北海道は2024年に道央・道東・道北・道南の4地区に動物愛護センターを設置し、保健所で一定期間収容された犬猫の引き取りや飼育、譲渡等の活動を始めました。道央に設置されたのが、基幹センターとなる北海道立動物愛護センター「あいにきた」です。あいにきたでは、現在9名の職員が在籍しており、動物たちを新しい飼い主へ繋ぐため365日交代で職務にあたっています。なぜ「あいにきた」は生まれたのか、日々の活動や、一般の方でも参加できる保護動物へのサポートなどを所長兼獣医師の山中恭史さんと、主事の伊林妙恭(みく)さんに伺います。
北海道初の動物愛護センターが誕生
北海道立動物愛護センター「あいにきた」は、2024年4月に江別市で運用を開始しました。設立背景のひとつには、2019年の動物愛護管理法の一部改正により、動物愛護管理センターの役割が明確にされたことがあります。当時、北海道が運営するセンターがなく、飼い主が何らかの事情で飼えなくなった犬や猫の引き取りは、道内各地の保健所が担っていました。
こちらが、北海道立動物愛護センター「あいにきた」所長の、山中恭史さん
「北海道は面積が広く、一カ所のセンターで全道をカバーするのは難しかったんです。そんな中で民間の保護団体さんも多く活動してくれていました」と、所長の山中さんは話します。
しかし、そうした状況が変わるきっかけの1つとなったのが、新型コロナの感染拡大でした。飼い主が入院した際に、ペットをどこで預かるかという課題が持ち上がったのです。
「人間だけではなくペットも感染する可能性があるという論文が出るなど、ペットを預ける場所を探すのも難しくなりました。当時は北海道獣医師会などの協力でなんとか乗り切りましたが、その後すぐに、センターの設置を求める要望書が獣医師会から提出されたんです」
そこで、2021年に「動物愛護管理センターのあり方」を策定。「保健所で長期収容の犬猫を引き取る」「災害・感染症発生時への対応を整える」「基幹センターとサテライトで広域をカバーする」など、北海道ならではの仕組みがつくられました。翌2022年には、道央と道東で、実現の可能性を検証する実証事業が行われました。

「検証の結果、長期収容の場合は一カ所でまとめて管理した方が、動物にとっても保健所にとっても負担が少なく、動物福祉上も適切だと分かりました」と山中さん。
こうした実証結果を踏まえ、江別市にある酪農学園大学の協力を得て、江別に基幹センターが開設。その後、北見市・音更町・函館市にもサテライトセンターが設置され、現在は4拠点が連携して約120頭の収容能力をもつようになりました。ただ、最近は飼い主の高齢化によって飼育が困難になるケースも増えており、保健所で収容待ちとなっている動物も少なくありません。
「こちらも、できるだけ早く受け入れたいと思っています。しかし譲渡先を決めるには、飼育環境が整っているか、家族の了承を得ているかなど、責任を持って迎えていただくための確認が必要です」と、山中さん。
センターには、SNSを見て見学を希望する人も多く、運用開始から現在までに約80頭の犬や猫が新しい家族に引き取られました。センターの役割は、さまざまな事情で最後まで飼えなくなった動物を、次の大切な家族へつなぐこと。「あいにきた」という愛称には、「一生を共にする動物に『会いに来た』」という意味がこめられています。

獣医師としての知見を生かした道へ
ここで、「あいにきた」で働くおふたりの経歴も伺いました。まずは、所長兼獣医師の山中さん。獣医師を目指し、酪農学園大学に進学した山中さんは、血液を研究する教室に所属します。体内で炎症や細胞障害が起きたときに増えるCRPというタンパク質の研究に取り組みました。
「CRPは今でこそよく知られている検査項目ですが、当時は獣医療の分野ではまだ一般的ではなかったんです。父の実家が酪農家だったので、もともと牛の獣医になりたかったんですが、研究室に入ったら研究の方が楽しくなってしまって。大学6年間のうち3年間は研究に没頭していました」
大学在学中から製薬会社での研究に関わっていた山中さんは、卒業後、獣医師の資格を取得しながらも、そのまま正社員として入社。しかし、入社後1年半で退職し、北海道庁に入庁します。
カメラに興味津々。
「製薬会社を退職後、どうしようか考えていたところ、北海道庁の保健所セクションにいた先輩から声をかけていただいたんです。食品営業や美容師免許の許可、食中毒対応などを担当する部署でした」
民間企業を経て、新たな行政の世界へ。入庁後は保健所勤務を中心に、厚生労働省への出向や本庁勤務など、多様な経験を重ねました。その後、庁内の動物愛護セクションに異動し、山中さんは係長に任命されます。
「動物愛護に直接関連する仕事に就いたのは、その時が初めてです。ただ、その後また保健所セクションの勤務に戻り、滝川保健所で課長職を務めました」
2019年、再び動物愛護セクションに課長補佐職として戻った山中さんですが、その後転勤となり、日高地域で食肉検査に携わることに。そしてついに、現在の基幹センター設立が決まった際、所長就任の打診が届きます。

