帯広というまちで働き、挑戦し、ともに未来をつくる人を迎えたい──。
「農業王国」と呼ばれる十勝地方の中核都市、人口16万人の帯広市ではいま、そんな考えのもと移住促進に取り組んでいます。今回は、帯広市に移り住んだ背景や、現在の暮らしについて、3人の方にお話を聞きました。長野県からのIターンで地域おこし協力隊になり、UIJターン支援を担当する出野麻美(いでの・あさみ)さんと、帯広畜産大学を卒業し観光分野を担う吉田萌葵(もえぎ)さん、そして道外での生活経験を持つ帯広市役所職員の植田康裕さんです。「帯広市で暮らす」という選択は、どんな可能性をひらくのか。3人の声を通して、帯広で働き、暮らすことの現実を伝えます。
移住者の実感から伝える、帯広で暮らすという選択
まずは、今年度から帯広市の地域おこし協力隊としてUIJターン担当を務めている出野麻美さんに移住までの経緯といまの暮らし、協力隊としての活動について伺いました。長野県出身で、これまで事務職として全国各地への転勤や出張を経験してきた出野さん。旅行が好きで、「いつか移住したい」と考え、情報収集を続けていたといいます。
こちらが、帯広市の地域おこし協力隊としてUIJターンの移住サポートを担当する出野麻美さん
「北海道には、20年くらい前から何度も来ていました。きっかけはDREAMS COME TRUEが好きで(笑)。私は長野の山あいのまちで生まれ育ったのですが、北海道の開けた大地と空の景色が気に入ったんですよね。帯広市に決めた理由は、農業が主体の地域であることと、道内でも雪が少ないこと、そして住宅物件や仕事の選択肢が多いことです。移住者は、住む場所や仕事がなかなか見つからないケースも多いので、その点は大きかったですね」
30年近く会社勤めを続けるなかで、約4年をかけて移住先や新しい仕事、住まいについて検討を重ねてきた出野さん。求人情報サイトや、移住相談会などを通して情報を集めるなかで、移住や就職支援を担う地域おこし協力隊の募集を知り、自身の経験も生かせそうだと感じて応募しました。実際に十勝に住んでみて、まず感じたのは暮らしやすさだったといいます。

「いまは賃貸に住んでいますが、住宅のつくりが違うというか、断熱性がとても高くて暖かいです。病院が多いのも安心ですし、市内には大型のショッピングセンターが点在しているので、その1カ所で買い物を済ませられます。日常生活で困ることは、ほとんどありませんね」
出野さんにとって、帯広での暮らしのなかで感じる楽しみのひとつが、オール十勝の出来立て食材を使ったご飯が食べられることだといいます。こうした食の豊かさや安全性に魅力を感じ、移住相談に訪れる人も少なくないそうです。
車は所有していますが、「毎日使うという感じでもないですね」と出野さん。中心部であれば、徒歩や公共交通で用事が済む場面も多く、幅広く暮らし方を自分で選べることも、住んでみて感じた点のひとつでした。

