北海道の北部に位置し、冬には日本トップクラスの極上のパウダースノーに包まれるまち、名寄(なよろ)市。冬季には、スキー競技やカーリングなどの日本代表クラスが集うこのまちは、いま、全国の地方都市が直面する「少子化による子どものスポーツ環境の危機」に対して、先駆的なアプローチで挑んでいます。
その中核を担うのが、スポーツとまちづくりを融合させた「一般財団法人Nスポーツコミッションなよろ(通称:Nスポ)」です。今回は、Nスポの舵取りを行う事務局長の松澤大介さん、アドバイザーの黒井理恵さん、そして本業の農繁期の真っただ中でありながら会長(代表理事)を務める農業者・遠藤貴広さんの3人にお話を伺いました。
遠藤さんの畑にも直接お邪魔しながら見えてきた、点と点だった地域の取り組みを官民が一体となって「面」へと変え、次の世代へ豊かな環境を繋ごうとするまちづくりの舞台裏に迫ります。
2つの課題が重なった、Nスポ誕生の背景
Nスポの事務局長を務める松澤大介さんは、名寄市出身の市役所職員です。自身もカーリング指導や少年野球のコーチを務めるなど、長年地域のスポーツ現場と行政の双方に関わってきました。
「8年前、45歳の頃にスポーツ課の課長になったのですが、当時行政課題を抱えていました」と松澤さんは振り返ります。
こちらが事務局長の松澤大介さんです。
現在の名寄市は、旧名寄市と旧風連町が2006年に合併して誕生した歴史があります。そのため、スポーツへの取り組みや施設管理の仕組みに違いがあり、さらに役所内でも複数の部署に施設管理がまたがっている状態だったといいます。
また、2015年にスポーツ庁が誕生したこともあり、スポーツで地域を活性化していく機運は高まっていました。
もう一つ、切実な課題だったのが、地域の部活動や少年団を取り巻く環境の変化です。これは全国で共通課題といえますが、少子化により、子どもたちのスポーツの選択肢が狭まることが危惧されています。働き方改革に伴って、教員がボランティアベースでスポーツ指導の担い手であり続けることが難しい時代に差し掛かっていることは明らかです。
「地域の競技団体やスポーツ少年団を、いかに安定的に、そして持続可能な形で運営できるようにするか。行政、民間、そして市民が一体となって考えなければならないタイミングが来ていました」
名寄市街地から車で10分程度走れば、日本有数の釣り場としても名高い一級河川「天塩川」にたどり着きます。都市機能と自然のバランスがちょうどいい場所です。
多様な視点が混ざり合う、コンソーシアムの強み
こうして2019年に任意団体として設立され、2025年6月に地域のスポーツ協会等と統合したのが、現在のNスポーツコミッションなよろです。
アドバイザーとして、2019年から当団体にかかわる黒井理恵さんは、Nスポの最大の強みを「競技団体だけでなく、さまざまな市内団体とともに動いていること」だと語ります。
「Nスポは、単なるスポーツ関係者の集まりではありません。社会福祉協議会、観光協会、市立大学、経済団体や民間企業も会員として多数参加しており、競技者だけでなく、多様な視点を持った人たちがみんなで『地域のこと』としてスポーツを考える組織です」
こちらがアドバイザーの黒井理恵さんです。
たとえば、民間企業に勤めるメンバーから「スポーツを通じて経済的な循環を作る」というビジネス視点、福祉に従事するメンバーからはパラスポーツの普及といったインクルーシブの視点からアドバイスがもたらされます。多様な人材がチームになることで、これまでにないクリエイティブな取り組みが次々と生まれているのです。
取り組みのなかで生まれた一例が、名寄の強みである「合宿」への付加価値づくりです。ただ練習環境を提供するだけでなく、名寄市立大学、病院、そして農家といった地域の資源を掛け合わせました。大学と連携してジュニアアスリート向けのレシピを開発し、それを地元の宿泊施設が合宿中の「スポーツ栄養食」としてアスリートに提供したりしました。現在はこの取り組みが大学の魅力向上に貢献するなど、スポーツを超えたプラスを生み出しています。
また、市街地の歩行者天国を舞台にした市民運動会「街なか運動会」など、誰もがワクワクするようなユニークな企画も実施しています。多様な人が混ざり合うことで、理想をどんどん形にしていく闊達とした環境が、名寄に生まれています。
「一歩進んで二歩下がる」苦悩のプロセスを越えて
理想的な環境が整いつつあるように見えるNスポですが、現在のかたちになるまでには、並大抵ではない苦労がありました。自治体の合併という元々の地域性の違いに加え、合計81もの競技団体の理解を一つずつ得ていく。これは想像するだけで骨が折れそうです。
