「結婚して子供ができたら、『お父さんがこれ作ったんだぞ』って自慢できる。しかも建物は50年以上残りますからね」
そう誇らしげに話すのは、北海道東川町で鉄骨製造を手がける大久保鉄工株式会社の代表、大久保諒さん。同社の鉄骨は道北エリアの商業施設や旭川空港、建築家・隈研吾氏が手がけた東川町の施設など、道内各地のさまざまな建築物に使われています。
鉄骨業界では、工場での「製造」と現場での「施工」は別々の会社が担うのが一般的。しかし大久保鉄工は、その両方を担います。
大久保鉄工株式会社の代表、大久保諒さん。
「うちがどれだけいい製品を作って納期に間に合わせても、建てる人がいなければ結局工事は進まない。だったら自社で少人数でも建て方のチームを持っておいた方がいいんじゃないかと考えたんです」
2018年にグループ会社の旭栄建設工業を設立し、製造と建て方の両方を自社グループ内でまかなえる体制を構築。取引先にとっても、一貫して任せられるのは大きな安心材料となり、受注エリアは道内全域に広がっています。
「鉄骨の需要がなくなることはまずないと思います。建物がある限り必要とされる仕事ですから」
路地も脇道もスッキリ!東川町の暮らしやすさを支えるハイレベルな除雪。
大久保鉄工がある東川町は旭川市の隣に位置し、車では15分ほどの距離。ここ数年おしゃれな古民家カフェやスープカレーの人気店ができ、観光客にも注目されるエリアになっています。上水道がなく地下水を利用しているため水道代が無料、夏と冬にはお祭りもあり、暮らしの環境は年々充実しています。
東川町について大久保さんが強調するのは、冬の除雪レベルの高さ。

「十何年と通勤してますが、東川に入って道がガタガタだと思ったことがないんです。住宅街の細い道まで、すぐに除雪が入る。旭川や札幌と比べても圧倒的に綺麗ですよ」
従業員の多くは旭川市内から東川の工場へ通勤。旭川〜東川間の2車線化工事も進行中で、完成すれば通勤環境のさらなる改善が期待されています。
家業を継ぐつもりはなかった――偶然から始まった16年
大久保さんは一人っ子の長男。しかし幼い頃から「会社を継いでくれ」と言われたことは一度もありませんでした。
「何をしているかも正直わかっていなかったですね。鉄骨を作っているということすら、あとになって知ったくらい。ドラマでよくあるような『お前は長男なんだから』みたいなのも一切なくて、人生の選択肢にここで働くということ自体が入っていませんでした」
父である社長(現会長)は仕事で多忙を極め、家にほとんどいない生活。そんな大久保さんが鉄骨の世界に足を踏み入れたきっかけは些細なことでした。
北海道東川町で鉄骨の製造から現場での施工までを自社内で一貫して行う「大久保鉄工」の代表です。社員を思いやり、休日増加や残業削減など労働環境の大幅な改善に尽力しました。
「高校を辞めて、しばらく何もしてなかった時期に、『忙しいから工場手伝ってくれ』って言われたんです。ちょっと遊ぶ金ができるかなくらいの気持ちで行ったのが始まりですね」
最初は1週間ほど工場で製造の見習い。すぐに事務所に上げられて設計を約3年。ところが「お前は設計に向いていない」と告げられ、営業へ異動。以来、ずっと営業畑を歩いています。入社当時の大久保鉄工は、大久保さんの言葉を借りれば「もう、ドブラック企業」。
「休みは年間70日台、月の残業が250時間なんてこともありました。今よりずっと少ない人数で、今以上の仕事量をこなしていた。息子だから遠慮なく使われるし、何度も辞めたいと思いました。父と大喧嘩したことも一度や二度じゃありません。でも、『辞める』と言うたびに『じゃあ給料5万上げるから』『役職つけてやるから』と引き留められるんです。うまいこと餌をつけられ今に至ります」と、笑いながら振り返ります。

