北海道の南、渡島半島にある知内町といえば、北海道内一のニラの生産地として知られています。特産品のニラのほか、津軽海峡で育ったカキも知内ブランドとして有名。海と山に囲まれた自然豊かな場所ですが、函館からは車で約1時間、青函トンネルの出入り口もあります。北海道新幹線を利用すれば、東京からは約4時間、隣町の木古内町で下車、車で約10分というアクセスの良さもポイントです。
2024年6月1日、知内町の15軒の農家と地元の農協が、「しりうち地域づくり協同組合」を立ち上げました。地域産業の担い手不足を解消するために総務省が行っている「特定地域づくり事業協同組合制度」を活用して誕生。道南初の特定地域づくり事業協同組合となりました。今回は、同組合のことを紹介。特に、農業に興味関心のある方はぜひチェックしてもらえればと思います。
人口減少エリアで地域の産業の担い手を確保する「特定地域づくり事業」
さて、「特定地域づくり事業協同組合制度」という言葉、耳慣れない方も多いかと思うので、知内町の話の前に少しだけ特定地域づくり事業と同事業の協同組合制度について説明しましょう。特定地域づくり事業というのは、人口が減少しているエリアで、農業、水産業、林業、商業、工業といった地域産業の担い手を確保するために、季節や時間で複数の仕事に携わってくれる無期雇用のマルチワーカーを派遣する事業のこと。そして、特定地域づくり事業協同組合制度というのは、この事業を行う事業協同組合を設立すると、国から支援が受けられるというもの。道内でも、石狩市浜益や中頓別町、名寄市などでこの制度を利用し、協同組合を発足。マルチワーカーを派遣しています。
しりうち地域づくり協同組合の事務局員の山本さん(左)と事務局長の城地さん(右)
「しりうち地域づくり協同組合」は、人手不足に悩む農家さんたちが集まって結成した組合です。まずは、同組合の城地秀樹事務局長と、立ち上げと運営に関わる事務局員の山本孝宏さんに、同組合のことについて伺います。ちなみに事務局長の城地さんは元農協職員。同組合は農家さんたちが中心ということで、農業に詳しく、農家の皆さんとも繋がりのある城地さんが抜擢されたそう。
マルチワーカーは、特産品のニラや季節野菜、水稲、大豆などに関する作業が中心
城地さんに「しりうち地域づくり協同組合」発足の経緯を伺うと、
「どこもそうだと思うのですが、昔から農家はずっと人手不足。何とかしないければというのは地域の課題でした」といいます。
各農家で繁忙期に限った求人を募ったとしても、短期間なのでなかなか人が集まらない、来てくれたとしても1シーズンで終わってしまい、また次のシーズンには人集めに奔走しなければならない。そのような状況を打破するため、導入したのが特定地域づくり事業でした。地域の農家が手をつないで特定地域づくり事業協同組合「しりうち地域づくり協同組合」を立ち上げ、組合でマルチ―ワーカーを無期雇用し、各農家へ派遣する仕組みを作りました。
「しりうち地域づくり協同組合」の場合、夏場のマルチワーカーの仕事はほとんどが農作業。その都度、人手が必要な組合員のところへ派遣され、農作業を行います。
城地さんは「今の予定では、6~11月は特産品であるニラをはじめ季節野菜の畑作や水稲の作業が中心。秋からは大豆の乾燥作業なども入ってきます。この辺りの農家さんの手が空くのはだいたい12月、1月。その間、マルチワーカーの方たちには、ハウスの周りの除雪作業や加工場で農作物の選果作業をお願いしたいと考えています」と話します。
ちなみにニラは寒い時期に採れたものが美味しいと言われており、ニラの収穫ピークは2~4月。ただ、知内では通年出荷を目指しているそう。人手不足が解消すれば、自慢のニラを通年で出荷することも実現できるかもしれません。
2024年6月の時点で、2人のマルチワーカーが在籍。「あと3名の枠がありますので、農業に興味がある方、新規就農を考えている方、知内町で暮らしてみたいという方など、ぜひ検討していただければと思います」と山本さん。
住む場所も確保。福利厚生もしっかり付いた無期採用
ここで気になるのは、マルチワーカーの給与、住む場所について。仕事はあっても住む場所がないと...というのは、移住の際の大きなネックになります。また、知内町内で暮らす際の買い物や学校などの環境も気になるところです。