「新型コロナ拡大が始まった2020年から動物愛護セクションで、センター開設の対応に関わっていたんです。だから、『最初から関わっていたので、センター立ち上げをやり遂げてくださいね』と言われましたね(笑)」
こうして山中さんは、北海道立動物愛護センターの立ち上げに深く関わった中心人物の一人となりました。
自分の思いを持って働ける仕事を
次に主事を務める伊林さんは、滝川市の出身です。札幌市内の専門学校を卒業後、北海道庁の職員となり、旭川市にある上川総合振興局に配属されました。
こちらが、北海道立動物愛護センター「あいにきた」主事の伊林妙恭(みく)さん。体力づくりのためにロードバイクを趣味で始めたんだそう。
「公務員になったのは、両親のすすめがあったからです。公務員か看護師がいいぞと言われて、私は血を見るのが苦手だったので公務員を選びました(笑)」
上川総合振興局で最初に配属されたのは、建設部の建設行政課。職員の給与や庶務、調査の取りまとめなどを担当しました。
「毎日淡々と仕事をこなしていましたね」
伊林さんは当時を振り返ってこう話します。建設行政課で2年を過ごした後、入札契約課へ異動。北海道が管理する道路の工事や委託業務の入札・契約、支払い処理、決算対応などの業務に携わりました。入札契約課に移ってから3年がたった頃、伊林さんにとって大きな転機が訪れます。
「学生時代は親に言われるまま進路を決めてきたことが多かったんですが、ここから先は、自分がやりたい仕事に就きたいと思うようになったんです。それで、キャリアシートに『猫が大好きなので、動物に関わる仕事がしたい』と書きました」

とはいえ、北海道庁の職員は数多く、自分のキャリアシートが目に留まるとは思っていなかったそう。ところが、ちょうどそのタイミングで北海道動物愛護センターの開設が決まり、伊林さんはセンターへの異動を打診されたのです。
「私の中では、動物に関わる仕事といえば保健所というイメージでした。このタイミングで動物愛護センターができたこともすごい偶然でしたし、まさか自分の希望が通るなんて思ってもいなかったので、喜びより驚きの方が大きかったですね」
旭川市から江別市への異動は、伊林さんにとって初めての転勤です。部署が変わるだけでなく、人間関係もゼロからのスタート。しかし、不安より「自分が思いを持って取り組める仕事をしたい」という気持ちの方が強かったといいます。こうして伊林さんは、北海道立動物愛護センターの立ち上げメンバーの一人として、新たなキャリアを歩み始めました。
人と地域に支えられ、動物の幸せをいちばんに
北海道立動物愛護センターが開設された当初は、施設にはゴミ箱や時計など、必要最低限の備品もそろっていない状態からのスタートでした。

「雪が降ったのにスノーダンプがなくて、除雪はどうするのかとか。まずは物をそろえて、仕事ができる環境を整えるところから始めなければなりませんでした」
当時を振り返り、山中さんと伊林さんは少し懐かしそうに語ります。
センター開設から1年半が過ぎた現在の心境を、山中さんに尋ねてみました。
「最初は、とにかくセンターを運用するだけで手一杯という状態でしたが、スタッフの皆さんが本当に良い方ばかりで、おかげで少しずつ回るようになってきました。獣医師会や各方面に協力してくださる方がいて、酪農学園大学の動物病院には健康診断などで日常的に助けてもらっています。特に動物愛護団体の皆様には、犬や猫の引き取りなどにおいて大きな協力をいただいています」
スタッフ全員が同じ思いを持って働いていることも、センターの強みです。動物の世話に休日はなく、土日も正月も必ず誰かが出勤しなければなりません。そんな時も、皆で協力しながらローテーションを組んでシフトを回しているといいます。
「出勤したくないという人はいないですね。むしろ、『私が出ます』と言ってくれる人の方が多いくらい。やっぱり、動物が好きという気持ちがあるからこそできるのかなと思います」
そう話す伊林さんは現在、主に広報として、ホームページやSNSの更新を担当しています。SNSの投稿では、動物たちの特徴をうまく伝えるために試行錯誤を重ねているそう。

