にも観光客にも人気の温泉地。津軽海峡を見渡せる松倉川のほとりに、30年以上つづく人気のラーメン店「函館麺や 一文字」があります。現在三代目の店長をつとめる藤原恭平さんにお話をうかがいました。
函館の奥座敷、湯の川温泉の人気ラーメン店
函館空港から車で約5分、日本一空港に近い温泉地といわれているのが、函館市の湯の川温泉郷。北海道の三大温泉郷のひとつに数えられ、インフィニティ露天風呂で人気の新しいホテルや老舗旅館が建ち並ぶ、函館随一の温泉地です。
「函館麺や 一文字」本店。店舗の裏には、津軽海峡が広がります
この地で30年以上愛されているのが、ラーメン店「函館麺や 一文字」。場所柄、温泉街からの客、ホテルや旅館でつとめている人など、お昼時には行列が絶えないほどの人気です。「ここは空港から近く、まず函館空港に着いて、ここに立ち寄ってラーメン食べてから温泉街を散策するという人も多いようですね。ホテルの方からもお客さんにこの店を勧めてくださっているので、お世話になっていて感謝しています」と、三代目店長の藤原恭平さん。
湯の川に生まれた「函館麺や 一文字」は、地域の人に親しまれ、やがて長年つづく人気店に。それは、藤原さんが守りつづけるラーメンの味はもちろん、スタッフと築き上げてきたという、お店のいごこちのよさがファンに愛されつづけてきたからでしょう。清潔ですがすがしい店内には、お客さんが絶えず足を運び、その評判のよさがうかがえます。
こちらが、三代目店長の藤原恭平さん
つらかった修業時代、ついに店長へ
藤原さんは函館で生まれ育ち、17歳の時に「函館麺や 一文字」へ入店。高校を中退し、何かしなければと初めて働いたのが、たまたまこの一文字だったそうです。「ほんのアルバイトのつもりでした。それがだんだん面白くなっていって、友達が高校を卒業する頃には正社員に採用されたんです。それから、いつのまにか20年経っていたという感じですね」。
しかし皿洗いから始めた最初の頃は、とてもつらかったそうです。「当時パワハラなんて言葉はなかったし、何も教えられていないのに怒られることもあって、汗と一緒に涙が流れていたこともありました」。
このままつづけられるのか、そう思いながらも働きつづけているうちに、藤原さんには皿洗いだけでなく仕事がひとつずつ増えてきました。だんだん仕事を覚えてくるようになると、「時には、いきなり大将がラーメン食うか?って。毎日じゃないんですが、たまに、パパッとラーメンをつくってくれる。食べていいの?って戸惑うけど、そのラーメンがうまくって」。

