取材に伺ったのは5月末。2階のギャラリーの窓からは、水をたたえた田んぼが見渡せました。遮るものはなく、どこまでも広がっている空と田畑を見ているだけで、なぜかホッとし、豊かな気持ちになります。2025年に長い東京暮らしを手放し、故郷である北海道で新しい生活をスタートさせたのが、料理家でエッセイストの藤原奈緒さんです。藤原さんが移住先として選んだのは、長沼町。現在は、この長沼と千葉県成田市の二拠点生活を送っています。「ここで衣食住の提案をしていきたい」と話す藤原さんに、長沼町にたどり着くまでの話やこれからの構想などを伺いました。
幼い頃から好きだった料理。自分が一番イキイキすることを職業に
「どうぞ、どうぞ」と取材陣を招き入れてくれた藤原さんの自宅兼ギャラリー。藤原さんの柔らかな雰囲気がそのまま反映されたような温かみのある室内は、入った瞬間から心地よい空気感に包まれます。カメラマンが「どこを切り取っても絵になる」と高揚した様子でカメラを構える空間のいたるところから、藤原さんの暮らしに対する感度の高さが伝わってきます。かわいらしい茶器に注がれたお茶をいただきながら、早速インタビューをスタート。
料理家、エッセイストとして活躍する藤原奈緒さん。こぼれる笑顔がとてもチャーミング
札幌で生まれ育った藤原さん。幼少期は、仕事で留守がちだった母親に宛てて、手紙を書くこともあったといいます。後にエッセイで発揮される高い文章力は、この頃の「母とつながりたい、自分の気持ちを伝えたい」というコミュニケーションから培われたものだったのかもしれません。
もともと食べることが好きで、味にも敏感な子どもだった藤原さん。料理の楽しさに目覚めたのは、小学校低学年のころでした。初めて火を使うことを許され、自分のためにごはんを作った瞬間、「料理はすごく自由だ」と感じたのが原点です。
「好きな味にできるのも、組み合わせ次第で毎回味が変わるのも楽しくて。何より、お腹が空いたからといって、誰の顔色もうかがわずに、自分の手でおいしいものを作って満たされる。それが、子どもながらにものすごく自由で嬉しかったんです。絵を描いたり、服を作ったりするのは、失敗すると形が残ってしまうけれど、料理はちょっと失敗しても、アレンジができるし、食べたらなくなっちゃう。何回でも新しくチャレンジできるのも、自分の性に合っていました」
高校は、自由な校風でも知られる札幌でトップの進学校。周りの個性の強さやレベルの高さにコンプレックスがあったと振り返ります。どこか息苦しさを感じていた実家や地元から距離を置き、「自立して手に職をつけたい」という強い思いから教職の道を選択します。そして、東京の国立大学へ進学。しかし、大学で学ぶうちに「自分は本当に教職に向いているのだろうか」という強い違和感を持つようになります。

「このまま周りと同じように学んでいることが、自分の未来に繋がっていく感じが全くしなくて。心が沈んでしまって、何も手につかなくなってしまいました。
それでどうにも困ってしまったので、自分自身の行動や感情を観察してみたんです。そしたら、自分や友人に料理を作ったり、一緒に食べたりしているときが一番イキイキしているなと気付いて」
料理の仕事がしたい。母親にそう告げると、「せっかく大学に入ったのに、なぜ料理なのか」と反対されました。それでも、諦めがつかなかった藤原さん。大学での学びも続けながら、在学中から飲食店でアルバイトをはじめ、「特別な日のごちそうでなく、毎日の家庭料理を支える仕事がしたい」と、料理の世界へ飛び込みました。
ハードな日々を経て、独立。コロナの巣ごもりを機に調味料が大ヒット
藤原さんが手掛けるびん詰めの調味料は、カレー、パクチーレモンなど、味わいもバラエティ豊か。これを足すだけで料理の味がグンとランクアップするのが嬉しい!
