
広い広い北海道には、各地に温泉郷があります。その中でも北海道三大温泉郷と呼ばれているのが、定山渓温泉、登別温泉、そして今回の舞台・湯の川温泉です。函館湯の川温泉旅館協同組合に加盟しているのは17の施設。そのうち3つが野口観光グループのホテルです。
取材に伺ったのは、この3軒のうち一番歴史のある「函館湯の川温泉 湯元 啄木亭」。ここに勤務する女性スタッフに、ホテルや湯の川のこと、函館の暮らしなどについて伺いました。
接客やホテルの仕事に憧れ、祖父が働いていた馴染みのある「啄木亭」に就職
「函館湯の川温泉 湯元 啄木亭」を運営するのは、昭和38年に登別で創業した野口観光。全道各地の温泉地にホテルを構える一大ホテルグループです。神奈川の湯処にもいくつか拠点を設けているほか、苫小牧に「野口観光プロフェッショナル学院」を開校し、次世代のホテル業界を支える人材育成にも取り組んでいます。
函館の湯の川温泉にあるのは、「函館湯の川温泉 湯元 啄木亭」「HAKODATE 海峡の風」「望楼NOGUCHI函館」の3つ。それぞれコンセプトが異なるので、好みやスタイルに合わせて選ぶことができます。
「函館湯の川温泉 湯元 啄木亭」は、1988年(昭和63年)に開業しました。函館の街並みを眺めながら湯あみができる大浴場、漁火を見ることもできる空中露天風呂があるほか、なんといってもロビーから見渡せる素晴らしい庭園が魅力のホテルです。
この庭園は、明治・大正時代に函館で財をなした実業家・松岡陸三が手がけた「松岡庭園」をそのまま保存したもの。1200坪という広い庭の中には、樹齢百年以上の樹木もあり、函館市の保存樹木に指定されているものも多数あります。宿泊客や日帰り温泉の利用客は自由に散策することもでき、四季折々の美しさを楽しむことができます。
お話を伺うのは、この啄木亭でフロント係を務めるアシスタントマネージャーの根城涼音さんです。根城さんは函館市出身の25歳。高校を卒業してから、啄木亭に勤務しています。
「もともとホテル業や接客業に興味があって、観光系の仕事に就きたいと考えていました。一度、函館を出てみたいという気持ちもあり、苫小牧の野口観光プロフェッショナル学院に入ることも考えていました。そんなとき会社のほうから、啄木亭で働いてみないかと声をかけてもらったのがきっかけで働き始めました」
こちらが、啄木亭 アシスタントマネージャーの根城涼音さん。
実は、根城さんの祖父が調理師としてかつて啄木亭に勤務していたこともあり、子どもの頃から啄木亭に宿泊や食事で訪れていたため、根城さんにとって啄木亭は馴染みのあるホテルでした。
「祖父のことを知っている方たちもまだ勤めているので、入社したときも皆さんから声をかけてもらったりして、安心して仕事をはじめることができました」
入社前は札幌や東京への憧れもあったという根城さんですが、啄木亭で働くようになってからは「ここで頑張ろうと思うようになりました」と話します。
笑顔を忘れず、幅広い客層に対応。お客さまが快適に過ごせるように工夫も
啄木亭は198室を抱える大きなホテル。修学旅行や社員旅行といった団体旅行のお客さまたちもいれば、3世代の家族旅行や友人同士のグループ旅行のお客さまも。
その一方で、個人旅行で利用するお客さまやインバウンドのツアーの方たちも増えているそう。本当に幅広い層のお客さまたちがホテルを訪れます。 入社してから、ほぼフロント係一筋という根城さんは、日々、こうしたさまざまなお客さまたちの対応にあたっています。
「7年目に入りますが、いろいろなお客さまとお会いできるので、いい意味で刺激があります」と話します。フロント係として常に心がけているのは、笑顔を絶やさないことなのだそう。
「笑顔を忘れず、幅広い客層に対応」することを心がけています。
「どんなに大変なときでも、フロントに出たら笑顔でお客さまと向き合うと決めています。啄木亭は、ご年配のかたから小さなお子様連れのお客さままで、本当に幅広い層の方がお泊りになります。どんなお客さまにも笑顔で接し、説明が必要なものはとにかく分かりやすくお伝えするように気を付けています」
また、子どもや海外からのお客さまにも分かりやすいように館内マップにピクトグラムをあしらったものを用意するなど、お客さまが少しでも快適に過ごせるようにと工夫も怠りません。
「啄木亭は36年の歴史があるのですが、中には子どもの頃に家族と泊まりに来たというお客さまが、社会人になってご結婚されて、ご自身の家族とまた来てくださるなど、時を経て再びご利用いただくことも多く、そのような話をお客さまがしてくださるのを聞くことができるのもフロント係としては嬉しいですね」

地域とのつながりも大切に。評判だったビアガーデンを今年も実施
湯の川に3つある野口観光のホテルの中でも、啄木亭は比較的市街地に近いこともあり、地域との関わりも大事にしています。
「地域あってのホテルなので、函館の方たちに啄木亭のことを知っていただき、より身近に感じていただきたいと考えています。気軽に足を運んでいただけるよう、イベントなどを積極的に開催するようにしています」
地元のハンドメイド作家の方に作品を販売できるスペースを提供したり、お茶の教室を開いたり、なんとコスプレのイベントを開催したこともあるそう。
