当別町は道内屈指の花き産地。中でもユリの花の生産量は道内トップで、品質の高さは全国でも指折りです。そんな当別町で2025年4月に新規就農し、花き農家となったのが、今回の主人公・伊東隆(りゅう)さんと妻の慧子(けいこ)さんです。後継者がいなかった「中田花園」の事業を継承し、当別が誇るユリやスターチス、トルコキキョウなどの切り花をはじめ、鉢花や花苗、野菜苗、野菜を栽培。アパレル業界にいたという伊東夫妻が農業を始めるまでのことや、これからの構想などを伺いました。
「いつか起業したい」と、コロナを機にアパレル業界から転身


国道275号と337号が交わるすぐそばにある「中田花園」。ハウスの手前にある直売所の扉を開けると、印象的な深い青緑色の壁やカウンターのペンダントライトなど、まるで洗練された雑貨屋さんのような設え。「雪道、大丈夫でしたか?」と、伊東隆さん・慧子さん夫妻、そして人懐っこい猫ちゃんが取材陣を迎えてくれました。取材に伺ったのは雪深い1月でしたが、花苗も栽培している同園は冬もハウス内で作業を行っているとのこと。「あとからハウスもぜひ見ていってください」と隆さん。まずは、伊東夫妻が当別町で花き生産をはじめ、中田花園を継承するまでのことを伺っていきたいと思います。
こちらが、当別町にて中田花園を継いで新規就農した伊東隆さんと慧子さん
「僕は札幌出身で、妻は山形出身。2人とも同じアパレル会社に勤務していました」と隆さん。同じ会社でしたが担当していた仕事は異なり、隆さんは店舗に立つ接客販売で、売り場作りや人材育成など店舗運営を行っていました。全国規模の会社だったので、新潟や福岡、埼玉など各地で勤務したそう。慧子さんは東京の本社で、Tシャツなど軽衣料のバイヤーを担当していました。隆さんは、「僕は人と話をするのが好きだし、経験上イベントを企画したり、売り場の見せ方を考えたりするのも得意。一方で妻は新しいものを見つけるなど仕入れが得意。多品目の苗ものの扱いなどは、妻でなければできないと思います。これまでの経験や得意を生かして、今は仕事がうまく分担できていると思います」と話します。
農業とは縁遠いイメージのアパレル業界で活躍していた2人が、当別町にたどり着き、農業をはじめることになったきっかけはコロナ禍でした。

「いつか自分で起業してみたいと思っていたのですが、コロナ禍に営業自粛で自宅待機が続いていたとき、起業についていろいろ考えていました。コロナ禍でも食に関するものは強いと感じていたし、妻の実家が兼業農家だったこともあり、農業はどうだろうかと自分たちで調べ始めました」
隆さんの実家がある北海道で農業を始めるためにはどうすればいいかを聞いてみようと札幌にある北海道農業公社を訪れると、札幌近郊のいくつかの自治体を紹介されます。
「その中でも一番熱意を感じられたのが、当別町の農業支援センターでした。センターの担当者がとにかく熱い人で、研修が終わったあとのこともしっかり考えてくれていて」と隆さん。2人は当別で就農に向けて研修を受けることに決めます。慧子さんも「きちんと新規就農というゴールを見据え、親身になって全面的にサポートしてくれたのが良かったです」と振り返ります。
当別町の花き農家で事業継承を見据えて研修。地域おこし協力隊としても活動
伊東夫妻は、当別町の農業支援センター経由で研修生となった3期生。1期と2期の方は雇用就農を希望していて、新規就農希望の第一号だったそう。当初は畑作を考えていましたが、当別町は花き生産が盛んであることや新規で始めるには花きがいいのではという勧めもあり、花きをメインで行っている中田花園を研修先として紹介されます。