地産地消の野菜を扱ったカフェで働き始めた藤原さんを待っていたのは、驚くほどハードな日々でした。
「家庭用のキッチンと大差ない設備しかなくて、それなのに毎日のようにお客さんが増えていって。完全にキャパシティをオーバーしているのに、お店を任されているから辞められず...。なかなか過酷な働き方で、心身ともにすり減っていくような8年間でした」
しかし、この経験が後の料理家としての活動、そしてビジネスモデルを決定づけるきっかけとなります。
「女性が飲食の世界に憧れて、小さなお店を始めても、10年必死に働いた末に体力を消耗して、疲れ果てて辞めてしまうケースをたくさん見てきました。食の仕事でそうならないためにはどうすればいいか。日々の生鮮食品のように廃棄リスクに追われない『賞味期限が長いもの』をベースにビジネスを組み立てること。そして、ただおいしいだけでなく、使う方の料理の悩みを解決するような『機能や付加価値』を持たせることが持続可能な働き方に繋がるんじゃないかとずっと考えていたんです」
そんな折、学生時代に通った大好きなスープカレー店のオーナーが引退することを知ります。大好きな思い出の味を失いたくないと、藤原さんは試行錯誤を重ね、独自の「カレーのもと」を開発しました。
「ある日、味噌汁の出汁にその『カレーのもと』を溶いてみたら、驚くほど深みのあるおいしいスープができたんです。きっちりとしたレシピがなくても、代用でこんなにおいしいものができる。これなら、料理が苦手な人や、忙しくて料理に時間をかけられない家庭の役に立てるはず。味のガイドになって、使う人が台所で道に迷わないための調味料が作れたらいいなと思うようになっていきました」
34歳のとき、JR中央線の高架下プロジェクトとの縁があり、5組の作り手が空間をシェアする「アトリエテンポ」の一画に「あたらしい日常料理 ふじわら」をオープン。最初のうちは、びん詰め調味料の味や使い方を直接お客さんに伝えるため、食堂も並行して営業しました。
大きな転機となったのは、コロナ禍でした。外食ができなくなり、毎日3食の準備に疲弊している人々に向け、SNSでびん詰め調味料を使った手軽なアレンジレシピを発信したところ、商品が爆発的にヒット。「カレーのもと」や「パクチーレモンオイル」などは、全国から注文が殺到する人気商品となりました。
「このとき気が付いたんです。駅近や都会の一等地じゃなくても、販路がしっかりあって発信ができるなら、日本中どこにいてもこの仕事を続けていくことはできるなって」
コロナ禍が落ち着きを見せ始めた頃、藤原さんは10年続けた東京のお店をクローズするという、大きな決断を下します。
新しい拠点探しをスタート。導かれるように長沼へ
次の拠点を求めて、鎌倉や長野、山梨など、環境が良いとされるさまざまな土地を巡った藤原さん。実は、最初は「冬が寒くて厳しいから」という理由で、地元である北海道は候補に入っていませんでした。しかし、不思議なタイミングと縁が藤原さんを再び北海道へと引き戻します。
高校の同窓会などプライベートでの用事も重なり、頻繁に北海道を訪れる機会が増え、何度も地元の空気に触れるうちに、「これまでの仕事を通じて出会った、すばらしい作り手たちの手仕事の魅力を紹介できるようなギャラリーを、大好きな北海道の地に作りたい」という思いがあふれ出してきます。
そんなときに出合ったまちが、長沼町でした。新千歳空港や札幌市からのアクセスが抜群に良く、それでいて見渡す限りの美しい田園風景が広がるまち。何より下見で通うたびに、「朝は大雨でも、到着すると気持ちよく晴れ渡る」という不思議な自然の歓迎を受けました。「まるで見えない力で、この土地に呼ばれているような感覚でした」と振り返ります。
美しい景色に惹かれて移住する人が多い長沼町。迎え入れるように晴れ渡る空に、藤原さんも背中を押されたのですね
友人の紹介で長沼町の人気カレー店「シャンディ ニヴァース カフェ」の店主・坂本圭司さんと知り合い、長沼で物件を探したいと伝えると、すぐにいろいろと情報をくれました。その中で見ていた森の中の物件は条件が合わずに断念。次に紹介された物件は、田畑の中にあった古い一軒家でした。
「建物の2階に上がった瞬間、目の前に広がった窓の外の景色(このときは麦畑だったそう)を見て、ここに自分の住まいとギャラリーを作ろうと思ったんです」
ちょうど2023年の秋でした。
理想的な場所を見つけ、料理教室「にたき」とギャラリー「すまう」をスタート
ご縁というのは不思議なもので、時を同じくして、藤原さんは友人から紹介された千葉県成田市に住む男性とお付き合いを始めます。さらに、びん詰めの製造場所をどうしようかと思っていたところ、「ちょうど事務所を移転するから一緒に作ろうか」と提案されます。取引先は関東中心ということもあり、それは願ったりな提案でした。そうして話はトントンと進み、長沼の家のリフォームと成田市の製造所作りがスタートします。