ラーメン店のほかにもアルバイトはいくつかしてみたものの、どれも面白いと思えず、長続きしなかったという藤原さん。つらいだけだったラーメン店の仕事が、いつしか楽しくなっていき、「楽しいと思えるようになるんだったら、どこまで行けるかわかんないけど、やってみようって仕事をつづけてきました」。
そうして働きつづけていると、藤原さんはどんどん新しい仕事を任されるようになり、正社員になる頃にはスープづくりまで担当。「何でも任されるようになったのは、記憶にないくらい早かったですね」。そうして藤原さんは、ついに三代目店長として認められるまでになったのです。
楽しいと思えるようになったのは、どうしてでしょうか?「それはもちろん、お客さんが美味しいって言ってくれるからです。その言葉が活力になって、やる気が出ますね。うちの店を目当てに来てくれるお客さんも少なくない、そう思うとうれしいです。行列になっていると大変ですが、お昼の一番忙しい時に来るお客さんも、夕方の落ち着いた時間に来るお客さんも、お客さんにとっては同じ一杯のラーメンなんだ、と思いながらつくっています」。
たかがラーメン、されどラーメン
手づくりにこだわり、愛されるラーメン
「函館麺や 一文字」のラーメンは、スープづくりから麺、チャーシュー、卵、メンマに至るまで、できる限り手づくりを心がけています。
函館のラーメンは塩味が有名なので、このお店でも観光客の一番人気は「塩らーめん」。函館の東側、南茅部(みなみかやべ)名産の昆布を贅沢に使い、丸鶏と鶏ガラでじっくり煮込んだスープは、あっさりしているのにコクが濃厚なインパクトのある味わいです。
地元客に人気なのは「チャッチャ正油らーめん」。とんこつスープに熟成された醤油ダレを合わせ、背脂をチャッチャと散らした醤油ラーメンです。こってりした醤油味でありながら、背脂がしつこくなく飲みほしやすいと評判。次に人気なのが、熟成味噌を使った「味噌らーめん」で、奥深い味わいにリピーターが多いラーメンです。
それぞれのスープに負けないよう、麺は中太のちぢれ麺を使い、店舗横の製麺所で自家製麺をしているというこだわりで、チャーシューは炭火でしっかり焼くなど、一切の妥協を許しません。
湯の川温泉に、「函館麺や 一文字」あり。そのラーメンは評判となり、カップ麺としてコンビニで発売されるほど世に知られるようになりました。やがてフランチャイズ店が次々とオープン。

2025年には、東京・虎ノ門に「函館麺や 一文字PREMIUM」も誕生。東京のビジネス街の中心地は、ランチになると人が絶えないほどですが、休日になると一気に人がいなくなる。函館の店とあまりにもニーズが違うので、驚きの連続だったそうです。
東京や札幌など新しくできたお店には、藤原さん自ら立ち上げに関わり、ラーメンの味を守りつづけます。「店舗拡大というよりも、つながりのある人や友人など協力してくれるところがあって、オーナーに相談しながら店が増えていったという感じですね。やっぱり信用のおける人でないと任せられないです」。
風通しのいい職場が、居心地のいい店になる
現在、お店のスタッフはアルバイトを含めて20名くらい。それでも毎日のシフトを組むのは大変で、まだまだ人手が足りないといいます。
「昔なら店長がシフトを組んで、それに合わせて来てもらうのが当たり前でした。でも今は、スタッフみんなの都合を聞いて、それぞれの働きたい時間でシフトを組むようにしています」。学生アルバイトは学業が優先、ほかにイベントなどがあり、ほとんどの学生が来られない日もあります。そういう時はパートさん同士が連絡を取り合い、手の空いているパートさんが穴を埋めてくれることもあるそうです。

言いたいことが言い合える、スタッフ本位の心地いい職場。シフトを現場に任せるようになって、スタッフの連携もますますよくなり、長く働いてくれるスタッフも増えました。
「長くつとめている方だと20年という人もいます。主婦の方も、いったん出産で辞めた後、子育てが一段落着いたら戻ってきてくれて、本当に助かっています。長年お店にいる方が多いので、打ち解けて冗談を言い合い、お店について遠慮なく提案してくれることもあります」。
ふだん藤原さんは口を出すことなく、なるべく感情に左右されないよう、平常心を保つようにしているそうです。そうしていると、スタッフがリラックスして働き、なにかあれば声を掛け合い、お互いに意見が言いやすい、風通しのいい職場になるのだそう。
自分が機嫌悪そうだったりしたら、スタッフも話しかけにくいですからね、と藤原さん
藤原さんが心がけているのは、「味を守ることはもちろん、お客さんがいつ来ても気持ちいいと思ってくれること。逆にそこがよくないと、せっかくおいしいのに嫌だなと思われてしまう。店の清潔さ、接客やサービス、それを気にかけていれば、また来たいとお客さんは思ってくださいます」。その思いはスタッフにも伝わり、何も言わなくても掃除をしてくれて、お店の前の雑草を抜いてくれて、いつもきれいにしてくれている。強制しないことで、自発的にスタッフが動いてくれる環境がととのってきています。
新人に対しても、できるだけ長年いてくれるスタッフにまかせるようにしているという藤原さん。
「採用の面接の時は、よほどのことがない限り落とさない。その仕事が合うか合わないかなんて、やってみなければわからないじゃないですか。だから、とりあえずやってみようか、と仕事を始めてみてもらいます。本人には、初日、二日目も、大丈夫かと聞くようにしています。自分が店長だからと言いづらくても、スタッフには言いやすいので、何かあればスタッフに相談できるようにしています」。