「昨年(2024年)、初めてビアガーデンを開催しました。松岡庭園を見ながらビールを味わえると、湯の川の地域の方や函館市民の方たちにも好評だったので今年も7月19日から開催します」
ほかにはない立派な庭園を眺めながらのビールは格別に違いありません。庭ではスーパーボールすくいなど、子どもが遊べるものも用意しているそうです。 地域の話が出たところで、生まれも育ちも函館という根城さんから見て、函館はどのような街なのでしょうか。
「函館は歴史があり、今も古い建物がたくさん残っています。大きな街というわけでもなく、見どころもコンパクトにまとまっているので、車がなくても市電を使ってのんびり観光できるのが函館らしさでもあり、魅力のひとつなのかなと思います」
ホテルの美しい庭園に立つ根城さん。啄木亭は昨年(2024年)からビアガーデンも開催しており、庭園を眺めながらビールを楽しめると好評です。
湯の川エリアついて尋ねると、「西部地区や五稜郭エリアとはまた違った雰囲気ですね。大きな観光スポットはありませんが、女性に人気の湯倉神社や老舗の団子屋があったり、レトロな喫茶店があったり...。やはり温泉がメインのエリアなので、お客さまには温泉にゆっくり浸かったあとは、辺りをのんびりと散策してくださいとお伝えしています」と続けます。
ただ、湯の川は宿泊施設の数は多いもののほかの大きな温泉郷とは少し異なると指摘します。
「登別や定山渓のように店が立ち並び、観光客がそぞろ歩きをする温泉街とは違うんですよね。お土産の店や飲食店がもっと増えれば、湯の川地区を歩く人の数が増えて、温泉街らしい賑わいができるのかなとも思っています」
また、湯の川の他社のホテルのスタッフとの横の繋がりは少ないそうで、「花火大会のあとのゴミ拾いは、全部のホテルのスタッフで行うのですが、それ以外はあまり交流がありません。組合はありますが、現場のスタッフ同士が関わることはほとんどないです。湯の川を一緒に盛り上げるため、何か繋がりを持てる機会があればいいかもしれないですね」とも話します。
湯の川は宿泊施設が多い一方で、お土産店や飲食店が少ないため、根城さんは湯の川地区の賑わいを取り戻したいと考えています。
後輩の指導にあたりながら自分の勉強も欠かさず、マルチな人材を目指す
今は函館市内の実家を出て、湯の川エリアで暮らしているという根城さん。休みの日には、市内のカフェ巡りを楽しんでいるそう。また、ときには市内のほかのホテルに宿泊することもあるとか。
「ほかのホテルに宿泊するのは、自分のレベルアップのため。お客さまの立場を経験することで、それを現場で活かせると考えています。また、いい接客は自分も真似て取り入れていきたいと思っています」
根城さんがそう考えるようになったのは、以前会社で行われたプロジェクトに参加してから。グループの各ホテルからスタッフが集まり、ほかのホテルに泊まってサービスや接客、館内の設えなどを見て、体感して、自分たちの仕事に生かそうというプロジェクトだったそう。
自身のスキルアップのため、他のホテルに宿泊してサービスや接客を学ぶなど、日々努力を続けています。
「それ以来、個人的に泊まりに出かけては勉強しています」とニッコリ。プロ意識の高さに驚かされます。 現在、アシスタントマネージャーとして下のスタッフに仕事を教える立場でもある根城さんですが、「人に教える難しさを日々感じています」と言います。
「啄木亭はスタッフ同士、ほのぼのしていてすごく仲がいいんです。私も上の人たちにはよくしてもらってきました。部署に関係なく、みんなでご飯を食べに行くこともよくあります。ただ、現場で教えるときは気を使いますね。この仕事の楽しさや面白さをうまく伝えられているかどうか...」
後輩には自身の失敗談なども交え、励ましながら、仕事について指導。忙しくて大変なこともあるけれど、それを超えるやりがいや楽しさもあることを伝えていきたいと考えているそうです。 最近、隣にある同じグループのホテル「HAKODATE 海峡の風」とスタッフが一緒になり、合同のシフト体制になったばかり。
「函館湯の川温泉 湯元啄木亭」のフロントスタッフたち。根城さんは現在アシスタントマネージャーとして後輩の指導にもあたっていますが、「人に教える難しさを日々感じています」と語ります。
最後にこれからの目標を尋ねると、「啄木亭と海峡の風はコンセプトも客層も異なるので、まずは海峡の風の仕事の仕方をしっかり覚えていきたいと考えています。接客スタイルも違うと思うので...。下のスタッフに教えるにしても、まずは自分がしっかり体得しなければと考えています」と凛々しい表情。
これまでも、ヘルプでほかのホテルに入ることはあったそうですが、日常的にシフトがひとつになるため、当面の目標は、接客やサービスの使い分け、システムなど異なる部分の習得だと話します。
仕事をしながら新しいことを覚えるのは大変ですが、ホテルマンとして成長ができるチャンスとも捉えている意欲的な根城さん。「個人的にはフロント以外の他部署もゆくゆくは経験してみたいと考えています。ホテルにおけるマルチな人材になりたいと思っています」と語ってくれました。
同僚と笑顔で話しながら、仕事について確認する根城さん。最近では、隣接する系列ホテル「HAKODATE 海峡の風」とスタッフが合同シフトになったため、新たな業務の習得にも意欲的です。