介護と保育。どちらも大切なソーシャルインフラでありながら、全国的に人手不足に悩まされています。そこで、北海道函館市は介護と保育の新規就労の人材確保と、その後の職場への定着を支援する制度として「介護人材等地域定着奨励金」と「保育士等(新規・継続)就労奨励金制度」を、令和6年度から開始しました。制度開始後、介護・保育を合わせて利用者は380名を超え、介護分野での制度利用者は離職率も低いといいます。
今回は、これらの制度について、函館市の保健福祉部地域福祉課の伊藤陽二さんと、函館市子ども未来部子どもサービス課の小辻淳一さんのおふたり。実際に制度を利用し、就職した特別養護老人ホームシンフォニーの施設介護士、相星博(あいほしひろみ)さんと、鍜治さくら認定こども園保育教諭の岩泉颯汰さんにお話を伺いました。
介護と保育の現場を支える、函館市の人材定着支援制度
函館市では介護・保育それぞれの分野において、就労を支援する給付金の支給制度を実施しています。それが、「介護人材等地域定着奨励金」と、「保育士等就労奨励金制度」です。
「介護人材等地域定着奨励金」は、函館市内の介護事業所等で、初めて正規雇用かつ常勤の介護職員等として就労した人を対象とした制度。新規就労者には10万円(介護福祉資格を持っている場合は20万円)が支給され、さらに新規就労奨励金を受給後、1年継続して勤務するごとに10万円(最長3年まで)が支給されます。介護分野を担当する伊藤さんは、制度を立ち上げた理由についてこう話します。
こちらが函館市保健福祉部地域福祉課の伊藤陽二さん
「介護の仕事は、賃金が安い、大変そうといったイメージが先行してしまい、なかなか人材が集まらないのが現状です。特に函館市は、人口減少が他の都市よりも進んでおり、介護人材の確保と定着が大きな課題でした。新しく介護の分野に入ってくれる方が増えるきっかけになれば、と考えたのが、制度を始めた理由です」
令和6年度の制度開始後、制度を利用して毎年60名以上が新たに就労しており、これまでに通算120名を超える人が介護の現場で働いています。中には、家族の転勤などをきっかけに函館へ移住し、制度があることを知って介護業界で働き始めた人もいるそうです。
「介護分野は1年たたずに離職してしまう人も多い中、制度を使った人の離職率は低いんです。制度を立ち上げた意味があったと実感しています」
一方、「保育士等就労奨励金制度」は、函館市内の認可保育所や認定こども園、幼稚園(以下、「保育所等」)で常勤の保育士や幼稚園教諭または保育教諭(以下、「保育士等」)として新規就労する人や継続して就労している人を対象とした制度です。新規就労者には20万円、さらに就労年数が3・6・9年に達した際には、それぞれ10万円が支給されます。