気心知れたスタッフが長くいるのは、働いている環境がよく、その上で仕事が楽しいと思う気持ちもあるからではないでしょうか。「自分も年齢の半分この仕事をしてきて、強制されるだけではつらかったけど、成功体験をかさねていけば、どんな仕事も楽しくなるんだと思いますね」。
今はスタッフにまかないの時間があり、4時間以上勤務すると好きなラーメンを注文することもできるそうです。「うちは自家製麺なので、どうしても麺が短すぎたり長すぎたり、長さが揃わないものがある。味は変わらないので、そういう麺も無駄にしないよう、まかないでドーンと出します。大盛り大歓迎、食いたいもの食えって」。素材にこだわったラーメンのまかない、育ち盛りの若い学生には何よりのごちそうなのかもしれません。
突きつめれば、何でも楽しくなっていく
お店は週休1日、そのほかに月2日の休みがあります。藤原さんは三児の父で、休みの日は家族と過ごすことが多いそうです。「お店は夜営業もあるので、家族みんなで晩ごはんを食べられるのは休みの日だけ。家族で晩ごはんを囲んでいる時が一番幸せですね」。

お酒を飲むのも食べるのも大好きだという藤原さん。「だんだん太って体がきつくなってきたので、運動しなきゃと思ったのがきっかけで、最近はランニングもするようになりました」。仕事のある日の早朝、藤原さんは自宅からお店まで5kmも走り、朝の仕込みを終えると、また5kmの道のりを走って帰るというのが日課となりました。かなりハードに見えますが、やがてお店のスタッフも走るようになり、お互いに競いながら走るのがどんどん楽しくなっていったそうです。毎日のランニングで鍛えられて、今では「函館ハーフマラソン」を完走するまでの実力がつきました。楽しみながら走りつづけてきた結果、健康診断の数値が改善され、体重も落ちたそうです。「昔はタバコも吸っていましたがやめました。長い付き合いの友達は、以前と真逆のことばっかりしていると驚いています」。
これからの夢は、トライアスロンに出ること。道南の北斗市や木古内町(きこないちょう)ではトライアスロンが開催されており、「自分がどこまでできるのか、挑戦してみたいという気持ちはありますね」。
スタッフさんも、藤原さんに負けじと走り始めたのだそう
函館で働きつづけて20年、あらためて、このまちのよさについて聞いてみました。
「函館の人口は23万人だけど、函館に来る観光客は600万人以上。それだけで、函館は魅力が多いまちだとわかります。その理由はわからないけれど、函館にずっと住んでいるので、住むなら函館がいいと思っています。出張で函館を出ることがあっても、不思議とすぐ戻って来たいと思う。仲間意識があって、地域のつながりもつよいし、そんな函館が好きなんです」。
函館で生まれ育ち、有名ラーメン店の暖簾を守りつづけている藤原さんは、徹底して努力し、苦しみながらも、その先に楽しみを見つける達人。厳しかった修業時代も、毎朝10㎞のランニングも、結局は「楽しくなってきた」と苦労を克服していきます。

何事も途中であきらめず、突きつめていくからこそ、見える景色がある。そしてそこには、信頼できる仲間がいる。支えてくれる人たちへの感謝の気持ちを忘れず、気持ちを込めてラーメンをつくりつづける。
人気のラーメン店が、このまちで愛されつづける理由が、そこにありました。
