「町営住宅も空いていますし、住む場所は心配ありません。町内にはスーパーやコンビニ、学校も認定保育園もあります。車で10分の木古内町に行けばもっといろいろ揃っていますし、さらに1時間走らせれば函館に遊びに行くこともできます。普段の生活で困ることはないと思います」と山本さんが太鼓判を押します。
マルチワーカーは無期雇用で、そのつど各農家さんへ派遣されるという形になります。住宅手当や車両借上手当なども付いていて、賞与や昇給もあり。もちろん健康保険、厚生年金、年に1回の健康診断など福利厚生や有給休暇もあります。さらに農作業をする際に必要となる大型特殊やフォークリフトなど資格関連の取得に関しても組合で手厚くサポートしてくれるので、スキルアップも目指せます。
勤務は実働8時間、休みも基本は土・日・祝日です。「収穫のピーク時は休日出勤や残業があるかもしれませんが、きちんと手当は出ますので」と城地さん。
まだスタートしたばかりなので、「改善が必要な部分があれば、職員や組合員の方たちと話しながら形にしていければ」と山本さん。たとえば、農業の経験がない方や、知内での暮らしを知りたい、という方には
「就業体験も可能ですし、町内に宿泊施設もあります。移住する前に仕事や知内の生活を試してみるのもよいですよね。ぜひ気軽に相談していただければ」と山本さん。また、車を持っていないという方がいた場合も、「軽トラならみんな持っているから、必要なら誰かのを貸し出すこともできるよねって話しています。もし、ほかにも困ったことがあればいつでも言ってもらえたらね」と城地さん。お2人のやり取りを伺っていると、同組合のアットホームな雰囲気も伝わってきます。
知内町での生活について尋ねると「海と山があって自然が豊かで、食べ物が何でもおいしいですよ。農作物はもちろん、カキやマコガレイ、ヒラメなど海の幸も豊富だし。町外から来た人はみんないい町だねって言ってくれますね」と城地さん。「でも、自分はずっと知内にいるから、これが当たり前になっていてね」と笑いますが、「暮らしていて不自由だなと思ったことはないよ」と続けます。気候も良く、夏は函館よりも涼しいそうです。
「海釣りが好きな人にはたまらない場所だと思います。すぐそばに港があるから、休みに気軽に釣りに行ける環境はいいですよね。あと、スキー場があるので冬も遊ぶところはあります」と山本さんが話すと、「温水プール、パークゴルフは町民無料だから、そういうところもいいよね」と城地さん。
豊かな食に恵まれ、お金をかけずとも余暇を十分楽しめる環境が整っている町なのがよく分かります。城地さんは「のどかな環境で子育てをしたいという方にもいいかもしれないね」とも。確かにそうかもしれません。
複数の農家さんの元で働くことで、農業を学び独立を目指す
千歳市出身の吉武さん。しりうち地域づくり協同組合の発足と同時に、マルチワーカーとして働き始めましたさて、次に場所を移して、マルチワーカーとして仕事に取り組んでいる職員の方に話を伺うことに。仕事先の農家さんのところへおじゃましました。
お話を伺ったのは吉武克記さん。千歳市出身で、去年の8月に知内町へ移住してきました。自動車整備の専門学校を卒業後、自動車メーカーの整備士、レンタカー会社での接客や整備の仕事を経て、農業の道へ。
農業に携わるきっかけは一昨年。「専門学校の同級生の実家が知内の農家で、若手がいなくて困っているから、力仕事だけどやってみないかって誘われたんです」と振り返ります。ちなみにその同級生の実家は小西さんと言い、今回伺った農家さんのお隣さんでした。
「当時はレンタカー会社で接客中心の仕事をしており、体を動かして働きたいなと思っていたんです。若いうちから体を動かしていたら、年を重ねても体を動かして人生が楽しめるかなと」
まずは一昨年の9月にニラの出荷を体験。昨年の6月には小西さんのところで農業の研修を受け、8月には会社を辞め、知内へやってきます。小西さんのところで農作業の経験を積み、今月から「しりうち地域づくり協同組合」のマルチワーカーとして仕事をスタート。
「当初は小西さんのところで雇用就農の予定だったんですが、ちょうど雇用の枠が埋まっていて...。そのとき、役場の方から協同組合を作るんだけど、どう?と声をかけていただいて、職員になりました」