「保育も介護と同様、人材が不足している分野です。函館には保育士養成施設が2校ありますが、卒業後に函館を離れてしまう人も少なくありません。せっかく保育士等として働き始めるのであれば、函館の街で次代を担うこどもたちのために、その力を発揮してほしい、という思いから、この制度が設けられました」
保育分野でも、令和6年度のスタートからこれまでに新規就労者では60名、継続就労者では200名近い方々が奨励金制度を活用し、自己の啓発や自己研鑽をしているそうです。
これらの制度は、函館市だけでなく、市民生活や経済活動をともにする函館圏域にある北斗市と七飯町もそれぞれに制度化しており、各自治体に所在する介護事業所で働く新規就労者と保育所等で働く新規就労者、継続就労者を対象としています。どちらの制度も有効に活用されることにより、介護士や保育士等として地域の現場を支えています。
制度の存在が、介護の仕事を続ける励みに
介護人材等地域定着奨励金を利用し、2024年から介護の仕事に就いた相星さんに話を聞きました。相星さんは東京出身。2020年に、横浜から函館へ移り住みました。
函館市に移住し、介護職として活躍する相星博さん
「全国いろいろ旅行しながら、移住できる場所を探していたんです。函館は、一度旅行で訪れたことがありました。北海道の中では雪が少なく、空気もきれいで、水もおいしい。自然が豊かで観光地も多く、落ち着く場所だなと感じました」
相星さんが介護職に就こうと考えたきっかけは、ご両親を介護し、見送った経験でした。
「年齢的に、これが最後の職業になるかもしれないと思ったときに、世の中の役に立っていると実感できる仕事に就きたいと思ったんです。ただ、介護業界は未経験だったので、最初は正直、不安もありました」
制度の存在を知ったのは、介護福祉士初任者研修を受講していたときのことでした。
「同じ研修を受けていた方から『こういう制度があるんだよ』と教えてもらったんです。奨励金があったので、よりいっそう、がんばろうという気持ちになれました。今でも励みになっています」
現在、相星さんが担当しているのは、入居型施設での介護です。食事介助や入浴介助、排泄介助など、施設で暮らす方にとって必要な介助を一通り行っています。
「覚えることは多いですし、利用者さんの様子も日々変わる。答えが一つではない仕事だなと感じています。体力も必要で、簡単な仕事ではありません。でも、利用者さんから感謝の気持ちを伝えられたときには、心からうれしくなりますね。『やってあげている』というより、『介護をさせてもらっている』という気持ちで、毎日仕事をしています。この仕事を始める際、知人などからは大変だからやめておいたほうが良いなどと反対をされましたが、10か月間仕事に就いて、思っていたよりも大変さや辛さは感じなくて、むしろ楽しさの方が多い職業だと感じてます。世間で言われているほど辛い仕事ではないなって、私は思います」
介護の仕事をする上で、特に大切だと感じているのがコミュニケーション力です。相星さんは、これまでサービス業や接客業に携わっており、その経験が今の仕事に生かされていると話します。
「コミュニケーション力って、特別なものではなく、誰もが持っているものだと思います。家族や友達とのやり取りなど、日常の中で自然と身に付いているものではないでしょうか」
職場の皆さんとの一枚
函館に移り住んだ当初は、横浜との暮らしの違いに戸惑うことも多かったといいます。特に驚いたのは、どこへ行くにも車が必要なこと。
「今はパートナーに送ってもらっていますが、来年の冬は自分で雪道を運転してみようと思っています。それまでに、自分の車を買うのが今の目標ですね(笑)」
保育教諭としての就職が決まり、制度を活用
次に話を聞いたのは、保育士等就労奨励金制度を利用し、函館市内の認定こども園で働く岩泉さんです。函館から約80キロメートル離れた渡島半島のほぼ中央に位置する八雲町出身の岩泉さんは、高校進学を機に函館へ移り住み、現在は一人暮らしをしています。もともと、人に何かを教えることが好きで、保育の仕事に関心を持つようになったと話します。
八雲町出身の岩泉颯汰さん
「保育教諭を目指そうと思ったのは、中学生のときにインターンシップで、自分が通っていた園に行ったことがきっかけです。子どもたちの笑顔がすごく素敵だったんですよね。一緒に遊ぼうって、人懐っこく寄ってきてくれるところがかわいくて」
高校卒業後は、函館短期大学へ進学。制度のことを教えてくれたのは、大学の就職支援を行う事務の人だったと言います。
「大学の就職支援の掲示板に貼られていたので、就活中の学生はみんな見ていたと思います。僕の場合は就職先も決まっていた段階でしたが、支援を受けられることを知って、ちょっとうれしかったですね」
短大を卒業後、認定こども園に就職した岩泉さん。現在は4歳児のクラスを受け持ち、岩泉さんは担任を務めています。
こども園での仕事風景
「まず、1カ月の活動計画を決める月案を作り、その内容に沿って日々の保育をしています。子どもたちと遊んだり活動したりするのが中心ですが、食事の配膳などもしています。子どもたちの自主性が少しずつ現れてくるのを見るのが楽しいですね」と話す岩泉さん。
最初は、自分の思いを言葉で伝えるのが難しかった子どもたちが、少しずつ意思表示できるようになっていく。そんな成長を身近で感じられることが、仕事のやりがいになっています。ただ、2年目という立場ならではのプレッシャーも感じているそう。子どもたちとの関わり方や、正解のない問題に悩みながら、試行錯誤する毎日だといいます。
「友達との関わり方の中で、この言葉を使うと相手がどう思うか、まだ理解できない子どももいるんです。なので、保育が始まる前にクラスのみんなが集まって話し合う『サークルタイム』という時間に、絵本を使って、どんな言葉を使えばいいかを子どもたちと一緒に考えています。『こんな言葉を使うと心がふわふわするよね』『これはちょっとチクチクするよね』と、相手の気持ちを思いやるきっかけになってくれるといいなと思います」
また、担任という責任ある立場となってからは、保護者との関わりも大事にするようになったといいます。