働いてくれている仲間を守りたい。労働環境を大幅に改善。
そんな大久保さんが「頑張ろう」と思えるようになったのは、ある人物の入社が大きいと言います。工場長の窪田広行さんです。
「窪田が『一緒に頑張りましょう』と言ってくれたんです。そこから二人で、『じゃあこれをこうしよう』『ああしよう』って一つずつ変えてました」
最大の壁は、トップダウンのワンマン経営を貫いてきた会長の説得。
「最初は『言っても聞かないだろう』と諦めていた時期もありました。でもさすがにこのままではまずいと思って。機嫌のいい時に、小出しに小出しに『こうしてみないか』と伝える。一個通ったら、しばらく間を置いてから二個目を出す。親子だからこそ、どのタイミングで言えば了承してもらえるかがわかるんですよね」
工場内でストーブを囲み笑顔で談笑する社員たちです。かつては個人主義だった職場も、今は前後の工程や他者を意識し合うチームプレーが根付いており、お互いを思いやる和やかで働きやすい雰囲気が伝わります。
その結果、年間休日は70日台から120日超へ。残業時間は月平均24〜40時間程度まで大幅に改善されました。
「昔のやり方のほうが利益は出ていたと思います。でもそれで社員に辞められたら元も子もない。人材の確保を最優先にした方がいいと判断しました。自分たちで対応しきれない分は外注に出す。過度な負担が社員にかかるくらいなら、割り切って外の業者さんにお願いしようって」
工場長の窪田さんに、入社当時と今の職場の違いを聞いてみました。
「入った頃の雰囲気は、正直めっちゃ嫌でしたね。自分の仕事が進めばそれでいい、前後の工程にも無頓着な人が多かった。でも今は全然違います。鉄骨ってデカいので、たとえ"仮置き"でも変な場所に置かれたら邪魔でしょうがない。今のメンバーは『ここに置いたら迷惑かな』『次の工程に影響しないかな』と、一人ひとりが考えて動いてくれる。作業は一人でも、流れをつくるのはみんな。チームプレーなんです」
工場長の窪田広行さん。前職は製缶業で大久保鉄工での勤務歴は10年以上。
「本人が『やっちゃったな』と気づけばそれでいい」―怒ることはプラスにならない。
大久保さんの口癖は「とりあえずやってみなよ」。社員に細かく指示を出すのではなく、ある程度自由にやらせるスタイルです。
「工場長にも、9年間で何一つ指導したことがないはず。任せて、信頼して、口を出さない。設計のスタッフにも、一つの物件の図面が描けるようになったら担当として任せます。残業するもしないも自由。お客さんに怒られない程度に期限までに終わらせてくれればいい」
「怒るのがあんまり好きじゃないんです」と大久保さんは続けます。
工場内で図面を見ながら確認作業を行う社員の様子です。設計スタッフや現場の社員に裁量を持たせて任せ、頭ごなしに怒らずに自主性を重んじる、大久保鉄工ならではの信頼関係が日々の仕事に生きています。
「みんな大人なんだから、言葉で伝えればある程度理解できる。怒ったってどっちもプラスにならない。若い子が寝坊しても、自分だって若い頃はそうだったなって思い返すと、頭ごなしには叱れないですよ。本人が『やっちゃったな』と気づけばそれでいい」
社員のやる気がイマイチだと感じたら「今日は昼でやめて、飲みに行くか」と切り替えを促すこともあるそう。仕事の合間の「つなぎの時間」が週末にぶつかれば、「もういいよ、休んじゃおう。次に新しい仕事が入ったらまた気合入れて頑張ろう」と臨時休業にすることも。メリハリを大切にする柔軟な働き方です。
「今の社員たちは、会社の雰囲気を気に入ってくれているのかなと思います。逆に言えば、もっと稼げる仕事はいくらでもあるはず。でもここで働きたいと言ってくれるメンバーなので、その信頼関係だけは絶対に崩したくない」