実は、昨年8月に移住する際、農家の仕事に興味があるという奈良県出身の友人も一緒に知内町へ。今はその友人と一軒家をシェアして暮らしています。友人は3年の契約で小西さんのところで雇用就農をしているそうです。
ゆくゆくは農家として独立したいという考えを持っている吉武さん。「でも、3、4年の経験で簡単に独立できるほど農業は甘くないと思っているので、僕の中では最低10年は勉強して、それから独立したい」とキッパリ。
「マルチワーカーとして、いろいろな農家さんのところへ行くので、それぞれの農家さんのいいところをどんどん吸収して、自分の糧にして、そして独立したいと考えています。ルームシェアしている友人と一緒に独立できたらいいねと話していて、お互いが得てきた知識や経験を共有しながらいつか自分たちの農場が持てたらいいなと思います」
いろいろな農家さんの仕事を経験できるマルチワーカーという働き方は、独立を視野に入れている吉武さんには合っているよう。吉武さんのように将来就農を考えている人には、いい勉強になりそうです。
吉武さんは、これまで2回の転職を経て、「これが最後と決めている」と話します。「知内でしっかりやっていこうと腹をくくっています。独立するという目標を持ち、将来を見据えながらじゃないと仕事って続かないと思うんですよね」と続けます。
「昨年は、仕事を覚えるためにも『確実にキレイに』を心がけていました。今年は作業のスピードアップを目指しています」と、自身が立てた目標を教えてくれました。来年以降は、フォークリフトや大型特殊の免許取得も計画的に取り組みたいと考えているそう。
知内での暮らしについて尋ねると、「野菜やお米をたくさんもらいます」と笑います。たまにホタテなど海産物をもらうこともあるそうで、「食には困らないですね」と言います。休みの日は、同居している友人と同級生だった小西さんと3人で函館へ行き、遊んだり、買い物をしたりすることも。「まだ部屋がきちんと片付いていないので、手をつけていないのですが、小2からの趣味・プラモデル作りを再開させようかなと思っています」とニッコリ。
毎日が勉強で、充実しているという吉武さん。組合としても、知内での就農を視野に入れているという吉武さんの夢の後押しはしていきたいそう。これからの活躍にたくさんの方が期待しています。
知内の農業を知ってから、マルチワーカーにチャレンジして欲しい
最後に、組合員であり、この日ちょうど吉武さんの派遣先であった農家の佐々木武志さんにお話を聞きました。
「ここらの人手不足は昔からですが、最近はさらに高齢化という問題が加わってきているんです」と話す佐々木さん。みんなで解決するためにいろいろ取り組んだそうですが、不十分だったと振り返ります。
「今回、組合を立ち上げて、マルチワーカーの方たちに期待しているのは、まず知内の農業について知ってもらうこと。慣れてきたら収穫作業だけでなく、畑作物の調整作業などもやってもらいたいと思っています」
吉武さんに関しては、「まだ始まったばかりだけど、学ぼうという姿勢、習得したいという意欲を感じますね。これからいろいろ失敗したりしながら、仕事を覚えていってもらえたらと考えています」と話します。民間の派遣だと1シーズンだけということがほとんどなので、失敗しながら学べばいいとは決して言えませんが、組合としてはマルチワーカーが農業のことを学び、経験値を上げ、知内の農業を支えていってくれることも期待しているそう。
また、「彼らは15軒の農家全部で作業を経験するわけですが、農家はそれぞれやり方が違うところもたくさんあります。各農家のいいところを彼らが別の農家の作業で生かしてくれたら、知内の農業全体の発展にもつながるんじゃないかなと思います」と話します。
城地さんや山本さんも話していましたが、冬場の仕事に関してこれからもっと検討していかなければと佐々木さん。
「12月、1月、あと6月は農作業が少なくなるので、その間のマルチワーカーさんの仕事を農業以外のほかの事業者さん、例えば漁業等で人手不足に悩んでいるところに声をかけて、一緒にやっていきたいと考えています。そのほうが、マルチワーカーさんもいろいろな仕事が経験できて楽しいんじゃないかな」
こういう働き方に興味を持って、知内町へ来てくれるマルチワーカーが増えたらうれしいですねと話してくれました。
- しりうち地域づくり協同組合
- 住所
北海道上磯郡知内町字重内21-1
- 電話
070-2289-8485(城地事務局長)