「保護者の方には、子どもたちが園でどう過ごしているか分からない部分もあるので、お迎えのときに、その日の様子をできるだけ伝えるようにしています」
岩泉さんが勤める園では、函館ならではの行事に参加することもあるそうです。
「函館港まつりに参加し、いか踊りを踊ったり、七夕のときには、子どもたちが『たけーに短冊たなばたまつりー』と歌いながら近所を回って、お菓子をもらったりします。八雲にはそういう行事がなかったので、函館に来て初めて知ったときは、すごくいいなと思いました」
仕事の魅力を伝え、制度の活用を広げることで人材不足の解消へ
制度を利用して介護・保育の現場で働く相星さんと岩泉さんの話を聞き、伊藤さんと小辻さんは、それぞれ次のように話します。
「制度自体には、お金という分かりやすい魅力もあると思いますが、それ以上に、働くことへの励みになっているという言葉を聞けたのがうれしいですね」と伊藤さん。
実際、利用者からは「モチベーションにつながっている」という前向きな声も多く、「この制度があるから介護の仕事に挑戦しようと思った」という声も増えているといいます。
岩泉さんの話を聞いた小辻さんは、こう話します。
函館市子ども未来部子どもサービス課の小辻淳一さん
「まだ2年目で担任を持っているという話を聞き、とても頼もしく感じました。私たちは指導監査などで園を回りますが、どうしても園長先生や副園長先生など、役職のある方のお話が中心になりがちです。現場の若い先生の生の声を聞けたことが、とても印象に残りました」
ただ、長く働いている介護士や保育士等からは、「なぜ制度を利用できないのか」という声が寄せられることもあるそうです。そうした声に対し、二人は次のように話します。
「確かに、これまで現場を支えてくださった方には感謝の気持ちしかありません。ただ、この制度は、介護や保育の分野に新しく参入してくださる方を増やすことを目的に始めたものです。その点については、ご理解いただけるとありがたいです」
現在は両制度とも、育休や産休を取得した場合でも、雇用が継続していれば奨励金の支給対象となっています。今後は、どのような人に制度を利用してほしいのでしょうか。
「今は40〜50代の女性が多いですが、介護は体力が必要な仕事でもあります。これからは、若い男性の方にもぜひ入っていただきたいですね。この制度を通して、介護の仕事に対するイメージを少しでも良くしていけたらと思っています」と伊藤さん。

小辻さんは、まず保育士や幼稚園教諭、保育教諭という仕事そのものの魅力を伝えることが大切だと話します。
「保育士養成施設に入る前の、中学校や高校の段階で、保育の現場や仕事について知っていただき、関心を持ってもらうことが大事だと思います。保育士は大変な仕事だと思われがちですが、子どもの成長を見守れるというやりがいもあります。そうした魅力を伝え、保育士になりたいという気持ちを育てることが、人手不足の解消にもつながるのではないでしょうか」
暮らしているからこそ分かる、函館の魅力
最後に、函館の街の魅力や、みなさんが好きな場所について聞いてみました。最初に話してくれたのは、岩泉さんです。
「函館市内には、全国展開している人気の古着屋さんが何軒かあるんです。僕は古着を見て回るのが好きなので、休みの日は、いいものが出てないかチェックしに行っています」

相星さんは、「観光地ではないですが...」と言いながら、お気に入りの場所を教えてくれました。
「函館空港の滑走路です。夜遅くなるとランプが青く光るんです。青い光が浮き上がるように見えて、とてもきれい。夜勤のときに、いつも施設の窓から見ています」
観光名所ではない、日常の中にある風景。それもまた、函館で暮らすからこそ出合える景色の一つです。伊藤さんは、函館の街並みの魅力を挙げました。
「私が好きなのは、教会がたくさん立ち並ぶ元町エリアです。夜に散歩すると、教会がライトアップされていて、函館っていい街だなと感じます。教会のすぐそばにお寺もあって、和と洋が自然に混ざり合っている。そういう風景が見られるのは、函館ならではだと思います」
小辻さんは、函館の魅力をこんな風に語ってくれました。
「函館の街は、昔に比べてきれいに整備され、観光客も増えました。でも、観光スポットだけでなく、少し路地に入ったところにも面白い場所がたくさんあります。そういう所を見つけて歩くのも楽しいと思います。飲食店も多く、おいしいものを食べられるのも函館の良さですね」

介護・保育人材の定着に向けた函館市の取り組みが、現場で働く人々の励みになっていることを実感するインタビューでした。これからも、制度が新しい世界にチャレンジする人々の背中を押す仕組みとして、広まっていくことを期待しています。暮らしの魅力溢れる函館には、人の役に立つやりがいのある仕事に就きたいと考えている方を、しっかりと受け止める環境が整っていました。

- 函館市役所
保健福祉部地域福祉課
子ども未来部子どもサービス課 - 住所
北海道函館市東雲町4-13
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保健福祉部地域福祉課/0138-21-3256
子ども未来部子どもサービス課/0138-21-3935 - URL
















