
函館の温泉街・湯の川。ここで温泉客や地元の人たちに美味しいそばを提供してきた老舗の「そば処やたら家本店」が、惜しまれながら閉店したのは2023年。それから1年半経ち、空いたままの店舗に居酒屋「飲み食い処やたら家」がオープンしました。「飲み食い処やたら家」店主の小野正史さんに、店のことや湯の川に対する想いなどを伺いました。
できるだけ手作りにこだわり、美味しいものを食べてもらいたい

そば処の建物の中を改装して「飲み食い処やたら家」がオープンしたのは、今年(2025年)の3月。まだ3カ月ほどですが、すでになじみの客も多く、17時の開店めがけて訪れる人もいるそう。
「来てくれたお客さんが『美味しかったよ』とSNSやGoogleに投稿してくれて、その評価を見て、観光客の方や若い人たちも足を運んでくれるんですよ」と、うれしそうに話す店主の小野正史さん。
「美味しいものを食べさせたいという気持ちが強すぎて、ついついサービスしすぎちゃうんですよね」と苦笑しますが、それは一人ひとりのお客さんとしっかり向き合いたいという気持ちの現れ。美味しいものをじっくり味わってほしいと、利用に関して時間制限なども設けていません。
飲み食い処やたら家店主の小野正史さんと、妻の小野有希さん
小野さんは、「とにかくできるだけ手作りで、美味しいものを出す」という考えを徹底し、妻の有希さんと共に日々厨房に立ち、接客にあたっています。
「気が付いたら仕込みも含めて1日17時間働いている日もあるけど、店を開けてお客さんと話をしていると楽しいし、苦に感じない。頑張って作ったものが美味しいと言われるとうれしいしね」とニッコリ。
店では定番メニューのほか、本日のおすすめとして新鮮な魚や旬の野菜を使った料理も提供しています。
「魚は、魚市場へ買い付けに行き、そのときどきのいいモノを仕入れています。鮮度の良さなどを考えたら、近海ものが多いですね。野菜は函館や近郊の道南のものをできるだけ使っています。そして、素材をどう美味しく調理するかが大事。家でも食べられるようなものを提供するようでは意味がない。ここに来て良かったと思ってもらえる、ここでしか味わえない美味しい料理を提供することが大事だと思っています」
調理師として鍛えられた前職の仕事。「手作りで美味しいもの」という原点
小野さんの言葉の中には、何度も「美味しいもの」「旨いもの」という言葉が登場します。そこには並々ならぬ強い想いとこだわりが感じられます。それは、長年「手作りの美味しいものを出す」という考えの調理の現場で腕を磨いてきた誇りがあるからでした。
湯の川で生まれ育った小野さんは、子どものころからモノづくりが好きだったそう。地元の高校を卒業後、札幌の建築設計の専門学校へ進学し、そのあと建設会社に就職しますが、1年ほどして湯の川へ戻ってきます。
「当時、妻とは結婚を前提に付き合っていたのですが、義父から結婚するならうちの店で仕事しろって呼ばれて(笑)。それがここにあったそば屋なんです」
「そば処やたら家本店」は、妻の有希さんの実家。地元では有名な老舗のそば屋でした。小野さんは調理の経験がないまま異業種から料理の道へ。それでも、もともと自分の手を動かしてモノを作るのが好きだったこともあり、苦ではなかったそう。
有希さんと結婚し、しばらくそば屋で仕事をしていましたが、考え方の相違などもあり、小野さんは転職することに。異なる職種を選ぶ選択肢もありましたが調理の道を選び、大きな病院の厨房にアルバイトで入ります。
「病院食って、給食サービスの会社が原価とにらめっこしながら、限られた時間内で作るから、栄養優先で味はイマイチ...というイメージが強いでしょ?だから、店を始めるとき、病院の厨房で働いていたことを伏せていたんです。でもね、自分がいた病院は、原価を抑える努力をしながら、全部手作りでとにかく本気で美味しいものを提供しようという珍しい病院で、自分はそこで調理師として随分と鍛えられました。結局、原価を抑えるためには自分たちの調理スキルが大事だから、技術も磨くし、どうやったら美味しいものを出せるか頭も使うわけです。その甲斐あって、実際、入院していた患者さんから美味しかったと言ってもらえることも多かったんですよ」
懸命に努力を重ね、スキルを身に着けていった結果、小野さんは正社員に登用され、専門調理師という資格も取得、最終的に副厨房長にまで昇進します。「当時の厨房長が目をかけてくれて、自分を引っ張り上げてくれたんですよね。彼にはいろいろなことを教えてもらいました」と目を細めます。
料理の盛り付けを行う店主の小野さん。前職の病院の厨房で培った「手作りの美味しいもの」を提供するという原点が、今の料理にも生かされています。
管理職になったことで、調理にあたる機会が減り、「やっぱり調理しているときが一番楽しい。自分は管理職向きではない」と感じていたころ、「やたら家」が店をたたむことになります。
店の名前を残そうと独立。夫のこだわりと妻のセンスで、ここだけの味を提供
小野さんが病院へ転職したあとも、「やたら家」で調理を担当していた有希さんは、「本当は続けたかったんですが、父は心臓に持病があり、店に立つのがキツくなっていて...。設備も随分と古くなっていたので店を閉めることにしました」と、店を閉めることになったときのことを振り返ります。
店を閉めると決めたものの、それでもやっぱり「やたら家」の名前を残したい。そんな有希さんの願いを叶えたいと、小野さんは退職を決意。