「名寄は環境的に『雪質日本一』を誇り、ジャンプ台もあることから、どうしても冬のスポーツが目立ち、軸になっていました。そうなると、夏の競技団体から『自分たちの競技環境も早く整えてほしい』という声が出るのは当然のことです。誰もが自分の所属する団体、愛する競技への強い思い入れを持っていますから」
そう松澤さんが話すように、利害関係や温度差を埋める作業はまさに「一歩進んだら二歩下がる」ような試行錯誤の連続でした。
「きちんと丁寧にプロセスを踏んで対話を重ねていたはずなのに、思わぬところから別の意見が出てきて、『これまでの積み重ねは何だったのか...』と、感情が爆発しそうになる夜もありました」と苦笑します。
励みになったのは、現場の指導者たちの熱い想いでした。
「様々な意見がある中で、最後には現場の指導者たちが『地域のため、子どもたちのためにやろう』と主体的に声を上げてくれたんです。あの時は、本当に涙が出そうでした」
競技団体の代表や指導者など60名以上が集まり、地域のスポーツ環境の理想像や課題について何度も対話を重ねました。対話で出てきたキーワードが、ビジョンとNスポの事業の中に盛り込まれています。
解決の手立ては、「とにかく、対話と理解」を繰り返すこと以外にありませんでした。
NスポのWebサイトをみると、そこには明確な「ビジョン・ミッション・バリュー」が言語化されていることに驚きます。大企業にも引けを取らないような組織設計です。これも1年がかりで、新しく加入するメンバーたちと膝を突き合わせて作った現場の声がしっかり入っているものだそうです。
黒井さんは当時をこう振り返ります。
「ビジョンの素案は2019年の任意団体が起き上がった時に1年かけて対話を重ねながら作り込みました。当初は『ビジョンなんて役所が作るものでしょう』という戸惑いの声もありました。でも、『みんなの声で形にしたいんです』と何度も会話を重ねるうちに、関わる人たちの目指す方向性が、少しずつ噛み合っていったんです」
スポーツを「贅沢品」にしてはいけない
Nスポの会長(代表理事)を務める遠藤貴広さんは、地元で「遠藤ファーム」を経営する現役の農業者です。農繁期には目が回るほどの忙しさになる中、市民の立場としてNスポの会長を担い、関わり続ける背景には、危機感と熱い想いがありました。
Nスポの会長(代表理事)兼遠藤ファーム代表の遠藤貴広さん。
「自分自身、小さい頃から剣道や陸上部でスポーツに打ち込んで育ちました。子どもが3人いますが、この田舎であっても、いろいろな経験ができるスポーツ環境を残してあげたいんです」
少子化が進めば、スポーツ少年団の規模が縮小していくのは必然です。用具代や遠征費の負担も重なり、「このままではスポーツが一部の余裕がある家庭だけの『贅沢品』になってしまう」と遠藤さんは危惧します。
「いまはスマホ一つ与えておけば、家から出ずに1日中過ごせてしまう時代です。でも、体力や精神力、そして人との関わりの中で育まれる人間性など、スポーツから得られるものは絶対にあります。子どもたちのスポーツ環境を贅沢品にしてはいけない。田舎でも続けられる環境を大人が作ってあげなければならないんです」
Nスポが立ち上がり、様々な団体と議論を重ねていく中で、最近は嬉しい変化の兆しも見えてきたといいます。
「これまでは、市民にとってスポーツ環境は行政や体育協会から何となく与えられるものでした。それが今では、保護者や競技団体から自分たちで理想の環境を作りに行こうと、主体的に声が上がるようになってきたんです。まち全体でスポーツに対する前向きな議論が起きている。良い方向へ向かっていると感じています」
9年間の大挑戦。「ジュニアスポーツエコシステム」の形成へ
いま、全国で「中学校の部活動の地域移行」や少子化による少年団の存続危機が大きな問題となっています。そんな中、Nスポでは一歩踏み込んだ先進的なプロジェクトを始動させています。それが、2023年から2032年までの9年間という長期的な視点で、地域のジュニア育成環境を根本から再構築する「ジュニアスポーツエコシステム形成事業」です。
この事業は一言でいえば、地域のスポーツを「縦」と「横」の両軸で編み直す挑戦です。
これまで小学校の少年団、中学校・高校の部活動と、成長の段階ごとに分断されていた活動をひとつのタイムラインで繋ぐ(縦の軸)。同時に、これまで交流のなかった8つの競技団体のあいだに「横のつながり」を創出する。少子化の中で子どもたちが様々なスポーツを体験でき、かつ、好きなスポーツを高校まで名寄で続けられる環境づくりを目指しています。