現在はUIJターン支援の業務として、移住相談会やSNSを通じた情報発信を行っています。相談会には、定年後の暮らしを考えはじめた50代の人も少なくありませんが、そこで出野さんが繰り返し伝えているのが、「早めの移住」という考え方です。
「私自身も、長年勤めた会社を辞めて帯広に来ていますが、できれば早めに移住して、帯広で働きながら生活の基盤を築いておくことをおすすめしています。仕事を通じて地域と関わり、人とのつながりを築きながら暮らしを整えておくことが、移住後の安心や満足感につながると思います」
SNSでは、投稿数を増やし、顔が見える発信を意識してきました。その結果、着実に若い世代の反応が増えてきているとのこと。2026年の春には大阪での移住イベントも控えており、帯広市の認知度向上にも力を入れていく予定です。
「本州では、十勝は知られていても『帯広市』はまだ知られていない部分もあります。そのギャップを埋めていきたいですね」
移住者としての実感と、UIJターン担当としての視点。その両方を持つ出野さんの言葉からは、帯広で暮らす日々の生活を具体的にイメージすることができます。
観光を「仕事」に育てるフィールド
続いてお話を伺ったのは、同じく今年度から地域おこし協力隊として観光分野を担当している吉田萌葵さんです。兵庫県出身の吉田さんは、帯広畜産大学を卒業し、海外での滞在経験を経て再び帯広に戻ってきました。吉田萌葵さんは兵庫県の出身。吉田さんは小学2年生から、親の転勤で4年間ベトナムに暮らした経験があり、その後の価値観に大きな影響を与えました。
こちらが、出野さんと同じく地域おこし協力隊として、自然や文化を生かした体験型観光の振興を担当する吉田萌葵(もえぎ)さん
「日本語が通じないことや、住んでいたレジデンスにベトナムの人や欧米の人など、さまざまな国籍の人が暮らしていることを目の当たりにしました。いま振り返ると、すごく大きなカルチャーショックでしたね」
その後、北海道への憧れと動物好きが高じて、大学は帯広市にある帯広畜産大学を選択。学生時代には、酪農家や畑作農家でのアルバイトの経験をしました。
「収穫の時期には規格外の野菜をもらったり、酪農家さんに牛乳豆腐をつくってもらったり。農作業を通して、季節を肌で感じられるのが好きでした」
市内に広大なキャンパスを構える帯広畜産大学は、敷地内の移動に自転車や車を使うほどの広さを誇ります。一般向けにも「畜大牛乳」やソフトクリームが販売されたり、日本初のキャンパス内「酒蔵」があるなど、帯広市を代表するスポットのひとつにもなっています。
卒業後は世界一周を計画していましたが、コロナ禍の影響で断念。その後、ニセコでラフティングガイドとして働く道を選びました。2023年にはスペインでワーキングホリデーも経験しています。
ラフティングガイド復帰に向け十勝川でトレーニング中の吉田さん(写真左)
帰国後、何気なく見ていた地域おこし協力隊の募集のなかで目に留まったのが、帯広市の観光分野というミッションでした。
「条件は英語が話せることと、アウトドア分野で働いてきた経験。この2つは、自分の強みとして生かせると思いました」
そうして再び帯広で暮らすことになった吉田さん。現在のミッションは、AT(アドベンチャートラベル)の振興です。ATとは、自然や文化を生かした体験型の観光のこと。帯広市では、農耕馬の歴史を受け継ぐ「ばんえい競馬」や、十勝の「アイヌ文化」を軸に、欧米やオーストラリアなど海外からの旅行者に向けた、独自性のあるコンテンツづくりを進めています。
「帯広には観光資源がたくさんあるんです。ただ、それを担う人が足りていない」
とくに課題となっているのが、ガイドの後継者不足です。ガイド事業者は複数ありますが、次を担う人が見つからない状況が続いています。
こうした課題を受けて、帯広市ではガイド育成に向けた取り組みを進めており、吉田さんもその現場に携わっています。来年には帯広畜産大学の学生を対象としたインターンシップを予定し、将来的には、育成した人材をガイド事業者へ派遣する仕組みづくりも構想しています。
ガイドという仕事について、吉田さんはこう話します。

「知識やスキルももちろん必要ですが、一番問われるのはコミュニケーション力だと思います。『インストラクター』でありながら、『エンターテイナー』でもある。その両方が求められる仕事ですね」
帯広市の協力隊として、多くのガイドと関わるなかで掛けられた言葉は、いまも心に残っているといいます。
「トークが上手だと褒めていただいて、『やっぱりガイドをやっていただけあるね』と言われたんです。楽しくやってきただけの経験が、こうして自分の強みになっていると実感しました。だからこそ、若い人には、ガイドという仕事をファーストキャリアの選択肢に入れてほしいと思っています」
帯広市はアウトドアブランド「Snow Peak」とも連携しており、市内にある「スノーピーク十勝ポロシリキャンプフィールド」には、国内外から多くの利用者が訪れています。イベント運営に関わることもあるという吉田さん。アドベンチャートラベルを通じて、帯広の魅力を世界へ伝える。その土台づくりを、いまひとつひとつ積み重ねています。
自分らしく挑戦できる場所、帯広
出野さんや吉田さんのように、帯広で新たな一歩を踏み出す人々。そうした「挑戦する人」を支える風土について、帯広市役所職員の植田康裕さんは、自身の経験を交えてこう語ります。植田さんは十勝で生まれ育ち、ホテルマンとして帯広や札幌で働いた後、京都で学びながら仕事をした経験の持ち主です。外の世界を知ったからこそ、「帯広には、挑戦する人を応援する土壌がある」と感じているといいます。
その実感を裏付けるのが、インキュベーション施設「LAND」への出向経験でした。植田さんは約3年間、起業や新規事業に挑戦する人を支える現場に立ち、学生や若者、地域外から訪れる人たちの取り組みを間近で見てきました。帯広では、行政だけでなく、民間や地域も一体となって、挑戦を後押しする動きが行われています。
プロジェクトの中で学生が製糖工場を視察する様子
「例えば、帯広市が進める学生向けのUIJターン促進事業では、十勝を舞台に全国から集まった学生と地域の企業が出会い、共に企業のリアルな課題に向き合い挑戦するインターンシップや、十勝の魅力や課題を深く理解するスタディツアーを行っています」と植田さん。学生の「挑戦したい」という思いに、地域が本気で応える。企業は学生との接点を持つことで、自社の魅力を伝え、将来の人材採用につながる関係づくりが始まる。こうした双方向の関わりが、地域に新しい挑戦の循環を生み出しています。
帯広で暮らす人たちの話を聞いていると、「人との距離の近さ」や「応援してくれる空気」を魅力として挙げる声が少なくありません。新しく来た人にも壁をつくらず、やってみたいことがあれば自然と背中を押してくれる。そんな風土が、このまちには根付いています。
「やりたい」という思いに地域が応え、その循環が次の挑戦を生む。こうした風土のもと、帯広市がUIJターン事業で重視しているのは、単に移住人口を増やすことではなく、地域の企業や現場で主体的に働き、帯広や十勝エリアの成長をともに支えていく人材を求めることです。そのために帯広市が「仕事」から移住を支える具体策として運営しているのが、就職マッチングサイト「ビズロケとかち」です。
こちらが、帯広市経済部商業労働課の植田康裕さん。「ビズロケとかち」の運営に携わっています
「現在は十勝管内を中心に約477社の企業が登録しており、求職の登録者数は845人にのぼります(取材時:2025年11月)。登録者数は年々増えていて、ここ数年は毎年200人ほどのペースで増えています」
このサイトは、首都圏など遠方に住む人でもスムーズに企業とつながれる点が特徴です。さらに、このサイトに登録して30日が経過すると、帯広市の『移住就職応援プラン』を利用でき、就職活動などのために現地を訪れる際の旅費が補助されます(単身最大5万円、同行者あり最大9万円)。仕事探しのために現地を訪れる際の心理的・経済的なハードルを下げることで、移住をより現実的な選択肢にしていく。帯広市では、そうした考えのもと制度を整えてきました。