窪田さんも、この自由な社風を現場の言葉で補足してくれました。
大久保鉄工で働く女性スタッフたちの様子です。子どもの行事には絶対に参加できる空気があるなど、誰もが柔軟に働きやすい職場づくりを実践しています。
「『自由と好き勝手を間違えるな』とは、僕がスタッフに普段から伝えていることです。期限と成果物は明確にする。でもどんなペースで進めるかは本人次第。ロボットじゃないので、使われてる感が出ちゃうのは嫌ですよね」
窪田さんが工場内で特に徹底しているのが、「子どもの行事には絶対参加しよう」というルール。シングルファーザーとして子育てをしてきた自身の経験から、以前の職場で休みを取りづらかったことが「すごく嫌だった」と振り返ります。
「仕事なんていいから、子どもの行事はもう絶対参加しようね」。早く上がりたい人がいれば、残業して稼ぎたい人もいる。"自分で決めていい空気"が自然にできています。
鉄骨製造工場で大型機械のオペレーションを行う社員の様子です。鉄骨の製造には切断や組み立て、溶接など多様な工程があり、未経験者でも実践を通じて自分の得意な分野や適性を見つけることができます。
一から技術を身に着けたい人もウェルカム。鉄骨工場で見つかる「自分の得意」
鉄骨の製造には、切断・組み立て・溶接・機械オペレーションなど、さまざまな工程があります。未経験の方にとっては不安が大きいかもしれません。ただ窪田さんは「やっていればどこかにヒットする」と話します。
「いろいろな作業を経験するうちに、『これ、向いてるかも』と思える工程が必ず見つかります。全部が万遍なくできる人もあまりいない。これはできるけど、これは苦手、というのがあっても全然いい」
ちなみに窪田さん自身、機械オペレーションは苦手。得意なのは組み立てと溶接、そして現場作業だそうです。
火花を散らしながら鉄骨の溶接作業を行う様子です。大久保鉄工では工場での製造作業に専念することも、希望に応じて現場での組み立て作業に関わることもでき、個人の適性や希望に合わせた働き方が選べます。
「ものづくりが好きなのであれば、機械が得意じゃなくても全然やっていけます」
窪田さんは前職で製缶(鉄板を加工してタンクやダクトなどをつくる仕事)に携わっており、「鉄骨だけは嫌だな」と思っていた時期もあったそう。しかし「食わず嫌いはやめよう」と飛び込んだ結果、今年で10年目を迎えました。
大久保鉄工では、希望すれば工場での製造だけでなく、建設現場に出て鉄骨の組立作業に関わることもできます。工場一筋でも、現場も経験したいでも、自分の適性に合わせた働き方が選べる点は、求職者にとって大きなポイントです。
「ちょっといい思いができる会社」へ
大久保さんが描く目標は明確です。
「同じ鉄骨業界で働く人たちの中で、うちのスタッフがちょっといい思いができるような会社をつくりたい。待遇も休日も、仕事のやりがいも含めて、『大久保鉄工で働いてよかった』と思ってもらえる環境にしたいんです」
まずは人材の確保と育成。製造の現場では一人前に育つまで3〜5年かかるため、この基盤づくりを最優先にしています。次の段階で受注を増やし、最終的に待遇の改善へと還元していく計画です。
大久保鉄工を支える社員の皆さんの集合写真です。「他よりちょっといい思いができる会社」を目指し、働きやすさとチームワークの強化を実現してきました。
「ただ、規模を大きくしすぎるつもりはないです。100人規模になったら、若いスタッフの名前すら覚えてもらえなくなる。そういうことは絶対にしたくない」
顔の見える距離感を守りながら、着実に。大久保さんの言葉の端々に、一緒に働く仲間への思いがにじんでいました。
