「集合型研修」として競技団体の垣根を超えて子どもも指導者も集まり、新しいトレーニング体験や知識を身につけます。
しかし、これが「言うは易く行うは難し」のイノベーションであることは、地域のスポーツ現場を知る人ほど痛感します。現実問題として、一度自分のチームに迎え入れた子どもを、他の競技団体へ送り出すことは決して簡単なことではないそうです。競技ごとの人口の奪い合いになってしまう懸念や、コーチ陣同士のコミュニケーションが少ないと囲い込みに拍車がかかってしまいます。
黒井さんは、取り組みへの想いをこう明かします。
「10代までの成長過程において、ひとつの競技を早期に専門とするよりも、色々なスポーツを経験して多様な身体の動かし方を学んだ方が、結果的に運動能力も子どもの可能性も飛躍的に広がることは、スポーツ科学の研究でも証明されているんです。大人の都合ではなく、何よりも『子どものため』を一番の真ん中に置こう。その想いで、競技の垣根を超えたコーチ陣が定期的に集まる『共創会議』を開催しています」
Nスポーツコミッションなよろの職員のみなさん。スポーツまちづくり事業だけでなく、施設管理やスポーツ教室運営など幅広い業務を扱います。
この未来への挑戦は外部からも高く評価されました。三菱UFJフィナンシャル・グループが主催する「MUFG推しごとオーディション」に見事選定され、外部からの寄付金を獲得。行政の予算だけに頼るのではなく、独自の財源を確保してこの事業を進行していくことにも成功したのです。
名寄の冬の豊かさを100%活かし、例えば、「夏は野球、冬はクロスカントリー」を同じ地域のコーチ陣が連携してバトンを繋ぐように支え合う。地方だからこそ実現できる、そんな夢の「二刀流」のジュニア育成環境は、すでにこの名寄の地で、しっかりと芽吹き始めています。
スポーツの力を信じて。地方から機会格差をなくす
「地方には少子化の厳しい現実があり、都市部との機会格差も厳然として存在します。チーム制のスポーツを維持するための延命措置など、課題はまだまだ山積みです」
難易度の高い課題に対しても常に前向きに取り組む松澤さん。そのモチベーションはどこからくるのか尋ねると「楽しいからですね!」と即答。「楽しい」という気持ちが人の原動力になるということを改めて実感した取材でした。
そう話す松澤さんには、地域で少年野球のコーチを続けるなかで、今も忘れられない光景があります。
かつて率いたチームの中に、スキル面で個別サポートが必要な子どもがいました。ある試合の終盤、一打サヨナラのチャンスという絶好の場面で、その子に打席が回ってきたのです。周囲の大人たちも、ベンチの仲間も、誰もが不安で息を飲みました。勝負を優先して「代打を送るべきではないか」という声も聞こえましたが、松澤さんはそのまま打席へと送り出しました。
次の瞬間、快音を残した打球は、見事な放物線を描いてスタンドへと吸い込まれていきました。起死回生のホームランでした。
「野球はチームスポーツです。お互いの苦手な部分をみんなでカバーし合うことで、チーム全体の力がグッと引き上がり、同時に一人ひとりが自信を持って強くなれる。そんな素晴らしい経験や一生モノの記憶を、名寄の子どもたちにたくさん残してあげたい。それが、私がこのまちで見たい景色なんです」

この大きな挑戦をさらに加速させ、次の世代へ繋いでいくために。Nスポでは現在、新たな中心メンバーの採用枠を設け、共に汗を流す人を求めています。
「行政や民間の枠を超えて、まちの未来を本気でつくる仕事ですから、一筋縄ではいかない泥臭さもあります。でもだからこそ、私たちの想いに共感し、この名寄というフィールドで一緒にワクワクしながら走ってくれる仲間が増えたら、これほど心強いことはありません」
Nスポでは若手スタッフも活躍中。若手のアイデアとベテランの経験を掛け合わせて、チャレンジを重ねる日々です。
子どもの楽しそうな声が地域に響けば、それを見守る大人たちも自然と元気をもらえるはず。子どものスポーツ環境を整えることは、めぐりめぐって家族の、そして地域全体の幸せへと繋がっていきます。
「スポーツには、人を変え、人を幸せにする力がある。名寄に生まれたすべての子どもたちが、その素晴らしい体験を享受できるように。私たちはこれからも工夫を凝らし、対話を止めずに進んでいきます」

試行錯誤を繰り返した10年を経て、名寄のスポーツによるまちづくりは、点から「面」へ、そして地域の未来を力強く照らす大きな光へと進化を続けています。

- 一般財団法人Nスポーツコミッションなよろ
- 住所
北海道名寄市西7条南12丁目55-134
- 電話
01654-3-6627
- URL