食と日常ににじむ、暮らしの心地よさ
帯広市の移住相談では、農業や牧場経営に関心を持つ人のほか、食の豊かさや、釣り・キャンプ・登山といったアウトドアを楽しめるライフスタイルに魅力を感じて相談に訪れる人も多いといいます。
「名産の長いも、おいしいですよ。いろんなレシピを覚えました」と吉田さんが話せば、「私はじゃがいもが好きですね。種類が本当に多いんです」と出野さんも笑顔で続けます。
オール十勝の食材で日々の食卓をまかなえることは、出野さん自身が帯広で暮らすなかで実感している幸せのひとつ。こうした食の豊かさや安全性に惹かれて、移住相談に足を運ぶ人も少なくないそうです。
植田さんは、外食など普段の楽しみについても教えてくれました。

「帯広は飲食店のバリエーションが多くて、お気に入りを開拓する楽しみがありますし、一人でも入りやすい店が多いんです。温泉も身近で、隣町の十勝川温泉が有名ですが、実は帯広市内の銭湯でも同じモール温泉に入れるところがあって、サウナ付きで500円ほど。家賃も安く、自然も身近。ばんえい競馬は入場無料ですし、意外と帯広暮らしってお金がかからないんですよ」
また、帯広の人たちの距離の近さも、このまちならではの魅力です。吉田さんは、こう話します。
「大学を卒業してから3年ほど帯広を離れていたんですが、戻ってきて、よく通っていた飲み屋さんや元アルバイト先に顔を出すと『おかえりなさい』って声を掛けてもらえるんです。あちこちでそう言われて、すごく温かいなと感じました」
さらに、帯広市民の「地元愛」を感じさせるのが、3人が口をそろえて挙げた「インデアンカレー」です。
「帯広市民のソウルフードですね。冷凍カレーもあるんですよ」と植田さん。
吉田さんは、帯広畜産大学の先輩カップルが本州で結婚式を挙げた際、ウエディングケーキの代わりにインデアンカレーを使ったという話を披露してくれました。
「大鍋に入ったカレーを、2人でおたまですくって、『初めての共同作業』にしたそうです」
食を囲み、人とのつながりを大切にし、日常を楽しむ。そんな十勝・帯広らしい暮らしぶりが、3人の言葉から自然と伝わってきます。
「帯広には、挑戦を続けている人もいれば、地域に根を張り、プライドを持ちながら日々の仕事を大切にしている人も多い。だからこそ、新しく来た人も、一人ひとりが自分らしい形で活躍できる余地があると思います」
植田さんの言葉にあるように、地域に溶け込みながら、自分の力を発揮していける場所。
帯広は、そんな可能性を秘めたまちといえそうです。
