「そば屋をやっていたこの建物を生かし、店を開こうと思いました。妻はもちろん、自分のこれまでの調理経験も生かすならば、いろいろな料理が出せる居酒屋がいいのではないかとなり、『飲み食い処 やたら屋』としてオープンを決めました」と話します。


昔ながらの外付け看板や外観はほぼそのままに、中の広さや厨房は変えました。
「縦に長く、厨房も広くて、席数も多かったので半分の広さにしました。厨房にあるものは老朽化がひどかったので、ほぼすべて取り換えました」と小野さん。それでも、店で使っていた椅子やテーブル、飾りものなど、古いものも上手に活用。
さらに、「うちの祖母が湯の川で旅館を経営していたときの古くて味のある障子などを使っています。器も昔のいいものがたくさん残っていたので、それらも使っています」と続けます。
小野さんは、有希さんの料理のセンスに対して「もともと料理が上手なのは知っているけれど、その独創性や発想力がすごい。妻に助けられています」と絶賛。
「自分は、基本はしっかりできているけれど、古い考え方がこびりついているので、店をやる上で妻のセンスは重要」と話します。それに対して有希さんは、「ただ美味しいものが好きなだけ。とにかく今は、お客さんの意見も聞きながら、美味しいものを一生懸命作って提供するだけです」と困った顔で謙遜しますが、オープンから3カ月で、席が常連客で埋まる日もあるというのはやはりその味に惹かれているからなのでしょう。
有希さんの独創的な発想力とセンスが、店に欠かせない要素だと正史さんは絶賛しています。
メニューに関して、「家庭で食べられるような普通のものは出したくない。せっかく店に来てくれているのだから、ここでしか食べられないような、店に来て食べて良かったと思ってもらえるものを出したい」と小野さんは話します。
店のイチオシは、煮込み。この煮込みを全国区の人気メニューにしたいと考えているそう。煮込みメニューは2つあり、牛すじを煮込んだ牛トロ煮込みと豚味噌煮込みの2つ。牛のほうは、赤ワインを用いた洋風な味わい。豚味噌煮込みはまるで味噌ラーメンのような風味。どちらもほかでは味わえない仕上がりになっています。
メニューボード。「こだわりの牛トロ煮込み」が紹介されています。この煮込みは赤ワインを用いた洋風な味わいで、全国区の人気メニューを目指しています。
このほか、「どこのから揚げより美味しい」と小野さんが断言する有希さんのから揚げは、小野家の定番。食べたお客さんが必ず美味しいと言うそうで、味付けに関しては「企業秘密です。妻の発想がすごいんですよね」と意味深な発言。これはどんなから揚げが気になりますよね。
また、そば屋時代の常連客の方たちも多く足を運んでくれるということで、そば屋で提供していたものに近いそばと塩ラーメンも用意。そばは、地元の特産品であるガゴメをトッピングしたガゴメそばで、昔のつゆと近い味のもので出しています。ラーメンは麺もスープもそば屋時代と同じものを用いて、トッピングだけ低温調理のチャーシューを使うなど変更。
「そばやラーメンも、これは居酒屋レベルのものじゃないねと言われるのが、密かな喜び」と小野さんは笑います。
孫に残せるような店にし、湯の川エリアにも人を呼べるよう盛り上げたい
厨房で、笑顔でお客さんと話す店主の小野さん。お客さんからの「美味しかった」という声が、日々の喜びとやりがいにつながっています。
まだ店は始まったばかりですが、小野さん夫妻は「孫が継ぎたいと思ってくれるような店にして、孫に店を残したい」という夢を持っています。100年近く続いている「やたら家」の名前のバトンを次世代へ繋げるよう、新生「やたら家」をいい店に成長させたいと考えています。
2人の息子さんはそれぞれ家庭を築き、自分たちの選んだ仕事に就いているそう。
「2人とも料理の道には進まなかったけど、それでいいと思っています。ただ、小さいときから美味しいものばかり食べさせてきたから、息子たちは2人とも舌だけは肥えているんですよ。たぶん孫も舌が肥えていると思う」と小野さん。お孫さんの話になると目尻がグッと下がり、途端に「じいじ」の顔になります。
お孫さんに残せるような繁盛店にするためには、一人でも多くのお客さんに料理を食べてもらわなければなりません。そのためには、店を構えている湯の川の町にも賑わいを取り戻したいと小野さん。
小野さん夫妻は、この湯の川エリアの賑わいを昔のように取り戻したいと願っています。
「自分は湯の川育ちなので、今の湯の川は昔に比べると随分寂しく感じます。かつては商店や飲食店もたくさん並んでいましたし、夜もたくさんの人がこの辺りを歩いていました。あのころを知っているからこそ、活性化させたいと思いますね」
湯の川を訪れる人が増えれば、おのずと周辺に店も増えるはず。小野さんは、近隣で頑張っている寿司店やラーメン店などとも協力し合い、互いに盛り上げていきたいと話します。また、「やたら家」は現在夜だけの営業ですが、昼間にフィンガーフードのようなものを提供することも構想しているそう。
「そうは言っても、この店もはじまったばかり。まずはお客さんに長く愛される店に育てていくことが先決。お客さんの声を大切にしながら、美味しいものをしっかり提供していきたい。目標は全国区の店になること。そして湯の川にもたくさん人を呼びたいですね」
「やたら家」の正確な名前の由来は分からないそうですが、「『やたらうまい』のやたらかな」と笑う小野さん。これからも飽くなき探求心と熱い想いで、「やたらうまい」ものを提供してくれることでしょう。
お孫さんに店を残すという夢や、湯の川を活性化させたいという熱い思いが伝わってきます。