「中田花園はこの辺りの花き農家でも珍しく、切り花、鉢花、花苗のほか、野菜の苗と野菜も手掛ける多品目農家。花き農家の多くは、育てる切り花は2~3種類ですが、中田花園はユリ、スターチス、トルコキキョウ、アスター、カーネーション、デルフィニウムなど、とにかく多彩。特に苗ものには驚きました。1000種類以上ですから」と隆さん。
2022年にアルバイトとして中田花園に入って、師匠である中田耕市さんにイチから学び、1年間お試しの研修を受けます。高齢で後継者もいないという理由から引退を考えていた中田さんからの事業継承も視野に入れ、翌年からは当別町の地域おこし協力隊の農業支援員という形で本格的に農業研修をスタートします。
隆さんは「地域おこし協力隊になったことで、役場をはじめ町の人たちと交流ができるようになったのはもちろん、石狩管内の地域おこし協力隊の人たちのネットワークにも関わらせてもらうことができ、人脈が一気に広がりました」と話します。「実は直売所の内装を手掛けてくれたのも江別の協力隊の方なんです」と慧子さん。また、人とのご縁に関して隆さんは、「自分たちは人に恵まれていると思います。協力隊以外にも、僕が子どものころに入っていたサッカークラブのつながりも結構あって、直売所の什器もその関係者からいただいたんですよ」とニッコリ。
2025年春から事業を引き継ぎ、直売所も「Bee's Green」という名で再開
そして、2年間の地域おこし協力隊を経て、2025年4月に中田花園を事業継承。パートスタッフ7人と研修生1人を含む10人で新生・中田花園の船出を切りました。
「先代(中田さん)は、本当にすごい数の花や野菜を手がけていて、同じだけの数をやるにはまだまだ自分たちには難しい部分もあり、野菜の数は少し減らすなど、自分たちで工夫して今年は挑戦しました」

パートスタッフのうち2人は先代のころから働いているベテランですが、ほかのメンバーは未経験でありながら農業に関心がある人たち。「スタッフも熱意のある人が集まってくれて、いい雰囲気で仕事ができていると思います。それぞれ得意なことがあり、今後はそれらを生かした事業展開なども考えていきたいと思っています。そのほうがモチベーションも上がると思うし」と隆さん。すると慧子さんが、「夫はバランスを見ながら仕事の割り振りをうまくできるタイプ。嫌なことはみんなで早く片付けてしまって、あとはそれぞれが得意なことを伸ばしてやっていこうという仕事の進め方をするんです」と続けます。このあたりはスタッフを抱えながら店舗運営をしてきた隆さんの経験が生きています。

また、人手不足を理由に2018年から閉めていた併設の直売所も、店内を改装して再開しました。前職での豊富な接客経験を誇る隆さんは、「研修時から、せっかくこういう場所があるのにもったいないと思っていました。今も道の駅の直売所などに花や野菜を卸していますが、それだけではなくお客さまと直接やり取りができる本当の意味での直売をやりたいと思っていました」と話します。
直売所の名前は「Bee's Green」。ハチが花に集まってくるように、植物好きな人が集まってくれたらという思いを込めて名付けました。初年度は、切り花や鉢花、苗などを求めてたくさんのお客さんたちが足を運んでくれましたが、ただ販売するだけでなく、寄せ植えやリース作りなどを通じてお客さんとの交流も深めていきたいと考えているそう。
直売店スペースの一角に置かれたバイク。伊東さんがカスタムをしている愛車で、このバイクをきっかけにお客さんと話が弾むこともしばしば。
雇用や地域の活性化も視野に入れ、いつか花を中心とした公園施設を造りたい
さらに「僕らは生産から加工までの六次化も目指しています」と隆さん。「いいものを作って卸すだけではなく、やはり付加価値をつけたものを販売していきたいと考えています」と熱く語ります。今は栽培したサツマイモを使った焼き芋の販売を少量からスタートするとのこと。「直売所にカフェスペースも設けたいし、ゆくゆくは自分たちの経験を生かしたおしゃれな農作業着などアパレル系のものも手掛けたいですね。商品化に関しては、バイヤーとしての経験が豊富な妻の得意分野ですし。まずは従業員の制服を作るところからかな」と続けます。
「もっと先の話になるかもしれませんが、花を中心とした直売所もカフェもある公園のような施設をここに作ることが僕の目標なんです。そうすれば、ここを目的地として当別にもたくさんの人が訪れてくれるだろうし、町の活性化にも貢献できると思うんです。そして、ここでいろいろな雇用を生み出すことができればと考えています」と隆さん。その考え方はまさに起業家や経営者の視点です。