土地と家の購入に際して、ちょっとしたトラブルもあったそうですが、なんとか無事家を手に入れることができました。そして、長沼の大工・yomogiyaの中村直弘さんにリフォームを依頼。2024年の秋から工事をはじめ、行きつ戻りつしながら自分の理想とする住まいを形作り、2025年の2月に家が完成します。
元の形を活かしつつリフォームされた家。室内にはぬくもりのある家具や食器が並び、藤原さんの持つやわらかな空気感が伝わってきます
念願の長沼町での暮らしですが、もちろん良いことばかりではありません。北海道ならではの、厳しい冬の洗礼も久々に経験。「でも、冬の長沼は本当に静かで、一面の銀世界がとてもキレイなんです。吹雪の日の運転だけはまだ怖いですけど」と笑います。
移住してすぐに著書である「あたらしい日常、料理」(山と溪谷社)の撮影が長沼であったり、春には千葉の製造所の稼働が始まったり、慌ただしさもありながら、新しい暮らしをじっくり味わうようにして過ごしてきた藤原さん。雪が溶けてからは、地元のおいしい野菜をはじめ、さまざまな食材に出合い、料理家としても刺激を受けます。
昨年2025年の秋には料理教室「にたき」をスタート。毎月数日間、季節の食材を使っていつもの料理をおいしくするコツなど、「毎日の食事を底上げ」する藤原さんならではのレッスンを行っています。札幌をはじめ、道内各地から受講生の方が集まってくるそう。
ギャラリー「すまう」は2階にあり、大きな窓からの季節ごとに変わる景色が望めます。その眺めと展示作品が相まって、まるで一幅の絵画のよう
今年の5月からは2階のギャラリー「すまう」を本格始動。藤原さんがこれまでの活動で出会ってきた全国の作家さんたちの器や家具、衣服の企画展を定期的に開催する予定です。第一弾として、アンティーク家具に木彫りの動物などを組み合わせて作るオブジェを発表している「KRANK(クランク)」の展示を開催。たくさんの人たちが足を運び、大盛況で終了しました。6月26日から7月初旬には、一点もののぬいぐるみを制作するchitose.Kの展示が決定しています。
料理は自分を幸せにできるツール。これからはここを元気の種を渡せる場所に
藤原さんの手掛ける「あたらしい日常料理 ふじわら」のびん詰め調味料は、蒸した野菜に和えるだけ、炒め物にプラスするだけ、スープにひとさじ加えるだけと、ほんのちょっとでいつもの食事が嘘のようにおいしくなる調味料ばかり。
「日々暮らしていると、いいことばかりじゃなくて、しんどい日や疲れて何もしたくない日もありますよね。そんなとき、外食や出来合いのもので適当に済ませるのも悪くはないけれど、自分のためにほんの少しだけ手をかけて作ったごはんが『あ、おいしい!』と思えると、それだけで不思議と救われる。私自身もそうです。そして、『あぁ、今日もいい日だったな』と眠りにつくことができる。家庭料理にはそんな心と体を整える力があるのです。だから、そんな毎日の料理に役立ててほしいと思っています」
藤原さんは「料理は自分の手で自分を幸せにできるツール」という考えをベースに、商品開発に取り組んできました。著書にも、きちんと作ることだけが料理ではなく、今できることをすればいい。もっと頑張るより、イヤにならない工夫をすることで、料理は必ず心と体と向き合うときに味方になってくれると記されています。そして今、新たな拠点である「にたき」と「すまう」を通じて、料理だけでなく衣食住を楽しめるような提案をしていきたいと話します。
「料理教室もギャラリーも、ときにはゲストを迎え、楽しいや嬉しいをこの場にいる人たちで共有できたらいいなと考えています。そして、ここを訪れた人たちに明日からのやる気の種のようなものを渡せるような場にしていきたいですね」
「にたき」と「すまう」は、日常のちょっとしたストレスから解放してくれるような、肩に力が入った状態をほぐしてくれるような、そんな場所。「すまう」のギャラリーの大きな窓から差し込む心地よい日差しのなかで、作家の手仕事に触れたり、あるいは「にたき」の穏やかな空間で、季節の恵みを感じたり、素材の生かし方を学んだりする時間はいつもの日常をあたらしく、より豊かにしていけそうな気がします。
取材終わりに購入したびん詰め調味料の「納豆辣油」。どんなに疲れていても、毎日家族のために料理をしなければならないことに若干のストレスを感じていた身としては、藤原さんの言葉と調味料に心底救われました。その夜作った納豆辣油の簡単焼きそばは、体にも心にも沁みて、「おいしい」を何度も口にしていました。

- あたらしい日常料理 ふじわら
- 住所
北海道夕張郡長沼町(にたきとすまう)
- URL
Instagram
https://www.instagram.com/nitaki_sumau/