いきいきとした表情を捉えたカット!写真も新たな家族を見つけるための大切な情報のひとつなので、日々試行錯誤を重ねています

伊林さん作の可愛いねこのイラスト。SNSのフォローを通じて「あいにきたサポーター」として情報を広めてくれる方々を募集しています
「短い文章でインパクトのある伝え方をするのって難しいんですよね。わんちゃんや猫ちゃんたちが生き生きしている様子をカメラに収めたいと思っても、動物たちが嫌がるようなことはしたくないですし。ほかのスタッフさんにも手伝ってもらいながら、撮影しています」
一方で山中さんは、獣医師として動物の健康管理を行いながら、イベント開催に向けた外部との調整も担っています。
「これまで、愛玩動物看護師の専門学校と合同で譲渡会を開催したり、刑務所の矯正展に出展したりしたこともありました。譲渡先を見つけるだけでなく、災害時にはペットも一緒に避難所へ来るものだということを、ペットを飼っていない人にも知っていただく機会だと様々なイベントに出展するようにしています」
二人に仕事のやりがいを聞いてみると、どちらも「動物たちに新しい飼い主が見つかった瞬間」だと話します。譲渡会に向かうときは不安と緊張で表情がこわばっていた動物たちも、新しい飼い主さんの家で暮らすうちに、生き生きとした顔に変わるそう。
「ここにいた仔たちが幸せそうに暮らしている姿を手紙やSNSで知らせていただくと、世話をしているスタッフだけでなく、普段動物たちに直接関わることが少ない私でも本当にうれしくなります」と伊林さん。
収容当初は誰にでも威嚇していた猫が、時間をかけて世話をするうちに、なでられたり抱っこされたりするようになり、無事に新しい飼い主さんのもとへ迎えられていくことも。そんな時は、うれしさと同時に寂しさも感じると伊林さんはいいます。
「それでも、やはり新しい家族が見つかり、飼い主さんに愛されて暮らせるのが動物たちにとって一番の幸せなんです」
山中さんは静かにそう語ります。
行き場のない動物たちを新しい家族につなげたい
動物たちが寿命を全うするまで、責任を持って世話をすることは、ペットを家族に迎え入れる際に欠かせない覚悟です。しかし、やむを得ない事情によって世話ができなくなってしまうことがあるのも現実。センターのスタッフは、そうした動物たちを保護し、次の飼い主へとつなげるために日々尽力しています。
山中さんに、今後、動物愛護センターをどのような場所にしていきたいか尋ねてみました。

「やはり収容されているたくさんの犬や猫が、少しでも早く新しい飼い主さんと出会い、家族の一員として迎えてもらえるような場所であり続けたいですね」
一方で、動物を迎えたい気持ちはあっても、アレルギーや住環境などの事情から飼えない人も少なくありません。センターでは、そうした人たちが別の形で支援に関われる仕組みづくりにも力を入れています。
「SNSをフォローしてくださっている方は、『あいにきたサポーター』だと思っています。投稿にいいねをしてもらえるだけでも、多くの人に情報が広がりますからね。また、医療費のかかる仔たちをサポートしていただけるよう、一般の寄付に加え、寄付型自動販売機の設置に向けた対応も進めているところです」と、山中さん。
伊林さんは、動物が持つ「力」について、こんなエピソードを語ってくれました。

「実家で猫を飼い始めてから、家族との会話がすごく増えたんです。特に、それまで少し怖いと感じていた父とも、猫をきっかけに話す時間が増えて、優しい一面も見えるようになりました。家族の空気を明るくしてくれた猫に、とても感謝しています」
引き取られた犬や猫たちが幸せになるのはもちろん、動物を迎え入れることで、飼い主さん自身の毎日も楽しくなる。そんな変化が生まれるきっかけになればうれしいと伊林さんは優しい笑顔でいいます。
最後に、お二人は現在ペットを飼っているのか聞いてみました。
「僕はセンターから引き取った猫を飼っています。腎臓が悪く、なかなか譲渡が決まらない仔だったんですが、獣医の僕ならケアできるだろうと思って迎えました」と山中さん。
伊林さんも表情を緩めながらこう話します。
「今は飼っていませんが、ようやく準備が整ったので、来年には迎えられるかなと思っています。実家にいた頃は4匹の猫を飼っていたほど猫が大好きなんです。実は今、センターに気になる仔がいるので、一緒に暮らせたらうれしいですね」
動物たちは、さまざまな事情でもといた家を離れ、このセンターにたどり着いています。だからこそ、同じ悲しい経験を繰り返してほしくないというお二人の思いが、取材を通して伝わってきました。これからも、動物たちだけでなく、里親さんにとっても新たな幸せと出会える場所であってほしいと思います。

