近年は、新規就農ではなく雇用就農を希望する人が増えているそう。「新規就農は土地の取得や農機具の用意など、金銭的にもハードルが高い。でも、農業に携わりたいという人は一定数います。そういう人たちは雇用就農を望んでいます。親しくしている花き農家さんはそのために法人化をしました。僕もそういう意欲のある人を雇用できるようになれたらと思います。そのためには資本の体力作りをしていかなければ」と隆さん。雇用就農が増えると、後継者や若手人材の不足という農業界の課題解決の一助になりそうです。「今すぐに雇用はできないけれど、たとえば、農業をやってみたい、体験してみたいという人のために、数日間の体験受け入れなどもできたらと考えています」と話します。
伊東夫妻が事業を継承してから研修生として入っているのが、隆さんと同じように地域おこし協力隊でもある北島澄玲さんです。高校時代に園芸デザインを学んだ北島さんは、農業の専門学校に進み、インターンシップで中田花園へ。
こちらが、中田花園にて研修をする北島澄玲さん。協力隊卒業後は中田花園のもとで働きたいとのことで、将来に向けて経験を積んでいます。
「専門学校ではいろいろな作物の栽培を経験しましたが、やはり花がいいなと思っていたところ、地域おこし協力隊として中田花園で研修ができることに。苗ものも好きなので、苗ものもやれたらと思います」
慧子さんは、「21歳と若いのに、すごくしっかりしているんですよ」と話し、「この1、2年は、農作業全般はもちろん、いろいろなことをひと通り経験してもらい、コミュニケーションも含めたくさんのことを学んでもらえたら」と続けます。

ハウスには春を待つ花や苗が。雪解けも中田花園の未来も、どちらも楽しみ
最後にハウスの中を見学させてもらうと、目に飛び込んできたのはいろいろな多肉植物。その種類の多さに圧倒されます。またそれ以上に多彩なのがハーブ類。「ミントもタイムもセージもそれぞれの種類が豊富にそろっています」と、慧子さんがひとつずつ香りの特徴などを説明してくれます。このほかにも春に向けて準備が進められている球根もののチューリップや、苗ものの種が植えられた小さなポットもズラリと並んでいます。白いカラーの花と紫のカラーの2種の鉢ものも。これだけの数を管理していることに驚きです。

「多品目生産なので、作業も年中いろいろあるんです。今仕込みをしている球根ものは4月くらいから出荷がはじまり、3月になると苗ものやアスパラの仕込みを行います。そして、4~5月にそれらが出荷となります。4月後半から5月あたりから直売所も商品が増えて賑やかになっていきますし、ちょうどそれくらいからガーデニング用のいろいろな苗ものも登場。そのあとから夏にかけて切り花がたくさん登場し、花の最盛期を迎えます。そして、秋にはサツマイモやカボチャなどの収穫も」と慧子さん。笑顔で教えてくれましたが、聞いているだけで目が回りそうです。
3人のお子さんを育てながら、日々農作業に取り組む伊東夫妻。多忙な毎日ですが、未来について力強く語る2人はイキイキして見えます。構想しているものが形になっていくのもそう遠くないかもしれません。まずは雪解けにたくさんの花苗や鉢花が直売所を彩るのを楽しみに待ちたいと思います。

- 中田花園 直売所Bee‘s Green
- 住所
〒061-0214 北海道石狩郡当別町蕨岱3106−1
- URL















